石原悦郎——写真をアートにした希代のギャラリスト
飯沢耕太郎(写真評論家)
2016年2月27日、石原悦郎さんの死去が伝えられた。享年74。石原さんとは個人的な交友も多少あったので、いろいろな思いが渦巻いている。今はただただご冥福をお祈りしたい。
石原さんの最大の功績は、何といっても1978年に「オリジナル・プリント」の展示・販売をめざすギャラリー、ツァイト・フォト・サロンを、日本ではじめて東京・日本橋に創設したことだろう。今でこそ、写真をアート作品として収集・展示するギャラリーや美術館はあたり前になっているが、当時としては時代に先駆けたものだったのだ。写真は報道や広告のような視覚的な情報伝達の手段であり、何枚でも複製できるプリントに価値はないという考え方が一般的だった時代に、石原さんはアジェやカルティエ=ブレッソンやマン・レイの「オリジナル・プリント」を展示・販売することで、敢然とチャレンジしていった。
石原さんが笑いながら話してくれたことがある。「ツァイトでは鳥を飼っていたんだよ。閑古鳥という鳥をね」。実際、最初の一年余り、お客はほとんど来なかったようだ。だが、少しずつその存在が知られるようになり、1980年代になると森山大道、荒木経惟、植田正治、北井一夫、そしてより若い世代の柴田敏雄、杉本博司、渡辺兼人、畠山直哉、伊奈英次など日本の写真家たちにも門戸を開いていく。
1985年、科学万博の開催にあわせて開設した「つくば写真美術館」のことも忘れることができない。「パリ・ニューヨーク・東京」という三都市を取り巻く写真の状況を、19世紀から現代まで、450点余りの写真作品(すべて石原さんが私財を投じて蒐集したもの)で辿る大展示会だが、経済的には惨敗だった。この展覧会に金子隆一、平木収、横江文憲、谷口雅、伊藤俊治の諸氏ともに、「キュレーター・グループ」の一員としてかかわらせていただいたのは、僕にとっても得がたい経験だった。わずか半年余りしか開催できなかったのだが、この仮設の美術館が、川崎市市民ミュージアム、横浜美術館、そして東京都写真美術館など、80年代末〜90年代初頭にかけて次々にオープンした、本格的な写真部門を持つ美術館の呼び水になったことは間違いない。
ツァイト・フォト・サロンは90年代以降、日本橋のブリヂストン美術館の裏手、さらに京橋と移転し、オノデラユキ、米田知子、鷹野隆大、鈴木涼子、蔵真墨など、さらに若い世代の作家たちを取り上げていった。展示を見に行き、石原さんと作品を見ながらいろいろな話をするのが楽しみだった。作品を売買するというだけではなく、彼は写真家、コレクター、編集者、評論家などのオープンな出会いの場として、ツァイトを育てていこうとしていたのではないだろうか。経済よりもロマンを優先するという思いは、いつお会いしてもはっきりと伝わってきたし、本音で話ができるギャラリストはなかなかいない中で、彼の存在は代えがたい貴重なものだったと思う。
とはいえ、立ち止まっているわけにはいかない。ツァイトが創設された1970年代と比較すれば、写真をアートとして認知する見方は大きく広がり、ほぼ定着したといってもよいだろう。実際に、写真作品を扱うギャラリーや美術館も相当な数になってきている。だが、それが本当の意味で「文化」として根づいたのかといえば、まだ道半ばという印象を受ける。石原さんの遺志をどのように受け継いでいくのか、それぞれの覚悟が問われる正念場を迎えつつあるのではないだろうか。
(いいざわこうたろう)

渋谷・ギャラリー方寸
「瑛九その夢の方へ」オープニングにて
石原悦郎さん
1981年3月1日
(撮影:酒井猛)

八木長ビル時代のツァイト・フォト・サロンにて
左から石原輝雄さん、石原悦郎さん、笠原正明さん
(撮影: 土渕信彦)
*石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」 第9回より

ツァイト・フォト・サロンにて
石原悦郎さん
1984.8.19
(撮影:石原輝雄)
*石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」 第9回より

2014年3月
「アートフェア東京}(有楽町、東京国際フォーラム)にて
石原悦郎さん(左)、亭主、井桁裕子さん(右)
*画廊亭主敬白
石原悦郎さんの訃報に接し、40年前のあれこれを思い出しました。
ツァイト・フォト・サロンを開設した1978年に私たちがインタビューした記事を3月2日のブログに再録掲載したのは当時を知らない若い世代に石原さんがいかに時代に先駆けていたかを知ってもらいたかったからです。
3月4日お通夜の席で飯沢耕太郎さんに「ぜひ追悼文を書いてください」とお願いしました。
お忙しい中、ご執筆してくださったことに厚く御礼を申し上げます。
石原さん、あなたの志はきっと若い世代に受け継がれるでしょう。私もそんなに遠くない日にそちらに行くことになるでしょうからどうぞお手柔らかに。
心からご冥福を祈っています。
◆「アートブックラウンジ Vol.01“版画挿入本の世界”」
会期:2016年3月9日[水]~3月17日[木] ※日・月・祝日は休廊

