森本悟郎のエッセイ その後・第28回
赤瀬川原平とライカ同盟(8) 東京散歩
名古屋や三重やパリ、福岡にも足を伸ばしたライカ同盟は、前回書いたように「身近な東京を撮りたい」という欲求を常々持っていた。雑誌連載というかたちでその思いが叶ったのは2001年、田中長徳さんが主筆を務める『カメラジャーナル』(アルファベータ)誌からの依頼によってだった。月に1度、東京のどこかに出掛けて撮影するという「ライカ同盟通信」である。
『カメラジャーナル』101号(2001年9月1日発行)
ライカ同盟の連載が始まる。
1回目が掲載されるのは9月発行の101号だが、撮影は5月にスタートした。赤瀬川、秋山、高梨の3同盟員に〈通信員〉を拝命したフリー編集者・野口達郎さんとぼくの5人で向島を歩いたのがその最初である。こののち連載最終回(第22回)の東長崎まで、毎月集まっては散歩と撮影と反省会を楽しんだ。名古屋住まいで勤めのある身にはさすがに全てというわけにはいかないが、それでもたいていは都合をつけて参加した。赤瀬川さんの美学校講師時代の生徒である久住昌之氏と森田富生氏に次々出会った吉祥寺、秋山さんの知人で臨月間近となった美術家増山麗奈氏に声を掛けられ、ついでにモデルになって貰った(「十月九日(とつきここのか)」)本郷、昼食に入った寿司屋の女将さんに「ハイレベルカメラマン」といわれた浅草、秋山さんが左右別々の靴を履いて現れた武蔵小山などエピソードには事欠かない。
秋山祐徳太子「十月九日(とつきここのか)」(本郷)
誌面は写真とその日の反省会(鼎談)記録、それに野口さんの「撮影日誌」と同盟員が交代で持ち物を披露する「本日の一品」という構成で、ライカ同盟の撮影事情を多角的に伝える工夫があった。この連載12回分をまとめてC・スクエアで『ライカ同盟展 東京涸井戸鏡(カレイドスコープ)』(2002年)を開催、荒木経惟さんをゲストにトークイベントも行った。ポスターは浅草墨堤の桜を背景にしたものである。会期中にライカ同盟3冊目の作品集『東京涸井戸鏡(カレイドスコープ)』が刊行され、11月に同展は東向島のギャラリー「現代美術製作所」に巡回し、トークイベントのゲストは山下裕二氏だった。
『ライカ同盟展 東京涸井戸鏡(カレイドスコープ)』ポスター
撮影:二塚一徹
ライカ同盟『東京涸井戸鏡(カレイドスコープ)』(アルファベータ)
東京撮影は連載が終わってからも続き、その成果は『ライカ同盟展 ラ・徘徊《東京編》』(2003年 武蔵野美術大学美術資料図書館)、『ライカ同盟展 ラ・徘徊《ヱ都セトラ》』(2004年 中京大学アートギャラリーC・スクエア)として発表した。《東京編》展ポスターは西武国分寺線鷹の台駅から武蔵野美術大学に向かう途中、玉川上水土手道で撮影したもの、《ヱ都セトラ》展ポスターはJR御茶ノ水駅ホームで聖橋を背景に撮影したものである。《ヱ都セトラ》展トークイベントのゲストは小説家の川上弘美さんで、展示してあった赤瀬川作品「未完の大器」を見るなり、「これ私の友だちの店」。まことに『世の中は偶然に満ちている』(2015年 赤瀬川原平著 筑摩書房)のだった。
『ライカ同盟 ラ・徘徊《ヱ都セトラ》』ポスター
撮影:二塚一徹
赤瀬川原平「未完の大器」(浅草)
高梨豊「おおめ」(青梅)
(もりもと ごろう)
■森本悟郎 Goro MORIMOTO
1948年愛知県に生まれる。1971年武蔵野美術大学造形学部美術学科卒業。1972年同専攻科修了。小学校から大学までの教職を経て、1994年から2014年3月末日まで中京大学アートギャラリーキュレーター。展評、作品解説、作家論など多数。
●今日のお勧め作品は、関根伸夫です。
関根伸夫
「大地の点」
1982年
ステンレス・レリーフ
35.0x31.5x2.0cm
Ed.30 Signed
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜~土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。
◆森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
