開催中の「戦後の前衛美術'50~'70 PartII S氏&F氏コレクションより」の出品作品を順次ご紹介しています。
1番~25番はコチラ、
26番~52番はコチラ。
1番から52番までの前二回は日本人作家でしたが、53番以降はすべて海外作家です。
本日は53番アレシンスキーから65番カレン・バーバーまでを掲載します。
馴染みのない作家もいるでしょうが、ともに語学をよくし国際感覚に優れたS氏並びにF氏ならではのコレクションです。
作品の詳細、コンディション等については遠慮なくお問い合わせください。
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ロットNo.53
ピエール・アレシンスキー
(作品)
1963年
水彩
イメージサイズ:25.0x42.0cm
シートサイズ:28.0x44.0cm
サインあり
■ピエール・アレシンスキー Pierre ALECHINSKY (1927-)
ベルギーに生まれる。当初はキュビスムの影響下にあったが、アンソー ルの作品を知り表現主義的色彩を強める。「若きベルギー絵画」「コブラ」などの運動に参加。日本の書にも興味を持ち、森田子龍の「墨美」グループと交 流。1955年には来日して映画「日本の書」を制作。1960年代初頭にアメリカを訪問して以降は油彩を放棄し、アクリル画や版画を制作。渦巻くような独特の魅力的な線による、幻想的ヴィジョンに満ちたエネルギッシュな作風を得意とする。
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ロットNo.54
マッツ・グスタフソン
《黄色の花》
1990年
水彩
イメージサイズ:36.5×28.5cm
フレームサイズ:62.0×54.0cm
サインあり
■マッツ・グスタフソン Mats GUSTAFSON (1951-)
スウェーデン出身のイラストレーター。ストックホルムの大学を卒業後、ステージデザインを経てイラストレーターとして活動を開始。80年代から90年代にかけてファッションイラストレーションの分野で独特なタッチで一世を風靡した後、ポートレートやヌードに始まる作家的な活動を開始、アート界でも高く評価されている。フランスやイタリアのVOGUE誌やThe New Yorkerでイラストレーションを掲載する他にも、世界各地で個展やグループ展を開催している。
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ロットNo.55
ビクトール・クールバック
《幸福な男》
1979年
銅版画
イメージサイズ:15.0x10.8cm
フレームサイズ:42.7x35.1cm
サインあり
■ビクトール・クールバック Victor KOULBAK (1946-)
ロシア・モスクワ出身の画家。コンテンポラリアートにルネサンス期の技法(特にシルバーポイント)を再び持ち込んだ事で知られる作家。幼少時にモスクワのエコール・デ・ボザールのディレクターに見いだされ、同校にて4年間古典的な画法を学ぶ。その後プロの作家に師事するも、得るものがないと、過去の巨匠から独学で学ぶようになった。1975年にソビエト連邦を離れ、オーストリア、スウェーデンを経由して1976年フランス・パリに移住。以後25回の個展とそれ以上の展覧会を世界各地で開催。2000年以降はマルタに在住。
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ロットNo.56
ロベルト・クリッパ
(作品)
1957年
水彩
イメージサイズ:49.0x69.0cm
フレームサイズ:52.0x72.5cm
サインあり、献辞あり
■ロベルト・クリッパ Roberto CRIPPA (1921ー1972)
イタリア出身の画家・彫刻家。ミラノ・モンツァ生まれ。ミラノのブレラアカデミーで美術を学ぶ。短い抽象画作成の後、ルシオ・フォンタナと共にスペシャリズム運動に参加。1950~53年のスペシャリズムマニフェストの署名者の一人となる。1949~52年にかけて、イタリアのアクションペインティングの先駆者として活動。50年代半ばからは知人のシュルレアリスム作家達の影響からトーテム風の人物画の制作を開始。56年からはそれらを鉄で鋳造した立体の制作も始める。58年以降は木片や新聞など多彩な材料を用いたコラージュレリーフを制作。その色彩は年を経る毎に豊かになっていった。空中アクロバティックのチャンピオンでもあったが、1972年にミラノ・ブレッソにて飛行機事故により逝去。
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ロットNo.57
ジョン・F・ケーニング
(作品)
1977年
油彩・コラージュ、キャンバス
イメージサイズ:55.5x46.0cm(F12号)
フレームサイズ:74.0×63.0cm
サインあり