今回より日・月・祝日は休廊しますので、実質7日間の会期です。
短い会期ですが、ご来廊のうえ実物(版画挿入本)を手にとってご覧ください。
同時開催:文承根展
●出品作品(版画挿入本)の一部をご紹介します
・李禹煥『李禹煥全版画 1970-1998』1998
・大竹伸朗『倫敦/香港 1980 (限定版)』1986
・ジャスパー・ジョーンズ『The Seasons』1991
・ジャスパー・ジョーンズ『Technics and Creativity: Gemini GEL』1971
・アンディ・ウォーホル『アンディ・ウォーホル展 1983-1984』1983
・アンディ・ウォーホル「KIKU」1983
・ENZO CUCCHI『Enzo Cucchi Scultura 1982-1988』1988
・靉嘔『GQ/5 1974』1974
・磯崎新『The Prints of ARATA ISOZAKI 1977-1983』1983
・堀内正和・磯崎新『堀内正和 磯崎新展』1982
・文承根『版画芸術19』1977
・WOLS『WOLS ヴォルス展/南画廊カタログ』1964
・木村光佑オリジナル版画「OUT OF TIME K」 「十人の版画家 」木村光佑オリジナル版画「OUT OF TIME K」、川合昭三、池田満寿夫、吉原英雄、永井一正、木村光佑黒崎彰署名1971
・難波田龍起『抽象』1979
・LAWRENCE WEINER『SKIMMING THE WATER [MENAGE A QUATRE』2010
・Park Seo-Bo『Enzo Esquisse - Drawing 1996-2001』2001
・李禹煥『版画芸術21』1977
・Sam Francis『Sam Francis』1992
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサートのご案内
第1回「独奏チェロによるJ.S.バッハと現代の音楽~ガット(羊腸)弦の音色で~」
日時:2016年3月19日(土)18時~19時
出演:富田牧子(チェロ)、木田いずみ(歌)
プロデュース:大野幸
曲目予定:J.S.バッハ、クルターク・ジェルジュ、ジョン・ケージ、尾高惇忠
*要予約=料金:1,000円
予約:メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com
●ときの忘れものは2016年3月より日曜、月曜、祝日は休廊します。
従来企画展開催中は無休で営業していましたが、今後は企画展を開催中でも、日曜、月曜、祝日は休廊します。
飯沢耕太郎(写真評論家)
2016年2月27日、石原悦郎さんの死去が伝えられた。享年74。石原さんとは個人的な交友も多少あったので、いろいろな思いが渦巻いている。今はただただご冥福をお祈りしたい。
石原さんの最大の功績は、何といっても1978年に「オリジナル・プリント」の展示・販売をめざすギャラリー、ツァイト・フォト・サロンを、日本ではじめて東京・日本橋に創設したことだろう。今でこそ、写真をアート作品として収集・展示するギャラリーや美術館はあたり前になっているが、当時としては時代に先駆けたものだったのだ。写真は報道や広告のような視覚的な情報伝達の手段であり、何枚でも複製できるプリントに価値はないという考え方が一般的だった時代に、石原さんはアジェやカルティエ=ブレッソンやマン・レイの「オリジナル・プリント」を展示・販売することで、敢然とチャレンジしていった。
石原さんが笑いながら話してくれたことがある。「ツァイトでは鳥を飼っていたんだよ。閑古鳥という鳥をね」。実際、最初の一年余り、お客はほとんど来なかったようだ。だが、少しずつその存在が知られるようになり、1980年代になると森山大道、荒木経惟、植田正治、北井一夫、そしてより若い世代の柴田敏雄、杉本博司、渡辺兼人、畠山直哉、伊奈英次など日本の写真家たちにも門戸を開いていく。
1985年、科学万博の開催にあわせて開設した「つくば写真美術館」のことも忘れることができない。「パリ・ニューヨーク・東京」という三都市を取り巻く写真の状況を、19世紀から現代まで、450点余りの写真作品(すべて石原さんが私財を投じて蒐集したもの)で辿る大展示会だが、経済的には惨敗だった。この展覧会に金子隆一、平木収、横江文憲、谷口雅、伊藤俊治の諸氏ともに、「キュレーター・グループ」の一員としてかかわらせていただいたのは、僕にとっても得がたい経験だった。わずか半年余りしか開催できなかったのだが、この仮設の美術館が、川崎市市民ミュージアム、横浜美術館、そして東京都写真美術館など、80年代末〜90年代初頭にかけて次々にオープンした、本格的な写真部門を持つ美術館の呼び水になったことは間違いない。
ツァイト・フォト・サロンは90年代以降、日本橋のブリヂストン美術館の裏手、さらに京橋と移転し、オノデラユキ、米田知子、鷹野隆大、鈴木涼子、蔵真墨など、さらに若い世代の作家たちを取り上げていった。展示を見に行き、石原さんと作品を見ながらいろいろな話をするのが楽しみだった。作品を売買するというだけではなく、彼は写真家、コレクター、編集者、評論家などのオープンな出会いの場として、ツァイトを育てていこうとしていたのではないだろうか。経済よりもロマンを優先するという思いは、いつお会いしてもはっきりと伝わってきたし、本音で話ができるギャラリストはなかなかいない中で、彼の存在は代えがたい貴重なものだったと思う。
とはいえ、立ち止まっているわけにはいかない。ツァイトが創設された1970年代と比較すれば、写真をアートとして認知する見方は大きく広がり、ほぼ定着したといってもよいだろう。実際に、写真作品を扱うギャラリーや美術館も相当な数になってきている。だが、それが本当の意味で「文化」として根づいたのかといえば、まだ道半ばという印象を受ける。石原さんの遺志をどのように受け継いでいくのか、それぞれの覚悟が問われる正念場を迎えつつあるのではないだろうか。
(いいざわこうたろう)

