柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」第11回

2ページだけの、ミニマル・アーティスト・ブック
アート・アンド・プロジェクト、ブルテン (part-2)


 私が、このブルテンのシリーズについて知ったのは、多分、90年台末ころだったと思います。この連載でも何回かふれた、ニューヨーク在住のフランス人、ブック・ディーラー、エルラン氏のアパートで、リチャード・ロングの号を何種類か見せて貰った時でした。
 リチャード・ロングは、35, 71, 90, 99, 116, 128, 135の合計7号が、盟友であるハミッシュ・フルトンは、52, 71, 86, 109の合計4号が制作されています。イギリスを代表する現代美術作家であり、ランド・アートの第一人者である二人の、写真と短い文章を組み合わせるスタイルは、通常1メートル幅、2メートル幅といったスケールで展開されていますが、ブルテンのA3サイズの紙の上でも、立派に作品として成立しています。

20190720柳正彦~0390号、リチャード・ロング

20190720柳正彦~0186号、ハミッシュ・フルトン

 ロングと共に、数多くのブルテンが刊行された作家の一人が、ミニマルアートの雄、ロス・ル・ウィットです。18, 32, 43, 60, 88と、合計5号が制作されました。例えば、18号の「線と線の組合せ」といった作品は、まさにタイトル通りの組合せがA3の上で展開されています。ル・ウィットのアーティスト・ブックの多くは、図形や線の組合せを見せるものですが、ページ毎に、一つの組合せをみせるものが多いです。それに対して、ブルテンのA3、1枚という制約は、そのスペースで全ての組合せを見せる作品に仕上げられていて、額装して楽しむこともできます。

20190720柳正彦~0288号

 ル・ウィットのブルテンの中で、もっともユニークで「作品的」なものは、1971年、43号でしょう。この号では、本文ページには何も印刷されていません。その代わりに、縦方向に5行、横方向に7行の折り目が入れられています。合計12本の折り目で作りだされた図形こそが、作品となったわけです。

20190720柳正彦~06

 何も印刷されていない号(といっても、折る作業は、大変だったと思いますが・・)に対極するのが、全部数にギルバート・アンド・ジョージの手書きのサインが入れられた、1971年の47号でしょう。公園の中を花に囲まれて立つ二人のセルフポートレート写真を印刷したものですが、約800部制作された全てに直筆のサインが入れられました。まさに版画作品ですが、この号も、無料で郵送配布されました。当時のギルバート・アンド・ジョージの知名度は、よくわかりませんが、受け取ったひとはさぞ驚いたことでしょう。

20190720柳正彦~04

20190720柳正彦~05

 ギルバート・アンド・ジョージは、このほか、20号、73号、103号が出されました。その中の1つ、1970年の20号の宛名面には、「印刷物在中」と日本語で印刷されています。これは、ブルテンの発行者の二人が、日本滞在中に日本から発送したものだからです。ちなみに、二人のセルフポートレートのドローイングを掲載した、この号が日本で印刷されたのかは、気になるところですが、残念ながら手元にある資料からだけでは判断ができません。
 ブルテンの発行人の、この時の日本滞在の目的の一つは、日本を代表する概念芸術家、松澤宥との打ち合わせだったようです。そして、続く21号は、松澤宥の号となりました。その後も、42号と84号が出され、42号が刊行された71年夏には、展覧会も開催されたようです。
ちなみに、2冊目が1冊目の倍の号数、3冊目が2冊目の倍の号数となったのは、松澤の希望だったときいたことがあります。残念ながら裏付ける資料はありませんが、もし、アート・アンド・プロジェクトが、あと数年存続していたら、168号も松澤のものとなったかもしれません。ちなみに、アート・アンド・プロジェクトは、松澤によるCatechism Artという20ページのアーティスト・ブックも、1973年に出版しています。

 ギャラリーも21年間という一時的な存在であり、また、個々の展覧会は、数週間だけの存在だったわけですが、その案内状でもあった、ブルテンが、いまだに研究家やコレクター、古書店に大切に保管されている事実から、印刷されたものの強さを感じるのは、私だけではないでしょう・・・たぶん。
やなぎ まさひこ

柳正彦 Masahiko YANAGI
東京都出身。大学卒業後、1981年よりニューヨーク在住。ニュー・スクール・フォー・ソシアル・リサーチ大学院修士課程終了。在学中より、美術・デザイン関係誌への執筆、展覧会企画、コーディネートを行う。1980年代中頃から、クリストとジャンヌ=クロードのスタッフとして「アンブレラ」「包まれたライヒスターク」「ゲート」「オーバー・ザ・リバー」「マスタバ」の準備、実現に深くかかわっている。また二人の日本での展覧会、講演会のコーディネート、メディア対応の窓口も勤めている。
2016年秋、水戸芸術館で開催された「クリストとジャンヌ=クロード アンブレラ 日本=アメリカ合衆国 1984-91」も柳さんがスタッフとして尽力されました。

●柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」は毎月20日の更新です。

●本日のお勧め作品はエドワード・ウェストンです。
Edward WESTON Grass Against Sea, 1937エドワード・ウェストン Edward WESTON
"Grass Against the Sea, 1937"
1937年(Printed later)
ゼラチンシルバープリント
シートサイズ:18.5×23.5cm
Ed.50(AP)
Printed and signed by Cole Weston

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