瀧口修造とマルセル・デュシャン(補遺2)―富山県美術館の開館 [後編]
土渕信彦
展示室6はさらに2つの部屋に分かれ、手前の部屋には、旅先の記念品やアーティストから贈られたオブジェなどが、壁の裏側の部屋には主に瀧口本人や他のアーティストの平面作品が展示されている。手前の部屋の両側の壁面全体に本棚のような棚が設けられており、オブジェや記念品が、分けられた小棚の中に収納・展示されている(図15)。ガラス越しにひとつひとつ見ていくと、瀧口との関わりやエピソードが次々と思い出されて、なかなか先に進めない。小棚それぞれがジョゼフ・コーネルの箱のように見えて、心を打たれた。

図15
瀧口修造の部屋のオブジェなど
展示棚には、「瀧口修造コレクション」および「瀧口修造の書斎」のパネルも掲げられている(図16,17)。これを読めば、予備知識のない一般の人でも、瀧口の人物像やオブジェ・記念品などに親しみを覚え、興味深く展示を観ることができるだろう。(実際に会場で、「名前は聞いたことがあったけれど、こんなにハイカラなおじいちゃんだったのね」という囁きを聞いた。)
図16
パネル「瀧口修造コレクション」
図17
パネル「瀧口修造の書斎」
壁の裏側の部屋には、瀧口自身のデカルコマニー連作100点の第1部や、友人の作家たちから贈られた平面作品、さらにはマルチプル「檢眼圖」も展示されている(図18,19,20)。照明が落とされ、美しくレイアウトされていた。
図18
瀧口修造連作100点「私の心臓は時を刻む」より
図19
瀧口修造の部屋の作品
図20
マルチプル「檢眼圖」(岡崎和郎との共作)
一つ気になったのは、前出の「瀧口修造コレクション」Exhibition Room for Shuzo Takiguchi Collection、「瀧口修造の書斎」The Study of Shuzo Takiguchiというパネルである。デカルコマニー連作百点や「檢眼圖」などは「コレクション」ではないのだし、何よりも瀧口自身が「自分は蒐集家ではない」「部屋に在る作品やオブジェは、いわゆるコレクションや蒐集ではなく、一種の記念品である」という趣旨を、比較的有名なエッセイ「白紙の周辺」「物々控」「自成蹊」などで語っているのだから、タイトルと解説文中に用いられた「コレクション」「書斎」という言葉は、実態に合わないように思われる。この趣旨を述べた個所の引用も展示棚の中に掲示されているので(図21,22,23)、それなりの配慮が示されているのは確かだが、物事の通常の在り方に疑問を投げかけ、別の在り方を志向するところにこそ瀧口の真骨頂が顕れているとするなら、ありきたりの「コレクション」「書斎」という言葉は避けるべきではなかろうか。さまざまな記念品が集積していただけでなく、デカルコマニーなどの制作、「オブジェの店をひらく」構想、『マルセル・デュシャン語録』の刊行など、すべてがこの部屋の中で進められた点も視野に入れると、パネルのタイトルは「瀧口修造記念室」Exhibition Room for Shuzo Takiguchi、「瀧口修造の部屋」「瀧口修造のスタジオ」The Studio of Shuzo Takiguchiなどに改めた方が良いように思われる。
図21
パネル「白紙の周辺」
図22
パネル「物々控」
図23
パネル「自成蹊」
それはともかく、常設展示室が設置され、心のこもった展示がされていると確認できて安堵した。部屋を出ると、通路の右側にも展示室6の別室があり、ここにはバイオリニストのシモン・ゴールドベルク夫人でピアニストの山根美代子さんから寄贈されたゴールドベルク遺愛の美術品が展示されていた。
3階から屋上に上がると芝生の庭園になっており、樹脂製の雲のようなトランポリン「ふわふわドーム」などの遊具も置かれていた(図24)。屋上庭園全体がこの「ふわふわ」を敷衍して「オノマトぺの屋上」と命名されている。親子連れでにぎわっていた(図25)。なかなか眺望が良く、晴れた日には立山・剣岳・乗鞍岳なども見えるそうだが、この日はあいにく雲がかかって見えなかった(図26)。
図24
屋上フロアマップ(美術館ホームページより)
図25
屋上庭園
図26
屋上からの眺め
最後に、企画展示「開館記念展 LIFE」にも簡単に触れておきたい。開催趣旨は以下のとおりである。