渋谷・ギャラリー方寸
「瑛九その夢の方へ」オープニングにて
石原悦郎さん
1981年3月1日
(撮影:酒井猛)

八木長ビル時代のツァイト・フォト・サロンにて
左から石原輝雄さん、石原悦郎さん、笠原正明さん
(撮影: 土渕信彦)
*石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」 第9回より

ツァイト・フォト・サロンにて
石原悦郎さん
1984.8.19
(撮影:石原輝雄)
*石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」 第9回より

2014年3月
「アートフェア東京}(有楽町、東京国際フォーラム)にて
石原悦郎さん(左)、亭主、井桁裕子さん(右)
*画廊亭主敬白
石原悦郎さんの訃報に接し、40年前のあれこれを思い出しました。
ツァイト・フォト・サロンを開設した1978年に私たちがインタビューした記事を3月2日のブログに再録掲載したのは当時を知らない若い世代に石原さんがいかに時代に先駆けていたかを知ってもらいたかったからです。
3月4日お通夜の席で飯沢耕太郎さんに「ぜひ追悼文を書いてください」とお願いしました。
お忙しい中、ご執筆してくださったことに厚く御礼を申し上げます。
石原さん、あなたの志はきっと若い世代に受け継がれるでしょう。私もそんなに遠くない日にそちらに行くことになるでしょうからどうぞお手柔らかに。
心からご冥福を祈っています。
◆「アートブックラウンジ Vol.01“版画挿入本の世界”」
会期:2016年3月9日[水]~3月17日[木] ※日・月・祝日は休廊

今回より日・月・祝日は休廊しますので、実質7日間の会期です。
短い会期ですが、ご来廊のうえ実物(版画挿入本)を手にとってご覧ください。
同時開催:文承根展
●出品作品(版画挿入本)の一部をご紹介します
・李禹煥『李禹煥全版画 1970-1998』1998
・大竹伸朗『倫敦/香港 1980 (限定版)』1986
・ジャスパー・ジョーンズ『The Seasons』1991
・ジャスパー・ジョーンズ『Technics and Creativity: Gemini GEL』1971
・アンディ・ウォーホル『アンディ・ウォーホル展 1983-1984』1983
・アンディ・ウォーホル「KIKU」1983
・ENZO CUCCHI『Enzo Cucchi Scultura 1982-1988』1988
・靉嘔『GQ/5 1974』1974
・磯崎新『The Prints of ARATA ISOZAKI 1977-1983』1983
・堀内正和・磯崎新『堀内正和 磯崎新展』1982
・文承根『版画芸術19』1977
・WOLS『WOLS ヴォルス展/南画廊カタログ』1964
・木村光佑オリジナル版画「OUT OF TIME K」 「十人の版画家 」木村光佑オリジナル版画「OUT OF TIME K」、川合昭三、池田満寿夫、吉原英雄、永井一正、木村光佑黒崎彰署名1971
・難波田龍起『抽象』1979
・LAWRENCE WEINER『SKIMMING THE WATER [MENAGE A QUATRE』2010
・Park Seo-Bo『Enzo Esquisse - Drawing 1996-2001』2001
・李禹煥『版画芸術21』1977
・Sam Francis『Sam Francis』1992
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサートのご案内
第1回「独奏チェロによるJ.S.バッハと現代の音楽~ガット(羊腸)弦の音色で~」
日時:2016年3月19日(土)18時~19時
出演:富田牧子(チェロ)、木田いずみ(歌)
プロデュース:大野幸
曲目予定:J.S.バッハ、クルターク・ジェルジュ、ジョン・ケージ、尾高惇忠
*要予約=料金:1,000円
予約:メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com
●ときの忘れものは2016年3月より日曜、月曜、祝日は休廊します。
従来企画展開催中は無休で営業していましたが、今後は企画展を開催中でも、日曜、月曜、祝日は休廊します。
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