藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」第20回
4/8(土)より、大髙正人の出身地である福島県三春町にて、展覧会「三春が生んだ建築家 大髙正人」が始まりました。会場は三春町歴史民俗資料館、大髙の設計で1982年に竣工した建物です。
4/16(土)に行われた、資料館の設計を担当された倉本宏氏の講演会に合わせ、三春町を訪れました。当日は快晴で暖かく、まさに春爛漫の風情。朝に三春町に着いたときにはソメイヨシノは殆ど開花していませんでしたが、陽気に誘われ夕方までにどんどん開花が進みました。資料館の傍にある枝垂桜は、日当たりがよいせいか他の木より一足先に薄紅色の花を咲かせていました。土蔵を意識したという資料館の土色のタイル壁と黒色の瓦棒葺きの屋根は、地形になじむようにとの配慮もあってか、冬にはとてもこざっぱりとして見えます。しかし、この季節には枝垂桜の色と優しく調和し、桜を引き立てていました。もしかするとこの建物は、1年に1週間もないくらいの、この素敵な時期に焦点を合わせて設計されたのでは!? と勘ぐってしまうほど。
大髙が残した枝垂桜と歴史民俗資料館(2017年4月16日、筆者撮影)
資料館は丘の中腹に埋め込むようにして設計されています。地形を生かしつつ資料館を建てる苦労は並々ならぬものであったようですが―実際、当時町長であった伊藤寛氏は、なぜこんなに条件の悪いところにわざわざ建てるのか、完成するまで理解できなかったと言います―、その背景には、大髙が若い頃から抱いていた環境への意識がありました。倉本氏の講演では、自然地形にこだわった大髙の思想が年代を追って辿られました。大髙が最初にプロジェクトとして自然地形へのこだわりをみせたのは、1959年の東京湾上都市の提案。人工的な軸線を東京湾上に通した丹下健三案に対し、大髙案は海岸線を自然のままに残し、湾上都市の水際線も自然に近い曲線を描いています。1960年代からは、彫刻家との付き合いから手がけた宇部の現代日本彫刻展や神戸須磨離宮公園現代彫刻展の会場構成を通じ、公園の地形と造形物の関係を追及しました。そして大髙は、前川國男の元でチーフを務めた東京文化会館(1961)の際には実現できなかった、建築の周囲を含めた公共文化施設の総合的なデザインを、千葉文化の森(1967-70)で実現させます。文化の森の遊歩道には彫刻が印象的に配置されていますが、これは彫刻展でのスタディが実を結んだと言ってよいでしょう。しかしその後は、多摩ニュータウンの自然地形案(1966-69)や神奈川の奈良地区土地利用構想(1973)、港北第一地区東山田団地設計(1979-80)などで度々自然地形を生かした居住空間を提案したにも拘わらず、すべて挫折しています。その後に、故郷でやっと実現したのがこの歴史民俗資料館だったのでした。常に都市を見据えながら建築を考えていた大髙は、70年代から徐々に都市計画の分野に活躍の場を移していきますが、資料館とほぼ同時期に基本計画を検討したみなとみらい21でも、カーブした水際線をデザインし、やがて実現にこぎつけました。
千葉文化の森の遊歩道から千葉県文化会館を望む(2016年12月撮影)
今回の展示では、三春町を歩きながらまちづくりの軌跡がたどれる年表・マップを作成し(監修:中島直人(東京大学准教授)、デザイン:岩田会津)、配布しています。単体の建築を設計するだけでなく、都市全体を視野に入れて戦った大髙が、故郷で実現した/しようとした理想を是非体感してください。
三春町に咲く花は、梅、桃、桜に加え、水仙、菜の花、カタクリに水芭蕉、土筆もそこかしこにみられます。大髙が自然の風景を後世に遺したいと強く望んだのは、控えめだけれど麗らかで美しい、この里山の春景色の経験があったからでしょうか。確かに、日を経てもなお、思い出す度に心をふっとあかるくさせるような情景でした。三春は春が訪ねどき、展示期間中にどうぞお運びください。
「三春が生んだ建築家 大髙正人」展(三春町歴史民俗資料館、4/8(土)~6/18(日))
http://www.town.miharu.fukushima.jp/site/rekishi/
ポスターはこちらからご覧いただけます↓
http://nama.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/2017/04/otaka_miharu_leaflet.pdf
(ふじもと たかこ)
■藤本貴子 Takako FUJIMOTO
磯崎新アトリエ勤務のち、文化庁新進芸術家海外研修員として建築アーカイブの研修・調査を行う。2014年10月より国立近現代建築資料館研究補佐員。
◆藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。
●本日のお勧めは、普後均です。
普後均
〈ON THE CIRCLE〉シリーズ #53
2003年撮影(2009年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:31.6×39.2cm
シートサイズ:35.6×43.2cm
Ed.15 サインあり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
