品川工のフォルム
練馬区立美術館「没後10年 品川工展」2019年11月30日~2020年2月9日

真子みほ
(練馬区立美術館)

練馬区立美術館では、2月9日まで「没後10年品川工展 組み合わせのフォルム」を開催している。所蔵品を中心とした一部屋の展示ではあるが、品川の遺した仕事全般を見ていただける構成となっている。以下本展覧会をご紹介する。
品川工は1908年新潟県柏崎市に生まれ、10歳のとき一家で上京。1928年に東京府立工芸学校(現・都立工芸高校)し、彫金家の宇野先珉に師事するも長くは留まらず、1931年に兄の力(つとむ)と東京帝国大学の近くで喫茶・レストラン ペリカンを開店した。この店の常連には帝大生であった立原道造や串田孫一、近所に下宿していた織田作之助らがいる。またこの時期手に入れたモホイ=ナジの著書『材料から建築へ』に感銘を受け、紙彫刻やオブジェなどを作り始める。その紙彫刻を持って面会したのが版画家の恩地孝四郎であり、恩地から「これを土台に版画をやってみないか」と声をかけられ版画制作をスタートさせた。1943年には国画会、日本版画協会に初出品。また翌年には銀座三越で初個展を開催している。戦後は海外の版画展に呼ばれることもあり、個展を重ね、国画会へは亡くなる直前の2009年まで出品し続けた。
品川の仕事の舞台は主に版画を出品していた公募展であり、工具やカトラリーを組み合わせたオブジェやモビール、光村印刷勤務の経験から生み出した光の版画などの実験的な版画作品は、個展での発表であった。こうしたことから、生前は「版画家」と紹介されることが多かったようである。しかし作家について調べていくと、その制作の姿勢には「版画家」とだけでは表せない、なんとも楽しい側面が見えてきた。例えば、「工房に吊るされたプラスティックの螺旋形のモビールのフォルムが気に入ったので同じアイディアで版画を制作、その後同じフォルムをワイヤーで制作し、写真を撮っているとワイヤーの影がまた新しいフォルムを作ることに気付き次のアイディアを練る」(オリヴァー・スタットラー/猿渡紀代子訳「8 品川工」『よみがえった芸術―日本の現代版画―』玲風書房、2009年、P.119)といった具合なのである。
今回の展覧会名を「組み合わせのフォルム」としたのはこうした理由からである。版画、オブジェ、紙彫刻、布絵など素材も様々なうえに、版画も通常の木版画にとどまらず、版木をフロッタージュしてみたり、皴をつけた紙をそのまま版にしてみたり、鏡に転写してみたりと制作する過程を考えるだけで楽しい手法が続いていく。品川の仕事は、大方抽象表現である。しかしそれぞれの形自体に強い意味合いがある種類のものではなく、あるひとつの作品のフォルムや手法から次のアイディアが生まれるといった流れの中に位置している。このどんどん連なり生まれる造形の群を伝えたく、広報物は様々な作品をちりばめてもらうデザインとし、展覧会では品川の生い立ちやモホイ=ナジの本、恩地との出会いを紹介したのちは各作品の手法解説を主軸とした。印刷物をお願いしたデザイナーさんには展覧会鑑賞後「何か作りたくてムズムズしてくる」と感想を頂け、我が意を得たりと喜んだ。
また本展をこの時期に設定したことにも理由がある。当館では毎年1月に3階の2部屋で区内の中学校作品展、小学校図工展、小中合同書初め展が開催される。通常子どもの作品を見に来た家族は3階で写真を撮った後そのまま帰ってしまう。区内の学校へ出張授業に行った際、練馬区立美術館に来たことがあるかと問うても「工作が飾られたから行った」「書初めが選ばれた」と答える子が9割以上である。せっかくの機会にぜひ美術館主催の展覧会も体験してほしいと思ったことから、この時期は美術館になじみのない方にも入りやすいであろう様相の所蔵品展示を試みているのである。さらに美術館前の公園に週末集まる家族連れにも一歩館内へ踏み入れてもらいたいという意図もあり、外階段の案内、ロビーの装飾などにも少し工夫を加えている。こちらはオープン後すぐに効果があり、様々な年齢の方にいらしていただいているようである。
初期の立体作品から99歳の版画までの67点に加え、装幀を担当した書籍や資料などが並ぶ会場で、品川工に出会い、形を生み出すことの楽しさが伝われば幸いである。

