埼玉県立近代美術館の「DECODE/出来事と記録―ポスト工業化社会の美術」展レビュー

土渕信彦

9月14日(土)、埼玉県立近代美術館「DECODE/出来事と記録―ポスト工業化社会の美術」展を拝見し、講演会「《位相―大地》という出来事」を聴講してきました。以下にレポートします。なお、掲載した会場写真はすべて同館の許可を得て撮影したものです。

20190930土渕信彦_図1図1 チラシ(表面)

20190930土渕信彦_図2図2 チラシ(裏面)

1.展示の概要
この展覧会は、1960年代末から70年代にかけての美術状況を、記録写真や資料との関係から検証するもので、近年国際的に評価が高まっている〈もの派〉と呼ばれる動向の見直しを契機として、次の3つの柱を中心に構成されています。
関根伸夫の資料
② 多摩美術大学アートアーカイヴセンターと共同で進めている「もの派アーカイヴ」関連の展示
③ この時代から現在に至るまでの写真や映像によるアクチュアルな展示

20190930土渕信彦_図3図3 案内板(2階エレベーター前)

といっても、会場はこの3つの柱に沿って3部で構成されているわけではなく、「それぞれに異なる動機から発生した3つの柱から派生した、時に重なりながら親和性を帯び、時にズレながら挑発しあうような、刺激的な時空間を出現させる」(プレスリリースより)ことが目指されており、こうした展示を通じて、「この時代から現在に至るまでの美術状況を広い視野において再考し、〈ポスト工業化社会の美術〉という見取り図を提起」(同)しようとする、たいへん意欲的な展覧会です。

2.展示と順路
2階企画展示室の順路は、実際のところ次のようなものです(会場入口は、通常とは逆に階段・エレベーターの右手奥に設けられ、左手前は出口となっています)。導入部として、すでに入口の外側から金村修の大きな剥き出しのゼラチンシルバ―プリントが展示され、会場に入って右手および正面の壁面に続きます。

20190930土渕信彦_図4図4 会場入口

正面壁面には続いて映像作品が2本投影されています。左奥の角を曲がると、右側の金村と対峙するように、左側に吉田克朗の《650ワットと60ワット》が展示されています。前方のガラスケース内に「神戸須磨離宮公園現代彫刻展」図録(複写)をはじめ、関根伸夫《位相―大地》を採り上げた雑誌などの資料(複写)が展示されています。

20190930土渕信彦_図5図5 金村修 印画紙による作品

20190930土渕信彦_図6図6 金村修 展示風景(右壁面手前は映像作品2本)

20190930土渕信彦_図7図7 吉田克朗《650ワットと60ワット》

20190930土渕信彦_図8図8 「神戸須磨離宮公園現代彫刻展」図録(複写)

ケースに沿って右手に曲がると、次のコーナー左手の壁面に関根伸夫の《映像版 位相―大地》が投影され、正面の壁面には柏原えつとむ《Silencer-four panels》と飯田昭二《Half and Half》、その右側に関根伸夫《位相No.9》が、また右手前の壁面を振り返るとシルクスクリーンの《位相―大地1》も展示されています。右側壁面の長いガラスケース全面に関根伸夫資料が展示されています。関根の仕事の膨大さ・存在感を直に伝える、きわめて説得力がある展示です。

20190930土渕信彦_図9図9 柏原えつとむ《Silencer-four panels》

20190930土渕信彦_図10図10《映像版 位相―大地》(右)と《位相―大地1》(左)

20190930土渕信彦_図11図11 関根伸夫資料

ガラスケースを辿って進んでいくと、奥に小清水漸《鉄Ⅰ》《作業台―硯―》、中央には菅木志雄《界測》《四囲分集》、向こう側の壁面には吉田克朗《赤・カンヴァス・糸など》、その手前に李兎煥《項》《線より》、その手前の壁面に成田克彦《SUMI》と中嶋興撮影の写真28点が展示されています。比較的コンパクトな展示ながら、このコーナーには〈もの派〉の作家が一堂に会しており、エッセンスが凝縮されているようです。

