本日6月9日は、日本のシルクスクリーン技法の開拓者であり、優れた刷り師だった岡部徳三さんの命日です(2006年6月9日没)。
昨日に続き、岡部さんの仕事をご紹介します。
岡部さんはシルクスクリーンの職人として作家に寄り添うばかりではなく、あるときは名プロデューサーとしてナム・ジュン・パイク、ジョン・ケージ、ジョナス・メカスら版画制作に縁のなかった作家たちにインスピレーションを与え、版画制作のアイデアを提供し、卓抜なセンスと技術によって多くの名作版画を生み出した。いまや20世紀美術史に名を遺す海外の作家たちと協働したことは特筆に値します。
●ナム・ジュン・パイク
<1973年の春、わたしは休暇のためにNYへでかけた。NYに長く住む友人のアーチスト、キムラ・リサブローが、面白い人物がいるから会ってみたらと、さかんにすすめるアーチストがナムジュン・パイクだった。そこでリサブローとマンハッタンにある有名なウエストベス(芸術家たちのためのアパートメント) に仕事場を借りているパイクを訪れた。壊れかけたTVや、新品(中古か)のTVがところ狭しと積まれているスタジオで、彼は今実験的な仕事をやっているが、糖尿病を患っていて体調がすぐれないなどと喋っていた。しかし本人はいたって元気そうだった。目の前でTVの映像がどんな変化をもたらすとしても、彼がいうTVのアートはありうるのか、わたしには予想もつかない。そこで、その場で切り取ってしまう(版画にする)のはどうかと提案をしてみた。すると自分はシルクスクリーン版画というものを知らないがやってみようということになった。いちど日本に来てもらって打ち合わせをすることになり、彼は「これであなたも蔵が建つよ」と冗談をとばしながら、三人は握手をして分かれた。すでに彼はビデオアートを開拓していく自信に、満ちみちていたのだろう。
(岡部徳三『ナムジュン・パイクの版画制作始末記』より)>

ナム・ジュン・パイク《UNTITLED (2)》
1978年 シルクスクリーン(刷り:岡部徳三)
イメージサイズ:30.0×39.5cm
シートサイズ:43.0×46.0cm
Ed. 75 Signed

ナム・ジュン・パイク Nam June Paik
《アレン・ギンズバーグの肖像》
1984年 シルクスクリーン(刷り:岡部徳三)
73.8×62.0cm
Ed.75 Signed
~~~~~~
●ジョン・ケージ
ジョン・ケージは実験音楽家として多大な影響を与えていますが、その楽譜も従来のクラシック音楽のものとはまったく異なるものでした。それを「版画にしたい」と、岡部さんは思ったに違いありません。「Fontana Mix」は地の紙に刷った楽譜の上に、透明なフィルムに刷られた図形が三枚重ねられています。4つのパーツによる、買った人が自由自在にかたちを作れるいわば動く版画作品です。
"Fontana Mix(Orange/Tan)"
1982年
シルクスクリーン、紙、フィルム3枚組(刷り:岡部徳三)
56.7x76.5cm Ed.97 Signed
~~~~~~~
●ジョナス・メカス
実験映画の開拓者ジョナス・メカスについてはこのブログで繰り返しお伝えしてきました(「ジョナス・メカスの世界」参照)。
1983年秋に亭主はメカスさんを日本に初めて招き、NYの映画美術館建設を支援するために7点の版画を作っていただきました。もちろん初めての版画制作で、短い滞在期間中に素晴らしい版画を誕生させることができたのは、岡部さんのセンスと協力があったからです。

ジョナス・メカス Jonas MEKAS「モントークのピーター・ビアード 1974」
1983年 シルクスクリーン(刷り:岡部徳三)
37.5×51.0cm
Ed.75 Signed
*現代版画センターとジョナス・メカス展実行委員会との共同エディション
●「一日限定! 破格の掘り出し物」
No.20)ナム・ジュン・パイク「A TRIBUTE TO JOHN CAGE(トランプ)」



