森本悟郎のエッセイ その後・第6回
立石大河亞(1941~1998)(1) 展覧会直前の死
1998年5月9日、秋山祐徳太子、池田龍雄、井上洋介、U.G.サトー、杉浦康平、杉浦茂、谷川晃一、東松照明、中原佑介、中村宏の10氏を発起人として、中京大学(名古屋市)で立石大河亞さんを偲ぶ会が開かれた。会は本来なら初日を迎えた「立石大河亞展」の開催を、作家とともに祝うものとなる筈だったのだが……。
立石さんがC・スクエアを来訪されたのは田名網敬一展最終日の’96年6月、夫人の市毛富美子さん同伴だった。昼食を共にしながらのやりとりで、互いに展覧会を望んでいたことが判明した。ついてはぼくに見せたい作品があるというので、その月末に千葉県養老渓谷の立石宅を訪ねた。
用意してあったのは陶による立体の画家シリーズだった。もともとジャンルを越えた表現者で、タイガー立石から立石大河亞に改名した頃から陶の作品を作っていることは知っていた。しかもその年3月にINAXギャラリー(現LIXILギャラリー、東京)の「立石大河亞展 陶による世界模型・万物のうらおもて」で驚かされたばかりでもあった。それは正面がとりどりの花、背面はそれぞれ正面の作品タイトル(イタリアの都市を象徴する名称)にふさわしい建造物で造形され、表裏のシルエットが重なるようになっていた。絵画的視覚トリックを立体化したような表現はとても魅力的だった。
ところがそこで目にしたのはぼくの想像をはるかに超えていた。
INAXの作品は立体ではあるが、表裏があり、そのイメージの違いが眼に驚きをもたらす。対して画家シリーズは表裏があるわけではなく(敢えて言えば作品タイトルの刻印されている側が正面)、どこからでも見られるという意味では正しき西洋彫刻の規範に則っている。しかしそこでは、盛りだくさんなイメージを鏤めた外側と内側がトポロジカルに繋がり、時空を超えた世界が展開されるという、全く驚異の視覚体験をすることになるのだ。
凄い展覧会になりそうだと、ワクワクして帰途についた。
暫くして体調が悪いと本人から聞かされ、画家シリーズは中断したままとなった。肺癌が見つかったとの報告は、’97年晩夏、三重県津市を写真家の高梨豊さんと車で移動中に受けた。高梨さんは展覧会リーフレット用のポートレート撮影を買って出てくださった。展覧会の会期を前倒しできないかと、いろいろ試みたが不調に終わった。
それでも検査入院前に5枚組の大作「大江戸複雑系」を完成させ、肺癌告知を受けた後も油絵を描く環境整備のためアトリエ改装を行い、’98年に入ってから120号のコマ割り絵画2点、100号の「税官吏ルソー」「アンデスの汽車」を制作した。
立石さんと相談の上、出品作は陶による画家シリーズ14点、油彩1点、ドローイング40点とした(第2会場で市毛富美子展を同時開催)。作品集荷は’98年3月28日で、その日が立石大河亞さんとの最後となった。訃報に接したのは4月17日夜。名古屋のスタジオで立石作品の撮影を終え、帰宅したところだった。
「FIORIRE」1995年
INAXギャラリー
正面
「FIORIRE」1995年
右側面
「GUERNICA」1996年 個人蔵
C・スクエア(名古屋)
正面
右側面
背面
左側面
(もりもと ごろう)
■森本悟郎 Goro MORIMOTO
1948年愛知県に生まれる。1971年武蔵野美術大学造形学部美術学科卒業。1972年同専攻科修了。小学校から大学までの教職を経て、1994年から2014年3月末日まで中京大学アートギャラリーキュレーター。展評、作品解説、作家論など多数。
●今日のお勧め作品はベッティナ・ランスです。
(図1)
ベッティナ・ランス Bettina RHEIMS
「SYLVIA AUX LUNETTES, PARIS」
1984年
ゼラチンシルバープリント
61.0x50.2cm
Ed.15 サインあり
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作家と作品については、小林美香さんのエッセイ「写真のバックストーリー」第10回をお読みください。
立石大河亞(1941~1998)(1) 展覧会直前の死
