新連載・土渕信彦のエッセイ「瀧口修造の本」

 今回から瀧口修造の著書・訳書などを順次取り上げ、体裁や奥付の事項などを記したうえで解説します。存命中の単行本を対象とし、美術全集や事典、雑誌、手作り本などは差し当たり対象外とします。お気付きの点はどうぞご指摘ください。

1.西脇順三郎『超現実主義詩論』
18.2×13.8㎝(四六判フランス装)
本文168頁、目次4頁、索引8頁
口絵として、「詩人の肖像」「PANTHEON」と表記され、シェイクスピアとボードレールの肖像が掲載されています(ボードレールの肖像はナダール撮影の写真。ナダールには風刺肖像画の連作「パンテオン・ナダール」があります)。

奥付の記載事項
昭和四年十一月十日印刷
昭和四年十一月十五日発行
超現實主義詩論 【定價一圓二拾銭】
著者 西脇順三郎
發行者 東京市麹町區下六番町四十八番地
岡本正一
印刷者 東京市牛込區西五軒町二十九番地
溝口榮
印刷所 東京市牛込區早稲田鶴巻町四百三番地
厚生閣印刷部
發兌 東京市麹町區下六番町四十八番地
厚生閣書店
振替 東京五九六〇〇番
電話 九段三二一八番

図1図1
『超現実主義詩論』初版


解題
 『超現実主義詩論』は「現代の藝術と批評叢書」第14編として厚生閣書店から刊行されました。著者は瀧口ではなく西脇順三郎ですが、以下に引用する著者序文のとおり、瀧口の貢献は明らかですし、おそらく初めて本作りに関わった貴重な一冊と思われますので、連載第1回に採り上げることとしました。

「序
本書に印刷したものは第十九世紀文學評論の一節である。
殊にCh. Baudelaireを中心として感じたことを單に記述したものである。記述によって構成した世界は論理と體系によって支配されない單に記述によって表現せんとして企てた世界に過ぎない。
BaudelaireのSurnaturalismeに関聯して、二十世紀のSurréalismeに及んだ。けれども最近の發展變化の事狀は本書に附加した瀧口修造氏の論文を有益なものと信ずる。
本書中にて私の書いたものは以前「三田文學」及び「詩と詩論」に出たものであるが、それを修正して再び本書に入れた。
是等の修正と校正の全部は瀧口修造氏がなした。この勞力に感謝します。
著者」


図2図2
同書序文


 当時、瀧口は26才、慶應義塾大学英文科の学生として西脇の指導を受けていました。校正・修正だけでなく、補論「ダダよりシュルレアリスムへ」の執筆を任されたのは、いかに信頼が篤かったかを示すものでしょう。補論は本文168頁のうち、131頁以降の38頁(18%強)を占めています。序文で特に触れられていませんが、130名近くに及ぶ人名索引も、おそらく瀧口が作成したものと思われます。

図3図3
補論「ダダよりシュルレアリスムへ」


図4図4
索引頁


 序文に明記されているとおり、本書の内容は、「超現実主義の詩論」というよりもむしろ、ボードレールの「超自然主義」を中心に19世紀文学を対象とするもので、この叢書の刊行当初は、単に「『詩論』J・N」として刊行が予定されていました(図5)。『超現実主義詩論』という題名は叢書の編集責任者春山行夫の意向によるものでしょう(後述)。

図5図5
「現代の藝術と批評叢書」第3編 北川冬彦訳マックス・ジャコブ『骰子筒』裏表紙カバー(上から6番目が「『詩論』J・N」。「超現実主義詩と詩論」とのサブタイトルあり)


 題名と内容との齟齬はもちろん西脇も承知しており、打開策として瀧口に委嘱されたのが、補論執筆だったと思われます。指導教授として瀧口の勤勉さを目の当たりにし、前年3月に発表していた「シュルレアリスムの詩論に就いて」(文藝春秋「創作月刊」。図6,7)にも目を通していたはずですから、この運動についての瀧口の認識と洞察に、一目置いていたのでしょう。西脇の本文は雑誌記事の再録ですから、これだけなら単行本化は比較的容易だったと思われますが、実際の刊行が半年ほど遅れて6番目から14番目となったのは、補論の脱稿を待ったためかもしれません。

図6図6
「創作月刊」表紙


図7図7
同「シュルレアリスムの詩論に就いて」


 上で触れましたが、本書を『超現実主義詩論』と命名したのは編集責任者の春山行夫と思われます。というのも、春山が実質的な編集人となって同じ厚生閣書店から刊行していた季刊誌「詩と詩論」では、「レプリ・ヌーヴォー」と並んで「超現実主義」の紹介に力を入れており、「現代の藝術と批評叢書」でも、本書に続いて「超現実主義」を題名に含む以下のようなラインナップの刊行が予定されていたからです(再掲図5)。

図5再掲図5


超現実主義宣言 附詩集『溶ける魚』アンドレ・ブルトン北川冬彦訳(図5上から9番目)
超現実主義のスタイル論ルイ・アラゴン瀧口修造訳(同10番目)