■ジョン・F・ケーニング John F. KOENIG (1924ー2008)
アメリカ・シアトルに生まれる。子どもの頃からシアトル東洋美術館のコレクションに感銘を受け、成人してからは何度も来日し日本文化や美を追求し作品制作に生かした。戦中シェルブールを飛行中にフランスに一目惚れし、戦後フランスに渡り教育を受ける。アメリカとフランスで暮らす。欧州のモダニズムに影響され、コラージュ、抽象絵画に取り組むようになる。1985年フランスの芸術文化勲章を授与。
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ロットNo.58
ジャン・コクトー
(表)《ピエロ》
パステル、クレヨン
64.0×47.5cm
フレームサイズ:87×70.5cm
サインあり
(裏)《紳士と犬》
47.5×62.5cm
■ジャン・コクトー Jean COCTEAU (1889ー1963)
フランス・パリ出身の芸術家。画家として以外にも詩人、小説家、劇作家、評論家として著名であり、映画監督、脚本家としての活動も行った。中でも詩人と呼ばれることを本人は好んだ。ダダやシュルレアリスムといった現代芸術運動とは相互に影響はあったと考えられるが、自身は直接は運動に参加せず、逆にしばしば対立していた。サティやピカソと親交があり、1917年には両名と手がけたバレエ『パラード』を公開している。1936年に日本を訪れた際には相撲と歌舞伎に感心し、相撲を「バランスの芸術」と呼んでいる。1960年に「詩人の王」に選ばれているが、この際に、アンドレ・ブルトンからは反対を受けている。
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ロットNo.59
ピエール・スーラージュ
《エッチング XI》
1957年
銅版
イメージサイズ:39.4x39.8cm
シートサイズ:65.6×50.1cm
サインあり、献辞あり
■ピエール・スーラージュ Pierre SOULAGES (1919ー)
フランスに生まれる。少年時代から生まれ故郷の先史時代の遺跡、巨石記念物、壁画およびコンクの大修道院をはじめとするロマネスク建築と美術を身近に見て育った。18歳のときパリでセザンヌとピカソの作品を知り、抽象絵画を描き始める。主として白地に黒や、クルミ染料を使った焦げ茶のシンプルな幅広い筆跡の重なりによる画面を構成する。単純な絵具の帯の重なりのようにみえる画面は、複数の空間が存在するかのような奥行きのある建築的な構造となっている。「黒の画家」と謳われ、1979年頃より光と絵画の関係性を探るための「黒」の絵画シリーズを展開している。2009年パリのポンピドゥー・センターで大回顧展が開催された。
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ロットNo.60
ベルナルド・チャイルズ
(作品)
1959年
油彩
イメージサイズ:46.0x54.5cm(F10号)
フレームサイズ:48.7×57.7cm
サインあり
■ベルナルド・チャイルズ Bernard CHILDS (1910ー1985)
アメリカ・ニューヨークでロシア系移民の子として生まれる。本格的に作家活動を開始したのは終戦後の1947年以降であり、50~60年代はイタリア、パリ、日本等を旅行、あるいは住んでおり、1966年から1977の間はパリとニューヨークに住んだ。1950年代に独自の抽象画表現を確立し、1955年には絵画に合わせる版画の制作にも取り組む。版の制作時にチャイルズは電動工具の使用し、これにより独特の描画をその版画にもたらした。1959年からは肖像画の制作を始め、60年代に日本を訪れて以来、油彩に砂やカーボランダムを混ぜ込んだメディアで制作をするようになる。
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ロットNo.61
マーク・トビー
(作品)
1964年
水彩
イメージサイズ:44.0x24.5cm
フレームサイズ:46.3×26.6cm
サインあり
■マーク・トビー Mark TOBEY (1890ー1976)
アメリカ・ウィスコンシン生まれ。シカゴ・アート・インスティテュートなどで学び、コマーシャル美術の仕事を経て1918年にバハイ教に入信。1934年日本旅行の際に書道に接し、その影響からホワイト・ライティングと呼ばれる神秘的、宗教的抽象絵画を開発。跳ねるように錯綜する線の無限連続でイメージを捉えようとした作風は、バハイ信仰と禅に由来しているものであり、ニューヨークの抽象表現主義の先駆的位置を占める存在となった。代表作に「ブロードウェイ」(1935年)があり、1958年にはベネチア国際ビエンナーレ美術展で国際大賞を受賞している。
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ロットNo.62
