大竹昭子のエッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」第130回

バス停のシーンである。
似たような年格好の女性(たぶん4,50 代)ばかりが横に連なり、バスの到着を待って立っている。女性ばかりと書いたが、男性がひとりいる。パリッとしたスーツを着てネクタイを締め、片手に鞄を提げ、もう一方の手はポケットに入れて立っている。
なにかの催しの帰りなのだろう。行くときはバラバラだったのが、終了の時間が同じで、バス停に人が溜まったのだ。この男性もおなじ催しの帰りなのだろうか、男性がひとりきりなので気になる。
行われたものが講演会で、スーツの男性は登壇した講演者である、という想定は可能だろうか?
いや、女性たちの態度がそうではないと告げている。
彼が講師ならば、女性たちに彼のアウラを感じとっているような熱っぽい空気が漂うはずなのに、右隣の女性は腕組みをして憮然とした表情で立っているし、ほかの人たちもまるで無関心な様子だ。
その催しが学校の保護者会だとしたら、どうだろう。
この男性は保護者のひとりで、妻が都合が悪くて来られず代理で出席、あるいは離婚して一人で子どもを育てているシングル・ファーザーとして保護者会に参加したのだ。
そう考えると、不思議なことに彼のスーツ姿がすんなりとこの光景に馴染んでくる。
いちばん右端にスラックス姿の女性が立っている。
この人は女性集団と少し雰囲気が違うし、年齢もやや上で、最初は近所の住人かと思ったが、もしかしたらこの人も保護者会の参加者なのかもしれない。子どもの両親が都合がつかずにおばあさんが代わりに出たのだ。ワイシャツにジャケットという彼女の服装にいつもとちがう改まった雰囲気がある。
集団から離れてひとり電信柱の横に立っている女性が目に留まる。車の走ってくる方向に顔を向けているので、タクシーを拾おうとしているのだろう。さらに、さっきのおばあさんの背後にもうひとり人影がいることや、その右側の路面にわずかにハイヒールの先端が写っていることなども見えてきて、ということは画面の右手に学校があって、人々がそこからぞろそろとこちらに歩いてくるところなのだ。
男性の顔がバスが来るのと反対の方向に向いている訳もそれで納得がいった。
彼はバスではなく、校門から出てくる人の波が気になっているのである。
バス停の看板が2本立っているので、2系統のバスが通っているようだ。
バス亭のうしろ側は交番で、そこには枝がひとつもない木が立っている。
背もたれが広告板のベンチには人影がなく、写真のなかの全員が立っている。
この棍棒のような木さえも立っている。
大竹昭子(おおたけ あきこ)
●作品情報
溝口良夫《1997.4 醍醐 Daigo》
●作家プロフィール
溝口良夫(みぞぐち・よしお)
東京都八王子生まれ。
1970年より(自己流にて)写真を始める。
1990年「ホタル」にて準太陽賞。
2013年 写真集「ホタル」(蒼穹舎)
2017年 写真集「草匂う日々」(日本カメラ)
2022年 写真集「くるおしい都 TOKYO」(蒼穹舎)
●書籍情報
溝口良夫写真集『帯と砂 KYOTO/ENOSHIMA』
2024年 400部 A4変型 上製本
モノクロ176ページ 作品170点
編集:大田通貴
装幀:加藤勝也
価格:4,500円+税
性への情熱とこの世界へのまなざし。生きることは撮ることだと思わせられる純粋写真集。
溝口良夫、新たな金字塔。(蒼穹舎ウェブサイトより)
●大竹昭子のエッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」は隔月・偶数月1日の更新です。
●本連載の最初期の部分が単行本になった『迷走写真館へようこそ』(赤々舎)が発売中です。
赤々舎 2023年
H188mm×128mm 168P
価格:1,980円(税込) 梱包送料:250円
※ときの忘れものウェブサイトで販売しています。
*画廊亭主敬白
早いものですね、今日から2月。
亭主は年末、38度の高熱に襲われ散々なお正月でした。昔は風邪をひいてもニ三日寝れば回復したのですが、この歳だとそうはいかないようです。せっかく来廊されたお客様には不義理ばかりしてしまいました。お詫びします。
本日2月1日は松本哲夫先生の三回忌にあたります(2023年2月1日没)。
2010年10月1日「マン・レイと宮脇愛子展」オープニングにて宮脇愛子先生と松本哲夫先生、於・ときの忘れもの(青山)
1955年に剣持勇が創設したデザイン組織・剣持勇デザイン研究所を引き継いだ松本哲夫先生は、ヤクルト容器をはじめ、プロダクト、家具、インテリア、建築のほか、新幹線など鉄道車両の内外装なども数多く手がけられました。気さくな人柄で、ときの忘れものにもよくいらっしゃってくださいました。あらためて生前のご厚情を深謝し、ご冥福をお祈りいたします。
◆画廊では「新春・画廊コレクション展」を開催しています。
会期:2025年1月28日(火)~2月1日(土)

