美術展のおこぼれ27

ジョナス・メカス写真展
会期:2012年2月10日~25日
会場:ときの忘れもの
メカス展

 この画廊でメカスの「静止した映画フィルム」展を開くのは5回目らしい。しかも今回は日本では未発表だった大判作品「this side of paradise」の展示が中心で、実際に見るとこれが本来のサイズではないかと思うくらい自然だ。例によって露出過多だったりブレたりしている画像がとても美しい。「家に飾るとびっくりするほど大きく感じられますよ」と言われたが、サイズの違いだけではない何かが見えてくるような気がする。くわしい内容については同画廊の案内を見ていただくことにして、別に報告したいのはここで18日に行われた、メカスをめぐるささやかなギャラリートークのことである。『メカスの映画日記』(原書1972年、邦訳1974年フィルムアート社)と『メカスの難民日記』(原書1991年、邦訳2011年みすず書房)を手がけた飯村昭子に私がインタビューした。ニューヨーク在住の彼女から手紙が来て、東京に行くので久しぶりに会いたいという期日が偶々メカス展と重なっていたので急遽予定を組んでもらったのだ。
 私が読んだのは上の二著書に加えて、『どこにもないところからの手紙』(原書1997年、村田郁夫訳2005年書肆山田)しかないが、この『手紙』もある意味での日記と考えて、メカスの日記文学は比類ない鮮烈さと記録性を体現していると思う。言葉が即行動であり行動が溌剌たる言葉になっている。『映画日記』における1959~71年、遡って『難民日記』における1944~55年、『手紙』における1994~96年の三つの時代を自分なりに辿りながら飯村にはなしを訊いたのだが、打てば響くように的確にメカス像を次々に描き出す彼女の応答は大きな示唆を与えてくれたのだった。
 この1時間足らずのインタビューは録音されていたから、あとでまとめておきたいとも思っている。ということにして、そのときは時間切れのため、私がもうひとつ指摘しておきたかったことを今のうちに書いておく。『映画日記』は商業映画における物語性の必要や上映時間の長さの枠(2時間前後がふつうだ)を、個人映画・非商業映画が解体し、自然の、現実の記録に迫っていく過程を見せている。一方、『難民日記』ではあまりにも苛酷な難民生活がその極限に達するとき、現実から離脱して空想上の物語のような様相を示すにいたる。つまり二冊の本が向き合うと、虚構と現実とが入れ替わってしまうかに思えるのだ。
 『難民日記』が刊行された昨年、これもまた偶然だが拙著『住まいの手帖』と『真夜中の庭』が同じ出版社から出された。この二冊も同じ構造によっている。前者は実際に私が訪ねた住まいのかずかずを思い出すままに断片的に書き留めている。『真夜中』はこれまでに読んだ童話、ジュヴィナイル(少年小説)、恐怖小説、追想的文学を集めている。別々に読めば一方は住まいの現実、他方は住まいにまつわる虚構と実録の奇妙なアンソロジィだが、併せて読むと双方が干渉しはじめる。すなわち夢を叶えるように現実につくられる家は虚構であるし、その反対にどこまで行っても辿りつけない、あるいは人を幽閉し、あるいはそこから逃れようとする家は絶対現実ともいうべき存在である。人間の想像力と現実はそのような鏡像的錯綜的回路をもつことを、この二冊についての「文学界」やNHKのインタビューで話したのだが、メカスの日記にもそれに重なるところがあると、同時に映画と建築とは現実との関わりにおいてまったく異なるところもあると、今度気がついたのだった。
 今回のときの忘れものにおけるメカス作品は「ジャッキー・ケネディに誘われ、息子のジョン・ジュニアやキャロラインといとこたちに映画を教えていた時期に撮影されたフィルム」だという。たしかに画面には私たちが現実の人たちだと疑わないものが撮されている。それがつくりものではない日常の動きや表情であるほど、夢のなかの出来事のような謎に包まれてしまう。動く映像ならばまだしもドキュメントとして感情は落ちついているだろう。「静止した映画フィルム」だからこそ見る者に迫ってくる何者かが現れるのだ。
(2012.2.21 うえだまこと)
DSCF1992植田、飯村、森國20120218
2012年2月18日ときの忘れものにて
飯村昭子さんと植田実さん(左)
中央後方はメカス日本日記の会の森國次郎さん

1メカスの映画日記 ニュー・アメリカン・シネマの起源1959―1971
発行日:1974年4月1日 
改訂版発行日:1993年9月3日
著者:ジョナス・メカス
訳者:飯村昭子
装幀:植田実
発行所:株式会社フィルムアート社
サイズほか:21.6×15.4cm、402頁
表紙:ソフトカバーにジャケット

ジョナス・メカスさん_6002005年10月14日
メカスさんを迎えての歓迎会
右から、村田郁夫さん、吉増剛造さん、ジョナス・メカスさん、植田実さん
メカスさんの手にしているのは植田さん装幀の『メカスの映画日記』

『メカスの難民日記』メカスの難民日記
発行日:2011年6月21日
著者:ジョナス・メカス
訳者:飯村昭子
発行所:みすず書房
サイズほか:21.6×15.7cm、395頁
巻末に地図、索引あり
表紙:ハードカバーにジャケット

◆ときの忘れものは、2012年2月10日[金]―2月25日[土]「ジョナス・メカス写真展」を開催しています(※会期中無休)。
それは友と共に、生きて今ここにあることの幸せと歓びを、いくたびもくりかえし感ずることのできた夏の日々。楽園の小さなかけらにも譬えられる日々だった
「this side of paradise」シリーズより日本未発表の大判作品13点を展示します。
1960年代末から70年代始め、暗殺された大統領の未亡人ジャッキー・ケネディがモントークのアンディ・ウォーホルの別荘を借り、メカスに子供たちの家庭教師に頼む。週末にはウォーホルやピーター・ビアードが加わり、皆で過ごした夏の日々、ある時間、ある断片が作品には切り取られています。60~70年代のアメリカを象徴する映像作品(静止した映画フィルム)です。

mekas_22_John_is_filming_Tina_
"John is filming Tina, his cousin. Montauk, Aug. 1972"
1972年 (Printed in 1999)
Type-Cプリント
イメージサイズ:49.3x32.5cm
シートサイズ :50.7x40.7cm
Ed.10 サインあり

mekas_23_John_Montauk_August_
"John, Montauk, Aug. 1972. Atlantic ocean at Montauk"
1972年 (Printed in 1999)
Type-Cプリント
イメージサイズ:49.1x32.4cm
シートサイズ :50.6x40.7cm
Ed.10 サインあり

mekas_24_John_on_a_waterskiing_trip_
"John on a water skiing trip. Montauk, Aug. 1972"
1972年 (Printed in 1999)
Type-Cプリント
イメージサイズ:49.0x32.5cm
シートサイズ :50.7x40.7cm
Ed.10 サインあり

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