土渕信彦のエッセイ「瀧口修造の本」
13.『瀧口修造の詩的実験 1927~1937』~前編
『瀧口修造の詩的実験 1927~1937』
思潮社
26.0×19.2㎝(B5判、ビニールカバー、添え書き別添、凾)
装幀 粟津潔
本文229頁、目次4頁
図1 『瀧口修造の詩的実験 1927~1937』
図2 同書と凾・挟み込み
奥付の記載事項
瀧口修造の詩的実験 1927~1937
発行=一九六七年十二月一日 限定一五〇〇部
発行人=小田久郎
発行所=株式会社思潮社
東京都文京区西片一-一四-一〇 電話東京八一二局七八八七番五七七七番 振替東京八一二一番
本文・表紙印刷=若葉印刷社
製本=岩佐製本所
製凾=永井製凾所
用紙=本文・日本製紙株式会社
表紙・特種製紙株式会社
定価=一八〇〇円
© Shuzo Takiguchi. 1967
解題
『瀧口修造の詩的実験 1927~1937』は、「自筆年譜」1967年の項に「事実上の処女詩集の感慨をもつ」とあるように、瀧口の処女詩集にして唯一の詩集です。「事実上の」とされているのは、本書の刊行以前に、阿部展也との『妖精の距離』(春鳥会、1937 年。図3)や、北川民次、瑛九、泉茂、加藤正、利根山光人、青原俊子との『スフィンクス』(久保貞次郎私家版、1953年。図4)が、すでに刊行されていたためと思われます。しかし、これらは画家との詩画集であり、自らの詩作品のみを集成したものとしては、本書が初めてということになります。
図3 『妖精の距離』
図4 『スフィンクス』
挟み込みに記された「瀧口修造の詩的実験1927~1937添え書き」(以下「添え書き」と表記。図5)には、刊行に至るまでの前史が簡単に述べられています。まず1930年代にはボン書店から『テクスト・シュルレアリスト』と題する当時の作品を集めた冊子の刊行計画があったが、原稿として書肆に渡した切抜帖を紛失されたため頓挫したことや、戦後も中村書店、書誌ユリイカ、晶文社など、いくつかの出版社から申し出があったが、ユリイカの伊達得夫氏の急逝もあって実現に至らなかったことなどが回想されています。こうした挫折の連続を経て、発表から30~40年後にようやく刊行が実現したのですから、「自筆年譜」の「感慨をもつ」という言葉も当然かもしれません。
図5 「添え書き」
書名を『瀧口修造詩集』や『瀧口修造詩集成』ではなく、『瀧口修造の詩的実験1927~1937』としたことについては、「添え書き」のなかで、「実験という語については、その字義通りに解釈していただきたいのである。実験という語にまつわるさまざまな時評的解釈に呪いあれ!」と述べています。本書が対象としていない、1927年以前や1937年以降に発表された作品も知られていますが、「詩的実験」に含めるのは適当でないというのが、瀧口自身の判断と思われます。書名はさておき、日本におけるシュルレアリスム運動の中心人物として活動していた時期の、日本の前衛詩を代表する作品群が、初めてまとまった形で出版されたのですから、本書が強いインパクトを及ぼしたのは、想像に難くありません。
「添え書き」では粟津潔による本書の装幀についても触れられており、「白い紙に黒の活字だけという私の頑固な希望を押し付けた途中からの依頼を快く引き受けていただいた」とされています。この「白い紙に黒の活字だけ」という装幀は、言葉の自律性を最大限に感じさせる本書の内容もしくは言葉のあり方と、まさに表裏一体のものとなっています。「詩的実験」が衝撃をもって受け止められたのと同様、本書の装幀も大きな影響を及ぼしたようです。本書を踏襲する君本昌久『仮名手本詩乱四十七行その他』(蜘蛛出版社、1970年7月。図6)のような詩集も刊行されています。
図6 『仮名手本詩乱四十七行その他』
本書刊行の4年後、1971年12月には、同じ思潮社から本書の縮刷版が刊行されています(図7)。判型は四六版とされ、凾にも白い紙製の帯がかけられた点が元版と異なりますが、収録作品や本文組みなどは元版と同様です。定価は1200円です。元版は限定1500部でしたが、こちらは限定版ではなく、増刷が重ねられたようです。筆者の手元には1977年の第4刷、78年の第5刷などもあります。第4刷・第5刷では定価1500円とされています。
図7 縮刷版
元版の限定復刻版も2003年の生誕100年に合わせて刊行されました(図8)。奥付には「発行=二〇〇三年十二月一日(元版一九六七年十二月一日)」と記されています。定価は3800円+税です。この限定復刻版には挟み込みの「添え書き」のほか、「瀧口修造頌」の小冊子(無綴じ。図9)が付されています。表紙には瀧口が描いた薔薇のドローイング、裏表紙には高梨豊による瀧口の肖像写真が用いられ、吉岡実、大岡信、吉増剛造の詩が掲載されています。ドローイング、写真、詩はすべて「現代詩手帖」臨時増刊「瀧口修造」(1974年10月。図10)からの転載です。段ボール製の凾は、元版では剥き出しでしたが、復刻版ではプラスチック製の凾帯が掛けられています。凾帯には、瀧口の半身像写真、目次、「妖精の距離」の内容見本、西脇順三郎・春山行夫・飯島耕一・大岡信・田村隆一各氏の推薦文などが印刷されています。