出品作品の詳細は1月26日ブログに掲載しました。特別価格の公開は一週間限定です(本日19時に削除します)。
当初「新春画廊コレクション展」とご案内したのですが、社長から「春画」と誤解されるとクレームが入り急遽・を入れました。誤解してたくさんお客がきてくれるのも嬉しいんですが(笑)。
●ときの忘れものでは松本莞 著『父、松本竣介』を販売しています。
今年は年間を通して竣介関連の展示、ギャラリートークを開催してゆく予定です。
『父、松本竣介』の詳細は1月18日ブログをお読みください。
著者・松本莞 サイン入りカード付
『父、松本竣介』
発行:みすず書房
判型:A5変判(200×148mm)・上製
頁数:368頁+カラー口絵16頁
定価:4,400円(税込)+梱包送料650円
ときの忘れものが今まで開催してきた「松本竣介展」のカタログ5冊も併せてご購読ください。
画家の堀江栞さんが、かたばみ書房の連載エッセイ「不手際のエスキース」第3回で「下塗りの夢」と題して卓抜な竣介論を執筆されています。
●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。
建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。


バス停のシーンである。
似たような年格好の女性(たぶん4,50 代)ばかりが横に連なり、バスの到着を待って立っている。女性ばかりと書いたが、男性がひとりいる。パリッとしたスーツを着てネクタイを締め、片手に鞄を提げ、もう一方の手はポケットに入れて立っている。
なにかの催しの帰りなのだろう。行くときはバラバラだったのが、終了の時間が同じで、バス停に人が溜まったのだ。この男性もおなじ催しの帰りなのだろうか、男性がひとりきりなので気になる。
行われたものが講演会で、スーツの男性は登壇した講演者である、という想定は可能だろうか?
いや、女性たちの態度がそうではないと告げている。
彼が講師ならば、女性たちに彼のアウラを感じとっているような熱っぽい空気が漂うはずなのに、右隣の女性は腕組みをして憮然とした表情で立っているし、ほかの人たちもまるで無関心な様子だ。
その催しが学校の保護者会だとしたら、どうだろう。
この男性は保護者のひとりで、妻が都合が悪くて来られず代理で出席、あるいは離婚して一人で子どもを育てているシングル・ファーザーとして保護者会に参加したのだ。
そう考えると、不思議なことに彼のスーツ姿がすんなりとこの光景に馴染んでくる。
いちばん右端にスラックス姿の女性が立っている。
この人は女性集団と少し雰囲気が違うし、年齢もやや上で、最初は近所の住人かと思ったが、もしかしたらこの人も保護者会の参加者なのかもしれない。子どもの両親が都合がつかずにおばあさんが代わりに出たのだ。ワイシャツにジャケットという彼女の服装にいつもとちがう改まった雰囲気がある。
集団から離れてひとり電信柱の横に立っている女性が目に留まる。車の走ってくる方向に顔を向けているので、タクシーを拾おうとしているのだろう。さらに、さっきのおばあさんの背後にもうひとり人影がいることや、その右側の路面にわずかにハイヒールの先端が写っていることなども見えてきて、ということは画面の右手に学校があって、人々がそこからぞろそろとこちらに歩いてくるところなのだ。
男性の顔がバスが来るのと反対の方向に向いている訳もそれで納得がいった。
彼はバスではなく、校門から出てくる人の波が気になっているのである。
バス停の看板が2本立っているので、2系統のバスが通っているようだ。
バス亭のうしろ側は交番で、そこには枝がひとつもない木が立っている。
背もたれが広告板のベンチには人影がなく、写真のなかの全員が立っている。
この棍棒のような木さえも立っている。
