宮森敬子のエッセイ「ゆらぎの中で」第8回
「都市の根」CITY ROOT
前回は過去の日本画と失われた絵画について書かせていただきました。昔の作品を紹介すると、こんなことをしていたのか、とちょっと驚かれてしまう時もあります。
実は9月の展示に間に合うように作品集の日本語版を作っていて(数日前やっと印刷に出しました)過去の作品と向き合っていました。同じことを繰り返してきたと思っていましたが、確かにずいぶん違うようにも見えますし、時々に生まれた作品たちが、いったいどのように結びつくのか、それを考えながら今この文章も書いています。
前置きが長くなりましたが、今回ご紹介するのは、絵画とも、“樹拓”を使った近年の作品(樹拓作品に関してのブログは第4回と第5回)とも全く違う“樹脂”(正式にはウレタン硬化型樹脂、一般にはプラスチック、あるいはレジンと呼ばれる)の作品群です。年代で言うと2004年から2012年にかけての作品です。
それは、ある一つの樹のストーリーから始まりました。
ノースフィラデルフィアのケンブリッジ住宅計画で切り倒された大木 2001年7月
2001年の春、フィラデルフィアにある非営為団体でボランティアをしていた私は、毎日通う道の途中に生えていた大木が倒れ、その根の中にビッシリと煉瓦が詰まっているのを見て驚かされました。その樹は、市の住宅計画(注1)によって切り倒されたものでした。
(注1)ケンブリッジプラザ・プロジェクトは、フィラデルフィア市によって、1957年に建てられた低所得者の実験的高層集合住宅であった。再生計画のため、2001年に270kgの爆弾によってオリジナルの2棟は倒壊、周辺の樹々も処分された。
私はその根に魅せられて、その煉瓦の詰まった根と、その木の枝をもらい受け、ひと夏かけて、煉瓦を穿り出しました。その根と煉瓦の山、枝で作ったブランコと自家製の巨大プリズムで発生させた虹を使ったインスタレーションが、2002年にフィラデルフィアで発表した「イマジナ」です。
《イマジナ》木の根、根から掘り出したもの、枝、ロープ、蒸留水を満たした水プリズム 於プロジェクトルーム、フィラデルフィア 2002年
今思うと、この根との出会いは、私の作家人生に大きな転換を与えました。煉瓦やゴミを抱え込みながら大木に育ち、簡単に切られて根こそぎ捨てられる木の根は、その地から追い出された人たちを代表しているようで、しかもその堂々とした姿は、都市の厳しさのなかで生きるものの強さを象徴しているようでもありました。
この木の根を使って、2004年にデトロイトにある野外公園 のコンペティションに応募し、私の作品が最終選考まで残って、コミッションで野外彫刻を作ることになったのです。
2004年にフレデリックマイヤー野外彫刻コンペで優勝したCITY ROOTのプロポーザル写真 (2mx2mx2mの立方体)
それは、この大きな木の根を、2メートル角の透明な樹脂の立方体の中に完全に閉じ込める、というものでした。必死になって救い出した(と自分では思っていた)木の根をいかに世に残すか、という思いの中で模索したアイデアでしたが、当時、完全透明なレジン(樹脂)の大型野外彫刻は存在しておらず、リサーチしても、見つかったのは、レイチェル・ホワイトリード女史が、トラファルガスクエアに限定の委嘱作品として作られたものだけ(注2)でした。しかもレイチェルの作品は中が空洞であったことがわかり、私のように2m立方の完全なプラスチックの塊をキャスティングすること自体、技術的には不可能だ、とどこに相談しても言われ続けました。
(注2)ロンドンのトラファルガスクエアに2001年から1年間限定で設置された「無題 記念碑(台座)(Untitled Monument (Plinth))
レイチェルが使用したプラスチックはU V耐性の完全透明なプラスチックでした。そのプラスチックの製造元の副社長であるマイケルさんと連絡が取れ、彼の仲介もあって、社長の助けを借りることができたのでした。
(左)《都市の根 マケット#1》 木の根、煉瓦、金属、ウレタン硬化型樹脂 35x35x30.5(h)cm 2006年
(右)《都市の根 マケット#5》 木の根、煉瓦、金属、ウレタン硬化型樹脂 45x43x45(h)cm 2006年
制作期間は3年間、2004年から2007年です。2004年から2006年の間に、多くの実験を行いました。オリジナルの根は一つだけですし、高価なプラスチック(U V耐性の透明ウレタン硬化型樹脂)ですので、1トン以上ある大木の根をいれる実験はできません。実験は10cm角の立方体から始まって、45cm角の立方体の中に、樹の根・有機物を入れ、液体プラスチックが固まる経過中に発生する亀裂や発泡のコントロールをするために行われました。ところが、運の悪いことに、この時期に石油価格が高騰し(プラスチックは石油製品のために石油と共に値上がり)予算内で予定していたプラスチックの総重量が買えなくなってしまったのです。はじめに雇ったプロジェクトマネージャーにお金だけ取られてしまったり、いろいろありましたが、朝から夕方まで図書館の希少本の修復の仕事をして不足している材料費を賄いながら、実験を繰り返しました。(この間、彫刻用‘やぐら’の上り下り中に右膝の靭帯を切ってしまったりもしました。。)