ナム・ジュン・パイク Nam June Paik
《A TRIBUTE TO JOHN CAGE》(トランプ52枚組、ボックス入り)
1978 シルクスクリーン(刷り:岡部徳三)
トランプサイズ:8.8×5.3cm
ボックスサイズ:15.0×12.0×厚み 3.0cm
Ed.250 Signed
本日の「一日限定! 破格の掘り出し物」は岡部徳三さんがプロデュースした作品の中でも超レアなナム・ジュン・パイクがジョン・ケージに捧げたトランプカードです。なぜレアか、これが制作されたとき亭主も勧められたのですが買わなかった。亭主だけでなく岡部さんの周辺の人たちも買わなかった。結果、そのほとんどが韓国とアメリカ、ヨーロッパに行ってしまった。日本に無傷(未開封)で残されているのが果たして10部あるかどうか。
制作に協力した任天堂は当時は花札、トランプのメーカーに過ぎず、ようやくコンピュータゲーム機の開発を開始した頃でした。まさか今のような世界的大企業になるとは思いませんでした。
◆ナム・ジュン・パイク Nam June Paik(1932~2006)1932年日本統治下の韓国京城(ソウル)に生まれる。1949年朝鮮戦争の戦禍を逃れて香港に移住、その後日本に渡り東京大学文学部美学美術史学科を卒業する。西ドイツへ渡りミュンヘン大学で音楽史を学ぶ。ジョン・ケージと知り合い大きな影響を受ける1961年フルクサス運動の創始者ジョージ・マチューナスと出会い、以後、フルクサス運動の中心的存在として活動する。1963年テレビ画面を磁石で操作した世界初のビデオ・アート作品を発表。1964年アメリカに移住。パフォーマンス「ロボット・オペラ」をシャーロット・モーマンと共演する。1977年ビデオ・アーティスト久保田成子と結婚する。1993年第45回ヴェネチア・ビエンナーレにドイツ館代表として参加、金獅子賞を受賞。1998年京都賞受賞。2000年ニューヨーク、グッゲンハイム美術館で回顧展開催。2006年マイアミの自宅で死去、享年73。
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆ときの忘れものは版画・写真のエディション作品などをアマゾンに出品しています。
●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
昨日に続き、岡部さんの仕事をご紹介します。
岡部さんはシルクスクリーンの職人として作家に寄り添うばかりではなく、あるときは名プロデューサーとしてナム・ジュン・パイク、ジョン・ケージ、ジョナス・メカスら版画制作に縁のなかった作家たちにインスピレーションを与え、版画制作のアイデアを提供し、卓抜なセンスと技術によって多くの名作版画を生み出した。いまや20世紀美術史に名を遺す海外の作家たちと協働したことは特筆に値します。
●ナム・ジュン・パイク
<1973年の春、わたしは休暇のためにNYへでかけた。NYに長く住む友人のアーチスト、キムラ・リサブローが、面白い人物がいるから会ってみたらと、さかんにすすめるアーチストがナムジュン・パイクだった。そこでリサブローとマンハッタンにある有名なウエストベス(芸術家たちのためのアパートメント) に仕事場を借りているパイクを訪れた。壊れかけたTVや、新品(中古か)のTVがところ狭しと積まれているスタジオで、彼は今実験的な仕事をやっているが、糖尿病を患っていて体調がすぐれないなどと喋っていた。しかし本人はいたって元気そうだった。目の前でTVの映像がどんな変化をもたらすとしても、彼がいうTVのアートはありうるのか、わたしには予想もつかない。そこで、その場で切り取ってしまう(版画にする)のはどうかと提案をしてみた。すると自分はシルクスクリーン版画というものを知らないがやってみようということになった。いちど日本に来てもらって打ち合わせをすることになり、彼は「これであなたも蔵が建つよ」と冗談をとばしながら、三人は握手をして分かれた。すでに彼はビデオアートを開拓していく自信に、満ちみちていたのだろう。
(岡部徳三『ナムジュン・パイクの版画制作始末記』より)>

ナム・ジュン・パイク《UNTITLED (2)》
1978年 シルクスクリーン(刷り:岡部徳三)
イメージサイズ:30.0×39.5cm
シートサイズ:43.0×46.0cm
Ed. 75 Signed