4/8(土)より、大髙正人の出身地である福島県三春町にて、展覧会「三春が生んだ建築家 大髙正人」が始まりました。会場は三春町歴史民俗資料館、大髙の設計で1982年に竣工した建物です。
4/16(土)に行われた、資料館の設計を担当された倉本宏氏の講演会に合わせ、三春町を訪れました。当日は快晴で暖かく、まさに春爛漫の風情。朝に三春町に着いたときにはソメイヨシノは殆ど開花していませんでしたが、陽気に誘われ夕方までにどんどん開花が進みました。資料館の傍にある枝垂桜は、日当たりがよいせいか他の木より一足先に薄紅色の花を咲かせていました。土蔵を意識したという資料館の土色のタイル壁と黒色の瓦棒葺きの屋根は、地形になじむようにとの配慮もあってか、冬にはとてもこざっぱりとして見えます。しかし、この季節には枝垂桜の色と優しく調和し、桜を引き立てていました。もしかするとこの建物は、1年に1週間もないくらいの、この素敵な時期に焦点を合わせて設計されたのでは!? と勘ぐってしまうほど。
大髙が残した枝垂桜と歴史民俗資料館(2017年4月16日、筆者撮影)資料館は丘の中腹に埋め込むようにして設計されています。地形を生かしつつ資料館を建てる苦労は並々ならぬものであったようですが―実際、当時町長であった伊藤寛氏は、なぜこんなに条件の悪いところにわざわざ建てるのか、完成するまで理解できなかったと言います―、その背景には、大髙が若い頃から抱いていた環境への意識がありました。倉本氏の講演では、自然地形にこだわった大髙の思想が年代を追って辿られました。大髙が最初にプロジェクトとして自然地形へのこだわりをみせたのは、1959年の東京湾上都市の提案。人工的な軸線を東京湾上に通した丹下健三案に対し、大髙案は海岸線を自然のままに残し、湾上都市の水際線も自然に近い曲線を描いています。1960年代からは、彫刻家との付き合いから手がけた宇部の現代日本彫刻展や神戸須磨離宮公園現代彫刻展の会場構成を通じ、公園の地形と造形物の関係を追及しました。そして大髙は、前川國男の元でチーフを務めた東京文化会館(1961)の際には実現できなかった、建築の周囲を含めた公共文化施設の総合的なデザインを、千葉文化の森(1967-70)で実現させます。文化の森の遊歩道には彫刻が印象的に配置されていますが、これは彫刻展でのスタディが実を結んだと言ってよいでしょう。しかしその後は、多摩ニュータウンの自然地形案(1966-69)や神奈川の奈良地区土地利用構想(1973)、港北第一地区東山田団地設計(1979-80)などで度々自然地形を生かした居住空間を提案したにも拘わらず、すべて挫折しています。その後に、故郷でやっと実現したのがこの歴史民俗資料館だったのでした。常に都市を見据えながら建築を考えていた大髙は、70年代から徐々に都市計画の分野に活躍の場を移していきますが、資料館とほぼ同時期に基本計画を検討したみなとみらい21でも、カーブした水際線をデザインし、やがて実現にこぎつけました。
千葉文化の森の遊歩道から千葉県文化会館を望む(2016年12月撮影)今回の展示では、三春町を歩きながらまちづくりの軌跡がたどれる年表・マップを作成し(監修:中島直人(東京大学准教授)、デザイン:岩田会津)、配布しています。単体の建築を設計するだけでなく、都市全体を視野に入れて戦った大髙が、故郷で実現した/しようとした理想を是非体感してください。
三春町に咲く花は、梅、桃、桜に加え、水仙、菜の花、カタクリに水芭蕉、土筆もそこかしこにみられます。大髙が自然の風景を後世に遺したいと強く望んだのは、控えめだけれど麗らかで美しい、この里山の春景色の経験があったからでしょうか。確かに、日を経てもなお、思い出す度に心をふっとあかるくさせるような情景でした。三春は春が訪ねどき、展示期間中にどうぞお運びください。
「三春が生んだ建築家 大髙正人」展(三春町歴史民俗資料館、4/8(土)~6/18(日))
http://www.town.miharu.fukushima.jp/site/rekishi/
ポスターはこちらからご覧いただけます↓
http://nama.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/2017/04/otaka_miharu_leaflet.pdf
(ふじもと たかこ)
■藤本貴子 Takako FUJIMOTO
磯崎新アトリエ勤務のち、文化庁新進芸術家海外研修員として建築アーカイブの研修・調査を行う。2014年10月より国立近現代建築資料館研究補佐員。
◆藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。
●本日のお勧めは、普後均です。
普後均〈ON THE CIRCLE〉シリーズ #53
2003年撮影(2009年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:31.6×39.2cm
シートサイズ:35.6×43.2cm
Ed.15 サインあり
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