丹下敏明のエッセイ「ガウディの街バルセロナより」

その18 ガウディの日本での研究史にかえて


丹下敏明

あれだけ長いお付き合いをさせていただいた磯崎さんでした。そしてその間バルセロナには頻繁においで下さったのですが、磯崎さんとガウディについて話した事はほとんどありませんでした。当時アトリエの中では磯崎さんはガウディとは肌が合わないんだと言われていました。バルセロナにおいでになった時、ガウディの作品を見に行ったのはたった2カ所でしたが、ひとつはガラーフのボデーガ・デ・グエル、もうひとつはコロニア・グエルの地下聖堂だけで、サグラダ・ファミリア教会に行った記憶はありません。

前者のガラーフはバルセロナの空港よりさらに南下した小さな村にあります。2002年の1月にロンドンからおいでになった時でした。午前中の早い時間にバルセロナに着かれて、ミーティングは午後からだったので、お昼ご飯を市内ではなく郊外のガラーフで食べてはどうかという提案に賛同されて、海を見ながら海の家のような場所でパエジャを食べる事の方がメインでした。その時はだれもいなくて、中まで見学することはできずに、周りをぐるりと歩きまわりるだけになりましたが、さっそくカルネを取り出してスケッチされていました。

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1.ボデーガ・デ・ガラーフの住居部分は左側で、右側がワイナリー

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2.最上部にあるチャペルの入口はその日は閉まっていた。

磯崎さんはもちろん1928年にル・コルビュジエがこのボデーガの建物を街道で発見し、感動したという事を知っていたはずだ。この建物は石造で断面がカーブが付いていてくねくねとした街道を車で走ってくると、突然そのシルエットが目に入ってくるという演出がされている。ル・コルビュジエがはっと思ってセルトが運転する車を停めさせたのはよく分かる。

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3.街道が左手に見えるが、ここをバルセロナからシッチェスへ向かっていたル・コルビュジエの目についた

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4.左端の住宅と間に中世起源の見張用の塔があり、その右がワイナリーで、今だ研究はされていないが、重力を使ってワインの工程をクリアするという画期的なものであったかもしれない

そして、別の機会に何かのミーティングが突然キャンセルされたため、スタッフとどこかに行こうという事になり、今度は磯崎さんの提案でコロニア・グエルの地下聖堂の見学に行った。途中のサン・ボイという村で計画していたムンタニェータ公園計画の第2フェーズが終わっていたが、磯崎さんはそれまで見るチャンスが無かったので、これを見に行った。

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5.コロニア・グエルの地下聖堂に入ろうとしている磯崎さん

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6.コロニア・グエル地下聖堂の内部でスタッフと一緒に撮影

そこからコロニア・グエルはほとんど隣村という距離だ。それもあって教会建設にはサン・ボイの左官も多く参加していた。これは2002年8月13日の事だった。当時ブラーネスというコスタ・ブラバの入口に当たる町で複合施設のプロジェクトが進行していた時だった。このプロジェクトはひどく幅の狭いイレギュラーな敷地で、全長は300メートル以上あった。

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7.ムンタニェータ公園の敷地鳥瞰

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8.第2期工事の石の壁面

ここに連続したごく軽い屋根を架けるということで、これには佐々木睦郎さんが加わっていた。最初の案は薄い鉄板をふわりと掛けたような形だったが、この後、ガウディがコロニア・グエル教会で使った、紐と、鉛の袋を使って10年という歳月をかけて作った、あの逆吊り模型のような構造に展開していって、佐々木さんによるプログラム開発にまで発展していった。これが佐々木さんによって後にFLUX STRUCTUREと呼ばれるようになるものだ。磯崎さんはガウディが10年かけて逆吊り模型を使って教会堂を設計したのに対し、これをコンピューターの解析能力を使って即座に設計してしまおうということだ。

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9.ブラーネスの計画の最初期の模型

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10.プログラムがまとまるり屋根が架けられる

その後、プロジェクトは政党が変わってしまったために頓挫してしまうが、磯崎さんはこれがよほど面白かったのか上海ではヒマラヤ・センター、そしてカタールではコンヴェンション・ホールとこの手法で実現させている。

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11.上海のヒマラヤ・センター外観は表現が明らかにガウディ様式

磯崎さんはガウディの学究的な研究者では無かったけれども、私が学生の時、数少ないガウディについて書いた原稿を集めて読んだ時、磯崎さんの、『みづゑ』の1965年4月号に発表された「トポロジー変換された組積造」という原稿が一番印象に残っている。60年後半当時は坂崎乙郎著の「幻想の建築」に代表されるように話題にはなっており、この範疇にガウディがしばしば組み込まれるような判断をされた時代だったが、磯崎さんは跳びぬけた分析能力ですでにガウディの本質を見抜いていた事がこの原稿を読めばわかる。

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12.ヒマラヤ・センター内部

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13.ヒマラヤ・センターの模型

日本人で最初にガウディを目指してバルセロナを訪れたのは今井兼次さんだと言われている。私は1974年に新宿の中華料理店で今井さんらにご馳走になり、スペインに戻ってからも手紙をやり取りしたが、残念にも二度と今井さんとは会うことができなかった。今井さんのこの1926年のバルセロナ訪以降、早稲田に集中して研究者が出たわけだが、実は世間一般ではそれほど騒がれることはなかった。

