スタッフSの海外ネットサーフィン No.19
「Durer’s paper triumph - the arch of the Emperor Maximilian」

British Museum


月の頭は「10月なのにまだまだ暑いなァ」などとボヤいていたものですが、ここ数日で秋を通り越して冬めいてきてすらいるような今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。半年振りの布団の温もりに、毎晩寝床に入るのが楽しみでしょうがないスタッフSこと新澤です。

来月の「スタッフSの海外ネットサーフィン」は、先月のKIAF/14の時と同様に、シンガポールで開催されるSingapore Art Fairのレポートを兼ねます。以前この連載でも取り上げたことがあるように、かつては親の仕事の都合で住んでいたことがある場所ではありますが、それも今は昔のお話。計算してみると、実に四半世紀前のことなワケでして…ちょっとした浦島太郎気分が味わえるかもと不安半分期待半分です。まぁ今回の記事には例によって全く関係ありませんが。

British_Museum_Reading_Room_Panorama_Feb_2006

今回ご紹介するのは都合三回目となる大英博物館でございます。正直「また?」とか言われそうなのは承知していますが、やはり自分が一番馴染みがあり、かつ興味を惹く海外イベントとなると英国が主となってしまう辺り、学生時代を過ごした土地というのは強く人に影響を残すもののようです。

で、肝心のイベントですが、今回ご紹介するのは「Durer’s paper triumph - the arch of the Emperor Maximilian」
開催期間は9月11日から11月16日まで、入場は無料です。

The_Triumphal_Arch_of_Maximilian

展示内容はルネッサンス時代の画家、版画家にして数学者でもあったアルブレヒト・デューラー(1471-1528)の超大型木版画で、この作品はハプスブルク家の隆盛の基礎を築いたことから、大帝とも呼ばれる神聖ローマ皇帝マクシミリアンⅠ世の依頼で制作されたものです。3.5mの高さを誇る凱旋門の木版画は、今日においても世界屈指の大きさを誇る作品で、足掛け3年、延べ195枚の木版を用いて制作されました。

このイベントが自分の目に留まったのは「建築物の版画作品」というときの忘れものが専門的に扱う題材と、展覧会の公式ホームページで相当細かい部分まで拡大できる作品画像が原因だったのですが、調べてみるとこのアルブレヒト・デューラー、中々興味深い出来事に見舞われています。

そも版画とは現在でこそ美術の技法の一つとして扱われていますが、かつてはメディアの一端を担う広告・通信手段でした。情報を拡散するためのメディアですから、複製品が出回るのは自明の理。昨今は著作権侵害やらコピーライト違反やらとイメージの利権に関するアレコレは尽きることなく問題となっていますが、デューラーの作品はその中でも記録に残る最古の案件だったりします。その歴史、遡ることなんと500年。

デューラーは作家として成功していたが故に贋作も多く存在しており、中には構図をそのままに木版ではなく銅版画で複製されてしまった作品もあります(しかも人によって贋作の方が評価が高かったりします)。当然それらを放置できる筈もなく、デューラーは贋作者を告訴しましたが、結果として彼が得たのは贋作には彼のサインである「AD」のイニシャルを記載しないということのみ。今日日の人間からしてみると目を疑うような判決です。デューラー自身もこの結果には納得していなかったようで、1511年に木版画連作「聖母伝」を制作した際には、前述のマクシミリアンⅠ世より与えられた特権を用いて帝国内における作品の複製と無断販売を禁じています。「作家の権利」などというものが認知され始めたのが1800年代後半であることを考えると、相当先進的です。が、モラルが昔より浸透している現代でさえ違法コピーが溢れる中、王の権威を後ろ盾にしたところで、当時贋作品の流通にどれだけ歯止めがかかったかは怪しいと自分には思えます。人間金と権利が絡むと執念深いですからね。

ちなみに今回の贋作に関する話題は、「美術手帖2014年9月号」により詳しく記されています。一冊丸々が贋作についての特集で、普段とは違った物の見方が出来ること間違いなしです。

(しんざわゆう)

The British Museum公式サイト:http://www.britishmuseum.org
展覧会紹介ページ:http://www.britishmuseum.org/whats_on/exhibitions/durers_paper_triumph.aspx
"British Museum Reading Room Panorama Feb 2006" by Diliff - Own work. Licensed under CC BY 2.5 via Wikimedia Commons.

◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・去る8月20日亡くなられた宮脇愛子先生のエッセイ「私が出逢った作家たち」はコチラです
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  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」は終了しました。
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 ・君島彩子のエッセイ「墨と仏像と私」は終了しました。
 ・鳥取絹子のエッセイ「百瀬恒彦の百夜一夜」は終了しました。
 ・ときの忘れものでは2014年からシリーズ企画「瀧口修造展」を開催し、関係する記事やテキストを「瀧口修造の世界」として紹介します。土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。

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●今日のお勧め作品はデューラー の向うを張って日和崎尊夫の生涯最大の作品(木口木版)です。
日和崎尊夫「新世界」600
日和崎尊夫「新世界」
1989年 木口木版
イメージサイズ:54×46cm
シートサイズ:77×56cm
Ed.50 Signed

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