「開館記念展の第一弾として、アートの根源的なテーマである「LIFE」を「『すばらしい世界=楽園』をもとめる旅」ととらえ、「子ども」「愛」「日常」「感情」「夢」「死」「プリミティブ」「自然」の8つの章により構成し、国内外の美術館コレクションの優品を中心とした約170点を紹介するものです」(同館ホームページより)
展示リスト
http://tad-toyama.jp/wp-content/uploads/2017/07/6bd3241dbd2918e046a5cce21da783a8.pdf
素晴らしい企画展なので、是非ご覧になるようお勧めしたい(11月5日まで。水曜日休館)。上のリストでお判りのとおり、展示作品は全国各地の美術館から集められた名品ばかりだが、特に第5章に展示されたエーリッヒ・ブラウァー「かぐわしき夜」(新潟市美術館蔵)について、ご紹介したい。原題は単に「おやすみなさい」の意味だが、これを「かぐわしき夜」と訳したのは瀧口修造である旨の解説パネルが付され、以下の瀧口訳のブラウアーの言葉も引用されていた。このあたり、美術館の見識が感じられた。
「幸福なとき、わたしは2つ半の幼児のようにものを見る―信じられないような、怖ろしい、壮大なものが、わたしの頭上にただよっているのを見ることがある。―年を経るにつれて、われわれの眼はみずみずしさを失い、盲目同然になる。
私の目的は世界をほんとうにあるがままの姿に描くことだ―それは胸がわくわくするように絡み合い、花のように輝き、楽園のように壮大な景観なのだ。」(初出は青木画廊「夜想」展カタログ、1965年4月)
(つちぶち のぶひこ)
前編はこちら。
●展覧会のご紹介




「富山県美術館開館記念展 Part1 生命と美の物語 LIFE - 楽園をもとめて」
(同時開催:コレクション展 I)
会期:2017年8月26日[土] ~11月5日[日]
会場:富山県美術館
時間:9:30~18:00(入館は17:30まで)
休館:水曜日(祝日を除く)、祝日の翌日 ※11月4日は臨時開館
古来より現在まで、多くの作品が「生命=LIFE」をテーマに生み出されてきました。古今東西の芸術家たちがこのテーマに関心を持ち、作品を通してその本質を明らかにしようとしてきたのは、それが私たち人間にとってもっとも身近で切実なものであったからにほかなりません。 本展は、富山県美術館(TAD)の開館記念展の第一弾として、アートの根源的なテーマである「LIFE」を「『すばらしい世界=楽園』をもとめる旅」ととらえ、「子ども」「愛」「日常」「感情」「夢」「死」「プリミティブ」「自然」の8つの章により構成し、国内外の美術館コレクションの優品を中心とした約170点を紹介するものです。ルノワールなどの印象派から、クリムト、シーレなどのウィーン世紀末美術、ピカソ、シャガールなどの20世紀のモダンアート、青木繁、下村観山などの日本近代絵画、折元立身、三沢厚彦などの現代アートまで、生命と美の深い関わりについて考察し、この富山県美術館でしか体験できない、新たなアートとの出会いを創出します。(富山県美術館HPより転載)
●今日のお勧め作品は、瀧口修造です。
瀧口修造
《V-09》
水彩、インク、色鉛筆、紙
Image size: 27.5x22.7cm
Sheet size: 31.5x26.8cm
サインあり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆イベントのご案内
◎10月31日(火)16時~「細江英公写真展」オープニング
細江先生を囲んでのレセプションはどなたでも参加できます。
◎11月8日(水)18時~飯沢耕太郎ギャラリートーク<細江英公の世界(仮)>
*要予約:参加費1,000円
◎11月16日(木)18時より 植田実・今村創平ギャラリートーク<ポンピドーセンター・メス「ジャパン・ネス 1945年以降の日本における建築と都市」展をめぐって(仮)>
*要予約:参加費1,000円
ギャラリートークへの参加希望は、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。twitterやfacebookのメッセージでは受け付けておりません。当方からの「予約受付」の返信を以ってご予約完了となりますので、返信が無い場合は恐れ入りますがご連絡ください。
E-mail: info@tokinowasuremono.com
