新連載・清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」第1回
先に土渕信彦さんが連載されたエッセイ「瀧口修造の箱舟」と「瀧口修造とマルセル・デュシャン」を私は共感と羨望の思いで読ませていただいた。土渕さんは瀧口修造研究をライフワークとし、これまで瀧口修造関連の展覧会や雑誌の特集などを通して緻密な研究の成果を発表している。特に平凡社の伝統ある雑誌「太陽」の特集として出た「瀧口修造のミクロコスモス」(1993年4月号)では、「彼岸のオブジェ」と題し瀧口の造形作品の解析を通してオブジェの問題に言及するという画期的な論考を発表するとともに、落合実・編と称して「瀧口修造事典」を作成したことはその後の瀧口研究に新たな一面をもたらしたのではないだろうか。また、文献・資料はもとより造形作品に至るまで個人としては屈指の瀧口コレクションを有し、その展覧会(「瀧口修造の光跡」展など)も何度か開催されている。それも単に顕彰や披露を意図したものではなく、瀧口修造の実像に迫ろうとする試みの一つであることを強調しておきたいと思う。土渕さんとは共に瀧口ファンとして知り合ってから30年以上の交流が続いているが、私は瀧口修造その人に出会った体験もなく、研究への取り組みやコレクションにおいても土渕さんの足元にも及ばない。いたずらに年を重ねてきただけの瀧口ファンの一人にすぎないことを最初にお断りしておかねばならない。
太陽特集号(1993年平凡社刊)
土渕信彦「彼岸のオブジェ」
落合実・編「瀧口修造事典」
2009年 森岡書店
2010年 森岡書店
2011年 千葉市美術館
土渕さんは、「瀧口修造の箱舟」のなかで西脇順三郎を通して瀧口修造に関心を持つようになった経緯を記されている。私の場合も文学方面から瀧口へ接近していったが、それまでに日本の近・現代小説を乱読していた時期があった。森鴎外や谷崎潤一郎によって小説の醍醐味を知ったが、現実逃避の孤独な慰みのための読書に過ぎなかった。次第に言葉で紡がれる虚構の世界に飽き足りなくなり、美術への関心も芽生えていたがアクチュアリティなものを渇望するようになっていた。同時代の文学への関心から朝日新聞の文芸時評を読んでいたが、1970年より作家の石川淳が担当してから、それまでの文芸誌の小説を中心とした論評を覆し、ジャンルにとらわれない独自な選択眼による時評を展開した。そのおかげで私は読書の幅が広がったが、石川淳の手法を受け継いだ英文学者で作家の吉田健一が1972年の夏に大岡信詩集「透視図法―夏のための」(書肆山田版)を取り上げた。「たからかな蒼空の瀧音に 恍惚となったいちまいの 葉っぱを見たのだ」という詩篇の一節などを紹介し、現代の数少ない詩人の一人として大岡信を高く評価していた。程なく松山市の古本屋で偶然見つけたこの詩集には言葉の調べとイメージが見事に一体となって思わず口ずさみたくなるようなフレーズが随所に見られ、私は初めて現代詩の世界へと誘われたような気がした。その中に「瀧口修造に捧げる1969年6月の短詩」と題する作品があり、「熱狂もてしずかに輝く 水滴に化けた詩人よ」と称えられるこの謎めいた人物の名前を初めて脳裏に刻んだ。
大岡信詩集 透視図法―夏のための 書肆山田版(刊行年記載無)
瀧口修造に捧げる1969年6月の短詩
そして、1974年に「現代詩手帖」10月臨時増刊として出た瀧口修造特集が私の入門書であり座右の書となった。詩人・美術評論家・画家の三つの顔を持ち、シュルレアリスムの思想を実践している稀有な存在であることを知った。近作の夢と言語への執拗なこだわりと考察から生まれたインスピレーションともいうべき短章「寸秒夢、あとさき」と、迫真的な夢の記録である「夢三度」に加えて、不思議に美しいデカルコマニーや躍動する線描の作品はこれまで見たことのないものだった。また、「自筆年譜」は貴重な自伝・ドキュメントとして「執筆・著作年表」と共に瀧口修造を知るうえで欠かせない資料となった。その他詩人や画家、評論家たちが様々な角度から捉えた作品論と人物像も面白く、とりわけ西脇順三郎、花田清輝、澁澤龍彦の三者三様の讃辞が瀧口の偉大さを物語っているように思われた。
現代詩手帖10月臨時増刊 瀧口修造 表紙(1974年 思潮社刊)
現代詩手帖1974年10月臨時増刊 瀧口修造 収録「寸秒夢、あとさき」
現代詩手帖1974年10月臨時増刊 瀧口修造「口絵」
