土渕信彦のエッセイ「瀧口修造の本」
16.『画家の沈黙の部分』~前編
『画家の沈黙の部分』(図1,2)
四六判261頁(うち図版25頁)
並製、ビニールカバー 箱・箱帯(自装)。
箱帯は当初は赤色、後に黄色に変更(図3)。
図1 表紙
図2 裏表紙
図3 箱
奥付の記載事項
滝口修造
画家の沈黙の部分
1969年10月30日 第1刷発行
発行者 北野民夫
発行所 株式会社みすず書房 〒113 東京都文京区本郷3丁目 17-15
電話 東京(03)814-0131(代表) 振替 東京195132
本文印刷所 精興社
扉・口絵・表紙印刷所 栗田印刷
製本所 鈴木製本所
解題
『画家の沈黙の部分』は、『今日の美術と明日の美術』(1953年)、『16の横顔 ボナールからアルプへ』(1955年)、『幻想画家論』(1959年)、『点』(1963年)、『余白に書く』(1966年)、『シュルレアリスムのために』(1968年)に続く、瀧口にとって戦後7冊目となる評論集です。『今日の美術と明日の美術』、『点』、『余白に書く』が展覧会評や序文に比重があるとすれば、本書は海外の画家についての評論を中心とする点で、『16の横顔 ボナールからアルプへ』や『幻想画家論』の系統と考えられるかもしれません。タイトル「画家の沈黙の部分」については、本書の「後記」(図4)のなかで「いろいろ考えあぐんだ末に、フォートリエについての一文の題を借りた」と記しています。その初出の題は「フォートリエの沈黙の部分」(「みづゑ」1960年2月)でした。刊行5年後の1974年12月には第3刷まで増刷され、なかなか好評だったようです。あとで見るとおり、クレー、ミロ、ルドン、アンリ・ルソーなど、根強い愛好者がいる画家が論じられていることも、理由の一つと思われます。
図4 後記
『点』、『余白に書く』に続いて本書も自装です。この点は特に記載されていないようですが、装幀について述べた「本のつくり」のなかの「私が自分の本でどうやら意図に近づいたと思う[の]は、『画家の沈黙の部分』(みすず書房)と『詩的実験』(思潮社)などわずか」という記述によって確認されます(初出未見。『コレクション瀧口修造』5巻84頁。[ ]内は土渕の補足)。理想とする装幀は「仮綴風で、軽く、白い紙に黒い活字」(同)としています。なお、『瀧口修造の詩的実験 1927-1937』(図5)の装幀は、途中から粟津潔氏に引き継がれています。
図5 『瀧口修造の詩的実験 1927-1937』
本書箱帯(変更後)の黄色は、『詩的実験』の「挟み込み」でも用いられたお馴染みの色です。また、表紙・裏表紙の周囲に緑色の枠を配する点は、この連載第1回でご紹介した「分冊現代詩講座」の一冊『ダダと超現実主義』(金星堂、1932年。図6)と共通しています。裏表紙の中央に、後年の著作の段落の区切りなどにしばしば用いられる、星型★が配されていることもあり(図7)、こちらも瀧口の装幀だった可能性が高いように思われますが、断言はできません。
図6 『ダダと超現実主義』表紙
図7 同裏表紙
さて、本書を繙いてまず目を奪われるのは、扉に記された「綾子へ」という献辞でしょう(図8)。宛名だけのシンプルな献辞ですが、戦中や終戦直後はもちろん、1960年代以降の生活も楽ではなかったようですから、深い感慨が込められていたに違いありません。
図8 献辞
内容のあらましは目次(図9)と図版目次(図10)によって分かるでしょう。『シュルレアリスムのために』との重複を避けるためでしょうか、戦前期の論考は本書には採録されていません。同じみすず書房から1950年代に刊行された「原色版美術ライブラリー」版(連載第8回後編参照)の、『ピカソ 人間喜劇』『ピカソ 戦争と平和』『ゴッホ』『ミロ』の解説も含まれていません。以下、目次のみ引用します。
クレーの怒り
クレーと版画
クレー巡礼―スイス日記抄―
クレーの生と死
パウル・クレー論 クレーはここにいる
ルドンの花など
ルソーは生きている
ミロの芸術
ミロと詩画集
