<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第85回
(画像をクリックすると拡大します)
一目見ただけではっとさせずにはおかない写真である。
上背のあるプロポーションは八頭身どころか十頭身はありそうで、
毅然とした表情は目にささるほど鋭い。
富士山の裾野みたいに明瞭な肩のライン。
その頂上に載っているちいさい卵形の顔は、これ以上ないほど明確な目鼻立ちをしている。
すべてがくっきり、はっきりしている。
はっきりしすぎてめまいを覚えるほどだ。
その身を包んでいるドレープのついた古代ギリシャの風の衣装や、
スプレーで固めたようなかっちりしたヘアースタイルや、
耳から垂れている長いイヤリングも、
一部の隙もない神聖な雰囲気を強めるのに一役買っている。
見つめていると、寄るな、近づくな、とたしなめられているようで身がすくむ。
ところで、彼女はひとりではなく、その完璧な佇まいに男性像が重ねられている。
しかもその像は胴体の部分に彼女の姿がすっぽりと納まるくらい大きいのに、
威圧的なものは少しも感じられない。.
もしも、そこにいるのが彼女だけならば、美、威厳、意志、毅然、神聖さ、近寄りがたさなど、いくつかの形容詞をあてがえばすっきりするであろう写真に、
男の像が謎をかけている。
いったいこの写真の意図は何なのだろうと考えこまずにいられない。
女性の姿が放っている強い意思。
すべてが準備され、計算されてそこに立っているという厳格さ。
それに比べると、男の姿はあまりにノンシャランで、風まかせで、頼りなげである。
手は長すぎ、体は細すぎで、ぼんやりと写っている顔は横を向いているし、
風にのってふっと飛んできたい洗濯物みたいな感じなのである。
彼女の大まじめな緻密ぶりに、彼は儚さと軽さをウイットで挑んでいるつもりだろうか。
その薄っぺらな姿に生活感や日常の悲哀すら感じられてくる。
きっと対極的なふたつの要素の重なりが、この写真がめまいを引き越す因なのだ。
シャープすぎるものは現実感を遠ざけ、見るものを撥ねのける。
私たちの五感ははっきりしないもののなかに日常の手応えを感じとるように出来ているのだ。
大竹昭子(おおたけあきこ)
●掲載写真のタイトル、制作年
『Harper's BAZAAR』のための撮影、1960年頃
●技法、イメージサイズ
ゼラチン・シルバー・プリント、356 x 279
●所蔵
ソール・ライター財団
●クレジット
© Saul Leiter Foundation
●作家紹介
Saul Leiter (ソール・ライター、1923-2013)
1923 年、ペンシルバニア州ピッツバーグに生まれる。父親はユダヤ教の聖職者ラビ。1946 年、画家を志し、神学校を中退してニューヨークへ移住。1958 年、ヘンリー・ウルフがア―トディレクターに就任した『Harper’s BAZAAR』誌でカメラマンとして仕事を始める。その後、80 年代にかけて『Harper’s BAZAAR』をはじめ多くの雑誌でファッション写真を撮影。 1981 年、ニューヨーク5番街にあった商業写真用の自分のスタジオを閉鎖。1993 年、カラー写真制作のためイルフォ ードから資金提供を受ける。2006 年、ドイツの出版社シュタイデルが初の写真集『Early Color』出版。2008 年、パリのアンリ・カルティエ=ブレッソン財団でヨーロッパ初の大規模回顧展展開催。2012 年、トーマス・リーチ監督によるドキュメ ンタリー映画「写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた 13 のこと(原題:In No Great Hurry: 13 Lessons in Life with Saul Leiter)」製作。2013 年 11 月 26 日、ニューヨークにて死去。享年 89 歳。2014 年、ソール・ライターの作品を管理する目的でソール・ライター財団創設。
●写真展のお知らせ
ニューヨークが生んだ伝説の写真家 永遠のソール・ライター
会期:2020年1月9日(木)~3月8日(日) *1月21日(火)・2月18日(火)のみ休館
開館時間:10:00-18:00(入館は17:30まで) 毎週金・土曜日は21:00まで(入館は20:30まで)
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム (東京都渋谷区道玄坂2-24-1 B1F )
ソール・ライター 《帽子》 1960年頃、発色現像方式印画 © Saul Leiter Foundation
入館料:一般1,500円(1,300円)、大学・高校生 1,000円(800円)、 中学・小学生 700円(500円)( )内は前売・20名様以上の団体料金
お問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)
主催:Bunkamura、読売新聞社
協力:ソール・ライター財団、NTT東日本
後援:J-WAVE
企画協力:コンタクト
※この展覧会は、4月11日(土)~5月10日(日)までジェイアール京都伊勢丹・美術館「えき」Kyotoへ巡回、Kyotographie関連プログラムとして開催予定です。
