日本を代表する銅版画家といえば、長谷川潔、駒井哲郎、池田満寿夫、浜口陽三などの名が浮かびます。
なかでも駒井哲郎は多くの後進を育て大学における版画教育の道筋をつけた指導者として忘れてはならない存在です。
本日から開催する「山口長男とM氏コレクション展」には駒井哲郎をはじめ、古茂田守介、加納光於のいずれも希少な銅版画作品を出品しています。
これだけの珍しい銅版画がM氏のもとに偶然あったとは思われず、M氏が経営していた絵の具会社と銅版を制作する画家たちとの何らかの因縁を感じさせます。
古茂田守介
(作品名不詳)
モノタイプ、手彩色
18.5×20.5cm
Signed
古茂田守介
「裸婦と貝殻」
1959年
エッチング
15.0×18.5cm
Signed
古茂田守介
「カレイ」
1959年
エッチング
15.0×18.0cm
Signed
加納光於
「紋章のある風景」
1957年
エッチング
19.5×21.3cm
Ed.15 Signed
*Raisonne No.42(『KANO mitsuo 1960-1992 catalogue raisonne & documents』小沢書店 1994年)
ただし、レゾネには1958年と記載
中でも圧巻は駒井哲郎の「夜の中の女」と「悪僧」の2点です。
駒井哲郎
「夜の中の女」
1951年
インタリオ
22.9×18.0cm
Ed.25(5/25) Signed
*Raisonne No.45(『駒井哲郎版画作品集』美術出版社 1979年)
*1/25~8/25のみ刷られた
駒井哲郎
「悪僧」
1950年
アクアチント
17.6×14.6cm
Ed.20(1/20) Signed
*Raisonne No.30(『駒井哲郎版画作品集』美術出版社 1979年)
*1/20~8/20のみ刷られた
2点とも異様な作品です。
暗い! 不気味ですらあります。
とても人好きする作品とは思えません。そんなこともあってか、いずれも作家自身によってそれぞれ8部しか刷られておらず、後刷りも一切ありません。
この2点の駒井作品がいかに貴重かつ希少かについて述べたいのですが、少し遠回りします。
駒井先生は生涯にどのくらいの銅版画作品をのこしたのでしょうか。
亭主の私見では600点ほどと思われますが、没後40年を経たいまでも新発掘のもの(特に初期作品)が次々と見つかってきています。
そういう「新発掘の作品」も画商にとっては格好の獲物といえますが、ここでは逆に「駒井ファンなら誰でも知っているけれど(イメージが印刷物などで浸透している)、入手がめちゃくちゃ難しい」作品について考えてみました。
駒井先生が生前自ら自選した『駒井哲郎銅版画作品集』(1973年 美術出版社)には227点の銅版画が収録されています。
15歳の頃から銅版を始めて1976年に56歳で亡くなるまで約40年間、銅版画一筋に歩んだわけですから、227点というのは少なすぎるというのは、駒井研究者はもちろん、駒井作品を扱う画商のあいだでは共通の認識でした。
没後に刊行された『駒井哲郎版画作品集』(1979年 美術出版社)には366点が収録されました。
さらに没後の1980年に東京都美術館で開催された大回顧展『駒井哲郎銅版画展図録』には409点が収録されています。
この3冊の作品集が、駒井研究の基本文献ということになりますが、これらにはほとんど収録されていないのがモノタイプ作品です。福原義春氏のコレクションによる世田谷美術館+町田市立国際版画美術館で開催された『駒井哲郎 1920ー1976』展図録(2011年 東京新聞)には349点が収録されており、特筆すべきは上記3冊にはほとんど収録されていないモノタイプ作品が多数収録されています。
ここではモノタイプはひとまずおいて、エッチングなどの銅版画に絞り話を進めます。
1973年の生前の銅版画作品集、没後1979年に刊行された版画作品集作品集、そして1980年の東京都美術館の回顧展図録、この3冊のすべてに収録されていて「駒井ファンなら誰でも知っている」銅版画をいくつかあげてみましょう。
「丸の内風景」(1938年)
「束の間の幻影」(1951年)
「記号の静物」(1951年)
「教会の横」(1955年)
「R夫人像」(1970年頃)
これらの作品が、駒井作品の代表作であることは異論がないでしょう。
ではこれら代表作が入手が難しいかというと、実はそんなことはありません。生前から人気だった「束の間の幻影」は幾度も刷られており、今でもときどき市場に出てきます。