旅程 ホアン・ミロに
ウォルスあるいは道
画家の沈黙の部分 ジャン・フォートリエ
ジャン・デビュッフェ
アンリ・ミショーの「ムーヴマン」
アンリ・ミショーを訪ねる
アンリ・ミショー、詩人への私の近づき
アルプよ、あなたは―追悼
アルプの詩三篇
見えない出会い アルベルト・ジャコメッティ
「夏の批評家」ほか ジャスパー・ジョーンズ
名づけられぬもの、空間
サム・フランシスへの手紙
ユビュ図像学入門
ユビュの顔
図9 目次
図10 図版目次
画家別にみると、クレーが5篇、ミロおよびミショーが各3篇、サム・フランシスが「名づけられぬもの、空間」、「サム・フランシスへの手紙」の2篇、アルプも2篇、アルフレッド・ジャリの「ユビュ王」に関するものが同じく2篇、ほかにルドン、アンリ・ルソー、ウォルス、フォートリエ、デビュッフェ、ジャコメッティ、ジャスパー・ジョーンズが各1篇で、画家ごとにまとめられています。掲載順の基準はよくわかりません。
このラインナップについて大岡信氏は、『ミクロコスモス瀧口修造』(みすず書房、1984年。図11)に再録された本書の書評のなかで、「エルンストやデュシャンなどとともに、瀧口氏にとって最も親しい現代芸術家一覧」と述べておられます。同感です。実際、クレーとミロには戦前期から深い共感を寄せてきましたし、ミショーにも1950年代から注目し、58年の欧州旅行の際にはわざわざ訪ねて面談しています。フォートリエ、ジャスパー・ジョーンズ、サム・フランシスには、来日した際に親しく面談しています。また、本人と会ったわけではありませんが、デビュッフェ、ウォルス、ジャコメッティが、瀧口にとって重要な作家であったのも、確かと思われます。
図11 『ミクロコスモス瀧口修造』
これ以外では、大岡氏も挙げておられるエルンスト(1960年)、デュシャン(1968年)をはじめ、ダリ(1964年)、フォンタナ(1964年)、ムナーリ(1965年)などにも親しみも覚えていたと思われ、1960年代の展覧会序文や評論、訳稿などがあります。本書に再録されなかったのは、刊行中ないし刊行予定の画集(図12~15)などとの重複を避けたのかもしれません。なお、ムナーリと共著『竹』(BAMBOO)は未刊に終わったようです。
図12 『エルンスト』
図13 『マルセル・デュシャン語録』A版(撮影:山本糾)
図14 『ダリ』
図15 『フォンタナ』
面識があったわけではありませんが、ダダ・シュルレアリスム関連画家では、シュヴィッタース(1960年)、ベルメール(1967年)、スワーンベリ(1967年)、マッタ(1968年)や、1950年代に遡ればブローネル(1952年)、イヴ・タンギー(1953年)、ラム(1954年)あたりの紹介文や翻訳も残されていますが、ここまで拡げると、上で見た「仮綴風で、軽く」という条件は満たせなかったでしょう。図版点数を増やせなかった点について述べたものですが、「重たい本になることをこの本では極力避けたく思った」と、「後記」の末尾近くで記しています。
余談になりますが、ダダ・シュルレアリスムといえば、本書の3年ほど後の1973年に瀧口監修のもと河出書房新社が刊行した、フランスのフィリパッキ社「骰子の7の目」シリーズの訳書も忘れられません(図16)。発刊記念小冊子「6人の画家」(図17)に「画家の明証」を寄せたほか、第1~6巻の月報(1~6号。図18)に各画家についてのエッセイを書き下しています。巻数とタイトルを挙げておきます(第2巻はマックス・エルンスト、第5巻はポール・デルヴォー)。ぜひ一読をお勧めします。月報のための特製ホルダーも制作されており(図19)、裏表紙には「瀧口修造制作」と記されています(図20)。(以下、次回に続く)
第1巻:マグリットの「不思議な夜」
第2巻:幻鳥ロプロプのゆくえ
第3巻:真珠と煉瓦 ベルメール断章
第4巻:市民画家クロヴィス・トルイユ
第5巻:隣り合う女たち
第6巻:マン・レイはマン・レイである
図16 「骰子の7の目」第1巻『ルネ・マグリット』
