藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」第18回

 「建築と社会を結ぶ―大髙正人の方法」展が、2月5日に終了しました。
アーカイブ資料の重要性を発信する方法としての展覧会の可能性を実感した3ヶ月でしたが、一方で、資料を忠実に展示しようとすればするほど、出てくる制約も感じました。残された資料だけで大髙正人の全貌を伝えるには、どうしても説明しきれないことが、やはりあるのです。例えば、人間関係。今回の展示では書簡類も多く展示し、大髙の交友関係の一端をお見せすることができました。しかし、大学時代に始まる住宅公団関係者との協働や、大髙正人が個別に「教育」したという官僚との付き合いなどは、なかなか残された資料だけで伝えることができませんでした。特に、収蔵資料の大部分を占める図面資料からは、そうした側面を窺うのはかなり難しいことです。大髙正人という人物を知るためには、図面から伝わる意匠デザインにおけるアプローチだけではなく、それ以外の部分も丁寧に伝える必要がありました。そのためにも行ったのが、トークイベントやシンポジウムです。展示室でのイベントは4回、シンポジウムは3回行いました。資料と対峙するだけでは見えてこない、大髙正人の人となりや、大髙の思想が現在においてどのような意味をもつか、といったことが検証されました。
 やはり聞いていて面白かったのは、若い世代の建築家がどのように大髙を捉えているか、です。第1回のギャラリートークでは蓑原敬氏と藤村龍至氏にご登壇いただきました。藤村氏は、高度経済成長期と重なる大髙の時代と比較して、自分が生きている、人口が減少し社会的成熟が求められる今の時代は、大髙が掲げた「PAU」のうち「P」がprefabricationではなくdigital fabricationとなり、大髙が取り組んでいた農村の問題は福祉の問題となっている、と語りました。第3回のトークでは、藤本昌也氏と西村浩氏にご登壇いただきました。まさに新しい形で都市づくりを推進している西村氏は、「再び都市へ」というタイトルでプレゼンテーションをしてくださいました。ここでもやはり強調されていたのが、時代の違いでした。西村氏は、これからの建築家はコンテンツやビジネスモデルを創出し、その結果として建築作品をつくるような仕事をしなければならない、と言います。第3回のシンポジウムでは、曽我部昌史氏と藤原徹平氏にプレゼンテーションをしていただきました。曽我部氏は、80年代に持っていた坂出人工土地への興味から始め、「建築の周辺」や、いくつもの価値が複層する場所における建築への関心が、大髙の思想につながっていることを語り、みかんぐみのマニフェスト「非作家性の時代に」も、無意識に大髙の影響下にあったのかもしれない、と言います。藤原氏は、水際線を埋めたて、山地を造成することと引き換えに高度経済成長が達成されたことへの怒りを大髙と強く共有している、と語ります。両者とも、大髙が計画に関わった横浜のまちから受けた影響を実感していました。横浜や多摩で、知らず知らずのうちに大髙のデザインを体感してきた人は、今やかなりの数となっているでしょう。

5_exhibition「建築と社会を結ぶ―大髙正人の方法」展会場風景、
2016.12、筆者撮影

20170107 (5)1月7日の藤本昌也氏×西村浩氏のギャラリートークの様子。
筆者撮影。


 大髙の建築はソフトをよく考えたうえで設計されているが故に、運用がハードに追いついていないのでは、と思うような作品が多くあります。農協建築にしても、基町団地にしてもそうです。しかし、これら若い世代の話を聞いていると、やっと時代は大髙的なソフトを求めるようになってきたのでは、と感じます。過去のものとして振り返るだけではなく、資料が未来への糧となっている、と思えたことは感動的でした。一方、藤原氏が危惧したように、この機会を生かすだけの力が若い世代にあるのかどうか。自戒を込めて考えてしまいます。シンポジウムへの参加者に若い世代が少なかったのも、残念なことでした。
 展覧会は終了しましたが、イベントの内容はまとめ次第HP等で公開の予定です。今回の展示が一過性のもので終わらないよう、努力をしていきたいと思います。
ふじもと たかこ

藤本貴子 Takako FUJIMOTO
磯崎新アトリエ勤務のち、文化庁新進芸術家海外研修員として建築アーカイブの研修・調査を行う。2014年10月より国立近現代建築資料館研究補佐員。

●今日のお勧め作品は、エルテです。
20161222_erte_02エルテ
「NY.SOHO CIRCLE GALLERY」ポスター
1978年
オフセット
シートサイズ:71.2×56.0cm


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◆ニューヨークで開催されるArt on Paperに出展します。
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会期:2017年3月2日[木]~3月5日[日]
VIPプレビュー:2017年3月2日(木)
一般公開:2017年3月3日(金)~5日(日)11:00~19:00
(5日は12:00から18:00まで)
会場:Pier 36 New York
299 South St, New York, NY 10002
ときの忘れものブースナンバー:G15
公式サイト:http://thepaperfair.com/ny
出品作家:磯崎新安藤忠雄内間安瑆野口琢郎光嶋裕介細江英公植田正治堀尾貞治ジョナス・メカス草間彌生マイケル・グレイヴス

◆藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。