20190930土渕信彦_図12図12 小清水漸《鉄Ⅰ》《作業台―硯―》

20190930土渕信彦_図13図13 菅木志雄《界測》《四囲分集》ほか

20190930土渕信彦_図14図14 中嶋興撮影の写真28点

手前裏側のブースは展示全体の臍(結節点)となっており、ここには関根伸夫のスライドショー、安齊重男撮影写真のスライドショー、榎倉康二の写真によるスライドショー、中嶋興撮影の映像作品やスライドショーが上映されています。このブースから前方のコーナーへと繋がる通路には小松浩子《内方浸透現象》がまるでカーペットのように敷き詰められています。世代や素材はことなるものの、このゼラチンシルバープリント自体がものとして提示される様は、〈もの派〉との関連性を強く感じさせます。

20190930土渕信彦_図15図15 関根伸夫スライドショー

20190930土渕信彦_図16図16 小松浩子《内方浸透現象》

20190930土渕信彦_図17図17 同上


通路を抜けた右手のコーナーの壁面には、野村仁《Tardiology》がゼラチンシルバープリントとスライドショーで展示されています。右手の壁面には鈴木了二・田窪恭治・安齊重男によるカタログ『絶対現場 1987』と、本展のために制作されたスライドショー《絶対現場 1987》が展示されています。窓側の床に置かれている関根伸夫《空相―石を切る》の前を通って最後のコーナーに向かいます。

20190930土渕信彦_図18図18 野村仁《Tardiology》

20190930土渕信彦_図19図19カタログ『絶対現場 1987』

20190930土渕信彦_図20図20 関根伸夫《空相―石を切る》

最後のコーナーには、榎倉康二《不確定物質》《P.W.-No.29》、柏原えつとむ《これは本である》、飯田昭二《Paper》、成田克彦《SUMI7》、高松次郎《万物の砕き》、鈴木了二、撮影:山崎博《断層建築 Ⅰ》の記録映像およびフィルム、萩原朔美《KIRI》などが展示されています。

20190930土渕信彦_図21図21 柏原えつとむ《これは本である》

20190930土渕信彦_図22図22 成田克彦《SUMI7》ほか

20190930土渕信彦_図23図23 高松次郎《万物の砕き》


以上のような会場構成によって、冒頭に引用したような刺激的な展示ないし時空間が確かに実現されています。1968年から現在に至るまでの50年間を大きな一区切りとみて(「ポスト工業化社会」と呼ぶのは、唐突な印象がなくもないですが)、その「幕開けに最も鋭敏に反応し、その感性を物質によって表明した美術動向として〈もの派〉をとらえ」、また、その黄昏ともいうべき「現代の社会状況への鋭敏な反応を、写真や映像によって表出させているのが、1960年代生まれの写真家なのではないか」(以上、プレスリリースより)と位置付けるのは、たいへん卓抜な見方と思われます。〈もの派〉の原理を、建築や写真・映像の両面から挟み撃ちにして、炙り出し相対化するという試みも、大きな可能性を感じさせます。後で述べる講演会を聴講した直後に拝見したこともあって、《位相―大地》という作品/出来事の、存在/不在の大きさも改めて感じました。
作品、資料、写真/映像をどのように関係付けて展示するかという、永遠に正解のない課題に対して、「出来事」としての作品をその「記録」から「解読=DECODE」するという、一つの見事な回答を実例として示した、意欲的で斬新な展覧会といえるでしょう。ぜひご覧になるようお勧めします。

3.小清水漸講演会
同日午後2時30分より、同館講堂で小清水漸氏の講演会「《位相-大地》という出来事」が開催されました。建畠晢館長と梅津元学芸員からの質問に答えるという、鼎談に近い形でした。紙幅の関係で詳述できないのが残念ですが、以下のような項目に亘るものでした。「DECODE/出来事と記録」展の開幕にふさわしい、素晴らしい講演会でした。
・関根伸夫との出会い
・《位相―大地》制作過程の実際(会場の作業員を制作過程に巻き込んだ関根の巧みさ、完成後に縄を切る瞬間やその後のエピソードなど)
・参加体験から得た制作に関する確信(自分の体験を作品にすること、伝統を受け止め盛り込むこと、大阪への転居など)
・再制作に対する見解(再制作自体には反対ではないが、《位相―大地》の再制作には反対)
・関根の環境美術研究所について
・作品自体を観たという特権的体験の有無、再制作の試み、映像/写真・資料・アーカイヴの可能性 等々

