富山県美術館「瀧口修造/加納光於《海燕のセミオティク》2019」展レビュー

土渕信彦

富山県美術館(図1)で開催されている「瀧口修造/加納光於《海燕のセミオティク》2019 詩人と画家の出会い 交流 創造」展(11月1日~12月25日)を、11月1日(金)・2日(土)の両日、拝見してきました(図2)。また1日に開催された「加納光於先生を囲む会」(富山県美友の会主催)に飛び入り参加し、2日の「加納光於氏によるアーティスト・トーク」(美術館主催)も聴講してきました。以下にレポートします。なお、掲載した会場写真などは同館の許可を得て撮影したものです。

図01 美術館図1 富山県美術館

図02案内板図2 案内板

1.展示の概要
富山県に生まれた瀧口修造に関する大きな展覧会としては、県立近代美術館時代にも、開館記念展「瀧口修造と戦後美術」(1982年7月)、「瀧口修造の造形的実験」展(2001年7月。渋谷区松濤美術館と共催)、「瀧口修造 夢の漂流物」展(2005年2月。世田谷美術館と共催)と、3回開催されています。今回の展覧会は、一昨年開館した新美術館が満を持して開催する、通算4回目の展覧会ということになります。台風19号で被害を受けた北陸新幹線も復旧し、天候にも恵まれました。美術館屋上から剣岳や立山連峰を望むことができました(図3)。

図03剣岳・立山連峰図3 剣岳と立山連峰

展覧会のチラシでは、次のように説明されています(図4,5)。「本展では、初期から近年までの加納の代表的な作品を紹介するとともに、瀧口と加納との共同制作作品や、交流を示す資料を合わせて展示し、強く共鳴しあった二人の精神と創造に光を当てます」

図04チラシ表図4 本展チラシ

図05チラシ裏図5 同裏面

2.展示の概要
2階の手前側の展示室1・2は常設展示に充てられ、奥の展示室3・4が本展の会場となっています(図6)。以下、主な展示作品・資料について順路に従ってご紹介します(展示替えの予定あり)。

図06入口図6 会場入り口

会場に入って右手の壁面には、加納光於最初の銅版画(エッチング)集《植物》や、瀧口が初めて批評した《紋章のある風景》などが展示されています(図7)。壁面左前方のショーケースには、瀧口の依頼によって制作された、クリスマスカード・年賀状用のエッチング作品も展示されています(図8)。瀧口が1958年の欧州旅行の直後に、アンドレ・ブルトンやジョイス・マンスール宛てなどに用いられたシリーズです。

図07植物図7 銅版画集《植物》ほか

図08書簡用版画図8 クリスマスカード・年賀状用エッチング

左側の壁面から正面の壁面にかけて、1962年の国際版画ビエンナーレで国立近代美術館賞を受賞した《星・反芻学》のシリーズなどの、1959年頃から開始されたインタリオ(凹版)が展示されています(図9)。これは折れ目を付けたフィルムを防蝕ニスに接触させて原版を制作するものです。続いて金属版そのものを作品化したメタルワークが3点、さらにガスバーナーで焼いて凹凸を付けた亜鉛板を版とするメタルプリントの《SOLDERED BLUE》(ソルタード・ブルー)などが続きます(図10)。

図09初期インタリオ図9 インタリオなど

図10星・反芻学ほか図10 《星・反芻学》ほか

右手奥の壁面の中ほどからは瀧口修造作品の展示が始まります。1960年制作のドローイング・水彩1点に続いて、吸取紙作品が5点展示されています(図11)。続いて後方の壁面にはドローイング・水彩が7~8点、ロトデッサンをコラージュした大作とバーント・ドローイングの小品各1点が続きます。正面の壁面にはコラージュの作品1点が展示されています。焼け焦がしが施され、ロトデッサンもコラージュされた作品で、美術館主催の展覧会に出品されたのはおそらく初めてでしょう。その左前方のケースに展示されているのはピラミッド形の立体に収められたデカルコマニーです(図12)。隣のケースには瀧口がドローイングを開始した1960年頃のスケッチブックが展示されています。

図11加納から瀧口へ図11 吸取紙作品など

図12瀧口図12 コラージュなど

順路を進み、左手正面の壁面にはアンリ・ミショーのメスカリン・デッサン、水彩などが展示され(図13)、その前の展示ケースには1958年の渡欧の際に、瀧口がミショーと面会し献辞を入れてもらった著書も展示されています。この面会のことを瀧口が語ってくれたという加納氏の回想や、瀧口がデカルコマニーなどを始めるうえで、ミショーの作品や著書や自身の版画を観たことが作用しているかもしれないという、加納氏の見方に沿ったものと思われます。

瀧口と親しかった代表的な作家である加納氏のこうした回想や見解が重要なのはもちろんですが、ミショー以外にフォンターナやフォートリエ、さらにはアンフォルメルの作家たちの仕事なども、瀧口の視野に入っていたのも事実でしょうし、いくつかの文章で語っているとおり、美術批評から遠ざかり造形を開始するに至った根底には、言葉と造形の根源を探ろうとする(おそらくはシュルレアリスムそのものに由来する)根本的な動機があったはずです。このあたりの解説も必要なのではないでしょうか。ミショーに絞って展示するのは、「ミショーに影響を受けて造形を始めた」というような、表面的ないし短絡的な誤解を招く危険性があるようにも思われます。