図17 「6人の画家」
図18 月報
図19 特製ホルダー表紙
図20 同裏表紙
(つちぶち のぶひこ)
■土渕信彦 Nobuhiko TSUCHIBUCHI
1954年生まれ。高校時代に瀧口修造を知り、著作を読み始める。サラリーマン生活の傍ら、初出文献やデカルコマニーなどを収集。その後、早期退職し慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了(美学・美術史学)。瀧口修造研究会会報「橄欖」共同編集人。ときの忘れものの「瀧口修造展Ⅰ~Ⅳ」を監修。また自らのコレクションにより「瀧口修造の光跡」展を5回開催中。富山県立近代美術館、渋谷区立松濤美術館、世田谷美術館、市立小樽文学館・美術館などの瀧口展に協力、図録にも寄稿。主な論考に「彼岸のオブジェ―瀧口修造の絵画思考と対物質の精神の余白に」(「太陽」、1993年4月)、「『瀧口修造の詩的実験』の構造と解釈」(「洪水」、2010年7月~2011年7月)、「瀧口修造―生涯と作品」(フランスのシュルレアリスム研究誌「メリュジーヌ」、2016年)など。
*画廊亭主敬白
臨時休廊(予約制)57日目、皆さん、ご無事でしょうか。
スッタフ全員が顔を合わせることなく(在宅勤務)、それでも何とか仕事が回って行く、機械音痴の亭主には不思議な二か月が過ぎようとしています。
本日は副社長・尾立の出勤日ですが、瑛九展の予約が4組も入っています。
こんな非常事態にもかかわらずブログは連日更新を続けています。連載執筆陣の皆さんはどなたも遅れることなく原稿を送ってくださる(感謝!)。本日の土渕信彦さんも81回目のブログ更新となりました。ときの忘れものの屋台骨ともいえる瀧口修造へのオマージュ、今回も読みごたえのある長文で、後半は来月に掲載させていただきます。
いったいいつまでこの非日常が続くのか不安と焦燥にかられますが、ときの忘れものとしてはまずは来月6月をどうするか、そして猛暑が予想される7~8月の企画は?
なんだかその日暮らしの風来坊のごときですが、やっと準備が整いましたので31日のブログで詳細をお知らせします。在宅勤務で思うにまかせぬ中、スタッフ全員が一丸となってお客様に喜んでいただけるよう新企画に取り組んでいます、どうぞご期待ください。
●本日のお勧め作品は渡辺貴子です。
渡辺貴子 Takako WATANABE
"untitled"(12)
2010年
ひもづくり
H38.0×W12.0×D11.0cm
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
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◎昨日読まれたブログ(archive)/2010年04月25日|レスリー・キー写真集『SUPER TOKYO』
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◆没後60年 第29回瑛九展(Web展/アポイントメント制)では初めて動画を制作し、第一部と第二部をYouTubeで公開しています。
特別寄稿・大谷省吾さんの「ウェブ上で見る瑛九晩年の点描作品」もあわせてお読みください。
今まで研究者やコレクターの皆さんが執筆して下さったエッセイや、亭主が発信した瑛九情報は2020年5月18日のブログ「81日間<瑛九情報!>総目次(増補再録)」にまとめて紹介しています。
◆ときの忘れもののブログは作家、研究者、コレクターの皆さんによるエッセイを掲載し毎日更新を続けています(年中無休)。
皆さんのプロフィールは奇数日の執筆者は4月21日に、偶数日の執筆者は4月24日にご紹介しています。
◆ときの忘れものは版画・写真のエディション作品などをアマゾンに出品しています。
●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
16.『画家の沈黙の部分』~前編
『画家の沈黙の部分』(図1,2)