Smooth-onの本社で製作中のCity Root (都市の根) ペンシルバニア州 2006年
2006年3月ついにプラスチックの分量を減らして、木の根が埋め込まれることになりました。ところが、キャストの完成したモールド(型)を開けてみると、作品には大きな亀裂が入っていたのです。
亀裂は自然の力を示すもので、私ははじめ、その凄まじさに予想外に力強い作品になった、と肯定的に思いました。しかし、私に期待されていたのは、亀裂のない彫刻を作ることでした。最終的に、作品はフィラデルフフィアの電力会社の所有となり、私の手から離れることになったのでした。
研磨の終わった状態の《都市の根》木の根、煉瓦、ウレタン硬化型樹脂 213x198x171cm 2006年
その後、2012年まで、透明プラスチックを使ったキャスティングを行っていましたが、当時の工業用ウレタン硬化型樹脂は大変有毒で、体を壊してしまい、ほとんど自分でキャストすることはなくなりました。(現在は無害で透明のものも出回っているようです)いろいろありましたが、今思うと、救出した、と思っていた樹の根に、私がいろいろな経験をさせてもらったのだ、と感じています。
来月は、この《都市の根》から派生し、2004年から現在に至るまで続いている私のプロジェクトベースの「つなぐ」シリーズについて紹介してみたいと思っています。
(みやもり けいこ)
■宮森敬子 Keiko MIYAMORI
1964年横浜市生まれ 。筑波大学芸術研究科絵画専攻日本画コース修了。和紙や木炭を使い、異なる時間や場所に存在する自然や人工物の組み合わせを、個と全体のつながりに注目した作品を作っている。
●宮森敬子のエッセイ「ゆらぎの中で」は毎月17日に更新します。
●本日のお勧め作品は宮森敬子です。
宮森敬子 Keiko MIYAMORI
“Sandglass Hiroshima New York”
2016
砂時計、炭, 和紙
9.5×9.5×25.0cm
ガラスケース付き
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
「都市の根」CITY ROOT
前回は過去の日本画と失われた絵画について書かせていただきました。昔の作品を紹介すると、こんなことをしていたのか、とちょっと驚かれてしまう時もあります。
実は9月の展示に間に合うように作品集の日本語版を作っていて(数日前やっと印刷に出しました)過去の作品と向き合っていました。同じことを繰り返してきたと思っていましたが、確かにずいぶん違うようにも見えますし、時々に生まれた作品たちが、いったいどのように結びつくのか、それを考えながら今この文章も書いています。
前置きが長くなりましたが、今回ご紹介するのは、絵画とも、“樹拓”を使った近年の作品(樹拓作品に関してのブログは第4回と第5回)とも全く違う“樹脂”(正式にはウレタン硬化型樹脂、一般にはプラスチック、あるいはレジンと呼ばれる)の作品群です。年代で言うと2004年から2012年にかけての作品です。
それは、ある一つの樹のストーリーから始まりました。
ノースフィラデルフィアのケンブリッジ住宅計画で切り倒された大木 2001年7月2001年の春、フィラデルフィアにある非営為団体でボランティアをしていた私は、毎日通う道の途中に生えていた大木が倒れ、その根の中にビッシリと煉瓦が詰まっているのを見て驚かされました。その樹は、市の住宅計画(注1)によって切り倒されたものでした。
(注1)ケンブリッジプラザ・プロジェクトは、フィラデルフィア市によって、1957年に建てられた低所得者の実験的高層集合住宅であった。再生計画のため、2001年に270kgの爆弾によってオリジナルの2棟は倒壊、周辺の樹々も処分された。
私はその根に魅せられて、その煉瓦の詰まった根と、その木の枝をもらい受け、ひと夏かけて、煉瓦を穿り出しました。その根と煉瓦の山、枝で作ったブランコと自家製の巨大プリズムで発生させた虹を使ったインスタレーションが、2002年にフィラデルフィアで発表した「イマジナ」です。
《イマジナ》木の根、根から掘り出したもの、枝、ロープ、蒸留水を満たした水プリズム 於プロジェクトルーム、フィラデルフィア 2002年今思うと、この根との出会いは、私の作家人生に大きな転換を与えました。煉瓦やゴミを抱え込みながら大木に育ち、簡単に切られて根こそぎ捨てられる木の根は、その地から追い出された人たちを代表しているようで、しかもその堂々とした姿は、都市の厳しさのなかで生きるものの強さを象徴しているようでもありました。
この木の根を使って、2004年にデトロイトにある野外公園 のコンペティションに応募し、私の作品が最終選考まで残って、コミッションで野外彫刻を作ることになったのです。