Saul Leiter – Lanesville, 1958
会期:2019 年 12 月 6 日(金) - 2020 年 3 月 1 日(日)
会場:ライカギャラリー東京 (東京都中央区銀座 6-4-1 ライカ銀座店 2F)
Saul Leiter – Nude
会期:2019 年 12 月 7 日(土) - 2020 年 3 月 5 日(木)
会場:ライカギャラリー京都(京都市東山区祇園町南側 570-120 ライカ京都店 2F)
●お知らせ
写真展にあわせて『永遠のソール・ライター』(小学館)が発売中です。
大竹昭子さんが「何も起きない平坦さのなかに、ふいに見えてくるものがある」というタイトルの文章を寄稿しています。
●今日のお勧め作品は、福原信三です。
福原信三 Shinzo FUKUHARA
《ヘルン旧居 松江・島根》
1935年撮影(Printed later)
写真(バライタ紙)
イメージサイズ:34.2x26.2cm
シートサイズ:36.0x28.2cm
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
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◎昨日読まれたブログ(archive)/2012年01月31日|石岡瑛子さん逝く
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●ときの忘れもののブログでは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
・ 大竹昭子のエッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
・ 小松崎拓男のエッセイ「松本竣介研究ノート」は毎月3日の更新です。
・ 小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は毎月5日の更新です。
・ 佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
・ 杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
・ 橋本啓子のエッセイ「倉俣史朗の宇宙」は隔月・奇数月12日の更新です。
・ 花田佳明のエッセイ「建築家・松村正恒研究と日土小学校の保存再生をめぐる個人的小史」は毎月14日の更新です。
・ 野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
・新連載・宮森敬子のエッセイ「ゆらぎの中で」は毎月17日の更新です。
・ 王聖美のエッセイ「気の向くままに展覧会逍遥」は隔月・偶数月18日の更新です。
・ 柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」は隔月・偶数月20日の更新です。
・ 中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」は毎月22日の更新です。
・ 土渕信彦のエッセイ「瀧口修造の本」は毎月23日の更新です。
・ 尾崎森平のエッセイ「長いこんにちは」は毎月25日の更新です。
・ スタッフSの海外ネットサーフィンは毎月26日の更新です。
・ 植田実のエッセイ「本との関係」は毎月29日の更新です。
*2019年12月30日のブログに昨年執筆された方をご紹介しています。
◆『オノサト・トシノブ展』は本日が最終日です。初期作品を中心に油彩、水彩、版画を17点展示しています。
会期:2020年1月10日[金]―2月1日[土] *日・月・祝日休廊

・展示の詳細は1月18日ブログに掲載しました。
・オノサト・トシノブの文献については1月24日ブログで紹介しました。
・東京都現代美術館で開催中の「MOTコレクション 第3期 いまーかつて 複数のパースペクティブ」に福原義春氏が寄贈したオノサト・トシノブ コレクションの中から、初期具象~べた丸時代の油彩・水彩が31点展示されています(~2月16日、出品リストはコチラ)。
●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
(画像をクリックすると拡大します)一目見ただけではっとさせずにはおかない写真である。
上背のあるプロポーションは八頭身どころか十頭身はありそうで、
毅然とした表情は目にささるほど鋭い。
富士山の裾野みたいに明瞭な肩のライン。
その頂上に載っているちいさい卵形の顔は、これ以上ないほど明確な目鼻立ちをしている。
すべてがくっきり、はっきりしている。
はっきりしすぎてめまいを覚えるほどだ。
その身を包んでいるドレープのついた古代ギリシャの風の衣装や、
スプレーで固めたようなかっちりしたヘアースタイルや、
耳から垂れている長いイヤリングも、
一部の隙もない神聖な雰囲気を強めるのに一役買っている。
見つめていると、寄るな、近づくな、とたしなめられているようで身がすくむ。
ところで、彼女はひとりではなく、その完璧な佇まいに男性像が重ねられている。
しかもその像は胴体の部分に彼女の姿がすっぽりと納まるくらい大きいのに、
威圧的なものは少しも感じられない。.