四六判261頁(うち図版25頁)
並製、ビニールカバー 箱・箱帯(自装)。
箱帯は当初は赤色、後に黄色に変更(図3)。
図1 表紙
図2 裏表紙
図3 箱奥付の記載事項
滝口修造
画家の沈黙の部分
1969年10月30日 第1刷発行
発行者 北野民夫
発行所 株式会社みすず書房 〒113 東京都文京区本郷3丁目 17-15
電話 東京(03)814-0131(代表) 振替 東京195132
本文印刷所 精興社
扉・口絵・表紙印刷所 栗田印刷
製本所 鈴木製本所
解題
『画家の沈黙の部分』は、『今日の美術と明日の美術』(1953年)、『16の横顔 ボナールからアルプへ』(1955年)、『幻想画家論』(1959年)、『点』(1963年)、『余白に書く』(1966年)、『シュルレアリスムのために』(1968年)に続く、瀧口にとって戦後7冊目となる評論集です。『今日の美術と明日の美術』、『点』、『余白に書く』が展覧会評や序文に比重があるとすれば、本書は海外の画家についての評論を中心とする点で、『16の横顔 ボナールからアルプへ』や『幻想画家論』の系統と考えられるかもしれません。タイトル「画家の沈黙の部分」については、本書の「後記」(図4)のなかで「いろいろ考えあぐんだ末に、フォートリエについての一文の題を借りた」と記しています。その初出の題は「フォートリエの沈黙の部分」(「みづゑ」1960年2月)でした。刊行5年後の1974年12月には第3刷まで増刷され、なかなか好評だったようです。あとで見るとおり、クレー、ミロ、ルドン、アンリ・ルソーなど、根強い愛好者がいる画家が論じられていることも、理由の一つと思われます。
図4 後記『点』、『余白に書く』に続いて本書も自装です。この点は特に記載されていないようですが、装幀について述べた「本のつくり」のなかの「私が自分の本でどうやら意図に近づいたと思う[の]は、『画家の沈黙の部分』(みすず書房)と『詩的実験』(思潮社)などわずか」という記述によって確認されます(初出未見。『コレクション瀧口修造』5巻84頁。[ ]内は土渕の補足)。理想とする装幀は「仮綴風で、軽く、白い紙に黒い活字」(同)としています。なお、『瀧口修造の詩的実験 1927-1937』(図5)の装幀は、途中から粟津潔氏に引き継がれています。
図5 『瀧口修造の詩的実験 1927-1937』本書箱帯(変更後)の黄色は、『詩的実験』の「挟み込み」でも用いられたお馴染みの色です。また、表紙・裏表紙の周囲に緑色の枠を配する点は、この連載第1回でご紹介した「分冊現代詩講座」の一冊『ダダと超現実主義』(金星堂、1932年。図6)と共通しています。裏表紙の中央に、後年の著作の段落の区切りなどにしばしば用いられる、星型★が配されていることもあり(図7)、こちらも瀧口の装幀だった可能性が高いように思われますが、断言はできません。
図6 『ダダと超現実主義』表紙
図7 同裏表紙さて、本書を繙いてまず目を奪われるのは、扉に記された「綾子へ」という献辞でしょう(図8)。宛名だけのシンプルな献辞ですが、戦中や終戦直後はもちろん、1960年代以降の生活も楽ではなかったようですから、深い感慨が込められていたに違いありません。
図8 献辞内容のあらましは目次(図9)と図版目次(図10)によって分かるでしょう。『シュルレアリスムのために』との重複を避けるためでしょうか、戦前期の論考は本書には採録されていません。同じみすず書房から1950年代に刊行された「原色版美術ライブラリー」版(連載第8回後編参照)の、『ピカソ 人間喜劇』『ピカソ 戦争と平和』『ゴッホ』『ミロ』の解説も含まれていません。以下、目次のみ引用します。
クレーの怒り
クレーと版画
クレー巡礼―スイス日記抄―
クレーの生と死
パウル・クレー論 クレーはここにいる
ルドンの花など
ルソーは生きている
ミロの芸術
ミロと詩画集
旅程 ホアン・ミロに
ウォルスあるいは道
画家の沈黙の部分 ジャン・フォートリエ
ジャン・デビュッフェ