●皆様にご協力いただいた「ここから熊本へ~地震被災者支援展」での売上げ総額634,500円は、一番被害の大きかった益城町でお年よりや子供たちのケアに尽力されている木山キリスト教会に400,000円を、熊本市の城下町の風情を残す唐人町で被災した築100年の商家(カフェアンドギャラリーなどが入居、一時は解体も検討された)の西村家の復興資金に234,500円を、それぞれ送金いたしました。
詳しくはコチラをお読みください。
赤瀬川原平とライカ同盟(8) 東京散歩
名古屋や三重やパリ、福岡にも足を伸ばしたライカ同盟は、前回書いたように「身近な東京を撮りたい」という欲求を常々持っていた。雑誌連載というかたちでその思いが叶ったのは2001年、田中長徳さんが主筆を務める『カメラジャーナル』(アルファベータ)誌からの依頼によってだった。月に1度、東京のどこかに出掛けて撮影するという「ライカ同盟通信」である。
『カメラジャーナル』101号(2001年9月1日発行)ライカ同盟の連載が始まる。
1回目が掲載されるのは9月発行の101号だが、撮影は5月にスタートした。赤瀬川、秋山、高梨の3同盟員に〈通信員〉を拝命したフリー編集者・野口達郎さんとぼくの5人で向島を歩いたのがその最初である。こののち連載最終回(第22回)の東長崎まで、毎月集まっては散歩と撮影と反省会を楽しんだ。名古屋住まいで勤めのある身にはさすがに全てというわけにはいかないが、それでもたいていは都合をつけて参加した。赤瀬川さんの美学校講師時代の生徒である久住昌之氏と森田富生氏に次々出会った吉祥寺、秋山さんの知人で臨月間近となった美術家増山麗奈氏に声を掛けられ、ついでにモデルになって貰った(「十月九日(とつきここのか)」)本郷、昼食に入った寿司屋の女将さんに「ハイレベルカメラマン」といわれた浅草、秋山さんが左右別々の靴を履いて現れた武蔵小山などエピソードには事欠かない。
秋山祐徳太子「十月九日(とつきここのか)」(本郷)誌面は写真とその日の反省会(鼎談)記録、それに野口さんの「撮影日誌」と同盟員が交代で持ち物を披露する「本日の一品」という構成で、ライカ同盟の撮影事情を多角的に伝える工夫があった。この連載12回分をまとめてC・スクエアで『ライカ同盟展 東京涸井戸鏡(カレイドスコープ)』(2002年)を開催、荒木経惟さんをゲストにトークイベントも行った。ポスターは浅草墨堤の桜を背景にしたものである。会期中にライカ同盟3冊目の作品集『東京涸井戸鏡(カレイドスコープ)』が刊行され、11月に同展は東向島のギャラリー「現代美術製作所」に巡回し、トークイベントのゲストは山下裕二氏だった。
『ライカ同盟展 東京涸井戸鏡(カレイドスコープ)』ポスター撮影:二塚一徹
ライカ同盟『東京涸井戸鏡(カレイドスコープ)』(アルファベータ)東京撮影は連載が終わってからも続き、その成果は『ライカ同盟展 ラ・徘徊《東京編》』(2003年 武蔵野美術大学美術資料図書館)、『ライカ同盟展 ラ・徘徊《ヱ都セトラ》』(2004年 中京大学アートギャラリーC・スクエア)として発表した。《東京編》展ポスターは西武国分寺線鷹の台駅から武蔵野美術大学に向かう途中、玉川上水土手道で撮影したもの、《ヱ都セトラ》展ポスターはJR御茶ノ水駅ホームで聖橋を背景に撮影したものである。《ヱ都セトラ》展トークイベントのゲストは小説家の川上弘美さんで、展示してあった赤瀬川作品「未完の大器」を見るなり、「これ私の友だちの店」。まことに『世の中は偶然に満ちている』(2015年 赤瀬川原平著 筑摩書房)のだった。
『ライカ同盟 ラ・徘徊《ヱ都セトラ》』ポスター撮影:二塚一徹
赤瀬川原平「未完の大器」(浅草)
高梨豊「おおめ」(青梅)(もりもと ごろう)
■森本悟郎 Goro MORIMOTO
1948年愛知県に生まれる。1971年武蔵野美術大学造形学部美術学科卒業。1972年同専攻科修了。小学校から大学までの教職を経て、1994年から2014年3月末日まで中京大学アートギャラリーキュレーター。展評、作品解説、作家論など多数。
●今日のお勧め作品は、関根伸夫です。
関根伸夫「大地の点」
1982年
ステンレス・レリーフ
35.0x31.5x2.0cm
Ed.30 Signed
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