2004年にフレデリックマイヤー野外彫刻コンペで優勝したCITY ROOTのプロポーザル写真 (2mx2mx2mの立方体)それは、この大きな木の根を、2メートル角の透明な樹脂の立方体の中に完全に閉じ込める、というものでした。必死になって救い出した(と自分では思っていた)木の根をいかに世に残すか、という思いの中で模索したアイデアでしたが、当時、完全透明なレジン(樹脂)の大型野外彫刻は存在しておらず、リサーチしても、見つかったのは、レイチェル・ホワイトリード女史が、トラファルガスクエアに限定の委嘱作品として作られたものだけ(注2)でした。しかもレイチェルの作品は中が空洞であったことがわかり、私のように2m立方の完全なプラスチックの塊をキャスティングすること自体、技術的には不可能だ、とどこに相談しても言われ続けました。
(注2)ロンドンのトラファルガスクエアに2001年から1年間限定で設置された「無題 記念碑(台座)(Untitled Monument (Plinth))
レイチェルが使用したプラスチックはU V耐性の完全透明なプラスチックでした。そのプラスチックの製造元の副社長であるマイケルさんと連絡が取れ、彼の仲介もあって、社長の助けを借りることができたのでした。
(左)《都市の根 マケット#1》 木の根、煉瓦、金属、ウレタン硬化型樹脂 35x35x30.5(h)cm 2006年(右)《都市の根 マケット#5》 木の根、煉瓦、金属、ウレタン硬化型樹脂 45x43x45(h)cm 2006年
制作期間は3年間、2004年から2007年です。2004年から2006年の間に、多くの実験を行いました。オリジナルの根は一つだけですし、高価なプラスチック(U V耐性の透明ウレタン硬化型樹脂)ですので、1トン以上ある大木の根をいれる実験はできません。実験は10cm角の立方体から始まって、45cm角の立方体の中に、樹の根・有機物を入れ、液体プラスチックが固まる経過中に発生する亀裂や発泡のコントロールをするために行われました。ところが、運の悪いことに、この時期に石油価格が高騰し(プラスチックは石油製品のために石油と共に値上がり)予算内で予定していたプラスチックの総重量が買えなくなってしまったのです。はじめに雇ったプロジェクトマネージャーにお金だけ取られてしまったり、いろいろありましたが、朝から夕方まで図書館の希少本の修復の仕事をして不足している材料費を賄いながら、実験を繰り返しました。(この間、彫刻用‘やぐら’の上り下り中に右膝の靭帯を切ってしまったりもしました。。)
Smooth-onの本社で製作中のCity Root (都市の根) ペンシルバニア州 2006年2006年3月ついにプラスチックの分量を減らして、木の根が埋め込まれることになりました。ところが、キャストの完成したモールド(型)を開けてみると、作品には大きな亀裂が入っていたのです。
亀裂は自然の力を示すもので、私ははじめ、その凄まじさに予想外に力強い作品になった、と肯定的に思いました。しかし、私に期待されていたのは、亀裂のない彫刻を作ることでした。最終的に、作品はフィラデルフフィアの電力会社の所有となり、私の手から離れることになったのでした。
研磨の終わった状態の《都市の根》木の根、煉瓦、ウレタン硬化型樹脂 213x198x171cm 2006年 その後、2012年まで、透明プラスチックを使ったキャスティングを行っていましたが、当時の工業用ウレタン硬化型樹脂は大変有毒で、体を壊してしまい、ほとんど自分でキャストすることはなくなりました。(現在は無害で透明のものも出回っているようです)いろいろありましたが、今思うと、救出した、と思っていた樹の根に、私がいろいろな経験をさせてもらったのだ、と感じています。
来月は、この《都市の根》から派生し、2004年から現在に至るまで続いている私のプロジェクトベースの「つなぐ」シリーズについて紹介してみたいと思っています。
(みやもり けいこ)
■宮森敬子 Keiko MIYAMORI
1964年横浜市生まれ 。筑波大学芸術研究科絵画専攻日本画コース修了。和紙や木炭を使い、異なる時間や場所に存在する自然や人工物の組み合わせを、個と全体のつながりに注目した作品を作っている。
●宮森敬子のエッセイ「ゆらぎの中で」は毎月17日に更新します。
●本日のお勧め作品は宮森敬子です。
宮森敬子 Keiko MIYAMORI “Sandglass Hiroshima New York”
2016
砂時計、炭, 和紙
9.5×9.5×25.0cm
ガラスケース付き
サインあり
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●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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E-mail:info@tokinowasuremono.com
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