イェフダ・ニーマン
(作品)
1962年
油彩、キャンバス
イメージサイズ:40.0x40.0cm
フレームサイズ:43.8x44.0cm
サインあり
ロットNo.63
イェフダ・ニーマン
(作品)
1968年
油彩、キャンバス
81.0x65.0cm
サインあり
■イェフダ・ニーマン Yehuda NEIMAN (1931-2011)
ポーランド出身の画家、彫刻家、写真家。人体、特に女性の裸体の部分彫刻や、裸体の一部分の写真を複製、組み合わせた作品で知られる。1939年にポーランドからイスラエルに移住し、1949年にはテルアビブの美術大学を卒業。ロンドンを経て1954年以降はパリに定住した。パリではモンパルナスに居を構え、ティンゲリーやジャコメッティといった幅広い作家と交友を持っていた。
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ロットNo.64
バルテュス
《嵐が丘挿絵より》
リトグラフ
イメージサイズ:49.0×41.5cm
シートサイズ:75.5×56.2cm
サインあり、献辞あり
■バルテュス Balthus (1908-2001)
フランス生まれ。「二十世紀最後の巨匠」とピカソに称えられる画家。ルーヴル美術館で古典絵画の巨匠たちの作品を模写することで独学で古典を消化した、堅固な構成と繊細な描法でモニュメンタルな女性や少女像を多く描いたが、活動当初はシュルレアリスムや表現主義の全盛期であったため、作品の売り込みに苦労し、衝撃的な題材を描くなど、話題集めに苦心した。1941年にはピカソがバルテュスの「ブランシャール家の子どもたち」を購入しており、この作品はバルテュスの生存中にルーブル美術館に展示されている。1964年、作家で当時は文化大臣だったアンドレ・マルローによって、ローマのヴィラ・メディチ(芸術のためのフランス大使館の役割をもっていた)の館長に就任、文化交流とともに館の再生にあたった。
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ロットNo.65
カレン・バーバー
《Bird Paradise》
1990年
水彩
イメージサイズ:16.0×76.0cm
シートサイズ:36.5x95.5cm
サインあり
■カレン・バーバー Karen Barbour (1956ー)
サンフランシスコに生まれ。カリフォルニア大学卒業後、サンフランシスコ美術専門学校で絵を学ぶ。現在はフリーランスのイラストレーター、アニメーターとして活躍している。「ヴォーグ」「ニューヨーク・タイムズ」「コスモポリタン」「セブンティーン」などの新聞や雑誌をはじめ、テレビのアニメ制作など活動の場は広い。最初の絵本である"Little Nino's Pizzeria"(1987)は、アメリカ国内でさまざまな賞を受賞し、またバージニア・ハミルトンの夫である詩人アーノルド・アドフの文に絵をつけた"Flamboyan"(1988)でもいくつかの賞を得ている。バーバーの強烈な色彩とシンプルな線で表現される絵は、マチスやゴーギャンの絵を連想させると評されている。現在は画家である夫と共に、ニューヨークのサンフランシスコに居を構えている。
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◆ときの忘れものは2015年11月28日[土]―12月5日[土]「戦後の前衛美術'50~'70 PartII S氏&F氏コレクションより」を開催しています(*会期中無休)。

1950年代から前衛美術運動に参加、幅広い分野で半世紀にわたり活躍したS氏と、同じく50年代から現代美術を蒐集してきた国際派の経済人F氏のコレクションから78点を入札方式で頒布します。
【出品作家】
相笠昌義、朝倉摂、粟津潔、池田龍雄、池田満寿夫、伊藤憲治、猪熊弦一郎、井上公雄、岩中徳次郎、岡田謙三、金子國義、鴨居羊子、柄澤斉、川端実、北代省三、絹谷幸二、小紋章子、斎藤隆、佐野繁次郎、嶋田しづ、末松正樹、菅木志雄、勝呂忠、千住博、タイガー立石、高松次郎、高山登、タジリシンキチ、谷川晃一、利根山光人、中西夏之、野間佳子、馬場彬、浜口陽三、早川重章、針生鎮郎、平賀敬、福田繁雄、松崎真一、松崎鐘美、松澤宥、三井永一、三宅一生、吉仲太造、脇田愛二郎、渡辺豊重、
ピエール・アレシンスキー、マッツ・グスタフソン、クールバック、クリッパ、J.F.ケーニング、ジャン・コクトー、P.スーラージュ、チャイルズ、マーク・トビー、Y. Neiman、バルテュス、カレン・バーバー、フェイト、ジャン=ミシェル・フォロン、ルチオ・フォンタナ、デイヴィッド・ホックニー、マリノ・マリーニ、ジョアン・ミロ、J.メサジェ、ピエト・モンドリアン、ユヌス、ロバート・ラウシェンバーグ、S.ロディヨン、フリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサー、S.Hdliku