それに比べて、画集や回顧展で目にしてイメージとしては強烈に印象に残っていながら、入手がめちゃくちゃ難しい作品の筆頭が「思い出」(1948年)であり、今回の「夜の中の女」と「悪僧」なのです。
亭主が駒井作品を初めて入手した作品は「岩礁にて」(1970年)で、筑摩書房から刊行された「現代版画 駒井哲郎」に挿入されていて定価28,000円でした。
以来半世紀近く、駒井哲郎を追いかけてきたのですが、「思い出」を扱ったのはただの一度だけ、「夜の中の女」は今から15年ほど前、ある画商さんから勧められたのですが、あまりに状態が悪く(にもかかわらず価格が非常に高かった)、躊躇しているうちに他にさらわれてしまった。痛恨の極みでした。
「悪僧」は全く縁がありませんでした。
M氏コレクションの中に、「夜の中の女」と「悪僧」があることを知ったのは数年前ですが、今回ようやく入手することができた次第です。
駒井先生が自ら記録したとおり、この2点の作品は限定部数の分母が25(夜の中の女)と20(悪僧)なのに、実際には1番~8番のみが刷られたに過ぎません、原版も残っていません。
山口長男の大作はもちろんですが、駒井哲郎の希少な2点も今回の展覧会でぜひ注目していただきたい作品です。
◆ときの忘れものは「山口長男とM氏コレクション展」を開催しています。

会期:2016年10月12日[水]~10月22日[土]
*日曜、月曜、祝日休廊
出品作家:津田青楓、仙波均平、山口長男、緑川廣太郎、オノサト・トシノブ、桂ゆき、古茂田守介、駒井哲郎、高橋秀、加納光於
1950年代から70年代にかけて王様クレヨンや画廊を経営していたM氏は多くの画家たちと親交し、彼らのパトロン的存在でもありました。本展では山口長男の代表作「五つの線」(1954年、油彩、180×180cm、第39回二科展、翌年の第3回サンパウロ・ビエンナーレ展出品作品)をはじめ、M氏がコレクションした作品20点をご覧いただきます。
●出品全作品を収録した「山口長男とM氏コレクション展」カタログを制作しました。
テキスト:三上豊(和光大学)、和英併記、20ページ
500円(税別) ※送料250円
メールにてお申込みください。
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
なかでも駒井哲郎は多くの後進を育て大学における版画教育の道筋をつけた指導者として忘れてはならない存在です。
本日から開催する「山口長男とM氏コレクション展」には駒井哲郎をはじめ、古茂田守介、加納光於のいずれも希少な銅版画作品を出品しています。
これだけの珍しい銅版画がM氏のもとに偶然あったとは思われず、M氏が経営していた絵の具会社と銅版を制作する画家たちとの何らかの因縁を感じさせます。
古茂田守介(作品名不詳)
モノタイプ、手彩色
18.5×20.5cm
Signed
古茂田守介「裸婦と貝殻」
1959年
エッチング
15.0×18.5cm
Signed
古茂田守介「カレイ」
1959年
エッチング
15.0×18.0cm
Signed
加納光於「紋章のある風景」
1957年
エッチング
19.5×21.3cm
Ed.15 Signed
*Raisonne No.42(『KANO mitsuo 1960-1992 catalogue raisonne & documents』小沢書店 1994年)
ただし、レゾネには1958年と記載
中でも圧巻は駒井哲郎の「夜の中の女」と「悪僧」の2点です。
駒井哲郎「夜の中の女」
1951年
インタリオ
22.9×18.0cm
Ed.25(5/25) Signed
*Raisonne No.45(『駒井哲郎版画作品集』美術出版社 1979年)
*1/25~8/25のみ刷られた
駒井哲郎「悪僧」
1950年
アクアチント
17.6×14.6cm
Ed.20(1/20) Signed
*Raisonne No.30(『駒井哲郎版画作品集』美術出版社 1979年)
*1/20~8/20のみ刷られた
2点とも異様な作品です。
暗い! 不気味ですらあります。
とても人好きする作品とは思えません。そんなこともあってか、いずれも作家自身によってそれぞれ8部しか刷られておらず、後刷りも一切ありません。
この2点の駒井作品がいかに貴重かつ希少かについて述べたいのですが、少し遠回りします。
駒井先生は生涯にどのくらいの銅版画作品をのこしたのでしょうか。