それから5年後の1979年7月1日に瀧口修造は76歳で亡くなった。10月に「現代詩手帖」が追悼の特集を組み、リバティ・パスポートや「余白に書く」(1966年みすず書房刊)以後に発表された文章など晩年の主要な活動の一端を紹介していたが、マルセル・デュシャンへの追悼文「急速な鎮魂曲」が特に印象に残った。同誌に載っていた「瀧口修造書誌」(鶴岡善久編)は、本の出版元や体裁などを簡略に纏めた便利な資料として、これをもとに著作の収集を始めることになった。「近代芸術」「点」「詩的実験(縮刷版)」「画家の沈黙の部分」「シュルレアリスムのために」などの再版本はまだ地方の大きな書店でも見かけたが、あとは古書店で探すしか手立てがなかった。だが、地方の田舎に住む者がたまに所用で都会に行ってわずかの時間に古書店を巡っても瀧口修造の本を見つけることはほとんどなかった。没後に私のように瀧口の本を求める人が増えたのも一因だったかもしれないが、特に戦前に出た本や少部数の限定本の入手は容易ではないと覚悟していた。しかし、何事も求めなければ出会いは望めないので少しずつだが手探りの収集活動が始まった。
現代詩手帖10月 特集瀧口修造(1979年 思潮社刊)
現代詩手帖10月特集瀧口修造 リバティ・パスポート
新刊書店で買った瀧口の本
(せいけ かつひさ)
■清家克久 Katsuhisa SEIKE
1950年 愛媛県に生まれる。
●清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」全12回目次
第1回/出会いと手探りの収集活動
第2回/マルセル・デュシャン語録
第3回/加納光於アトリエを訪ねて、ほか
第4回/綾子夫人の手紙、ほか
第5回/有楽町・レバンテでの「橄欖忌」ほか
第6回/清家コレクションによる松山・タカシ画廊「滝口修造と画家たち展」
第7回/町立久万美術館「三輪田俊助回顧展」ほか
第8回/宇和島市・薬師神邸「浜田浜雄作品展」ほか
第9回/国立国際美術館「瀧口修造とその周辺」展ほか
第10回/名古屋市美術館「土渕コレクションによる 瀧口修造:オートマティスムの彼岸」展ほか
第11回/横浜美術館「マルセル・デュシャンと20世紀美術」ほか
第12回/小樽の「詩人と美術 瀧口修造のシュルレアリスム」展ほか
*画廊亭主敬白
3月16日[木]~3月19日[日]の会期で開催された「アートフェア東京 2017」が昨日終了しました。たくさんのご来場をありがとうございました。
いつもでしたらスタッフSがレポートを書くのですが、今回は「NYのレポートもあるので、ボクは書けません」と拒否されてしまった。
困った・・・・(いずれにせよ近日中にご報告します)
さて京都の夜野悠さんのエッセイ「書斎の漂流物」が3月5日に惜しまれつつ終了しましたが、今日から四国・宇和島の清家克久さんの新しい連載が始まります。
土渕信彦さんからの推薦です。瀧口修造のコレクションについて書いていただきますが、京都の石原輝雄さん、夜野悠さんなど、コレクター同士のネットワークから次々と労作が誕生するのを亭主は深い感銘と驚きをもってみています。
身銭を切って集めたからこそ、研究者や学芸員とは異なる視点での作品探求がなされており、皆さんの連載をわくわくしながら読んでいます。
●今日のお勧め作品は、瀧口修造です。
瀧口修造
「III-43」
デカルコマニー、紙
イメージサイズ:17.5×13.6cm
シートサイズ :17.5×13.6cm
※III-44と対
瀧口修造
「III-44」
デカルコマニー、紙
イメージサイズ:17.3×13.6cm
シートサイズ :17.3×13.6cm
※III-43と対
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜~土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。
◆新連載・清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」は毎月20日の更新です。
●ときの忘れものの次回企画は「堀尾貞治・石山修武 二人展―あたりまえのこと、そうでもないこと―」です。
会期:2017年3月31日[金]~4月15日[土] *日・月・祝日休廊
初日3月31日(金)17:00~19:00お二人を迎えてオープニングを開催します。ぜひお出かけください。

堀尾貞治(1939~)の未発表ドローイングと、建築家石山修武(1944~)の新作銅版画及びドローイングをご覧いただきます。
