三上豊「今昔画廊巡り」

第24回 ギャルリー・ワタリ


 神宮前のワタリウム美術館は以前画廊だったと書くと、若い方は「えっ」となるかもしれない。1990年からワタリウムだが、その前はギャルリー・ワタリだった。

 オーナーの和多利志津子(1932―2012)さんは、富山県出身。呉服商の長女だった。結婚後上京し、服飾デザインの仕事をへて、72年、神宮前の自宅を改装して画廊を開廊(渋谷区神宮前3丁目7-6)した。和多利さんは、チュニック風の服をよく着ていた印象がある。改装した空間は奥へ進むと和風だったと記憶する。瓦屋根が残り、道に面した一部の壁はガラス張りで、通りを行く人も展示がちらっと見られるようになっていた。三角の敷地角には柳の樹があった。道路の反対側の飲食店なども和多利家の所有で、83年にキース・ヘリングが描いた壁画の建物もそうだった。そこに車が飛び込んだこともあり、あの壁画はずいぶんと褪色していたが、今はどこへいったのだろう。和多利さんには著作『アイ ラブ アート』(1989年 日本放送出版会)があり、パイクら12名の作家を取り上げている。また、没後に刊行された『アートへの組曲 追悼・和多利志津子 1932―2012』(2013 ワタリウム美術館)では、ギャルリー・ワタリ時代(1972―88)の170件の展覧会タイトルが収録されている。写真や版画の展示が多い。最初の写真展は寺山修司だ。メイプルソープやウィトキン、ザンダーといった海外写真家らも並ぶ。版画では、吉田穂高、中林忠良、清塚紀子。複数回個展を開催しているのは、阪本文明、岡部晶生、河嶋淳司、大竹伸朗、鳥の絵を描く島谷晃も記憶に残る。中西夏之は79年に〈弓形〉シリーズを発表、南画廊が無くなって発表の場を探していたころだ。また、萩原朔美、勝井三雄、粟津潔、金子光晴、谷川俊太郎といったジャンルを超えて展覧会を行うことが多かった。ワタリで展示をするとなぜか今様な趣を帯びるようになるのが不思議だった。

 個人的に印象的な展示をふたつ。78年、辛口評論の藤枝晃雄が、図録に「きわめて有意義」と書いたドナルド・ジャッド展は、私も初めて実物を近くで見る機会となった。図録には地面に置いた作品が掲載されているが、本展示では壁にかけられたはずだ。数年前、テキサスはマーファの荒野にあるジャッド財団の図書館で本展の図録と再開したことがある。よく言われる言葉「展示の後に残るのは図録のみ」を思い出した。80年、ソル・ルウィットのウォールドローイング展では、取材の締切りに間に合わせるために、黒い壁に白い線を描くことを手伝ったことがある。作家はどこかに出かけていた。

 実は、私はワタリウム美術館になってからは、展示は一度も見ていない。建物ができる時、マリオ・ボッタの設計は、角にあったランドマークの柳の樹を伐ってしまった。残念。伐採抗議のために展覧会に行かないと決めた。こんな者がひとりぐらいいてもいいと、和多利さんは、あの世で笑ってくれるだろうか。

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現在のワタリウム美術館

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ドナルド・ジャッド展図録より

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『アイ ラブ アート』目次 12番目のマリオ・ボッタは次ページ

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『アートへの組曲 追悼・和多利志津子 1932―2012』表紙

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ルウィット展でのドローイング制作の様子『美術手帖』1980年4月号より

(みかみ ゆたか)

■三上 豊(みかみ ゆたか)
1951年東京都に生まれる。11年間の『美術手帖』編集部勤務をへて、スカイドア、小学館等の美術図書を手掛け、2020年まで和光大学教授。現在フリーの編集者、東京文化財研究所客員研究員。主に日本近現代美術のドキュメンテーションについて研究。『ときわ画廊 1964-1998』、『秋山画廊 1963-1970』、『紙片現代美術史』等を編集・発行。

・三上豊のエッセイ「今昔画廊巡り」は毎月28日の更新です。次回更新は5月28日です。どうぞお楽しみに。

●本日のお勧め作品は、粟津潔です。
awazu_02_tiisaikappuru《小さいカップル》
1981年
木版
作品サイズ:14.5×10.0cm
額装サイズ:32.0×26.0cm
Ed.1000
サインあり
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●GW中の営業日について
ときの忘れものの休廊日は下記となります。
4月29日(火・)「昭和の日」
5月3日(土・)「憲法記念日」
4日(日・)「みどりの日」
5日(月・)「こどもの日」
6日(火)振替休日
※4月30日(水)~5月2日(金)は通常営業

GW明けの5/7(水)からは「2025コレクション展2/瀬木愼一旧蔵作品他」が始まります。
ぜひお気軽にお立ち寄りください。

●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。
建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com 
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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