芳賀言太郎 エッセイ 特別編
~北北東に進路を取れ! 東京 ― 岩手540kmの旅~

第4話 大槌新山高原ヒルクライム ~復興としての自転車レースの可能性~


5月22日(日)  大槌

 岩手県大槌町は東日本大震災の津波で甚大な被害を受けた町の一つである。当時の町長を含め人口の1割にも及ぶ1285人が死亡・行方不明となり、市街地は壊滅的な被害を受けた。現在、市街地約30㏊を平均2.2mかさ上げする工事を進めており、2018年3月までに510区画の宅地を造成する計画であるが、住宅再建を希望する世帯は区画数の4分の1程度と、復興計画は必ずしも予定通りには進んでいない。
 そのような中で、この大槌新山高原ヒルクライムは、東日本大震災からの復興と再生を目指した三陸初のヒルクライムイベントとして開催された。主催は「おおつち新山高原ヒルクライム2016実行委員会」だが、共催が「大槌町観光物産協会」と復興のための第三セクター「復興まちづくり大槌株式会社」、主催協力として「大槌町」とあり、大槌町が一丸となって取り組んでいるイベントである。大会理念として「再生」、「創生」、「共生」を掲げ、震災からの復興の一つとして、自転車をコンテンツとしたアプローチを行っている。

01ポスター


 自転車を通しての復興としては、宮城県沿岸部を自転車で巡る「ツール・ド・東北」や岩手県陸前高田市や大船渡市を巡る「ツール・ド・三陸」も開催されているが、ツーリズムとしての自転車の持つ可能性はまだまだあるように思う。その土地を自転車で走ることによって初めて感じること、そこで生まれることが多いからである。徒歩では辿り着けない場所、自動車では見過ごしてしまう風景も自転車は見せてくれる。自分の足でペダルを回し、体で風を感じることが、その場所を知る手段の一つとして重要であると私は思っている。バスや電車では点と点でしかない町と町を線でつなぐことや、幅と高さとを持った道という連続的な空間を感じることを自転車はもたらしてくれるように思う。いわゆる観光の先にあるものを自転車は提示できるのではないか。まさに「ツール」(=ツアー)として、その土地をまるごと身体で味わうことができる自転車には大きな可能性があるように思う。
 実際、世界最大の自転車レースである「ツール・ド・フランス」は、その美しいレース映像そのものがフランス旅行のコマーシャルフィルムであり、その広告効果は絶大である。沿道の観客数約1500万人、世界190ヶ国で放送され、35億人が熱狂するとさえ言われている。だからコース設定に際しては、町や村、自治体が招致合戦を繰り広げる。以前はゴール地と次のステージの出発地が同じだったのが、現在は異なっているのも、一つでも多くの町を出発地・ゴール地とするためである。「ツール・ド・東北」やツール・ド・三陸」といった自転車のコンテンツは、東北の復興を進める上で回復と再生のイメージをつくるための一つの方法でもあるように思う。

02エントリー受付


03スタート前


 レースの受付場所は、津波で破壊された町役場に代わって現在の役場となっている小学校の体育館であり、スタートは小学校前の広場であった。走り出すと沿道からは町の人たちが手を振って応援してくれている。小さな町であるが、レースを行うことで当日がハレの日となる。津波によって壊滅的な被害を受け、その爪痕が今でも残るこの町にとっては、このレースの中に希望となるものがあるようにも思えた。
 勾配のきつい坂を約一時間かけて登り、なんとかゴールにたどり着いた。風力発電の風車の回る頂上から見た景色は本当に美しかった。なぜ自転車なのか、なぜヒルクライムなのか。それは人間が自転車に乗り、自分の力によって困難を乗り越えることができるということが大きな意味を持つことになるからではないかと考えた。

04頂上


 ヒルクライムは上りよりも下りに注意する必要がある。出そうと思えば80キロ以上ものスピードを出せるロードバイクでカーブを下るのは危険なため、順番に隊列をつくって下るのである。もちろん追い越しは禁止である。参加者全員がゴール地点から無事に下り、スタート地点まで戻ってくると、受付場所であった体育館で表彰式が行われた。表彰に際し、出し物として町の文化を伝える意味を込めた子どもたちによる地元の踊りを見ることができた。こうした土地ごとの伝統を伝えることも自転車レースが可能にすることの一つであるように思う。キツいレースをともに走った人とは絆が生まれる。参加者は地元やその周辺の人が多いため、直に東北の現状についての話を伺うことができた。また東北に来る時は連絡をくれるようにと言っていただき、嬉しかった。こうしたことを積み重ねることで、自分にも何か力になれることを見つけることができるのではないかと強く思う。