土渕信彦
展示室6はさらに2つの部屋に分かれ、手前の部屋には、旅先の記念品やアーティストから贈られたオブジェなどが、壁の裏側の部屋には主に瀧口本人や他のアーティストの平面作品が展示されている。手前の部屋の両側の壁面全体に本棚のような棚が設けられており、オブジェや記念品が、分けられた小棚の中に収納・展示されている(図15)。ガラス越しにひとつひとつ見ていくと、瀧口との関わりやエピソードが次々と思い出されて、なかなか先に進めない。小棚それぞれがジョゼフ・コーネルの箱のように見えて、心を打たれた。

図15
瀧口修造の部屋のオブジェなど
展示棚には、「瀧口修造コレクション」および「瀧口修造の書斎」のパネルも掲げられている(図16,17)。これを読めば、予備知識のない一般の人でも、瀧口の人物像やオブジェ・記念品などに親しみを覚え、興味深く展示を観ることができるだろう。(実際に会場で、「名前は聞いたことがあったけれど、こんなにハイカラなおじいちゃんだったのね」という囁きを聞いた。)
図16パネル「瀧口修造コレクション」
図17パネル「瀧口修造の書斎」
壁の裏側の部屋には、瀧口自身のデカルコマニー連作100点の第1部や、友人の作家たちから贈られた平面作品、さらにはマルチプル「檢眼圖」も展示されている(図18,19,20)。照明が落とされ、美しくレイアウトされていた。
図18瀧口修造連作100点「私の心臓は時を刻む」より
図19瀧口修造の部屋の作品
図20マルチプル「檢眼圖」(岡崎和郎との共作)
一つ気になったのは、前出の「瀧口修造コレクション」Exhibition Room for Shuzo Takiguchi Collection、「瀧口修造の書斎」The Study of Shuzo Takiguchiというパネルである。デカルコマニー連作百点や「檢眼圖」などは「コレクション」ではないのだし、何よりも瀧口自身が「自分は蒐集家ではない」「部屋に在る作品やオブジェは、いわゆるコレクションや蒐集ではなく、一種の記念品である」という趣旨を、比較的有名なエッセイ「白紙の周辺」「物々控」「自成蹊」などで語っているのだから、タイトルと解説文中に用いられた「コレクション」「書斎」という言葉は、実態に合わないように思われる。この趣旨を述べた個所の引用も展示棚の中に掲示されているので(図21,22,23)、それなりの配慮が示されているのは確かだが、物事の通常の在り方に疑問を投げかけ、別の在り方を志向するところにこそ瀧口の真骨頂が顕れているとするなら、ありきたりの「コレクション」「書斎」という言葉は避けるべきではなかろうか。さまざまな記念品が集積していただけでなく、デカルコマニーなどの制作、「オブジェの店をひらく」構想、『マルセル・デュシャン語録』の刊行など、すべてがこの部屋の中で進められた点も視野に入れると、パネルのタイトルは「瀧口修造記念室」Exhibition Room for Shuzo Takiguchi、「瀧口修造の部屋」「瀧口修造のスタジオ」The Studio of Shuzo Takiguchiなどに改めた方が良いように思われる。
図21パネル「白紙の周辺」
図22パネル「物々控」
図23パネル「自成蹊」
それはともかく、常設展示室が設置され、心のこもった展示がされていると確認できて安堵した。部屋を出ると、通路の右側にも展示室6の別室があり、ここにはバイオリニストのシモン・ゴールドベルク夫人でピアニストの山根美代子さんから寄贈されたゴールドベルク遺愛の美術品が展示されていた。
3階から屋上に上がると芝生の庭園になっており、樹脂製の雲のようなトランポリン「ふわふわドーム」などの遊具も置かれていた(図24)。屋上庭園全体がこの「ふわふわ」を敷衍して「オノマトぺの屋上」と命名されている。親子連れでにぎわっていた(図25)。なかなか眺望が良く、晴れた日には立山・剣岳・乗鞍岳なども見えるそうだが、この日はあいにく雲がかかって見えなかった(図26)。
図24屋上フロアマップ(美術館ホームページより)
図25屋上庭園
図26屋上からの眺め
最後に、企画展示「開館記念展 LIFE」にも簡単に触れておきたい。開催趣旨は以下のとおりである。
「開館記念展の第一弾として、アートの根源的なテーマである「LIFE」を「『すばらしい世界=楽園』をもとめる旅」ととらえ、「子ども」「愛」「日常」「感情」「夢」「死」「プリミティブ」「自然」の8つの章により構成し、国内外の美術館コレクションの優品を中心とした約170点を紹介するものです」(同館ホームページより)