図8 限定復刻版
図9 「瀧口修造頌」
図10 「現代詩手帖」臨時増刊「瀧口修造」
※後編は次回11月23日に掲載します。
(つちぶち のぶひこ)
■土渕信彦 Nobuhiko TSUCHIBUCHI
1954年生まれ。高校時代に瀧口修造を知り、著作を読み始める。サラリーマン生活の傍ら、初出文献やデカルコマニーなどを収集。その後、早期退職し慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了(美学・美術史学)。瀧口修造研究会会報「橄欖」共同編集人。ときの忘れものの「瀧口修造展Ⅰ~Ⅳ」を監修。また自らのコレクションにより「瀧口修造の光跡」展を5回開催中。富山県立近代美術館、渋谷区立松濤美術館、世田谷美術館、市立小樽文学館・美術館などの瀧口展に協力、図録にも寄稿。主な論考に「彼岸のオブジェ―瀧口修造の絵画思考と対物質の精神の余白に」(「太陽」、1993年4月)、「『瀧口修造の詩的実験』の構造と解釈」(「洪水」、2010年7月~2011年7月)、「瀧口修造―生涯と作品」(フランスのシュルレアリスム研究誌「メリュジーヌ」、2016年)など。
◆土渕信彦のエッセイ「瀧口修造の本」は毎月23日の更新です。
●今日のお勧め作品は、瀧口修造です。
瀧口修造 Shuzo TAKIGUCHI
"Ⅱ-26"
デカルコマニー
イメージサイズ:14.0×10.0cm
シートサイズ :19.2×13.2cm
※Ⅱ-27と対
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆11月2日(土)東京・目白で「第2回 久保貞次郎の会」が開催されます。
フランク・ロイド・ライト設計の自由学園「明日館」見学後、目白駅前のレストランで会食。ゲストは写真家の細江英公先生と、名古屋大学大学院教授の栗田秀法先生です。参加希望の方、お問い合わせください。
●群馬県桐生市の大川美術館で「松本竣介 街歩きの時間」が開催されています(会期:2019年10月8日ー12月8日)
●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
13.『瀧口修造の詩的実験 1927~1937』~前編
『瀧口修造の詩的実験 1927~1937』
思潮社
26.0×19.2㎝(B5判、ビニールカバー、添え書き別添、凾)
装幀 粟津潔
本文229頁、目次4頁
図1 『瀧口修造の詩的実験 1927~1937』
図2 同書と凾・挟み込み奥付の記載事項
瀧口修造の詩的実験 1927~1937
発行=一九六七年十二月一日 限定一五〇〇部
発行人=小田久郎
発行所=株式会社思潮社
東京都文京区西片一-一四-一〇 電話東京八一二局七八八七番五七七七番 振替東京八一二一番
本文・表紙印刷=若葉印刷社
製本=岩佐製本所
製凾=永井製凾所
用紙=本文・日本製紙株式会社
表紙・特種製紙株式会社
定価=一八〇〇円
© Shuzo Takiguchi. 1967
解題
『瀧口修造の詩的実験 1927~1937』は、「自筆年譜」1967年の項に「事実上の処女詩集の感慨をもつ」とあるように、瀧口の処女詩集にして唯一の詩集です。「事実上の」とされているのは、本書の刊行以前に、阿部展也との『妖精の距離』(春鳥会、1937 年。図3)や、北川民次、瑛九、泉茂、加藤正、利根山光人、青原俊子との『スフィンクス』(久保貞次郎私家版、1953年。図4)が、すでに刊行されていたためと思われます。しかし、これらは画家との詩画集であり、自らの詩作品のみを集成したものとしては、本書が初めてということになります。
図3 『妖精の距離』
図4 『スフィンクス』挟み込みに記された「瀧口修造の詩的実験1927~1937添え書き」(以下「添え書き」と表記。図5)には、刊行に至るまでの前史が簡単に述べられています。まず1930年代にはボン書店から『テクスト・シュルレアリスト』と題する当時の作品を集めた冊子の刊行計画があったが、原稿として書肆に渡した切抜帖を紛失されたため頓挫したことや、戦後も中村書店、書誌ユリイカ、晶文社など、いくつかの出版社から申し出があったが、ユリイカの伊達得夫氏の急逝もあって実現に至らなかったことなどが回想されています。こうした挫折の連続を経て、発表から30~40年後にようやく刊行が実現したのですから、「自筆年譜」の「感慨をもつ」という言葉も当然かもしれません。