ナム・ジュン・パイク Nam June Paik
《アレン・ギンズバーグの肖像》
1984年 シルクスクリーン(刷り:岡部徳三)
73.8×62.0cm
Ed.75 Signed
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●ジョン・ケージ
ジョン・ケージは実験音楽家として多大な影響を与えていますが、その楽譜も従来のクラシック音楽のものとはまったく異なるものでした。それを「版画にしたい」と、岡部さんは思ったに違いありません。「Fontana Mix」は地の紙に刷った楽譜の上に、透明なフィルムに刷られた図形が三枚重ねられています。4つのパーツによる、買った人が自由自在にかたちを作れるいわば動く版画作品です。
"Fontana Mix(Orange/Tan)"1982年
シルクスクリーン、紙、フィルム3枚組(刷り:岡部徳三)
56.7x76.5cm Ed.97 Signed
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●ジョナス・メカス
実験映画の開拓者ジョナス・メカスについてはこのブログで繰り返しお伝えしてきました(「ジョナス・メカスの世界」参照)。
1983年秋に亭主はメカスさんを日本に初めて招き、NYの映画美術館建設を支援するために7点の版画を作っていただきました。もちろん初めての版画制作で、短い滞在期間中に素晴らしい版画を誕生させることができたのは、岡部さんのセンスと協力があったからです。

ジョナス・メカス Jonas MEKAS「モントークのピーター・ビアード 1974」
1983年 シルクスクリーン(刷り:岡部徳三)
37.5×51.0cm
Ed.75 Signed
*現代版画センターとジョナス・メカス展実行委員会との共同エディション
●「一日限定! 破格の掘り出し物」
No.20)ナム・ジュン・パイク「A TRIBUTE TO JOHN CAGE(トランプ)」



ナム・ジュン・パイク Nam June Paik
《A TRIBUTE TO JOHN CAGE》(トランプ52枚組、ボックス入り)
1978 シルクスクリーン(刷り:岡部徳三)
トランプサイズ:8.8×5.3cm
ボックスサイズ:15.0×12.0×厚み 3.0cm
Ed.250 Signed
本日の「一日限定! 破格の掘り出し物」は岡部徳三さんがプロデュースした作品の中でも超レアなナム・ジュン・パイクがジョン・ケージに捧げたトランプカードです。なぜレアか、これが制作されたとき亭主も勧められたのですが買わなかった。亭主だけでなく岡部さんの周辺の人たちも買わなかった。結果、そのほとんどが韓国とアメリカ、ヨーロッパに行ってしまった。日本に無傷(未開封)で残されているのが果たして10部あるかどうか。
制作に協力した任天堂は当時は花札、トランプのメーカーに過ぎず、ようやくコンピュータゲーム機の開発を開始した頃でした。まさか今のような世界的大企業になるとは思いませんでした。
◆ナム・ジュン・パイク Nam June Paik(1932~2006)1932年日本統治下の韓国京城(ソウル)に生まれる。1949年朝鮮戦争の戦禍を逃れて香港に移住、その後日本に渡り東京大学文学部美学美術史学科を卒業する。西ドイツへ渡りミュンヘン大学で音楽史を学ぶ。ジョン・ケージと知り合い大きな影響を受ける1961年フルクサス運動の創始者ジョージ・マチューナスと出会い、以後、フルクサス運動の中心的存在として活動する。1963年テレビ画面を磁石で操作した世界初のビデオ・アート作品を発表。1964年アメリカに移住。パフォーマンス「ロボット・オペラ」をシャーロット・モーマンと共演する。1977年ビデオ・アーティスト久保田成子と結婚する。1993年第45回ヴェネチア・ビエンナーレにドイツ館代表として参加、金獅子賞を受賞。1998年京都賞受賞。2000年ニューヨーク、グッゲンハイム美術館で回顧展開催。2006年マイアミの自宅で死去、享年73。
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◆ときの忘れものは版画・写真のエディション作品などをアマゾンに出品しています。
●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
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