1番~25番はコチラ、
26番~52番はコチラ。
1番から52番までの前二回は日本人作家でしたが、53番以降はすべて海外作家です。
本日は53番アレシンスキーから65番カレン・バーバーまでを掲載します。
馴染みのない作家もいるでしょうが、ともに語学をよくし国際感覚に優れたS氏並びにF氏ならではのコレクションです。
作品の詳細、コンディション等については遠慮なくお問い合わせください。
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ロットNo.53ピエール・アレシンスキー
(作品)
1963年
水彩
イメージサイズ:25.0x42.0cm
シートサイズ:28.0x44.0cm
サインあり
■ピエール・アレシンスキー Pierre ALECHINSKY (1927-)
ベルギーに生まれる。当初はキュビスムの影響下にあったが、アンソー ルの作品を知り表現主義的色彩を強める。「若きベルギー絵画」「コブラ」などの運動に参加。日本の書にも興味を持ち、森田子龍の「墨美」グループと交 流。1955年には来日して映画「日本の書」を制作。1960年代初頭にアメリカを訪問して以降は油彩を放棄し、アクリル画や版画を制作。渦巻くような独特の魅力的な線による、幻想的ヴィジョンに満ちたエネルギッシュな作風を得意とする。
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ロットNo.54マッツ・グスタフソン
《黄色の花》
1990年
水彩
イメージサイズ:36.5×28.5cm
フレームサイズ:62.0×54.0cm
サインあり
■マッツ・グスタフソン Mats GUSTAFSON (1951-)
スウェーデン出身のイラストレーター。ストックホルムの大学を卒業後、ステージデザインを経てイラストレーターとして活動を開始。80年代から90年代にかけてファッションイラストレーションの分野で独特なタッチで一世を風靡した後、ポートレートやヌードに始まる作家的な活動を開始、アート界でも高く評価されている。フランスやイタリアのVOGUE誌やThe New Yorkerでイラストレーションを掲載する他にも、世界各地で個展やグループ展を開催している。
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ロットNo.55ビクトール・クールバック
《幸福な男》
1979年
銅版画
イメージサイズ:15.0x10.8cm
フレームサイズ:42.7x35.1cm
サインあり
■ビクトール・クールバック Victor KOULBAK (1946-)
ロシア・モスクワ出身の画家。コンテンポラリアートにルネサンス期の技法(特にシルバーポイント)を再び持ち込んだ事で知られる作家。幼少時にモスクワのエコール・デ・ボザールのディレクターに見いだされ、同校にて4年間古典的な画法を学ぶ。その後プロの作家に師事するも、得るものがないと、過去の巨匠から独学で学ぶようになった。1975年にソビエト連邦を離れ、オーストリア、スウェーデンを経由して1976年フランス・パリに移住。以後25回の個展とそれ以上の展覧会を世界各地で開催。2000年以降はマルタに在住。
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ロットNo.56ロベルト・クリッパ
(作品)
1957年
水彩
イメージサイズ:49.0x69.0cm
フレームサイズ:52.0x72.5cm
サインあり、献辞あり
■ロベルト・クリッパ Roberto CRIPPA (1921ー1972)
イタリア出身の画家・彫刻家。ミラノ・モンツァ生まれ。ミラノのブレラアカデミーで美術を学ぶ。短い抽象画作成の後、ルシオ・フォンタナと共にスペシャリズム運動に参加。1950~53年のスペシャリズムマニフェストの署名者の一人となる。1949~52年にかけて、イタリアのアクションペインティングの先駆者として活動。50年代半ばからは知人のシュルレアリスム作家達の影響からトーテム風の人物画の制作を開始。56年からはそれらを鉄で鋳造した立体の制作も始める。58年以降は木片や新聞など多彩な材料を用いたコラージュレリーフを制作。その色彩は年を経る毎に豊かになっていった。空中アクロバティックのチャンピオンでもあったが、1972年にミラノ・ブレッソにて飛行機事故により逝去。
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ロットNo.57ジョン・F・ケーニング
(作品)
1977年
油彩・コラージュ、キャンバス
イメージサイズ:55.5x46.0cm(F12号)
フレームサイズ:74.0×63.0cm
サインあり
■ジョン・F・ケーニング John F. KOENIG (1924ー2008)
