佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」第101回

カラーカラーのクモと、アメ

 前回の投稿で、万博に建てた「サテライトスタジオ(西)」にいくつかの装飾を追加で施そうと企てている、と書いたが、先月にそれをやってきた。中島晴矢、青木彬とともに「野ざらし」のチーム作業となった。
 福島県須賀川市のサッシメーカーさん(和田装備さん)に依頼して、大きさ60cm四方程度になる板を切り出してもらい、サテライトスタジオの鉄の円環梁に固定できるように接合バンドを取り付けた装飾金物を制作した。金物はクモとアメを形象している。円環梁の上に雲が乗り、下に雨が垂れ下がる組み合わせとしている。
 その金物を携えて、関東で中島晴矢と合流し、そのまま西へ向かい、京都・京北地区の山間部、青木彬の新拠点で仕上げの塗装作業を行った。クモは赤-緑-青の3色が重なり合うように塗り分けた。この色はかつての「喫茶野ざらし」のロゴマークの配色。事情あって店舗を閉じざるを得なかった当時、どうにか3人で権利を死守したロゴマークでもある。いくつかの彩りを持ったクモから銀色のアメがこぼれ落ちる。そんなモチーフになった。
 彩色作業の後、少しだけ京北を案内してもらった。植樹されたツンツンの杉の深い森に囲まれる、桂川が彫り込んだ谷地の地勢には、ジットリとして心地の良い湿り気が絶えず漂っていたのがとても印象的だった。
 そして大阪・関西万博の会場へ移動して、夜間の設置作業。設置は滞りなくできた。金物設置とともに、建物側面には御椀を逆さにした形の大きな模様を塗装した。塗装はなかなかに大変で、日の出の寸前まで作業が続いた。だんだんと周囲の輪郭がはっきりしてくる暁の時間になって、円環梁に設置した装飾金物の姿も改めて確認することができた。
 なぜクモとアメなのか。ポーンと確からしい明らかな理屈を定めることはできてはいないが、これは実のところ万博が始まってから思いついたアイデアでもある。万博の初日、たくさんの人が期待を持って会場を訪れたが、当日は嵐のような厳しい天気だった。自分は会場にはいかずに、SNSの断片的な投稿を眺めて様子を伺っていただけだった。けれどもなんとなく、そんな偶然にも過酷な天気にさらされた人々の様子を見て、ああ、あの蜃気楼のような埋立地と幻のような会場風景が、ついに現実となったのか、と改めて感じ入ってしまった。工事中に何度も訪れている土地であるにもかかわらず、自分にとっての万博へのリアリティは、その時にようやく生まれ出てきたのである。遅いといえば遅い。だが、工事中も周囲の完成の姿はまるで検討も付かなかったので、当然といえば当然でもある。それで、会期中にも関わらず、サテライトスタジオ(西)の建築の姿に何かを付加する形で、いくらかの調整作業、変転を試みている。

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 クモとアメのモチーフは、万博会場の骨格である藤本壮介氏デザインの巨大な木造リングへのささやかな(ささやか過ぎるが、)アンサーでもある。木造リングが切り取る、世界中の人々が集まって眺める「一つの空」には晴れもあれば、曇りもあり、そして雨もあるだろう。明るい晴れがあれば、暗い晴れもあり、また暗い雨もあれば明るい雨もあるのだと思う。半ば相反するイメージの重なり合いのことを、詩性というのかもしれないし、寓話的な何かが生まれる瞬間なのかもしれない。そんな、千差万別のオルタナティブな風景の表現として、「彩りのあるクモと、アメ」を構想した。「彩りのある」というフレーズは少しかしこまり過ぎな気もするので、何だろうか。カラフル、というほどに多彩でもなく、いくつかのカラーがあるだけ。なので、ひとまず「カラーカラーのクモと、アメ」と呼んでみる。
 今回の作業は、万博という大きな風景、あるいは大きな世界への応答であると同時に、「野ざらし」というたった3人の次なる取り組みの布石となることを狙っている。大きいことと小さいことを同時に考えて、やること。これがやっぱりとても大事だと思うし、前稿で触れた「中間的な場」の生まれに繋がる気がしている。
 さらには、このサテライトスタジオ(西)はもともと、福島と大阪とを往復する物語を備えている。この物語がただ単に物体の移動経路としてドライに説明されるのではなく、もっとヒトやモノたちが息巻くジットリとしてウィットな寓話として描かれるためのシンボルとして、このクモとアメの装飾は機能させてみたい。
 そのように考えてみれば、寓話、あるいは寓意というもの自体にスケールの概念は必要がないようだ。スケール無きものを制作によって手に入れることができること。この合点に至れたことが、さいきん自分にとっては大きな価値になっている。

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(さとう けんご)

佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。福島・大玉村で藍染の活動をする「歓藍社」所属。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰。「一般社団法人コロガロウ」設立。2018年12月初個展「佐藤研吾展―囲いこみとお節介」をときの忘れもので開催。2022年3月第2回個展「佐藤研吾展 群空洞と囲い」を、2024年11月第3回個展「佐藤研吾展 くぐり間くぐり」をときの忘れもので開催した。

・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。

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*画廊亭主敬白
以下、佐藤研吾さんに友人・青木彬さんのfacebookからの再録です。
<先日、建築家の佐藤研吾とアーティストの中島晴矢と一緒に大阪万博内に「野ざらし」の今後の活動のきっかけとなるピースを仕掛けてきました。
場所は佐藤研吾設計のサテライトスタジオWEST。
これは佐藤研吾建築を装飾するオブジェであり、現地に訪れて万博について話すための糸口でもあります。
万博に行かれない方もいるかと思いますが、集会の自由の範囲内でこのピースのもとに集まって何か勝手にイベントとかできないかなぁなんてこともちょっと妄想したりしてます。
上記のピースをめぐる佐藤研吾によるエッセイ
「大地について―インドから建築を考える―」第100回 野ざらしのパビリオンを作る
(5月26日 21:24  青木 彬さんのfacebookより)>

◆「開廊30周年記念 塩見允枝子×フルクサス from 塩見コレクション
Part 1 2025年6月5日(木)~6月14日(土)
Part 2 2025年6月18日(水)~6月28日(土)
※6月17日(火)に展示替え、日・月・祝日休廊
塩見允枝子×フルクサス案内状 表面ときの忘れものは開廊30周年を迎えました。記念展として「塩見允枝子×フルクサス from 塩見コレクション」展を開催します。

●ときの忘れものの建築空間(阿部勤設計)についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com 
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営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は原則として休廊ですが、企画によっては開廊、営業しています。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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