図13ミショー図13 アンリ・ミショーの水彩ほか

左側のコーナーには瀧口のデカルコマニー連作100点《私の心臓は時を刻む》とその扉絵《詩人の肖像》が展示されています(図14)。3段重ねのレイアウトも個々の作品の配列も、南画廊での当初の展示が踏襲されているものと思われます(図15)。なかなか去りがたいコーナーです。加納氏のアーティスト・トークの際に語られた、この連作についての見方(後出)もたいへん貴重と思われます。中央のケース内には瀧口の著書などが展示されています。

図14瀧口図14 デカルコマニー連作100点

図15瀧口図15 同

展示室3から4に向かう順路の右手のコーナーには、瀧口と加納氏との往復書簡が展示されています(図16)。瀧口からの書簡をいかに大切に保管してきたかが、ケース内に展示されている加納氏手製の木箱でわかります。順路両側の展示ケースには、書簡で送られた作品や、瀧口に贈られたオブジェなどが展示されています(図17~20)。3階の瀧口修造コーナーから本展会場に移動されてきたものも展示されています。順路の最後を飾るのは加納氏宛ての「リバティ・パスポート」です(図21)。裏面には旅行中に出会ったアーティストの作品を追加して貼るようになっており、実際に工藤哲巳と靉嘔の作品がコラージュされています。

図16往復書簡コーナー図16 往復書簡のコーナー

図17関連資料1図17 オブジェや関連資料

図18関連資料2図18 同

図19関連資料3図19 同

図20「射手座の星に向かって」図20 加納光於《射手座の星に向かって》

図21リバティ・パスポート図21 加納光於宛て「リバティ・パスポート」

その先の展示室には加納の版画集《葡萄弾》や、加納氏の造形と瀧口の詩・言葉とが組み合わされた詩画集《稲妻捕り》《掌中破片》などが展示されています(図22~25)。共同作業の有り様が偲ばれる、たいへん見ごたえのある展示で、一部は手にして閲覧することができるようになっています。

図22稲妻と徘徊抄1図22 《稲妻と徘徊抄》下書き

図23稲妻と徘徊抄2図23 瀧口手製の《稲妻と徘徊抄》

図24掌中破片1図24 《掌中破片》と資料

図25掌中破片2図25 加納光於《掌中破片のために》

このコーナーの後半には加納氏と大岡信の立体の共作《アララットの船あるいは空の蜜》(瀧口旧蔵)と関連資料が展示され(図26,27)、最後に瀧口が加納に贈ったドローイングなどが展示されています(図28)。

図26アララット1図26 《アララットの船あるいは空の蜜》(左)と《漂流物 標本箱》(右)

図27アララット2図27 同資料

図28加納光於宛て図28 瀧口修造のドローイングなど

続くコーナーには、1979年に瀧口が没して以降の、油彩画や立体作品が展示されています。没後も常に瀧口の視線を意識し続けてきたそうで、展開の充実ぶりには瞠目するものがあります(図29~31)。特に展覧会タイトルともされた《海燕のセミオティック》は、デッサンと完成作品の両方が展示されており(図32)、たいへん見応えがあります。

図29後期1図29 《まなざし―疼く飛沫を辿れ》24(左)と《色身―未だ視ぬ波頭よ》Ⅰ(右)

図30後期2図30 《水夫イシュメールよ、お前が波頭に視たものを語れ》連作

図31後期3図31 《鳥影―遮るものの変容》

図32海燕図32 《海燕のセミオティック》

加納氏の油彩作品は、静電気を帯びたプラスティック板により絵の具を操って造形するというプロセスで制作されているそうで、高度で緻密なモノタイプと考えたほうがよいかもしれません。本展カタログには多摩美術大学で学生たちを前に実演した際の写真が掲載せれています(図33)。《海燕のセミオティック》のデッサンと完成作品の双方を見比べると、構想されていた形と色がこの手法によって造形されていく様子が、眼に浮かんでくるようです。

図33実演図33 多摩美術大学におけるデモンストレーション

なお、本展のカタログは図版も資料データなどもたいへん充実しています(図34)。瀧口の関連文献には(当然のことながら)ときの忘れものの「瀧口修造展Ⅰ」「同Ⅱ」「同Ⅲ・Ⅳ」カタログも掲載されています(展覧会データの箇所では漏れているのが不思議ですが)。雑誌のデータも目配りが利いていて、瀧口修造研究会会報「橄欖」1~4号や、洪水企画「洪水」6~10号も掲載されています。ただ、「とやま文学」第34号「特集 追慕・顕彰 瀧口修造」(富山芸術文化協会、2016年3月)、およびシュルレアリスム研究誌「メリュジーヌ」36号「日本特集」(2016年)は記載されていないようですので、ここに補っておきます。