アメリカ・シアトルに生まれる。子どもの頃からシアトル東洋美術館のコレクションに感銘を受け、成人してからは何度も来日し日本文化や美を追求し作品制作に生かした。戦中シェルブールを飛行中にフランスに一目惚れし、戦後フランスに渡り教育を受ける。アメリカとフランスで暮らす。欧州のモダニズムに影響され、コラージュ、抽象絵画に取り組むようになる。1985年フランスの芸術文化勲章を授与。
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ロットNo.58ジャン・コクトー
(表)《ピエロ》
パステル、クレヨン
64.0×47.5cm
フレームサイズ:87×70.5cm
サインあり
(裏)《紳士と犬》47.5×62.5cm
■ジャン・コクトー Jean COCTEAU (1889ー1963)
フランス・パリ出身の芸術家。画家として以外にも詩人、小説家、劇作家、評論家として著名であり、映画監督、脚本家としての活動も行った。中でも詩人と呼ばれることを本人は好んだ。ダダやシュルレアリスムといった現代芸術運動とは相互に影響はあったと考えられるが、自身は直接は運動に参加せず、逆にしばしば対立していた。サティやピカソと親交があり、1917年には両名と手がけたバレエ『パラード』を公開している。1936年に日本を訪れた際には相撲と歌舞伎に感心し、相撲を「バランスの芸術」と呼んでいる。1960年に「詩人の王」に選ばれているが、この際に、アンドレ・ブルトンからは反対を受けている。
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ロットNo.59ピエール・スーラージュ
《エッチング XI》
1957年
銅版
イメージサイズ:39.4x39.8cm
シートサイズ:65.6×50.1cm
サインあり、献辞あり
■ピエール・スーラージュ Pierre SOULAGES (1919ー)
フランスに生まれる。少年時代から生まれ故郷の先史時代の遺跡、巨石記念物、壁画およびコンクの大修道院をはじめとするロマネスク建築と美術を身近に見て育った。18歳のときパリでセザンヌとピカソの作品を知り、抽象絵画を描き始める。主として白地に黒や、クルミ染料を使った焦げ茶のシンプルな幅広い筆跡の重なりによる画面を構成する。単純な絵具の帯の重なりのようにみえる画面は、複数の空間が存在するかのような奥行きのある建築的な構造となっている。「黒の画家」と謳われ、1979年頃より光と絵画の関係性を探るための「黒」の絵画シリーズを展開している。2009年パリのポンピドゥー・センターで大回顧展が開催された。
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ロットNo.60ベルナルド・チャイルズ
(作品)
1959年
油彩
イメージサイズ:46.0x54.5cm(F10号)
フレームサイズ:48.7×57.7cm
サインあり
■ベルナルド・チャイルズ Bernard CHILDS (1910ー1985)
アメリカ・ニューヨークでロシア系移民の子として生まれる。本格的に作家活動を開始したのは終戦後の1947年以降であり、50~60年代はイタリア、パリ、日本等を旅行、あるいは住んでおり、1966年から1977の間はパリとニューヨークに住んだ。1950年代に独自の抽象画表現を確立し、1955年には絵画に合わせる版画の制作にも取り組む。版の制作時にチャイルズは電動工具の使用し、これにより独特の描画をその版画にもたらした。1959年からは肖像画の制作を始め、60年代に日本を訪れて以来、油彩に砂やカーボランダムを混ぜ込んだメディアで制作をするようになる。
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ロットNo.61マーク・トビー
(作品)
1964年
水彩
イメージサイズ:44.0x24.5cm
フレームサイズ:46.3×26.6cm
サインあり
■マーク・トビー Mark TOBEY (1890ー1976)
アメリカ・ウィスコンシン生まれ。シカゴ・アート・インスティテュートなどで学び、コマーシャル美術の仕事を経て1918年にバハイ教に入信。1934年日本旅行の際に書道に接し、その影響からホワイト・ライティングと呼ばれる神秘的、宗教的抽象絵画を開発。跳ねるように錯綜する線の無限連続でイメージを捉えようとした作風は、バハイ信仰と禅に由来しているものであり、ニューヨークの抽象表現主義の先駆的位置を占める存在となった。代表作に「ブロードウェイ」(1935年)があり、1958年にはベネチア国際ビエンナーレ美術展で国際大賞を受賞している。
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ロットNo.62イェフダ・ニーマン
(作品)
1962年
油彩、キャンバス
イメージサイズ:40.0x40.0cm