20190930土渕信彦_図24図24 小清水漸氏(中央)、建畠館長(左)、梅津学芸員(右)

20190930土渕信彦_図25図25《映像版 位相―大地》を観る小清水漸氏(右端)

4.インフォメーション
今後以下の2つのイベントも予定されていますので、ご案内しておきます。

① 担当学芸員によるギャラリー・トーク
10月12日(土)、10月19日(土) 各日とも15時00分から30分程度
2階企画展示室

② シンポジウム「出来事と記録-写真の使命-」
10月27日(日)14時30分~16時30分(開場14時)
2階講堂/定員・100名(当日先着順)/無料
登壇者:中嶋興(映像作家)、小泉俊己(彫刻家・多摩美術大学教授)
聞き手:平野到(埼玉県立近代美術館学芸員)、梅津元(同)
内容:「出来事としての作品」と、その「視覚的記録としての写真/映像」に注目したシンポジウム。1960年代末の重要な美術動向を記録した中嶋興氏と、安齊重男氏の写真を継続して調査している小泉俊己氏を迎え、「写真の使命」について議論する。
つちぶち のぶひこ

土渕信彦 Nobuhiko TSUCHIBUCHI
1954年生まれ。高校時代に瀧口修造を知り、著作を読み始める。サラリーマン生活の傍ら、初出文献やデカルコマニーなどを収集。その後、早期退職し慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了(美学・美術史学)。瀧口修造研究会会報「橄欖」共同編集人。ときの忘れものの「瀧口修造展Ⅰ~Ⅳ」を監修。また自らのコレクションにより「瀧口修造の光跡」展を5回開催中。富山県立近代美術館、渋谷区立松濤美術館、世田谷美術館、市立小樽文学館・美術館などの瀧口展に協力、図録にも寄稿。主な論考に「彼岸のオブジェ―瀧口修造の絵画思考と対物質の精神の余白に」(「太陽」、1993年4月)、「『瀧口修造の詩的実験』の構造と解釈」(「洪水」、2010年7月~2011年7月)、「瀧口修造―生涯と作品」(フランスのシュルレアリスム研究誌「メリュジーヌ」、2016年)など。

●「DECODE/出来事と記録ーポスト工業化社会の美術」
会期:2019年9月14日 (土) - 11月4日 (月・振休)
会場:埼玉県立近代美術館
1枚目表紙
1960年代末から70年代にかけての美術状況を、記録写真や資料との関係から検証します。近年国際的に評価が高まっている「もの派」の中心作家である関根伸夫の貴重な資料、「もの派アーカイブ研究」の成果報告、この時代の美術状況を「ポスト工業化社会の美術」というより広い視野において再考するためのアクチュアルな展示、以上の3部構成を予定しています。

講演会
日時:2019年9月14日 14:30~16:00(終了)
講師:小清水漸(彫刻家)
聞き手:建畠晢(埼玉県立近代美術館館長)、梅津元(埼玉県立近代美術館学芸員)会場:2階講堂
定員:100名(当日先着順)
※参加無料

シンポジウム「出来事と記録-写真の使命-」
日時:2019年10月27日 14:30~16:30(開場14:00)
会場:2階講堂
登壇者:中嶋興(映像作家)、小泉俊己(彫刻家/多摩美術大学教授)
聞き手:平野到(埼玉県立近代美術館学芸員)、梅津元(埼玉県立近代美術館学芸員)
定員:100名(当日先着順)
※参加無料

担当学芸員によるギャラリー・トーク
日時:2019年10月12日、19日 各日15:00~(30分程度)
会場:2階展示室
※要企画展観覧料


<スタッフM撮影>
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●今日のお勧め作品は、関根伸夫です。
604-0278関根伸夫
《空相ー円錐》
1974年
黒御影石
W47.5xH45.0x46.0cm
底部にサイン、年記あり
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●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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