図5 「添え書き」書名を『瀧口修造詩集』や『瀧口修造詩集成』ではなく、『瀧口修造の詩的実験1927~1937』としたことについては、「添え書き」のなかで、「実験という語については、その字義通りに解釈していただきたいのである。実験という語にまつわるさまざまな時評的解釈に呪いあれ!」と述べています。本書が対象としていない、1927年以前や1937年以降に発表された作品も知られていますが、「詩的実験」に含めるのは適当でないというのが、瀧口自身の判断と思われます。書名はさておき、日本におけるシュルレアリスム運動の中心人物として活動していた時期の、日本の前衛詩を代表する作品群が、初めてまとまった形で出版されたのですから、本書が強いインパクトを及ぼしたのは、想像に難くありません。
「添え書き」では粟津潔による本書の装幀についても触れられており、「白い紙に黒の活字だけという私の頑固な希望を押し付けた途中からの依頼を快く引き受けていただいた」とされています。この「白い紙に黒の活字だけ」という装幀は、言葉の自律性を最大限に感じさせる本書の内容もしくは言葉のあり方と、まさに表裏一体のものとなっています。「詩的実験」が衝撃をもって受け止められたのと同様、本書の装幀も大きな影響を及ぼしたようです。本書を踏襲する君本昌久『仮名手本詩乱四十七行その他』(蜘蛛出版社、1970年7月。図6)のような詩集も刊行されています。
図6 『仮名手本詩乱四十七行その他』本書刊行の4年後、1971年12月には、同じ思潮社から本書の縮刷版が刊行されています(図7)。判型は四六版とされ、凾にも白い紙製の帯がかけられた点が元版と異なりますが、収録作品や本文組みなどは元版と同様です。定価は1200円です。元版は限定1500部でしたが、こちらは限定版ではなく、増刷が重ねられたようです。筆者の手元には1977年の第4刷、78年の第5刷などもあります。第4刷・第5刷では定価1500円とされています。
図7 縮刷版元版の限定復刻版も2003年の生誕100年に合わせて刊行されました(図8)。奥付には「発行=二〇〇三年十二月一日(元版一九六七年十二月一日)」と記されています。定価は3800円+税です。この限定復刻版には挟み込みの「添え書き」のほか、「瀧口修造頌」の小冊子(無綴じ。図9)が付されています。表紙には瀧口が描いた薔薇のドローイング、裏表紙には高梨豊による瀧口の肖像写真が用いられ、吉岡実、大岡信、吉増剛造の詩が掲載されています。ドローイング、写真、詩はすべて「現代詩手帖」臨時増刊「瀧口修造」(1974年10月。図10)からの転載です。段ボール製の凾は、元版では剥き出しでしたが、復刻版ではプラスチック製の凾帯が掛けられています。凾帯には、瀧口の半身像写真、目次、「妖精の距離」の内容見本、西脇順三郎・春山行夫・飯島耕一・大岡信・田村隆一各氏の推薦文などが印刷されています。
図8 限定復刻版
図9 「瀧口修造頌」
図10 「現代詩手帖」臨時増刊「瀧口修造」※後編は次回11月23日に掲載します。
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■土渕信彦 Nobuhiko TSUCHIBUCHI
1954年生まれ。高校時代に瀧口修造を知り、著作を読み始める。サラリーマン生活の傍ら、初出文献やデカルコマニーなどを収集。その後、早期退職し慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了(美学・美術史学)。瀧口修造研究会会報「橄欖」共同編集人。ときの忘れものの「瀧口修造展Ⅰ~Ⅳ」を監修。また自らのコレクションにより「瀧口修造の光跡」展を5回開催中。富山県立近代美術館、渋谷区立松濤美術館、世田谷美術館、市立小樽文学館・美術館などの瀧口展に協力、図録にも寄稿。主な論考に「彼岸のオブジェ―瀧口修造の絵画思考と対物質の精神の余白に」(「太陽」、1993年4月)、「『瀧口修造の詩的実験』の構造と解釈」(「洪水」、2010年7月~2011年7月)、「瀧口修造―生涯と作品」(フランスのシュルレアリスム研究誌「メリュジーヌ」、2016年)など。
◆土渕信彦のエッセイ「瀧口修造の本」は毎月23日の更新です。
●今日のお勧め作品は、瀧口修造です。
瀧口修造 Shuzo TAKIGUCHI"Ⅱ-26"
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イメージサイズ:14.0×10.0cm
シートサイズ :19.2×13.2cm
※Ⅱ-27と対
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◆11月2日(土)東京・目白で「第2回 久保貞次郎の会」が開催されます。
フランク・ロイド・ライト設計の自由学園「明日館」見学後、目白駅前のレストランで会食。ゲストは写真家の細江英公先生と、名古屋大学大学院教授の栗田秀法先生です。参加希望の方、お問い合わせください。●群馬県桐生市の大川美術館で「松本竣介 街歩きの時間」が開催されています(会期:2019年10月8日ー12月8日)
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