亭主の私見では600点ほどと思われますが、没後40年を経たいまでも新発掘のもの(特に初期作品)が次々と見つかってきています。
そういう「新発掘の作品」も画商にとっては格好の獲物といえますが、ここでは逆に「駒井ファンなら誰でも知っているけれど(イメージが印刷物などで浸透している)、入手がめちゃくちゃ難しい」作品について考えてみました。
駒井先生が生前自ら自選した『駒井哲郎銅版画作品集』(1973年 美術出版社)には227点の銅版画が収録されています。
15歳の頃から銅版を始めて1976年に56歳で亡くなるまで約40年間、銅版画一筋に歩んだわけですから、227点というのは少なすぎるというのは、駒井研究者はもちろん、駒井作品を扱う画商のあいだでは共通の認識でした。
没後に刊行された『駒井哲郎版画作品集』(1979年 美術出版社)には366点が収録されました。
さらに没後の1980年に東京都美術館で開催された大回顧展『駒井哲郎銅版画展図録』には409点が収録されています。
この3冊の作品集が、駒井研究の基本文献ということになりますが、これらにはほとんど収録されていないのがモノタイプ作品です。福原義春氏のコレクションによる世田谷美術館+町田市立国際版画美術館で開催された『駒井哲郎 1920ー1976』展図録(2011年 東京新聞)には349点が収録されており、特筆すべきは上記3冊にはほとんど収録されていないモノタイプ作品が多数収録されています。
ここではモノタイプはひとまずおいて、エッチングなどの銅版画に絞り話を進めます。
1973年の生前の銅版画作品集、没後1979年に刊行された版画作品集作品集、そして1980年の東京都美術館の回顧展図録、この3冊のすべてに収録されていて「駒井ファンなら誰でも知っている」銅版画をいくつかあげてみましょう。
「丸の内風景」(1938年)
「束の間の幻影」(1951年)
「記号の静物」(1951年)
「教会の横」(1955年)
「R夫人像」(1970年頃)
これらの作品が、駒井作品の代表作であることは異論がないでしょう。
ではこれら代表作が入手が難しいかというと、実はそんなことはありません。生前から人気だった「束の間の幻影」は幾度も刷られており、今でもときどき市場に出てきます。
それに比べて、画集や回顧展で目にしてイメージとしては強烈に印象に残っていながら、入手がめちゃくちゃ難しい作品の筆頭が「思い出」(1948年)であり、今回の「夜の中の女」と「悪僧」なのです。
亭主が駒井作品を初めて入手した作品は「岩礁にて」(1970年)で、筑摩書房から刊行された「現代版画 駒井哲郎」に挿入されていて定価28,000円でした。
以来半世紀近く、駒井哲郎を追いかけてきたのですが、「思い出」を扱ったのはただの一度だけ、「夜の中の女」は今から15年ほど前、ある画商さんから勧められたのですが、あまりに状態が悪く(にもかかわらず価格が非常に高かった)、躊躇しているうちに他にさらわれてしまった。痛恨の極みでした。
「悪僧」は全く縁がありませんでした。
M氏コレクションの中に、「夜の中の女」と「悪僧」があることを知ったのは数年前ですが、今回ようやく入手することができた次第です。
駒井先生が自ら記録したとおり、この2点の作品は限定部数の分母が25(夜の中の女)と20(悪僧)なのに、実際には1番~8番のみが刷られたに過ぎません、原版も残っていません。
山口長男の大作はもちろんですが、駒井哲郎の希少な2点も今回の展覧会でぜひ注目していただきたい作品です。
◆ときの忘れものは「山口長男とM氏コレクション展」を開催しています。

会期:2016年10月12日[水]~10月22日[土]
*日曜、月曜、祝日休廊
出品作家:津田青楓、仙波均平、山口長男、緑川廣太郎、オノサト・トシノブ、桂ゆき、古茂田守介、駒井哲郎、高橋秀、加納光於
1950年代から70年代にかけて王様クレヨンや画廊を経営していたM氏は多くの画家たちと親交し、彼らのパトロン的存在でもありました。本展では山口長男の代表作「五つの線」(1954年、油彩、180×180cm、第39回二科展、翌年の第3回サンパウロ・ビエンナーレ展出品作品)をはじめ、M氏がコレクションした作品20点をご覧いただきます。
●出品全作品を収録した「山口長男とM氏コレクション展」カタログを制作しました。
テキスト:三上豊(和光大学)、和英併記、20ページ
500円(税別) ※送料250円
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