図34カタログ図34 本展カタログ

3.加納光於氏によるアーティスト・トークなど

1)加納光於氏を囲む会
この会は富山県美友の会主催の茶話会で、11月1日に開催され、30人ほどが館内のレストランに集まりました(図35)。釣りを趣味とする加納氏が、茅ヶ崎の沖合の白キス釣りに瀧口を誘ったという、1962年の一日のことを、「生涯にただ一日だけ、私の方が師だった」と、楽しそうに語られたのが印象的でした。自ら釣り上げた鯛の頭骨「ソルタード・ティース」の標本(?)も回覧されました(図36)。メタルプリント《SOLDERED BLUE》(ソルタード・ブルー)の名の由来の一つとなっているそうです。

図35友の会1図35 加納光於氏を囲んで

図36友の会2図36 鯛の頭骨

2)アーティスト・トーク
瀧口との関りや自らの制作について語られました(聞き手は岩崎美弥子さん)。特にデカルコマニー連作100点《私の心臓は時を刻む》について、「私が感動するのは、1点1点、みなサイズが異なり、自らトリミングし、額装までしていることだ」という趣旨のことを語っておられました。制作者の見方の鋭さに脱帽しました。

4.インフォメーション
以下のイベントも予定されていますので、ご案内しておきます。

1) 林浩平氏講演会「詩人 加納光於 ― 稲妻捕りの詩学」2019年12月7日(土) 14:00~(約90分)
2) 学芸員によるギャラリートーク
2019年11月30日(土)、12月14日(土)、21日(土)
3)「えのぐをはさんで・ひろげてデカルコマニー」(オープンラボ:土・日・祝日のプログラム)2019年10月22日(火・祝)~2019年12月22日(日)土・日・祝日の10:00~16:00

5.終わりに
展覧会の合間を縫って、龍江寺にある瀧口修造の墓にお参りしてきました(図37,38)。墓前の黄色い薔薇の花束は加納氏が供えたものと、ご本人から伺いました。黄色を選んだのは、瀧口とサム・フランシスとの共作《黄よ。お前はなぜ》(南画廊、1964年)から連想されたそうです。

図37墓1図37 瀧口修造の墓

図38墓2図38 同 裏面

つちぶち のぶひこ

土渕信彦 Nobuhiko TSUCHIBUCHI
1954年生まれ。高校時代に瀧口修造を知り、著作を読み始める。サラリーマン生活の傍ら、初出文献やデカルコマニーなどを収集。その後、早期退職し慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了(美学・美術史学)。瀧口修造研究会会報「橄欖」共同編集人。ときの忘れものの「瀧口修造展Ⅰ~Ⅳ」を監修。また自らのコレクションにより「瀧口修造の光跡」展を5回開催中。富山県立近代美術館、渋谷区立松濤美術館、世田谷美術館、市立小樽文学館・美術館などの瀧口展に協力、図録にも寄稿。主な論考に「彼岸のオブジェ―瀧口修造の絵画思考と対物質の精神の余白に」(「太陽」、1993年4月)、「『瀧口修造の詩的実験』の構造と解釈」(「洪水」、2010年7月~2011年7月)、「瀧口修造―生涯と作品」(フランスのシュルレアリスム研究誌「メリュジーヌ」、2016年)など。

●今日のお勧め作品は、瀧口修造です。
takiguchi-131瀧口修造 Shuzo TAKIGUCHI
《作品》
紙にドローイング(水彩)
Image size: 25.0x17.5m
Sheet size: 25.0x17.0cm
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●瀧口修造展図録
表紙『瀧口修造展 I』
2014年
ときの忘れもの 発行
21.5x15.2cm 76ページ
執筆:土渕信彦「瀧口修造―人と作品」
再録:瀧口修造「私も描く」(『藝術新潮』 新潮社 1961年 5月)
瀧口修造「手が先き、先きが手」(『季刊トランソニック』第2号 全音楽譜出版社 1974年4月)
ハードカバー 英文併記
翻訳:ポリー・バートン
図版:水彩、ドローイング、ロトデッサンなど44点
価格:2,000円(税別) ※送料別途250円

表紙『瀧口修造展 II』
2014年
ときの忘れもの 発行
21.5x15.2cm 67ページ
ハードカバー 英文併記
執筆:大谷省吾「瀧口修造のデカルコマニーをめぐって」
再録:瀧口修造「百の眼の物語」(『美術手帖』216号、1963年2月、美術出版社)
翻訳:ポリー・バートン
図版:デカルコマニー47点
価格:2,000円(税別) ※送料別途250円

TAKIGUCHI_3-4『瀧口修造展 III・IV 瀧口修造とマルセル・デュシャン』
2017年
ときの忘れもの 発行
92ページ
21.5x15.2cm
テキスト:瀧口修造(再録)、土渕信彦、工藤香澄
ハードカバー
英文併記
デザイン:北澤敏彦
掲載図版:65点
価格:2,500円(税別) ※送料別途250円