新連載・柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」

第3回 オパールサフィール


 前回に引き続き、今月もアーティスト・ブックについて書かせて頂く予定でした。
今やコレクターの垂涎の的にもなっている究極のアーティスト・ブック、《ゼロックス・ブック》を紹介したいと思っていたのですが・・・本冊は手元にあるのですが、重要な関連資料が見つからず・・・、次回以降に延ばさせていただきます。

 この資料を探して、全く整理の追いついていない書棚を眺めていた時に、目にはいり、久々に開いたピンク色の布張り箱の中身を、今回は紹介させて貰います。
 
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 昭和を代表する限定本の出版社、プレスビブリオマーヌによる、《コレクション・オパール》です。
 アーティスト・ブック、つまりアーティストが自らの作品として作った本とは、ある意味正反対の、作家の手を離れた画と文章とで構成された、編者と刊者の作品と呼ぶべきものです。
 さて、箱を開けると二つ折りになった厚手の和紙が20葉が収められています。葉という言葉を使いましたが、一枚を折っただけでも、それぞれに表紙があり、本文があり、挿絵があり、奥付もあります。つまり、一つ一つか、完結した書籍になっています。
 当初から纏まった箱入りのセットとして刊行されたのではなく、1965年から足かけ2年のあいだに、数号ずつ印刷され配布されました。各号、限定175部の刊行でした。
 その内容は、シュールレアリスム系の画1枚と文章1編を、見開きで印刷したものです。編集、翻訳は、日本を代表するシュールレアリスム詩人で、蔵書家でもあった山中散生氏が担当しました。
 もちろん、装丁(造本?)は、プレスを主宰した佐々木桔梗氏。選ばれた和紙は、超厚手の一枚漉きの局紙で、四辺全てが耳付きの状態。また、本文等は黒の一色刷ですが、表紙のタイトルと号数の数字は、赤、青など毎号異なった色が使われています。同系色はあっても、全く同じ色が二度使われることはなく、20号全てで異なった色になっているのは、佐々木氏の美観とこだわりの典型でしょう。

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 一方、選ばれた画と文は、編者である山中散生氏の豊富な知識、蔵書そして感性を見せつけるものです。
 マン・レイとポール・エリュアールの、「自由な手」という詩画集から、デッサンと詩の双方を1つずつ選んで掲載した、「ナルシス」(第一号)のような例もありますが、基本は、画と文は別の書物から選び、組み合わされていました。
 例えば、トリスタン・ツァラの詩集のために、ハンス・アルプが描いた挿絵を、ポール・エリュアールの詩集「苦悩の都」の中の一篇と組み合わせた「アルプに」(第2号)、雑誌「カイエG・L・M」から転載したダリの挿絵に、シリーズの編者である山中散生が50年代に上辞した詩集の中から、ダリに関連する一篇を付した「シシリアの黄昏」(第3号)といった具合です。
 さらに、第7号のマックス・エルンスト、「風景の対蹠」や、第15号のハンス・ベルメール、「人形のたわむれ」などでは、画と文が同じ作家のものであっても、前者では、画はコラージュ集「慈善週間」から、文は別の作品集「エルンスト画集」から、後者では、画は詩画集「人形のたわむれ」から、文は写真集「人形」から採るといった懲りようです。
 コレクションに収められたのは、他にポール・エリュアール、ピエエル・マビイル、アンドレ・ブルトン、バンジャマン・ペレ、ルネ・クルヴェル、ジャン・コクトー、ガルシア・ロルカ他による詩やエッセイと、ピカソ、キリコ、イブ・タンギー、ルネ・マグリット、パウル・クレージョアン・ミロといった画家のデッサン類などです。

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 「初訳のものが多く」とされた文章に関しては、大きな余白をとった1頁という制限もあってか数行から十数行程度のものが中心ですが、気負うことなく読み、暗唱も楽しませてくれるものです。図版に関しては、山中散生氏や佐々木桔梗氏が所蔵する書物からの複写が中心でしたが、「その殆どが本邦初公開のもの」だったようです。単色刷り、多くても2色刷の図版ですが、厚手の和紙に活版印刷で刷られた図版は、版画作品のような重みを感じさせてくれます。

 文章の翻訳は、山中散生氏の手によりますが、刊行に関して著者や画家の承諾、許可を得ていたのか?・・・これにはふれない方が良いでしょう。ただ挿絵が、他の書籍からの転載が中心だったことは、私にとっては、このシリーズをより魅力的なものにしてくれています。出典の書誌的な情報が、最終頁のメモに細かく書かれているからです。
例えば、6号のメモには、『マグリットの作品は、「シュールレアリスムとは何か」(アンドレ・ブルトンが1934年6月、ブリュッセルでおこなった講演記録)の表紙画、氏はブルトンの詩集「自由は結合=L’UNION LIBRE」(1931年、私家版)からの抜粋』、また、11号のメモには、『画はイギリスのシュールレアリスム特集誌、「フリー・ユニオンズ」(1946年、ロンドン、シモ・ワッスン・テイラー編)の中のカット、文は「童貞女受胎=L’IMMACULEE CONCEPTION」(1930年パリ、ジョゼ・コルティ刊、2116部限定)の中の「恋愛」の移設である。』といった具合に記されています。
 数十年前、こういった未知の書名や出版社名などなどを目を凝らして読んだとき、当時はダリ、エルンスト、マグリットといった画家たちの作品程度しか知らなかったシュールレアリスムが、文学の世界の運動でもあることを実感させられたのだと思います。

