三上豊「今昔画廊巡り」

第19回 ギャラリーNWハウス


 東京メトロ東西線、早稲田駅を降りて、高田馬場方向へ早稲田通りを行くと右手にコンクリート打ち放しの6階建てがある。1階は現在、洋食屋さんで美味しそうな趣だ。ここでギャラリーNWハウスが閉廊企画「FRAGMENTS 1986―2000」展を開催したのは、ほぼ四半世紀前、2000年12月のことだった。20世紀も終わることだし、そのころオーナーの遠藤和子さんも疲れていたそうだ。

 今回は珍しく聞き取り取材をすることにした。伝手を頼って遠藤さんにインタビューを申し込んだ。ギャラリーから道を下り、神田川を渡ってしばらくするとまたコンクリートの住宅がある。どこかギャラリーと似ている、設計が同じ建築家の早川邦彦さんとのことだ。ご自宅もギャラリーも幾何形態がコンクリートに忍び込まされて、ちょっとポストモダン風だ。

 ギャラリーの上階はご親族の住居で、展示空間は1階だ。ハードなコンクリ造、壁面は16メートル、タッパは2.7メートル、床面積は33.8平方メートル。開廊展は1986年6月、彫刻の山本衛士展だった。

 なぜ早川さんだったのか。早稲田大学のサークル「デザイン研究会」の仲間だったとか。遠藤さんは美術史を学んでいた。卒業後、出版社に勤め、さらに興味があったテキスタイルの専門学校に通った。開廊以前は自宅で染織を教えていたが、もう少し社会と関わる仕事がしたいと考えていた。ちょうどその頃、たまたま親族がそれまでの住居を建て替えることになり、その1階に店舗用に貸す予定の空間が内装前の状態で現れた。そのハードで緊張感のある空間を見て気に入り、そのままの状態でギャラリーにすることを決めて1階を借りることにした。こうして思いがけない出合いで、美術と社会を結ぶ場を出発させることができたという。

 最初はテキスタイル関係の作家の発表があったが、網を手繰り寄せるかのように現代美術の作家たちの発表が続いていった。貸しと企画、両面からのアプローチだったが、このギャラリーを特徴づける企画がある。遠藤さんが美術批評家やキュレーター6名を選出し、彼らが作家を選出し、リレー形式で「キュレーターズ アイ」と題した個展を行っている。91年に第1回が開催され、93年の第2回では女性キュレーター6名が選ばれている。95年の第3回の選者には新進の椹木野衣が鈴木貴博を、美学の谷川渥が坂木優子を、解剖学の布施英利が明和電機を選出するなど広がりがみえている。記録集も和英でつくられ海外からも問い合わせがあったそうだ。

 また、海外展の状況を報告する企画として、88年から評論家の小倉正史と組み、近くの早稲田奉仕園の広い会場を借り、出品作家や美術ジャーナリストらを招き、豊富なスライドを見せて解説する「海外アートリポート」を開催したことも度々あった。

 私としては、何回か発表を見た作家たちが懐かしい。戸矢崎満雄、藤村克裕、藤山貴司、渡辺明、熊谷優子、吉川和江、長沢秀之、畠山直哉、大森裕美子、高柳恵里、東恩納裕一らの名前があがってくる。コンクリート打ち放しの空間には内藤礼の繊細な作品も渡辺明のダイナミックなインスタレーションも不思議と馴染んでいた。

 遠藤さんにしてみれば、コンクリート1階の空間を、ふと早稲田の学生や街を行く人々が覗いて「なんだろう」と、そこから現代美術に興味を少しでももってもらえばと思っていただろう。早稲田の地にあり、銀座のギャラリーよりハードルが低い、実験的なスペースだった。また、縁あって関西の森村泰昌は88年に東京初個展を開催している。このとき遠藤さんは作品を購入、それが森村にとって最初に売れた作品となったという。

 ところで「NW」とは、と伺うと「西早稲田」の略とのこと。早川邦彦の設計名では「NWハウス」となっているが、西早稲田をはさんでギャラリーとハウスが寄り添っていたということだ。

image4
現在の「NWハウス」外観

20241114111225_00001 - コピー
案内状に掲載された地図

20241112164836_00001
閉廊展「FRAGMENTS」の案内状

20241112164953_00001
「FRAGMENTS」展より。108回の展覧会と催しの写真が壁面に展示された。

(みかみ ゆたか)

■三上 豊(みかみ ゆたか)
1951年東京都に生まれる。11年間の『美術手帖』編集部勤務をへて、スカイドア、小学館等の美術図書を手掛け、2020年まで和光大学教授。現在フリーの編集者、東京文化財研究所客員研究員。主に日本近現代美術のドキュメンテーションについて研究。『ときわ画廊 1964-1998』、『秋山画廊 1963-1970』、『紙片現代美術史』等を編集・発行。

・三上豊のエッセイ「今昔画廊巡り」は毎月28日の更新です。次回更新は2024年12月28日です。どうぞお楽しみに。

●本日のお勧め作品は佐藤研吾です。
sato-79《くぐり抜けるためのハコ1》  
2024年
木(ケヤキ、アラスカ桧、ラワン)、アルミ、柿渋、鉄媒染
W30.0×D50.0×H155.0cm
サインあり
作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。

12月7日(土)は臨時休廊いたします。

●ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
photo (15)

〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS ときの忘れもの
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。