 余談になりますが、多くの新進文学者を「詩と詩論」や続く「文学」に糾合して最先端の詩や詩論を掲載し、それらを編集・再録して詩集や叢書を刊行した、編集者春山行夫の手腕は見事というほかありません。ここを拠点にいわゆる「モダニズム文学」の大きな潮流を造り出したのは、春山の不朽の功績といえるでしょう。反面、シュルレアリスムもレスプリ・ヌーヴォーも峻別しないまま「モダニズム」と一括りにする傾向が、今なお一部に見られるとすれば、その元祖、いや元凶も春山行夫と言わなければならないかもしれません。

 さて、ここで注目されるのは上のラインナップ中の『超現実主義のスタイル論』です。「衣裳の太陽」及び「詩と詩論」に瀧口が連載していたアラゴン『文体論』の訳稿を単行本化する計画だったのでしょう(図8)。『文体論』はシュルレアリストだった時期のアラゴンの(おそらく『パリの農夫』と並ぶ)代表作で、瀧口は単に翻訳しただけでなく、自らの詩作にも多くのものを吸収しているように思われます。例えば「地球創造説」以降の、命題を敷衍し畳み掛けるような饒舌な語り口などは、その最たるものでしょう。

図8図8
『超現実主義詩論』巻末の「詩と詩論」広告頁


 補論「ダダよりシュルレアリスムへ」のなかでも瀧口は、当時のアラゴンについて「唯一の形而上学者」と呼び、その作品をブルトンの「影像の光線」、エリュアールの「愛の力学」と並ぶ、超現実主義のテクストの典型の一つに位置付けています。別のところで論じましたのでここでは詳述しませんが(註)、当時の瀧口にとってのアラゴンの重要性は、もう少し認識されてよいと思われます。この点で『超現実主義のスタイル論』が未刊に終わったのはまことに残念です。

註 「『瀧口修造の詩的実験』の構造と解釈」(「洪水」第6~8号、洪水企画、2010年7月~2011年7月。参考図)参照

参考図参考図
「洪水」第7号


 その後、この補論は金星堂から「分冊現代詩講座」の一冊『ダダと超現実主義』として刊行されました(図9,10)。戦後、せりか書房から刊行された『シュルレアリスムのために』にも、「ダダと超現実主義」として巻頭に再録されています。瀧口の詩的テクストを考察するうえで、第一に参照されるべき論考と思われます。

図9図9
瀧口修造『ダダと超現実主義』(金星堂、1933年1月)


図10図10
同裏表紙(表紙・裏表紙のデザインは後年の『画家の沈黙の部分』などの自装本を想起させます)


 冒頭で述べましたが、この『超現実主義詩論』は、瀧口が本作りに初めて関わった点で唯一の本であるわけですが、「ダダよりシュルレアリスムへ」という重要な論考の初出文献である点でも、無二の一冊といえるでしょう。連載第1回に採り上げたのもこのためです。
つちぶち のぶひこ

土渕信彦 Nobuhiko TSUCHIBUCHI
1954年生まれ。高校時代に瀧口修造を知り、著作を読み始める。サラリーマン生活の傍ら、初出文献やデカルコマニーなどを収集。その後、早期退職し慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了(美学・美術史学)。瀧口修造研究会会報「橄欖」共同編集人。ときの忘れものの「瀧口修造展Ⅰ~Ⅳ」を監修。また自らのコレクションにより「瀧口修造の光跡」展を5回開催中。富山県立近代美術館、渋谷区立松濤美術館、世田谷美術館、市立小樽文学館・美術館などの瀧口展に協力、図録にも寄稿。主な論考に「彼岸のオブジェ―瀧口修造の絵画思考と対物質の精神の余白に」(「太陽」、1993年4月)、「『瀧口修造の詩的実験』の構造と解釈」(「洪水」、2010年7月~2011年7月)、「瀧口修造―人と作品」(フランスのシュルレアリスム研究誌「メリュジーヌ」、2016年)など。

●今日のお勧め作品は、瀧口修造です。
20180523_023瀧口修造
《III-28》
デカルコマニー
イメージサイズ:16.0×11.5cm
シートサイズ :17.7×12.7cm

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◆ときの忘れものは没後70年 松本竣介展を開催しています。
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201804MATSUMOTO_DM

「没後70年 松本竣介展」出品作品を順次ご紹介します
27出品No.23)
松本竣介
《作品》

紙にインク
Image size: 34.2x24.5cm
Sheet size: 38.3x27.0cm
※『松本竣介展』(2012年、ときの忘れもの)p.13所収 No.27


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●本展の図録を刊行しました
MATSUMOTO_catalogue『没後70年 松本竣介展』
2018年
ときの忘れもの 刊行
B5判 24ページ 
テキスト:大谷省吾(東京国立近代美術館美術課長)
作品図版:16点
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
税込800円 ※送料別途250円



◆土渕信彦のエッセイ「瀧口修造の本」は毎月23日の更新です。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18~24頁>に特集されています。
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JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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