真子みほ①《雲》1947年、 木版・紙①《雲》1947年、 木版・紙

真子みほ②《小さな仲裁者》 1956年、木版・紙②《小さな仲裁者》 1956年、木版・紙

真子みほ③《サソリ》1968年、 メラミン塗装・アルミ板、針金ほか③《サソリ》1968年、 メラミン塗装・アルミ板、針金ほか

真子みほ④《ネガとポジ №7》1973年 、木版・紙④《ネガとポジ №7》1973年 、木版・紙

真子みほ⑤《反転するV》1983年 、木版・紙⑤《反転するV》1983年 、木版・紙

真子みほ⑥《虫の王様》1988年、 鉄(スコップ、工具ほか)⑥《虫の王様》1988年、 鉄(スコップ、工具ほか)

まなこ みほ

■真子みほ Miho MANAKO
1982年静岡県生まれ。2009年女子美術大学大学院芸術文化専攻修士課程修了。2008年4月より練馬区立美術館に勤務。

「没後10年 品川工展 組み合わせのフォルム」
会期:2019年11月30日~2020年2月9日
休館日:月曜日 (ただし1月13日(月・祝)は開館、翌14日(火)は休館、年末年始 12月29日~1月3日)
開館時間:午前10時~午後6時 *入館は午後5時30分まで
会場:練馬区立美術館・2階展示室
観覧無料
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品川工(1908~2009)は、新潟県柏崎市に生まれ、練馬区に居住した作家です。
1928年東京府立工芸学校(現・都立工芸高校)を卒業後、彫金家・宇野先珉に師事。その後、兄・品川力とともに東京帝国大学近くで開店した喫茶食堂ペリカン(のちのペリカン書房)にて、立原道造や織田作之助、串田孫一らと出会います。また店に出入りしていた帝大生に訳してもらったモホイ=ナジの著書“Von Material zu Architektur(材料から建築へ)”に感銘を受け、紙彫刻やオブジェなどの制作を始めました。1935年から恩地孝四郎に師事し、本格的な版画制作に入ります。木版画を学ぶ一方、印刷会社に勤めた経験から“光の版画”やフォトグラム、鏡を使った“プリントミラー”など様々な版画表現を試みました。また実験的な版画制作と並行してユーモラスなオブジェやモビールも続けて制作し、著書も残しています。
品川は様々なジャンルからのアプローチが可能な作家であり、本人も「版画家」ではなく「造形作家」と呼ばれることを好んだといいます。没後10年の節目に開催する本展では、品川が生みだした様々な造形を素材やフォルムの組み合わせに注目し展示することで、その表現の軌跡を辿ります。親しみやすい造形ながら、鋭い実験精神に裏打ちされた品川の作品約70点をご覧ください。(練馬区立美術館ホームページより)
●出品リスト
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●本日のお勧め作品は品川工です。
品川工・砂丘
品川工「砂丘
シルクスクリーン
27.5×37.0cm
サインあり
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*画廊亭主敬白
品川工先生にはずいぶんお世話になりました。創作版画と現代版画をつなぐ重要な作家であり、亭主が敬愛した恩地孝四郎の弟子でした。1979年に現代版画センターが企画し愛知県豊田の美術館松欅堂を皮切りに、名古屋・蒔画廊、大阪・梅田近代美術館、東京・銀座ミキモト、長野県坂城・森版画工房、秋田県・大曲画廊で巡回開催した「戦後版画の創成期 1945-1956」展には、品川先生の版画作品5点を出品しました。もう随分前のことで記憶も定かではありませんが、亭主が飛鳥山の品川先生のアトリエを訪ねたのはいつだったか。アトリエ中におかれたスプーンを使ったオブジェの数々に驚きました。真子先生のおっしゃる通り、亭主はそのとき「造形作家」としての品川先生を理解できず、ユーモアにあふれた作品群に情けないことに反応できませんでした。あのときコレクションしていればと後悔しきりです。
それにしてもこれだけ内容のある展覧会が観覧無料です。ぜひお出かけください。

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◎昨日読まれたブログ(archive)/2008年04月02日|池田信『1960年代の東京 路面電車が走る水の都の記憶』
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