先に土渕信彦さんが連載されたエッセイ「瀧口修造の箱舟」と「瀧口修造とマルセル・デュシャン」を私は共感と羨望の思いで読ませていただいた。土渕さんは瀧口修造研究をライフワークとし、これまで瀧口修造関連の展覧会や雑誌の特集などを通して緻密な研究の成果を発表している。特に平凡社の伝統ある雑誌「太陽」の特集として出た「瀧口修造のミクロコスモス」(1993年4月号)では、「彼岸のオブジェ」と題し瀧口の造形作品の解析を通してオブジェの問題に言及するという画期的な論考を発表するとともに、落合実・編と称して「瀧口修造事典」を作成したことはその後の瀧口研究に新たな一面をもたらしたのではないだろうか。また、文献・資料はもとより造形作品に至るまで個人としては屈指の瀧口コレクションを有し、その展覧会(「瀧口修造の光跡」展など)も何度か開催されている。それも単に顕彰や披露を意図したものではなく、瀧口修造の実像に迫ろうとする試みの一つであることを強調しておきたいと思う。土渕さんとは共に瀧口ファンとして知り合ってから30年以上の交流が続いているが、私は瀧口修造その人に出会った体験もなく、研究への取り組みやコレクションにおいても土渕さんの足元にも及ばない。いたずらに年を重ねてきただけの瀧口ファンの一人にすぎないことを最初にお断りしておかねばならない。
太陽特集号(1993年平凡社刊)
土渕信彦「彼岸のオブジェ」
落合実・編「瀧口修造事典」
2009年 森岡書店
2010年 森岡書店
2011年 千葉市美術館土渕さんは、「瀧口修造の箱舟」のなかで西脇順三郎を通して瀧口修造に関心を持つようになった経緯を記されている。私の場合も文学方面から瀧口へ接近していったが、それまでに日本の近・現代小説を乱読していた時期があった。森鴎外や谷崎潤一郎によって小説の醍醐味を知ったが、現実逃避の孤独な慰みのための読書に過ぎなかった。次第に言葉で紡がれる虚構の世界に飽き足りなくなり、美術への関心も芽生えていたがアクチュアリティなものを渇望するようになっていた。同時代の文学への関心から朝日新聞の文芸時評を読んでいたが、1970年より作家の石川淳が担当してから、それまでの文芸誌の小説を中心とした論評を覆し、ジャンルにとらわれない独自な選択眼による時評を展開した。そのおかげで私は読書の幅が広がったが、石川淳の手法を受け継いだ英文学者で作家の吉田健一が1972年の夏に大岡信詩集「透視図法―夏のための」(書肆山田版)を取り上げた。「たからかな蒼空の瀧音に 恍惚となったいちまいの 葉っぱを見たのだ」という詩篇の一節などを紹介し、現代の数少ない詩人の一人として大岡信を高く評価していた。程なく松山市の古本屋で偶然見つけたこの詩集には言葉の調べとイメージが見事に一体となって思わず口ずさみたくなるようなフレーズが随所に見られ、私は初めて現代詩の世界へと誘われたような気がした。その中に「瀧口修造に捧げる1969年6月の短詩」と題する作品があり、「熱狂もてしずかに輝く 水滴に化けた詩人よ」と称えられるこの謎めいた人物の名前を初めて脳裏に刻んだ。
大岡信詩集 透視図法―夏のための 書肆山田版(刊行年記載無)
瀧口修造に捧げる1969年6月の短詩そして、1974年に「現代詩手帖」10月臨時増刊として出た瀧口修造特集が私の入門書であり座右の書となった。詩人・美術評論家・画家の三つの顔を持ち、シュルレアリスムの思想を実践している稀有な存在であることを知った。近作の夢と言語への執拗なこだわりと考察から生まれたインスピレーションともいうべき短章「寸秒夢、あとさき」と、迫真的な夢の記録である「夢三度」に加えて、不思議に美しいデカルコマニーや躍動する線描の作品はこれまで見たことのないものだった。また、「自筆年譜」は貴重な自伝・ドキュメントとして「執筆・著作年表」と共に瀧口修造を知るうえで欠かせない資料となった。その他詩人や画家、評論家たちが様々な角度から捉えた作品論と人物像も面白く、とりわけ西脇順三郎、花田清輝、澁澤龍彦の三者三様の讃辞が瀧口の偉大さを物語っているように思われた。
現代詩手帖10月臨時増刊 瀧口修造 表紙(1974年 思潮社刊)
現代詩手帖1974年10月臨時増刊 瀧口修造 収録「寸秒夢、あとさき」