大竹昭子(おおたけ あきこ)
●作品情報
溝口良夫《1997.4 醍醐 Daigo》
●作家プロフィール
溝口良夫(みぞぐち・よしお)
東京都八王子生まれ。
1970年より(自己流にて)写真を始める。
1990年「ホタル」にて準太陽賞。
2013年 写真集「ホタル」(蒼穹舎)
2017年 写真集「草匂う日々」(日本カメラ)
2022年 写真集「くるおしい都 TOKYO」(蒼穹舎)
●書籍情報
溝口良夫写真集『帯と砂 KYOTO/ENOSHIMA』2024年 400部 A4変型 上製本
モノクロ176ページ 作品170点
編集:大田通貴
装幀:加藤勝也
価格:4,500円+税
性への情熱とこの世界へのまなざし。生きることは撮ることだと思わせられる純粋写真集。
溝口良夫、新たな金字塔。(蒼穹舎ウェブサイトより)
●大竹昭子のエッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」は隔月・偶数月1日の更新です。
●本連載の最初期の部分が単行本になった『迷走写真館へようこそ』(赤々舎)が発売中です。
赤々舎 2023年H188mm×128mm 168P
価格:1,980円(税込) 梱包送料:250円
※ときの忘れものウェブサイトで販売しています。
*画廊亭主敬白
早いものですね、今日から2月。
亭主は年末、38度の高熱に襲われ散々なお正月でした。昔は風邪をひいてもニ三日寝れば回復したのですが、この歳だとそうはいかないようです。せっかく来廊されたお客様には不義理ばかりしてしまいました。お詫びします。
本日2月1日は松本哲夫先生の三回忌にあたります(2023年2月1日没)。
2010年10月1日「マン・レイと宮脇愛子展」オープニングにて宮脇愛子先生と松本哲夫先生、於・ときの忘れもの(青山)1955年に剣持勇が創設したデザイン組織・剣持勇デザイン研究所を引き継いだ松本哲夫先生は、ヤクルト容器をはじめ、プロダクト、家具、インテリア、建築のほか、新幹線など鉄道車両の内外装なども数多く手がけられました。気さくな人柄で、ときの忘れものにもよくいらっしゃってくださいました。あらためて生前のご厚情を深謝し、ご冥福をお祈りいたします。
◆画廊では「新春・画廊コレクション展」を開催しています。
会期:2025年1月28日(火)~2月1日(土)

出品作品の詳細は1月26日ブログに掲載しました。特別価格の公開は一週間限定です(本日19時に削除します)。
当初「新春画廊コレクション展」とご案内したのですが、社長から「春画」と誤解されるとクレームが入り急遽・を入れました。誤解してたくさんお客がきてくれるのも嬉しいんですが(笑)。
●ときの忘れものでは松本莞 著『父、松本竣介』を販売しています。
今年は年間を通して竣介関連の展示、ギャラリートークを開催してゆく予定です。
『父、松本竣介』の詳細は1月18日ブログをお読みください。
著者・松本莞 サイン入りカード付『父、松本竣介』
発行:みすず書房
判型:A5変判(200×148mm)・上製
頁数:368頁+カラー口絵16頁
定価:4,400円(税込)+梱包送料650円
ときの忘れものが今まで開催してきた「松本竣介展」のカタログ5冊も併せてご購読ください。
画家の堀江栞さんが、かたばみ書房の連載エッセイ「不手際のエスキース」第3回で「下塗りの夢」と題して卓抜な竣介論を執筆されています。
●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。
建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

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