アンリ・ミショーの「ムーヴマン」
アンリ・ミショーを訪ねる
アンリ・ミショー、詩人への私の近づき
アルプよ、あなたは―追悼
アルプの詩三篇
見えない出会い アルベルト・ジャコメッティ
「夏の批評家」ほか ジャスパー・ジョーンズ
名づけられぬもの、空間
サム・フランシスへの手紙
ユビュ図像学入門
ユビュの顔
図9 目次
図10 図版目次画家別にみると、クレーが5篇、ミロおよびミショーが各3篇、サム・フランシスが「名づけられぬもの、空間」、「サム・フランシスへの手紙」の2篇、アルプも2篇、アルフレッド・ジャリの「ユビュ王」に関するものが同じく2篇、ほかにルドン、アンリ・ルソー、ウォルス、フォートリエ、デビュッフェ、ジャコメッティ、ジャスパー・ジョーンズが各1篇で、画家ごとにまとめられています。掲載順の基準はよくわかりません。
このラインナップについて大岡信氏は、『ミクロコスモス瀧口修造』(みすず書房、1984年。図11)に再録された本書の書評のなかで、「エルンストやデュシャンなどとともに、瀧口氏にとって最も親しい現代芸術家一覧」と述べておられます。同感です。実際、クレーとミロには戦前期から深い共感を寄せてきましたし、ミショーにも1950年代から注目し、58年の欧州旅行の際にはわざわざ訪ねて面談しています。フォートリエ、ジャスパー・ジョーンズ、サム・フランシスには、来日した際に親しく面談しています。また、本人と会ったわけではありませんが、デビュッフェ、ウォルス、ジャコメッティが、瀧口にとって重要な作家であったのも、確かと思われます。
図11 『ミクロコスモス瀧口修造』これ以外では、大岡氏も挙げておられるエルンスト(1960年)、デュシャン(1968年)をはじめ、ダリ(1964年)、フォンタナ(1964年)、ムナーリ(1965年)などにも親しみも覚えていたと思われ、1960年代の展覧会序文や評論、訳稿などがあります。本書に再録されなかったのは、刊行中ないし刊行予定の画集(図12~15)などとの重複を避けたのかもしれません。なお、ムナーリと共著『竹』(BAMBOO)は未刊に終わったようです。
図12 『エルンスト』
図13 『マルセル・デュシャン語録』A版(撮影:山本糾)
図14 『ダリ』
図15 『フォンタナ』面識があったわけではありませんが、ダダ・シュルレアリスム関連画家では、シュヴィッタース(1960年)、ベルメール(1967年)、スワーンベリ(1967年)、マッタ(1968年)や、1950年代に遡ればブローネル(1952年)、イヴ・タンギー(1953年)、ラム(1954年)あたりの紹介文や翻訳も残されていますが、ここまで拡げると、上で見た「仮綴風で、軽く」という条件は満たせなかったでしょう。図版点数を増やせなかった点について述べたものですが、「重たい本になることをこの本では極力避けたく思った」と、「後記」の末尾近くで記しています。
余談になりますが、ダダ・シュルレアリスムといえば、本書の3年ほど後の1973年に瀧口監修のもと河出書房新社が刊行した、フランスのフィリパッキ社「骰子の7の目」シリーズの訳書も忘れられません(図16)。発刊記念小冊子「6人の画家」(図17)に「画家の明証」を寄せたほか、第1~6巻の月報(1~6号。図18)に各画家についてのエッセイを書き下しています。巻数とタイトルを挙げておきます(第2巻はマックス・エルンスト、第5巻はポール・デルヴォー)。ぜひ一読をお勧めします。月報のための特製ホルダーも制作されており(図19)、裏表紙には「瀧口修造制作」と記されています(図20)。(以下、次回に続く)
第1巻:マグリットの「不思議な夜」
第2巻:幻鳥ロプロプのゆくえ
第3巻:真珠と煉瓦 ベルメール断章
第4巻:市民画家クロヴィス・トルイユ
第5巻:隣り合う女たち
第6巻:マン・レイはマン・レイである
図16 「骰子の7の目」第1巻『ルネ・マグリット』
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図18 月報