現代詩手帖1974年10月臨時増刊 瀧口修造「口絵」それから5年後の1979年7月1日に瀧口修造は76歳で亡くなった。10月に「現代詩手帖」が追悼の特集を組み、リバティ・パスポートや「余白に書く」(1966年みすず書房刊)以後に発表された文章など晩年の主要な活動の一端を紹介していたが、マルセル・デュシャンへの追悼文「急速な鎮魂曲」が特に印象に残った。同誌に載っていた「瀧口修造書誌」(鶴岡善久編)は、本の出版元や体裁などを簡略に纏めた便利な資料として、これをもとに著作の収集を始めることになった。「近代芸術」「点」「詩的実験(縮刷版)」「画家の沈黙の部分」「シュルレアリスムのために」などの再版本はまだ地方の大きな書店でも見かけたが、あとは古書店で探すしか手立てがなかった。だが、地方の田舎に住む者がたまに所用で都会に行ってわずかの時間に古書店を巡っても瀧口修造の本を見つけることはほとんどなかった。没後に私のように瀧口の本を求める人が増えたのも一因だったかもしれないが、特に戦前に出た本や少部数の限定本の入手は容易ではないと覚悟していた。しかし、何事も求めなければ出会いは望めないので少しずつだが手探りの収集活動が始まった。
現代詩手帖10月 特集瀧口修造(1979年 思潮社刊)
現代詩手帖10月特集瀧口修造 リバティ・パスポート
新刊書店で買った瀧口の本(せいけ かつひさ)
■清家克久 Katsuhisa SEIKE
1950年 愛媛県に生まれる。
●清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」全12回目次
第1回/出会いと手探りの収集活動
第2回/マルセル・デュシャン語録
第3回/加納光於アトリエを訪ねて、ほか
第4回/綾子夫人の手紙、ほか
第5回/有楽町・レバンテでの「橄欖忌」ほか
第6回/清家コレクションによる松山・タカシ画廊「滝口修造と画家たち展」
第7回/町立久万美術館「三輪田俊助回顧展」ほか
第8回/宇和島市・薬師神邸「浜田浜雄作品展」ほか
第9回/国立国際美術館「瀧口修造とその周辺」展ほか
第10回/名古屋市美術館「土渕コレクションによる 瀧口修造:オートマティスムの彼岸」展ほか
第11回/横浜美術館「マルセル・デュシャンと20世紀美術」ほか
第12回/小樽の「詩人と美術 瀧口修造のシュルレアリスム」展ほか
*画廊亭主敬白
3月16日[木]~3月19日[日]の会期で開催された「アートフェア東京 2017」が昨日終了しました。たくさんのご来場をありがとうございました。
いつもでしたらスタッフSがレポートを書くのですが、今回は「NYのレポートもあるので、ボクは書けません」と拒否されてしまった。
困った・・・・(いずれにせよ近日中にご報告します)
さて京都の夜野悠さんのエッセイ「書斎の漂流物」が3月5日に惜しまれつつ終了しましたが、今日から四国・宇和島の清家克久さんの新しい連載が始まります。
土渕信彦さんからの推薦です。瀧口修造のコレクションについて書いていただきますが、京都の石原輝雄さん、夜野悠さんなど、コレクター同士のネットワークから次々と労作が誕生するのを亭主は深い感銘と驚きをもってみています。
身銭を切って集めたからこそ、研究者や学芸員とは異なる視点での作品探求がなされており、皆さんの連載をわくわくしながら読んでいます。
●今日のお勧め作品は、瀧口修造です。
瀧口修造「III-43」
デカルコマニー、紙
イメージサイズ:17.5×13.6cm
シートサイズ :17.5×13.6cm
※III-44と対
瀧口修造「III-44」
デカルコマニー、紙
イメージサイズ:17.3×13.6cm
シートサイズ :17.3×13.6cm
※III-43と対
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ときの忘れものの通常業務は平日の火曜~土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。
◆新連載・清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」は毎月20日の更新です。
●ときの忘れものの次回企画は「堀尾貞治・石山修武 二人展―あたりまえのこと、そうでもないこと―」です。
会期:2017年3月31日[金]~4月15日[土] *日・月・祝日休廊
初日3月31日(金)17:00~19:00お二人を迎えてオープニングを開催します。ぜひお出かけください。

堀尾貞治(1939~)の未発表ドローイングと、建築家石山修武(1944~)の新作銅版画及びドローイングをご覧いただきます。
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