展示リスト
http://tad-toyama.jp/wp-content/uploads/2017/07/6bd3241dbd2918e046a5cce21da783a8.pdf
素晴らしい企画展なので、是非ご覧になるようお勧めしたい(11月5日まで。水曜日休館)。上のリストでお判りのとおり、展示作品は全国各地の美術館から集められた名品ばかりだが、特に第5章に展示されたエーリッヒ・ブラウァー「かぐわしき夜」(新潟市美術館蔵)について、ご紹介したい。原題は単に「おやすみなさい」の意味だが、これを「かぐわしき夜」と訳したのは瀧口修造である旨の解説パネルが付され、以下の瀧口訳のブラウアーの言葉も引用されていた。このあたり、美術館の見識が感じられた。
「幸福なとき、わたしは2つ半の幼児のようにものを見る―信じられないような、怖ろしい、壮大なものが、わたしの頭上にただよっているのを見ることがある。―年を経るにつれて、われわれの眼はみずみずしさを失い、盲目同然になる。
私の目的は世界をほんとうにあるがままの姿に描くことだ―それは胸がわくわくするように絡み合い、花のように輝き、楽園のように壮大な景観なのだ。」(初出は青木画廊「夜想」展カタログ、1965年4月)
(つちぶち のぶひこ)
前編はこちら。
●展覧会のご紹介




「富山県美術館開館記念展 Part1 生命と美の物語 LIFE - 楽園をもとめて」
(同時開催:コレクション展 I)
会期:2017年8月26日[土] ~11月5日[日]
会場:富山県美術館
時間:9:30~18:00(入館は17:30まで)
休館:水曜日(祝日を除く)、祝日の翌日 ※11月4日は臨時開館
古来より現在まで、多くの作品が「生命=LIFE」をテーマに生み出されてきました。古今東西の芸術家たちがこのテーマに関心を持ち、作品を通してその本質を明らかにしようとしてきたのは、それが私たち人間にとってもっとも身近で切実なものであったからにほかなりません。 本展は、富山県美術館(TAD)の開館記念展の第一弾として、アートの根源的なテーマである「LIFE」を「『すばらしい世界=楽園』をもとめる旅」ととらえ、「子ども」「愛」「日常」「感情」「夢」「死」「プリミティブ」「自然」の8つの章により構成し、国内外の美術館コレクションの優品を中心とした約170点を紹介するものです。ルノワールなどの印象派から、クリムト、シーレなどのウィーン世紀末美術、ピカソ、シャガールなどの20世紀のモダンアート、青木繁、下村観山などの日本近代絵画、折元立身、三沢厚彦などの現代アートまで、生命と美の深い関わりについて考察し、この富山県美術館でしか体験できない、新たなアートとの出会いを創出します。(富山県美術館HPより転載)
●今日のお勧め作品は、瀧口修造です。
瀧口修造《V-09》
水彩、インク、色鉛筆、紙
Image size: 27.5x22.7cm
Sheet size: 31.5x26.8cm
サインあり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆イベントのご案内
◎10月31日(火)16時~「細江英公写真展」オープニング
細江先生を囲んでのレセプションはどなたでも参加できます。
◎11月8日(水)18時~飯沢耕太郎ギャラリートーク<細江英公の世界(仮)>
*要予約:参加費1,000円
◎11月16日(木)18時より 植田実・今村創平ギャラリートーク<ポンピドーセンター・メス「ジャパン・ネス 1945年以降の日本における建築と都市」展をめぐって(仮)>
*要予約:参加費1,000円
ギャラリートークへの参加希望は、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。twitterやfacebookのメッセージでは受け付けておりません。当方からの「予約受付」の返信を以ってご予約完了となりますので、返信が無い場合は恐れ入りますがご連絡ください。
E-mail: info@tokinowasuremono.com
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