05昼食


06表彰式


 宿泊施設の「ホワイトベース大槌」は、復興工事関係者の宿泊施設不足に対応すべく、震災後に設立された第三セクター「復興まちづくり大槌株式会社」が開設したもの。コンテナを積み重ねたようなユニットハウスを宿泊施設として計画された。モンドリアンカラーをポイントで使用し、モダンなデザインになっている。もし、コルビュジエが仮設の復興住宅をデザインしたらこんな感じになるのだろうかと思った。
 一方、館内は木材が要所要所に用いられ、落ち着きのある空間になっている。館内のルームプレート、ルームキー、そして売店の家具は、地元の木材加工一般社団法人「和RING-PROJECT」によって大槌産の杉の木から製作されたものである。震災後の復興支援から始まり、現在は地元木材の加工や製品化によって、大槌町の木資源についての再発掘を志しているという。

07ホワイトベース大槌


08外観


09中廊下


10廊下


 夕方、ホワイトベースの裏手にある野球場に自然と足が向いた。ホームベースからライトへ、そしてフェンスを伝ってレフトへ。ホームに戻りダイヤモンドを一周する。特別な何かを考えていたわけではないが、何も考えなかったわけではない。ただ、まとまった答えにはたどり着けなかった。この静かな風景が私に何かそっと答えを示しているようにも思えた。ここにあるもの。土地の持つものを感じてごらんと問いかけているように感じたのだった。視線の先には夕日に照らされた三陸の海がキラキラと輝いていた。

11グラウンド


 私のこの東北への旅は、ヒルクライムレースのスタート地点に立つことがゴールだったように思う。レースはおまけのようなものだ。東北の今、そして、被災地の現状を頭ではなく皮膚で知ること、そして、それにどんな形であっても身体を使って関わること。自転車で旅することは私に新しい可能性を示してくれた。それだけで成功である。

東京から572.9km
走った総距離151.5km
(はが げんたろう)


コラム 僕の愛用品 ~自転車編~
第4回 シューズ fizik  R4B UOMO  24,800円


 どんな時においても靴は大切である。特にスポーツをする際には足の力を無駄なくダイレクトに地面に伝えるため、それぞれのスポーツに対応した専用のシューズが存在する。
 ロードバイクの場合もそうしたシューズが存在する。「ビンディング」と呼ばれるシステムであり、専用のシューズとペダルを使い、バイクと足を一体化させる。一般的な自転車(ママチャリなど)ではフラットペダルという平らなペダルが装着されている。ペダルの上に靴を乗せて踏み込み、自転車を漕ぐ。しかし、ビンディングはペダルとシューズを、クリートと呼ばれる、シューズとペダルを固定するためのプレートによって接続させる。そのため踏みこんだときはよりダイレクトに、また脚を引き上げるときにも力を入れることができる。ただ、ビンディングはペダルとシューズを一体化してしまうので慣れないうちは恐怖感がある。うまくクリートを外すことができず、立ちゴケと呼ばれる転び方をすることがあるので、その時には絶対に車道側に倒れないようにする注意―倒れる経験なしに自転車に乗ることができないように、どんなに立ちゴケに注意しても一度や二度は必ずすることになる―が必要である(私は2回ほど経験した)。
 fizikはイタリアのメーカーであり、高い機能性とデザイン性を兼ね備えたアイテムを展開する。靴にはうるさいイタリアだけのことはあり、私が使用しているこのシューズも足全体を包み込むフィット感は抜群である。
 自転車に乗っている際に、自転車と体が一体になっていると感じる時がある。その感覚はビンディングによって高められると思っている。自分の踏み込んだ力がダイレクトに自転車を前に進める感覚は爽快である。ただ、現状は自転車が体の一部になっているというよりも、体の方が自転車の一部品にされているレベルのような気がする。立ちゴケをするということはそういうことだ。いつか思いのままに自転車で走れるようになりたいと思う。

12fizik


芳賀言太郎 Gentaro HAGA
1990年生
2009年 芝浦工業大学工学部建築学科入学
2012年 BAC(Barcelona Architecture Center) Diploma修了
2014年 芝浦工業大学工学部建築学科卒業
2015年 立教大学大学院キリスト教学研究科博士前期課程所属

2012年にサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路約1,600kmを3ヵ月かけて歩く。
卒業設計では父が牧師をしているプロテスタントの教会堂の計画案を作成。
大学院ではサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路にあるロマネスク教会の研究を行っている。

●今日のお勧めは、磯崎新です。
20161111_isozaki_18_moca_1
磯崎新
「MOCA #1」
1983年 シルクスクリーン
イメージサイズ:46.5×98.0cm
シートサイズ:73.0×103.5cm
Ed.75 サインあり

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◆芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は毎月11日の更新です。