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1954年生まれ。高校時代に瀧口修造を知り、著作を読み始める。サラリーマン生活の傍ら、初出文献やデカルコマニーなどを収集。その後、早期退職し慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了(美学・美術史学)。瀧口修造研究会会報「橄欖」共同編集人。ときの忘れものの「瀧口修造展Ⅰ~Ⅳ」を監修。また自らのコレクションにより「瀧口修造の光跡」展を5回開催中。富山県立近代美術館、渋谷区立松濤美術館、世田谷美術館、市立小樽文学館・美術館などの瀧口展に協力、図録にも寄稿。主な論考に「彼岸のオブジェ―瀧口修造の絵画思考と対物質の精神の余白に」(「太陽」、1993年4月)、「『瀧口修造の詩的実験』の構造と解釈」(「洪水」、2010年7月~2011年7月)、「瀧口修造―生涯と作品」(フランスのシュルレアリスム研究誌「メリュジーヌ」、2016年)など。
*画廊亭主敬白
臨時休廊(予約制)57日目、皆さん、ご無事でしょうか。
スッタフ全員が顔を合わせることなく(在宅勤務)、それでも何とか仕事が回って行く、機械音痴の亭主には不思議な二か月が過ぎようとしています。
本日は副社長・尾立の出勤日ですが、瑛九展の予約が4組も入っています。
こんな非常事態にもかかわらずブログは連日更新を続けています。連載執筆陣の皆さんはどなたも遅れることなく原稿を送ってくださる(感謝!)。本日の土渕信彦さんも81回目のブログ更新となりました。ときの忘れものの屋台骨ともいえる瀧口修造へのオマージュ、今回も読みごたえのある長文で、後半は来月に掲載させていただきます。
いったいいつまでこの非日常が続くのか不安と焦燥にかられますが、ときの忘れものとしてはまずは来月6月をどうするか、そして猛暑が予想される7~8月の企画は?
なんだかその日暮らしの風来坊のごときですが、やっと準備が整いましたので31日のブログで詳細をお知らせします。在宅勤務で思うにまかせぬ中、スタッフ全員が一丸となってお客様に喜んでいただけるよう新企画に取り組んでいます、どうぞご期待ください。
●本日のお勧め作品は渡辺貴子です。
渡辺貴子 Takako WATANABE"untitled"(12)
2010年
ひもづくり
H38.0×W12.0×D11.0cm
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
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◎昨日読まれたブログ(archive)/2010年04月25日|レスリー・キー写真集『SUPER TOKYO』
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◆没後60年 第29回瑛九展(Web展/アポイントメント制)では初めて動画を制作し、第一部と第二部をYouTubeで公開しています。
特別寄稿・大谷省吾さんの「ウェブ上で見る瑛九晩年の点描作品」もあわせてお読みください。
今まで研究者やコレクターの皆さんが執筆して下さったエッセイや、亭主が発信した瑛九情報は2020年5月18日のブログ「81日間<瑛九情報!>総目次(増補再録)」にまとめて紹介しています。
◆ときの忘れもののブログは作家、研究者、コレクターの皆さんによるエッセイを掲載し毎日更新を続けています(年中無休)。
皆さんのプロフィールは奇数日の執筆者は4月21日に、偶数日の執筆者は4月24日にご紹介しています。
◆ときの忘れものは版画・写真のエディション作品などをアマゾンに出品しています。
●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
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