小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」第47回

加瀬健太郎さんは写真家だ。それは間違いない。イギリス留学時代に出会ったスンギ少年のダイエットの様子を撮った最初の写真集『スンギ少年のダイエット日記』が出た時のことは鮮明に覚えている。当時働いていた書店で、パネルを展示して大プッシュして売った。売った?一冊だけ売れた記憶がある。
青いカバをオープンしてから『お父さん、だいじょうぶ?日記』が発売されたとき、「あ!あのスンギ少年の加瀬さん!?」とテンションがあがり、ご本人にも青いカバの半日店長ということで、イベントもしてもらった。おかげで『だいじょうぶ?日記』はけっこう売れた。少なくとも『スンギ少年』を売ろうとして、まったくの無反応だった十数年前よりも確実な手ごたえを感じた。イベントで初めて会った加瀬さんは、写真家、というよりも「近所のちょっと変わったおじさん」という感じだった。
ところで、加瀬さんは、絵本作家としての一面もある。偕成社から出ている『ぐうたらとけちとぷー』という本は、3人の男の子が、まったくかみ合わない感じで(なんてったてぐうたらとけちとぷーなんで、かみ合うはずがない)仲良いのかどうなのかわからない時間を過ごすお話。「近所の変わったおじさん」の考える物語の普遍性に心が打たれる一冊なのだが、当店にはまだたっぷり在庫している。売れない、のではない。きっと並んでいるのに気づかれていない、のだ。
そして、緊急事態宣言下の5月、その加瀬さんの新しい本が出版された。

202106小国貴司‗写真1『お父さん、まだだいじょうぶ?日記』(リトルモア)

前作同様、加瀬さんの書くちょっとした日記(これがもちろん笑えるし、ちょっと心があったかくなる)と、3人の息子と加瀬さん、そして加瀬さんの妻の5人、途中でもう一人加わり6人となる家族の写真でできている本だ。

202106小国貴司‗写真2

202106小国貴司‗写真3

加瀬さんは、なぜこんな瞬間を写真に撮れるんだろう。もちろんプロなんだから、そういう写真を撮れなきゃいけないのだろうけど、それでも「すごい写真を撮るなぁ。」と思う。デビュー作『スンギ少年』の時からそうだけれど、「愛情」と「冷静さ」のバランスが絶妙なのだ、と思う。ぼくは感じたことしか書けないので、写真のテクニックも知らないし、根拠はない。でも、加瀬さんの写真は、「いい瞬間撮ってやるぞ。」という僅かな野心より「でも、こいつら面白いなー。」という愛情がほんのちょっと上回った写真なのだ。それがとても心地いい。野心が見えないものは、どんなものでもなんとなく物足りないし、愛情がないものは、存在する意味がない。だから、ぼくは加瀬さんの作るものが好きだ。
イベントをしてもらった時、予定よりもかなり遅くまで在店してくれて、結局展示していた作品の撤収まで自らやってくれた加瀬さんに「すみません、最後の最後まで手伝ってもらって。」というと、「売れない著者は、B級なんで、なんでもしなきゃいけないんですよ。」と言っていた。普通だったら嫌味っぽくなったり、逆に湿っぽくなる言葉だけど、加瀬さんが言うと、全然そんなことにはならない。ぼくは加瀬さんの目の前で気持ちよく大爆笑させてもらった。大爆笑した後に「いや、そんなことないですよ。」とフォローしたけれど、たぶん加瀬さんはどんなに売れっ子になってもイベントの撤収を誰かに任せるタイプではないと思う。
今回の新刊は、緊急事態宣言にまる被り。そのタイミングが、なんとも加瀬さんらしい。
だから、この本は、売れてほしい。売れて加瀬さんの目がギラギラするところを見てみたい。
どうぞ、みなさま、ぜひ買ってください。
https://www.bluekababooks.shop/items/45289380
https://www.littlemore.co.jp/store/products/detail.php?product_id=1046
ちなみに、あのスンギ少年のウエディングパーティというおまけも収録されています!
ちなみに②加瀬さんには、こんな取材を受けたこともあります。
https://www.steteco.com/head_office/diary/20210121.html
おくに たかし

小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は毎月5日の更新です。

■小国貴司 Takashi OKUNI
「BOOKS青いカバ」店主。学生時代より古書に親しみ、大手書店チェーンに入社後、店長や本店での仕入れ・イベント企画に携わる。書店退職後、新刊・古書を扱う書店「BOOKS青いカバ」を、文京区本駒込にて開業。

*画廊亭主敬白
本日6月5日は、ときの忘れものが開業して26年。27回目の開廊記念日です。
1995年6月5日港区南青山3丁目の一軒家で開業
2005年6月13日開廊10周年のタイミングで尾立麗子が入社
2015年6月3日開廊20周年には「元永定正 もこもこワールド」展を開催
2020年7月21日「開廊25周年 第1回ときの忘れものエディション展―建築家たち」展を開催
山あり、谷ありの26年でしたが、顧客の皆様のおかげで今日を迎えることができました。
スタッフ一同、心より感謝申し上げます。

●本日のお勧め作品は元永定正です。
motonaga-56元永定正 Sadamasa MOTONAGA
《あかいかたちとあかながれ》
1993年  シルクスクリーン
イメージサイズ:73.0×103.0cm
シートサイズ:80.2×112.0cm
Ed.100  サインあり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

「没後10年 元永定正もこもこワールドPartⅡ」(予約制)開催中
会期=2021年6月1日[火]―6月12日[土]*日・月・祝日は休廊
330_a元永定正(1922-2011)の没後10年を記念して、現代版画センターエディションを中心に版画26点をご覧いただきます。
谷川俊太郎との絵本「もこ もこもこ」で知られる元永のユーモラスなかたちや、多彩なぼかし、グラデーションをお楽しみください。
ブログでは元永定正の1977年のインタビューや、谷川俊太郎高橋亨のエッセイを再録掲載しています。
出品全作品の価格は5月29日ブログに掲載しました。

●ときの忘れものが青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転して3年が経ちました。もともと住宅だった阿部勤設計の建物LAS CASASを使って、毎月展覧会(Web展)を開催しています。
WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
ときの忘れものはJR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。