私が初めて買った写真は、それこそ細江英公先生が澤本徳美先生と一緒に書かれた名著『写真の見方』(新潮社)の中で目にして「いいなあ」と思っていた、アジェの「オー・ド・ロベック街の門」(女の子が扉の前ではにかんでいる一枚)でした。今から10年ほど前のことです。
 高円寺の「イル・テンポ」(残念ながら2004年末に閉廊)で、税別20万円のプライスがついていて、一度は「こりゃ無理だ」とあきらめて帰ったものの、彼女の顔が目の前にちらついて仕事に身が入らなくなってしまい、再度来廊して何十分もうろうろしたあげく、気がつくと「月三万までならお支払いができるのですが」と口に出していました。このどこの馬の骨かもわからない不審人物のぶしつけな申し出をオーナーの石原和子さんが聞いてくださって、7回の分割払い(消費税込み21万円)にしてもらうことができました。
 もちろん、ヴィンテージではなく、ピエール・ガスマン(「マグナム」のメンバーでロバート・キャパやカルチェ・ブレッソンのプリントもしていました)によるモダンプリントです。アジェ自身のプリントによるヴィンテージプリントも展示されていましたが、そちらには倍の値段がついていたはずです。今となっては大バーゲンですね。
 月3万円でも、2ヶ月分で6万円、3ヶ月分で9万円、半年分なら18万円の作品が射程に入ります。ここまで予算があれば中堅までの現存作家の新作ならだいたい手にはいるはずです。(「ときの忘れもの」なら柳沢信のヴィンテージ!が手に入ります)。もし36回払いが可能なら(?)細江先生のヴィンテージだって買えます。もっとスマートにクレジットを使うという手もありますから、月3万円の予算といっても決して馬鹿にはできません。(大金です!)。
 この分割作戦で、E・J・ベロックの「ストーリービル・ポートレイト」(フリードランダーによるモダンプリント)から「無題(籐椅子に横たわる裸婦)」(これも『写真の見方』で見たものです。細江先生さまさまですね)、植田正治「黄昏れる頃」から「③(スコアボード)」(これはヴィンテージ! ただ絵柄が人気作品とは言えないので転売できるかどうかは不明)といった当時20万円ほどだった作品を何枚か手に入れることができました。
 別に高額な作品を無理に勧めているつもりはありません。私自身、今はこの分割作戦からは撤退して、別な形で月3万円の予算を使っています。ただ、今となってはお恥ずかしい(そして情けない)体験をお話ししたのは、相対的に言って写真はまだまだ安いからです。美術史の教科書に載るような作品を大富豪でもない一個人が手に入れるなどということはまず不可能ですが、写真史の教科書に載っている作品なら、(今なら)車一台、家一軒の値段で買えるのですからこれは考えたらすごいことです。
 特に日本は、写真を買う人がまだまだ少ないために、世界的には最も安く写真が買える国といってもおかしくありません。中でも「ときの忘れもの」は、海外のギャラリーからしたら卸値で小売をしているようなもので、これはサザビーズやクリスティーズのオークションカタログをパラパラめくってみればすぐわかることです。細江先生のヴィンテージが100万円、アンドレ・ケルテスの「おかしな踊り子」がモダンプリントとはいえきちんと作家のサインが入って(このクラスだとヴィンテージはみんな美術館に入ってしまっています)90万円、ジョナス・メカス(映画の教科書の最初のページに載っています)の10部限定の作品が6万円というのも、日本国内だけ、「ときの忘れもの」だけのスペシャル・プライスです。どちらも海外のギャラリーなら数倍の価格がついているはずです。
 もうすぐボーナスの時期ともなります。信頼のおけるギャラリーで、ギャラリストの志と自分の目を信頼して、写真コレクションの一歩を踏み出す人が現れることを願ってやみません。(2008年6月17日 はらしげる)

画廊亭主敬白
コレクターの原茂さんが、先日坂本さんのリクエストに答えて掲示板で「ヴィンテージ・プリント」について詳述してくれましたが、続いて、表題のような連載を開始してくれました。
貴重なコレクション形成記なので、掲示板から転載させていただきます。次回をご期待ください。
尚、ときの忘れもので開催した写真展の作品はほとんどが私どものコレクションなので、展覧会終了後もいつでも画廊でご覧になれます。昨日も雨の中、関西から車で来られた方が飛び込んでこられ、細江英公、柴田敏雄などのサイン入り写真集を買ってゆかれました。「他にお好きな写真家は?」とお尋ねしたら、「ジョック・スタージスを持っている」とのこと、さっそく奥から作品を引っ張り出してご覧にいれました。