2026.1.7

佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」第106回

能登への車中にて

建築、とりわけ設計という生業をしていてよかったと思うことの一つに、様々な場所へ行く理由が自然と生まれる、ということがある。もちろん、拠点として腰を据えて営む土地があり、日々はその延長上にあるのだが、それでも一年を振り返ってみると、思いのほか多くの場所を訪れていることに気づく。今年は普段身を置いている福島や神奈川・東京に加えて、ムンバイ、台北、大阪、香川、新潟、千葉、福岡といった土地を巡った。そしてこの年末になって、能登半島の先端、珠洲という町に通い始めている。

二年前に能登半島で震災が起きたとき、結局のところ自分は動くことができなかった。2011年の東日本大震災のときもそうだったが、大きな出来事に直面したときの、自分の反応はとても遅い。社会自体が揺れ、その振動を確かに感じとっていながら、しばらくは身動きが取れず、モタモタと時間だけが過ぎていく。そして数年が経ったところでようやく動きだす。福島との関わりも、そうして始まった。いまでは福島は、自分にとって必要な居場所の一つになっている。

当時の三陸・福島の状況と、現在の能登を単純に並べて語ることはできない。ただ、実際に訪れてみて強く感じるのは、能登半島という土地が、自然も文化も驚くほど豊かであるということだ。北廻り船による交易の歴史や、日本海沿岸に育まれてきた強い連帯の気配は、いまもあちこちに残っている。それに加えて、やはり半島という地理特性がもたらすある種の周縁性、先端さが、この場所に独特の空気を漂わせているように思える。どこか、行き着く先であり、漂流の終着地のようでもある。能登では、久しぶりに再会した知り合いもいた。

関東から車でむかうと、所要時間はだいたい10時間を超える。諏訪を抜けるルートが距離としては最短なのだが、山道が続き、なかなかに骨が折れる。東京からであれば、羽田から能登里山空港まで飛行機でひと飛びしてしまうのが、正直一番楽だ。このルートなら、2~3時間で半島の先端にたどり着く。費用との兼ね合いを考えても、効率だけを見れば飛行機に軍配が上がる。それでも、アルプスを超えて列島を横断する車の移動の方が、自分は好きだ。

いきなりヒマラヤの山頂まで飛行機で運ばれれば、高山病になってしまう。けれども、麓の町からバスでノロノロ登っていけば、体が少しずつ適応し、高山病を免れることができる。日本列島を横断し、太平洋から日本海へと車で向かうのは、どこかそんな身体感覚に近いかもしれない。

運転中は両手が塞がっているから、ほとんど仕事らしきことはできない。もちろん眠ることもできない。結局、頭の中で考え事を巡らせるしかないのだが、それが案外悪くない。実は最近は、ボイスレコーダーを使って、独り言のように言葉を吐き出すこともある。車内で一人、ボソボソと喋っている姿は、傍から見ればかなり怪しいだろう。まさに独壇場。プレゼンのスライドも原稿も何もない状況で言葉を繰り出していくのだが、やってみると、思った以上に言葉は続かない。以前、晩年の吉本隆明の講演音声を聴いたことがある。おそらくスライドなんてものは使わずに、ただひたすら語り続けていただけなのだろうが、その講義は驚くほど豊かで魅力的だった。おそらくまだ吉本自身も掴みきれていない構想を、言葉を発し続けることで少しずつ手繰り寄せていく。未知なる場所へ向かう探求の過程そのものを、聴衆と共有し、ともに歩み進めていくような感覚があった。

言葉が言葉を呼び、次の言葉を生み出していく。その連なりの中で、考えは輪郭を持ち始める。これから能登へしばらく通うことになると思うが、遠回りをしながらその土地へ向かう時間そのものが、自分なりの関わり方を静かに準備しているようにも思える。たどり着いた先で何を作るのか、何を作れば良いのか。それを考えるうえで、この長い移動の中での思索はもしかすると有効かもしれない。

 


(能登半島の先端の方の道路(202510月撮影)。珪藻土らしき地層が大きく隆起していた。)


(地層の質感。ポロポロと剥がれ落ちるようなこの土でできている。波に当たればすぐ削られ、その輪郭は日々変わっていくのだろう) 

(さとう けんご)

佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。福島・大玉村で藍染の活動をする「歓藍社」所属。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰。「一般社団法人コロガロウ」設立。2018年12月初個展「佐藤研吾展―囲いこみとお節介」をときの忘れもので開催。2022年3月第2回個展「佐藤研吾展 群空洞と囲い」を、2024年11月第3回個展「佐藤研吾展 くぐり間くぐり」をときの忘れもので開催した。

・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。

 

Tricolore 2026/藤江民・谷川桐子・釣光穂

会期:2026年1月9日(金)―1月24日(土) 11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
2010年から開催しているシリーズ企画「Tricolore展」は、ときの忘れものが選ぶ作家3名の展覧会です。
6回目となる本展は、女性アーティストの藤江民・谷川桐子・釣光穂の作品をご紹介します。
版画家・藤江民は、版画だけなく、オリジナル手法で制作した大作の油絵や、タイルの作品「割絵」などを出品します。
谷川桐子は、油彩で緻密に描いた砂利や地面の上にハイヒールやブラジャーなどを描いた作品を制作しています。
陶芸家・釣光穂は手びねりという陶芸の技法で、まるで編み物で編んだようなオブジェを制作しています。
三者三様のユニークな作品をご覧いください。

 

●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。
建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com 
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

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正面外観

 

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