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 話が前後しますが、私自身がこのシリーズに出会ったのは、65~66年の出版時ではなく、その十数年後のことでした。70年代半過ぎ高校生時代で、場所は神田神保町の東京堂書店だったと思います。当時、東京書店には一角に限定本のコーナーがあり、ガラスケースの中には大手出版社の豪華限定本などに加えて、プレスビブリオマーヌの刊本(プレス本)も並べられていました。
 また毎秋には限定本を集めてのフェアが開催されていたと思います。その際に、完売したとされていた、何種類かのプレス本が展示即売されたこともありました。多分、佐々木氏が保管していた分ではないかと思いますが、とにもかくにも、何十葉のオパールもそこにありました。価格は多分、1枚300円か500円程度だったと思います。
 第8号、イブ・タンギーの画とバンジャマン・ペレの文による「エロチックな指輪」など数冊を入手したと思います。40年近く前の購入品、その中でも第8号のことを良く覚えているのは、赤と黒の2色刷りのタンギーの画の強烈さと、ペレの文中にでてくる「コーヒー入りのエクレア」という言葉のためだと思います。

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 それら、バラで購入したものをその後どうしてしまったかは記憶にありませんが、数年後か十数年後には、20冊揃い、箱入りのものを入手しました。今回の画像はそのセットのものですが、スキャンするために一冊ずつ取り出していったところ、折りたたまれた和紙が出てきました。広げてみると、オパールの刊行《御案内》でした。
 セットであり、分冊であり、オパールは、古書店を探せば入手はそれほど難しくはないと思います。でも、この《御案内》を目にする機会はそれほどないでしょう・・・一部を紹介させてもらいます。

 『・・・それは愛書家・読書家のために分厚な海外の文学者や、入手も望めない貴重な詩画集、或いは見事な希少画集やシュールレアリスト達の手作りになる限定私家版などから、輝くばかりの画と文(短詩・散文・エッセイなど)をこの《オパール》にコレクトし凝結させるからです。

 一輯百円前後のコレクション《オパール》は、夢想の世界にあるような珍書・稀覯書の香りを忠実に皆様にお届けするわけで、私が永年心に祕めていたもっとも贅沢な企画でもあったわけです。・・・』

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 ちなみに、この《御案内》には、1~6号までの内容が掲載され、この時点で出来上がっていた1~3号までの頒価も記されている。1号と3号は95円なのに対して、第2号が120円なのは、挿絵が2色刷りだったためのようです。また、送料は3冊まで20円と記されています。
 別所で、佐々木氏は、このシリーズに関して「コーヒー一杯の限定版」と書いていますが、コーヒーの味と香りを楽しめるのは数分か長くても十数分のことでしょう。対して、この美しい書物は、誕生から50年以上もたった今でも、見る者、文字を追う者の目と心を満たしてくれます。
やなぎ まさひこ

「柳正彦のクリスト新作報告会」を開催します
日時:2018年7月12日(木)18時~
会場:ときの忘れもの(駒込)
地図:https://goo.gl/maps/VezVggChfaR2
参加費:1,000円
要予約:必ず「件名」「お名前」「住所」を明記の上、メールにてご連絡ください。
E-mail. info@tokinowasuremono.com
柳正彦さんがクリストの新作、ロンドンのハイドパーク内の湖に浮かべるマスタバ(ドラム缶の構築物)に参加してきましたので報告会を開催します。

柳正彦 Masahiko YANAGI
東京都出身。大学卒業後、1981年よりニューヨーク在住。ニュー・スクール・フォー・ソシアル・リサーチ大学院修士課程終了。在学中より、美術・デザイン関係誌への執筆、展覧会企画、コーディネートを行う。1980年代中頃から、クリストとジャンヌ=クロードのスタッフとして「アンブレラ」「包まれたライヒスターク」「ゲート」「オーバー・ザ・リバー」「マスタバ」の準備、実現に深くかかわっている。また二人の日本での展覧会、講演会のコーディネート、メディア対応の窓口も勤めている。
2016年秋、水戸芸術館で開催された「クリストとジャンヌ=クロード アンブレラ 日本=アメリカ合衆国 1984-91」も柳さんがスタッフとして尽力されました。

◆柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」は毎月20日の更新です。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18~24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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