<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第41回

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板塀にむかって立っているふたり。ひとりはおとなの男で、もうひとりは小さな少年だ。少年は裸足でやかんのようなものを片手に提げ、もう一方の手をポケットに入れている。おとなの男のほうは、塀に立てかけた自転車(スタンドがない)のフレームの上に立ち上がり、両手を塀にかけている。

この姿を見てまず頭に浮かんだのは、おとなの男の態度が「おとなげない」ということだ。限られた状況のもとで欲求を全うしようとがっついたことをする人がいるが、そういう人物の典型で、好条件の場所に食らいつこうと必死である。

かたや、少年のほうは登れるものは周りになく、裸足だから靴底の厚みすらも助けにならず、自分の身長しか使えるものがない。この限界を察している諦観の気持ちが、少年の背中にそこはかとなく漂っている。子どもとは、願いや望みが遂げられないことを甘受しなければ生きていけない生きものなのだ。

ふたりは塀のなかでおこなわれていることを、外から覗き見ようしているが、その見たいものが何なのか、ということを想像させる要素がここにはまったく写っていない。同じ長さの縦板をつなげた高い塀と、舗装していない土の道と、あとは広い空があるだけだ。男がこんな不安定な格好をしてまでも見たいものとは、いったい何なのだろう。

しかも、たとえ高いところに登ったからといって、見晴らしがよくなるとは思えない。板の隙間が下よりももう少し空いているというわずかな差しか感じられないのだ。にもかかわらず、こんな危なっかしいことをしているのが馬鹿げているが、もしかしたら、塀から頭を出せると思ったのに、わずかなところで足りなかったのかもしれない。少年の立っている位置では、塀の隙間は詰まっていて、覗きの効果は期待できそうにない。それでも、じっと立って見ているいじらしさが、逆に彼の愚かしさを浮き彫りにしている。

もうひとつ考え込んでしまうのは、ふたりの関係である。①ただの行きずり、②知っている者同士、③親子、という三つの選択肢が浮かんできたが、どれもちがうような気がする。なぜなら、両方ともに、ここに至る前の時間と、後の時間を連想させる気配が少しもないからである。まるで空からポトンと落されたように、ときの流れから置き去りにされた寂寥感と、だれとも邂逅できない孤立感を漂わせている。

と、ここまで考えて、あっ、と声を上げた。実はふたりがいるのは塀の外ではなく、内側なのではないか。中に閉じ込められたまま、外の世界を窺っているのではないか。そう考えると、すべてが腑に落ちる。塀は空間を仕切るだけで、内と外の関係についてはつねに黙秘する。ここは内側なのか、外側なのか。決断を下すのはそこに居る当人なのだ。

大竹昭子(おおたけあきこ)

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●紹介作品データ:
大原治雄
「見物人、パラナ州、ロンドリーナ」
1981年撮影(2009年プリント)
ゼラチン・シルバー・プリント
33.0x50.0cm
2009年、所蔵先のモレイラ・サーレス財団で展覧会が開催された際に作られたプリントのためエディションなし

大原治雄 Haruo OHARA
大原治雄(1909~1999)は、高知から移民としてブラジルに渡り、農業を営みながらブラジルの自然や家族たちの姿、変わりゆくロンドリーナの町を写真に収め、ブラジル国内で近年評価が高まっている写真家です。彼の写真作品を日本ではじめて紹介する展覧会が高知美術館で開催中です。
大原は、1909年、高知県吾川郡三瀬村石見(現いの町)に生まれました。1927年、17歳で家族らと集団移民としてブラジルに渡り、はじめサンパウロの農園で農場労働者として働き、その後未開拓の地、パラナ州ロンドリーナに最初の開拓者の一人として入植します。28歳の頃に小型カメラを購入し、農作業の合間に趣味で写真を撮るようになります。独自に研究を重ねながら技術を習得し、次第にカメラに没頭していきます。1951年には、サンパウロのフォトシネクラブ・バンデイランチの会員になり、国内外の写真展にも出品するようになります。当時はほとんど無名のアマチュア写真家でしたが、1970年代初頭頃から徐々に知られ始め、地元パラナ州の新聞などで紹介されるようになります。1998年、「ロンドリーナ国際フェスティバル」で初の個展が開催され、大きな反響を呼びます。その後、「クリチバ市国際写真ビエンナーレ」(パラナ州)に第2回(1998年)、第3回(2000年)と連続で紹介され、高い評価を受けました。 1999年、大原は家族に見守られながら89歳で永眠します。2008年、日本人のブラジル移民100周年の記念の年に、遺族によりオリジナルプリント、ネガフィルム、写真用機材、蔵書、日記など一連の資料が、「モレイラ・サーレス財団」(IMS:ブラジルの写真や文学、音楽などを収集研究する機関)に寄贈されました。

●展覧会のお知らせ
高知県立美術館で、大原治雄さんの展覧会が開催されています。上掲の作品も出品されています。

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「大原治雄写真展―ブラジルの光、家族の風景」
会期:2016年4月9日[土]~6月12日[日]
会場:高知県立美術館
   〒781-8123 高知県高知市高須353-2
時間:9:00~17:00(入場は16:30まで)
会期中無休

1909年に高知に生まれ、1927年にブラジルに農業移民として渡った大原治雄の写真を日本で初めて紹介する展覧会である。大原はブラジルでは高い評価を受けているが、日本ではこれまで紹介されたことが無く、知られざる写真家の発見となる展覧会である。
展覧会では、1940年代から60年代に撮影された作品を中心に182点のモノクローム・プリントが展示される。また、大原が妻・幸の思い出を編集し子どもたちに手渡したという「アルバム帖」を展示。また渡伯以来書き続けた日記、カメラなどの関連資料が、高知会場のみ特別展示される。(同展HPより転載)

※高知県立美術館での展示の後、下記の会場を巡回します。
 6月18日~7月18日 伊丹市立美術館
 10月22日~12月4日 清里フォトアートミュージアム

◆大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。