1998年5月9日、秋山祐徳太子、池田龍雄、井上洋介、U.G.サトー、杉浦康平、杉浦茂、谷川晃一、東松照明、中原佑介、中村宏の10氏を発起人として、中京大学(名古屋市)で立石大河亞さんを偲ぶ会が開かれた。会は本来なら初日を迎えた「立石大河亞展」の開催を、作家とともに祝うものとなる筈だったのだが……。
立石さんがC・スクエアを来訪されたのは田名網敬一展最終日の’96年6月、夫人の市毛富美子さん同伴だった。昼食を共にしながらのやりとりで、互いに展覧会を望んでいたことが判明した。ついてはぼくに見せたい作品があるというので、その月末に千葉県養老渓谷の立石宅を訪ねた。
用意してあったのは陶による立体の画家シリーズだった。もともとジャンルを越えた表現者で、タイガー立石から立石大河亞に改名した頃から陶の作品を作っていることは知っていた。しかもその年3月にINAXギャラリー(現LIXILギャラリー、東京)の「立石大河亞展 陶による世界模型・万物のうらおもて」で驚かされたばかりでもあった。それは正面がとりどりの花、背面はそれぞれ正面の作品タイトル(イタリアの都市を象徴する名称)にふさわしい建造物で造形され、表裏のシルエットが重なるようになっていた。絵画的視覚トリックを立体化したような表現はとても魅力的だった。
ところがそこで目にしたのはぼくの想像をはるかに超えていた。
INAXの作品は立体ではあるが、表裏があり、そのイメージの違いが眼に驚きをもたらす。対して画家シリーズは表裏があるわけではなく(敢えて言えば作品タイトルの刻印されている側が正面)、どこからでも見られるという意味では正しき西洋彫刻の規範に則っている。しかしそこでは、盛りだくさんなイメージを鏤めた外側と内側がトポロジカルに繋がり、時空を超えた世界が展開されるという、全く驚異の視覚体験をすることになるのだ。
凄い展覧会になりそうだと、ワクワクして帰途についた。
暫くして体調が悪いと本人から聞かされ、画家シリーズは中断したままとなった。肺癌が見つかったとの報告は、’97年晩夏、三重県津市を写真家の高梨豊さんと車で移動中に受けた。高梨さんは展覧会リーフレット用のポートレート撮影を買って出てくださった。展覧会の会期を前倒しできないかと、いろいろ試みたが不調に終わった。
それでも検査入院前に5枚組の大作「大江戸複雑系」を完成させ、肺癌告知を受けた後も油絵を描く環境整備のためアトリエ改装を行い、’98年に入ってから120号のコマ割り絵画2点、100号の「税官吏ルソー」「アンデスの汽車」を制作した。
立石さんと相談の上、出品作は陶による画家シリーズ14点、油彩1点、ドローイング40点とした(第2会場で市毛富美子展を同時開催)。作品集荷は’98年3月28日で、その日が立石大河亞さんとの最後となった。訃報に接したのは4月17日夜。名古屋のスタジオで立石作品の撮影を終え、帰宅したところだった。
「FIORIRE」1995年INAXギャラリー
正面
「FIORIRE」1995年右側面
「GUERNICA」1996年 個人蔵C・スクエア(名古屋)
正面
右側面
背面
左側面(もりもと ごろう)
■森本悟郎 Goro MORIMOTO
1948年愛知県に生まれる。1971年武蔵野美術大学造形学部美術学科卒業。1972年同専攻科修了。小学校から大学までの教職を経て、1994年から2014年3月末日まで中京大学アートギャラリーキュレーター。展評、作品解説、作家論など多数。
●今日のお勧め作品はベッティナ・ランスです。
(図1)ベッティナ・ランス Bettina RHEIMS
「SYLVIA AUX LUNETTES, PARIS」
1984年
ゼラチンシルバープリント
61.0x50.2cm
Ed.15 サインあり
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作家と作品については、小林美香さんのエッセイ「写真のバックストーリー」第10回をお読みください。
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