もしも、そこにいるのが彼女だけならば、美、威厳、意志、毅然、神聖さ、近寄りがたさなど、いくつかの形容詞をあてがえばすっきりするであろう写真に、
男の像が謎をかけている。
いったいこの写真の意図は何なのだろうと考えこまずにいられない。
女性の姿が放っている強い意思。
すべてが準備され、計算されてそこに立っているという厳格さ。
それに比べると、男の姿はあまりにノンシャランで、風まかせで、頼りなげである。
手は長すぎ、体は細すぎで、ぼんやりと写っている顔は横を向いているし、
風にのってふっと飛んできたい洗濯物みたいな感じなのである。
彼女の大まじめな緻密ぶりに、彼は儚さと軽さをウイットで挑んでいるつもりだろうか。
その薄っぺらな姿に生活感や日常の悲哀すら感じられてくる。
きっと対極的なふたつの要素の重なりが、この写真がめまいを引き越す因なのだ。
シャープすぎるものは現実感を遠ざけ、見るものを撥ねのける。
私たちの五感ははっきりしないもののなかに日常の手応えを感じとるように出来ているのだ。
大竹昭子(おおたけあきこ)
●掲載写真のタイトル、制作年
『Harper's BAZAAR』のための撮影、1960年頃
●技法、イメージサイズ
ゼラチン・シルバー・プリント、356 x 279
●所蔵
ソール・ライター財団
●クレジット
© Saul Leiter Foundation
●作家紹介
Saul Leiter (ソール・ライター、1923-2013)
1923 年、ペンシルバニア州ピッツバーグに生まれる。父親はユダヤ教の聖職者ラビ。1946 年、画家を志し、神学校を中退してニューヨークへ移住。1958 年、ヘンリー・ウルフがア―トディレクターに就任した『Harper’s BAZAAR』誌でカメラマンとして仕事を始める。その後、80 年代にかけて『Harper’s BAZAAR』をはじめ多くの雑誌でファッション写真を撮影。 1981 年、ニューヨーク5番街にあった商業写真用の自分のスタジオを閉鎖。1993 年、カラー写真制作のためイルフォ ードから資金提供を受ける。2006 年、ドイツの出版社シュタイデルが初の写真集『Early Color』出版。2008 年、パリのアンリ・カルティエ=ブレッソン財団でヨーロッパ初の大規模回顧展展開催。2012 年、トーマス・リーチ監督によるドキュメ ンタリー映画「写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた 13 のこと(原題:In No Great Hurry: 13 Lessons in Life with Saul Leiter)」製作。2013 年 11 月 26 日、ニューヨークにて死去。享年 89 歳。2014 年、ソール・ライターの作品を管理する目的でソール・ライター財団創設。
●写真展のお知らせ
ニューヨークが生んだ伝説の写真家 永遠のソール・ライター会期:2020年1月9日(木)~3月8日(日) *1月21日(火)・2月18日(火)のみ休館
開館時間:10:00-18:00(入館は17:30まで) 毎週金・土曜日は21:00まで(入館は20:30まで)
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム (東京都渋谷区道玄坂2-24-1 B1F )
ソール・ライター 《帽子》 1960年頃、発色現像方式印画 © Saul Leiter Foundation
入館料:一般1,500円(1,300円)、大学・高校生 1,000円(800円)、 中学・小学生 700円(500円)( )内は前売・20名様以上の団体料金
お問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)
主催:Bunkamura、読売新聞社
協力:ソール・ライター財団、NTT東日本
後援:J-WAVE
企画協力:コンタクト
※この展覧会は、4月11日(土)~5月10日(日)までジェイアール京都伊勢丹・美術館「えき」Kyotoへ巡回、Kyotographie関連プログラムとして開催予定です。
Saul Leiter – Lanesville, 1958
会期:2019 年 12 月 6 日(金) - 2020 年 3 月 1 日(日)