しかし、現代アートの間では早くから話題になっていたと磯崎さんから聞いたことがある。そのきっかけはダリの書いた本が邦訳され、その中でガウディの名前が繰り返し出てくるためダリがここで吹聴する、このガウディというのは何者かと現代アートに係わる人たちの間で興味を持たれるようになったと言われていた。

いずれにしろ建築界では今井兼次さんがガウディを最初に紹介したのは確かで、池原義郎、入江正之、山村健と早稲田出身の優秀な研究者が今井さんに習い続出している。この4代目の山村さんはカタルーニャ人と結婚され、増々、距離のない、地に足が着いたガウディ研究に迫っている。

最近はそれほどでもないが、日本人はなぜガウディをそんなに好きなのかという質問をどこに行っても受けたものだ。あまり何度も聞かれるので、2002年5月に市役所の文化局で美術館友の会の連続レクチャーが開かれた時、それを説明した。その時サントリー・オールドのあのコマーシャルやガウディ風のカラオケ店のファサードそして、日本のガウディと言われる梵寿綱さんの作品も紹介させてもらった。

そして、これは大半磯崎さんの受け売りになってしまうのだが、日本人がどこから来たのかという事と関係しているという説明をした。つまり、縄文と弥生という日本人の起源に関係していて、その両文化が現在までも綿々と共存していると。弥生文化が高度成長期をつくりあげていったなかで、岡本太郎が縄文文化論を唱え注目を集めたが、さらに経済危機が起きるとどこからか縄文人がこれに立ち向かうという、乱暴に言ってしまえば、重なりあった文化形式が日本を育成し、縄文人のヴァイタリティーとセンスがガウディと似ているという事だ。そして、磯崎さんは丹下君は縄文人だろうと言った。

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14.伝新潟県長岡市関原町馬高出土の火焰型土器。縄文時代中期

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15.秋田県仙北郡六郷町石名館出土縄文時代(晩期)

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16.青森県つがる市木造亀ヶ岡出土縄文時代(晩期)・前1000ー前400年

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17.兵庫県豊岡市気比字溝谷出土弥生時代

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18.弥生時代の埴輪 (以上14~18は東京の国立博物館蔵

※写真は全て筆者撮影。7を除く

■丹下敏明 (たんげ としあき)
1971年 名城大学建築学部卒業、6月スペインに渡る
1974年 コロニア・グエルの地下聖堂実測図面製作 (カタルーニャ建築家協会・歴史アーカイヴ局の依頼)
1974~82年 Salvador Tarrago建築事務所勤務
1984年以降 磯崎新のパラウ・サン・ジョルディの設計チームに参加。以降パラフォイスの体育館, ラ・コルーニャ人体博物館, ビルバオのIsozaki Atea , バルセロナのCaixaForum, ブラーネスのIlla de Blanes計画, バルセロナのビジネス・パークD38、マドリッドのHotel Puerta America, カイロのエジプト国立文明博物館計画 (現在進行中) などに参加
1989年 名古屋デザイン博「ガウディの城」コミッショナー
1990年 大丸「ガウディ展」企画 (全国4店で開催)
1994年~2002年 ガウディ・研究センター理事
2002年 「ガウディとセラミック」展 (バルセロナ・アパレハドール協会展示場)
2014年以降 World Gaudi Congress常任委員
2018年 モデルニスモの生理学展 (サン・ジョアン・デスピCan Negreにて)
2019年 ジョセップ・マリア・ジュジョール生誕140周年国際会議参加

主な著書
『スペインの旅』実業之日本社 (1976年)、『ガウディの生涯』彰国社 (1978年)、『スペイン建築史』相模書房 (1979年)、『ポルトガル』実業之日本社 (1982年)、『モダニズム幻想の建築』講談社 (1983年、共著)、『現代建築を担う海外の建築家101人』鹿島出版会 (1984年、共著)、『我が街バルセローナ』TOTO出版(1991年)、『世界の建築家581人』TOTO出版 (1995年、共著)、『建築家人名事典』三交社 (1997年)、『美術館の再生』鹿島出版会(2001年、共著)、『ガウディとはだれか』王国社 (2004年、共著)、『ガウディ建築案内』平凡社(2014年)、『新版 建築家人名辞典 西欧歴史建築編』三交社 (2022年)、『バルセロナのモデルニスモ建築・アート案内』Kindle版 (2024 年)、Walking with Gaudi Kindle版 (2024 年)、ガウディの最大の傑作と言われるサグラダ・ファミリア教会はどのようにして作られたか:本当に傑作なのかKindle版 (2024 年)など

・丹下敏明のエッセイ「ガウディの街バルセロナより」は隔月・奇数月16日の更新です。次回は3月16日です。どうぞお楽しみに。

●本日のお勧め作品は、磯崎新細江英公です。
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磯崎新 Arata ISOZAKI
"TSUKUBA A"
1983年
銅版・エッチング(刷り:山村兄弟版画工房)
イメージサイズ:10.0×16.9cm
Ed.200
サインあり
*現代版画センター・エディション

細江「サグラダファミリ#224」
細江英公 Eikoh HOSOE
Sagrada Familia 224
1980年撮影
ヴィンテージ・ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:41.9×54.4cm
シートサイズ:49.9×59.9cm
サインあり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。


2月5日(水)の営業時間は17:00までとなります。
何卒ご理解いただけますと幸いです。

●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。
建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com 
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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