フレームサイズ:43.8x44.0cm
サインあり
ロットNo.63イェフダ・ニーマン
(作品)
1968年
油彩、キャンバス
81.0x65.0cm
サインあり
■イェフダ・ニーマン Yehuda NEIMAN (1931-2011)
ポーランド出身の画家、彫刻家、写真家。人体、特に女性の裸体の部分彫刻や、裸体の一部分の写真を複製、組み合わせた作品で知られる。1939年にポーランドからイスラエルに移住し、1949年にはテルアビブの美術大学を卒業。ロンドンを経て1954年以降はパリに定住した。パリではモンパルナスに居を構え、ティンゲリーやジャコメッティといった幅広い作家と交友を持っていた。
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ロットNo.64バルテュス
《嵐が丘挿絵より》
リトグラフ
イメージサイズ:49.0×41.5cm
シートサイズ:75.5×56.2cm
サインあり、献辞あり
■バルテュス Balthus (1908-2001)
フランス生まれ。「二十世紀最後の巨匠」とピカソに称えられる画家。ルーヴル美術館で古典絵画の巨匠たちの作品を模写することで独学で古典を消化した、堅固な構成と繊細な描法でモニュメンタルな女性や少女像を多く描いたが、活動当初はシュルレアリスムや表現主義の全盛期であったため、作品の売り込みに苦労し、衝撃的な題材を描くなど、話題集めに苦心した。1941年にはピカソがバルテュスの「ブランシャール家の子どもたち」を購入しており、この作品はバルテュスの生存中にルーブル美術館に展示されている。1964年、作家で当時は文化大臣だったアンドレ・マルローによって、ローマのヴィラ・メディチ(芸術のためのフランス大使館の役割をもっていた)の館長に就任、文化交流とともに館の再生にあたった。
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ロットNo.65カレン・バーバー
《Bird Paradise》
1990年
水彩
イメージサイズ:16.0×76.0cm
シートサイズ:36.5x95.5cm
サインあり
■カレン・バーバー Karen Barbour (1956ー)
サンフランシスコに生まれ。カリフォルニア大学卒業後、サンフランシスコ美術専門学校で絵を学ぶ。現在はフリーランスのイラストレーター、アニメーターとして活躍している。「ヴォーグ」「ニューヨーク・タイムズ」「コスモポリタン」「セブンティーン」などの新聞や雑誌をはじめ、テレビのアニメ制作など活動の場は広い。最初の絵本である"Little Nino's Pizzeria"(1987)は、アメリカ国内でさまざまな賞を受賞し、またバージニア・ハミルトンの夫である詩人アーノルド・アドフの文に絵をつけた"Flamboyan"(1988)でもいくつかの賞を得ている。バーバーの強烈な色彩とシンプルな線で表現される絵は、マチスやゴーギャンの絵を連想させると評されている。現在は画家である夫と共に、ニューヨークのサンフランシスコに居を構えている。
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◆ときの忘れものは2015年11月28日[土]―12月5日[土]「戦後の前衛美術'50~'70 PartII S氏&F氏コレクションより」を開催しています(*会期中無休)。

1950年代から前衛美術運動に参加、幅広い分野で半世紀にわたり活躍したS氏と、同じく50年代から現代美術を蒐集してきた国際派の経済人F氏のコレクションから78点を入札方式で頒布します。
【出品作家】
相笠昌義、朝倉摂、粟津潔、池田龍雄、池田満寿夫、伊藤憲治、猪熊弦一郎、井上公雄、岩中徳次郎、岡田謙三、金子國義、鴨居羊子、柄澤斉、川端実、北代省三、絹谷幸二、小紋章子、斎藤隆、佐野繁次郎、嶋田しづ、末松正樹、菅木志雄、勝呂忠、千住博、タイガー立石、高松次郎、高山登、タジリシンキチ、谷川晃一、利根山光人、中西夏之、野間佳子、馬場彬、浜口陽三、早川重章、針生鎮郎、平賀敬、福田繁雄、松崎真一、松崎鐘美、松澤宥、三井永一、三宅一生、吉仲太造、脇田愛二郎、渡辺豊重、
ピエール・アレシンスキー、マッツ・グスタフソン、クールバック、クリッパ、J.F.ケーニング、ジャン・コクトー、P.スーラージュ、チャイルズ、マーク・トビー、Y. Neiman、バルテュス、カレン・バーバー、フェイト、ジャン=ミシェル・フォロン、ルチオ・フォンタナ、デイヴィッド・ホックニー、マリノ・マリーニ、ジョアン・ミロ、J.メサジェ、ピエト・モンドリアン、ユヌス、ロバート・ラウシェンバーグ、S.ロディヨン、フリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサー、S.Hdliku
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