会場:ライカギャラリー東京 (東京都中央区銀座 6-4-1 ライカ銀座店 2F)
Saul Leiter – Nude
会期:2019 年 12 月 7 日(土) - 2020 年 3 月 5 日(木)
会場:ライカギャラリー京都(京都市東山区祇園町南側 570-120 ライカ京都店 2F)
●お知らせ
写真展にあわせて『永遠のソール・ライター』(小学館)が発売中です。
大竹昭子さんが「何も起きない平坦さのなかに、ふいに見えてくるものがある」というタイトルの文章を寄稿しています。
●今日のお勧め作品は、福原信三です。
福原信三 Shinzo FUKUHARA《ヘルン旧居 松江・島根》
1935年撮影(Printed later)
写真(バライタ紙)
イメージサイズ:34.2x26.2cm
シートサイズ:36.0x28.2cm
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
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◎昨日読まれたブログ(archive)/2012年01月31日|石岡瑛子さん逝く
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・ 大竹昭子のエッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
・ 小松崎拓男のエッセイ「松本竣介研究ノート」は毎月3日の更新です。
・ 小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は毎月5日の更新です。
・ 佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
・ 杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
・ 橋本啓子のエッセイ「倉俣史朗の宇宙」は隔月・奇数月12日の更新です。
・ 花田佳明のエッセイ「建築家・松村正恒研究と日土小学校の保存再生をめぐる個人的小史」は毎月14日の更新です。
・ 野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
・新連載・宮森敬子のエッセイ「ゆらぎの中で」は毎月17日の更新です。
・ 王聖美のエッセイ「気の向くままに展覧会逍遥」は隔月・偶数月18日の更新です。
・ 柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」は隔月・偶数月20日の更新です。
・ 中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」は毎月22日の更新です。
・ 土渕信彦のエッセイ「瀧口修造の本」は毎月23日の更新です。
・ 尾崎森平のエッセイ「長いこんにちは」は毎月25日の更新です。
・ スタッフSの海外ネットサーフィンは毎月26日の更新です。
・ 植田実のエッセイ「本との関係」は毎月29日の更新です。
*2019年12月30日のブログに昨年執筆された方をご紹介しています。
◆『オノサト・トシノブ展』は本日が最終日です。初期作品を中心に油彩、水彩、版画を17点展示しています。
会期:2020年1月10日[金]―2月1日[土] *日・月・祝日休廊

・展示の詳細は1月18日ブログに掲載しました。
・オノサト・トシノブの文献については1月24日ブログで紹介しました。
・東京都現代美術館で開催中の「MOTコレクション 第3期 いまーかつて 複数のパースペクティブ」に福原義春氏が寄贈したオノサト・トシノブ コレクションの中から、初期具象~べた丸時代の油彩・水彩が31点展示されています(~2月16日、出品リストはコチラ)。
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阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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