吉原英里のエッセイ「不在の部屋」第10回
再びインスタレーションへ
ペインティングに集中して制作を続けていると版画が気になってくる。 また版画を作っていると、ペインティングの大画面が恋しくなります。この2つの媒体間の往来をやめて、どちらも並行して制作できれば良いのに、不器用にも何方か一方にしか集中できない。直接的表現と版画とでは、頭の中の使う部分が違うのです。ところが、2002年頃、油彩に版画を持ち込むようになってから暫くは、その悩みも軽くなりました。
それから10年経った頃から私は、完成したペインティングそのものも、一つの素材として考えてみたいという思いが生まれて来ました。その結果、描いていた時の意識とは違う視点で、別々の作品を出会わせ、新たな関係を作り直すという言わばインスタレーション的な方法を始めることになりました。自分が最初から最後まで作りあげるという行為よりも、未完成な作品の持つ魅力と、偶然性が生み出す効果の驚きを求めてのことだと思います。
2012年に京都のギャラリーなかむらでの個展 -Garden-で、インスタレーション作品を発表しました。6つの壁が1つずつの作品なのですが、それぞれ2~5ピースの組み作品で出来ていて、作品と作品の隙間や空間の広さも考えて作りましたので、部屋全体が作品という感じになりました。
その中の一つ《Garden 2012-1》は、室内と屋外を行き来する空間を表現することで、見る人の心を解き放ちたいという思いで作りました。
また、《Garden 2012-2》は、今回5月のときの忘れものでの個展にも出品しました。《Garden 2012-1》と同じく室内と屋外を使っていますが、こちらは解き放つというよりは、逆に求心的な構造が生まれる様に考えました。
《Gaden2012-1》2012年
《Gaden2012-2》2012年
2013年、大阪のギャラリージャンプでの個展で、ペインティング1点と額装した版画1点を1組の作品として画廊空間全体を意識した展示を試みました。
左《あなたがいた夏・睡蓮》、右《モネの椅子》2013年
上《あなたがいた夏・散歩》、下《Gの散歩》2013年
2015年、京都のギャラリーなかむらの個展-Sound of Silence-では、(100号F)2枚と(100号P)の計3枚組作品《Sound of Silence》に加えて、複数の額装した版画のみを組み合わせたインスタレーション《Sound of Silence2》を展示しました。
《Sound of Silence》2015年
《Sound of Silence 2》2015年
2016年、京都のギャラリーモーニングでの個展で発表した《午睡2》も(90cm角パネル)3枚の隙間を空けて展示した作品です。
以上の様に、インスタレーション作品になってからも、少しずつ会場や時期によって発想や展示方法が変化していきましたが、自分の作品を描いていた視点から一度解き放ち、再度作品を一素材として扱うという方法により、想像以上に、自由にかつ客観的になることが出来ました。それは、版画を制作していた時の作品との距離感と似ていることに、気がつきました。
《午睡2》2016年
2012年にインスタレーション作品を制作し始める頃から、私は、自分の作品が大きな円環構造を描きながら一回転して、自身の初期の作品、《M氏の部屋》という1986年のインスタレーションへ戻りつつあるように感じていました。いつも今までの自分が考えなかった事をやりたい一心で遍歴を繰り返していましたが、グルグルまわっているだけだったのかな、と気づき、それならばもう一度きちんと自作品を見直してみたいと思って過去のデータや文献を整理して本にまとめることにしました。約3年かかりましたが、過去を検証したお陰で、未来にやるべき事が少し掴めた様で、やってよかったと思っています。
作品集を出版した翌年、2020年には《Sound of Silence 3》で、右カンバスには椅子の上に置かれた本と版画を刷った紙が貼られたノートが、左カンバスには抽象化されたイメージを、それぞれ違った視点で作ったものを合体しています。私の今の望みは、最低限のイメージを使うことで、最大限に観客のイマジネーションを誘うことが出来る様になりたいということです。こちらが用意するのは語りすぎないけれど普遍的な物語になるためのエッセンスだということです。それは私自身も観客として楽しむ余地の残されたものであるということに気づかされたからです。自分が画面と対峙して今までと違う世界を旅したり、驚くことが出来たら最高に贅沢ではないかと思っています。
また、今後どの様な方向へ向かっていくのかを楽しむ余裕が出来たと感じています。(完)
右《Sound of Silence 3》2020年 左《Sound of Silence 5》2020年
(よしはら えり)
■吉原英里 Eri YOSHIHARA
1959年大阪に生まれる。1983年嵯峨美術短期大学版画専攻科修了。
1983年から帽子やティーカップ、ワインの瓶など身近なものをモチーフに、独自の「ラミネート技法」で銅版画を制作。2003年文化庁平成14年度優秀作品買上。2018年「ニュー・ウェイブ現代美術の80年代」展 国立国際美術館、大阪。
・吉原英里のエッセイ「不在の部屋」は今月で最終回です。ご愛読ありがとうございました。
●作品集のご案内
『不在の部屋』吉原英里作品集 1983‐2016
1980年代から現在までのエッチング、インスタレーション、ドローイング作品120点を収録。日英2か国語。サインあり。
著者:吉原英里
執筆:横山勝彦、江上ゆか、植島啓司、平田剛志
翻訳:クリストファー・スティヴンズ
デザイン:西岡勉
発行:ギャラリーモーニング
印刷、製本:株式会社サンエムカラー
定価:3,800円(税込)
*ときの忘れもので扱っています。
●本日のお勧め作品は吉原英里です。
吉原英里 YOSHIHARA Eri
《つぐみC (Singing bird)》
2013年
エッチング、ラミネート
イメージサイズ:36.5×30.0cm
シートサイズ:47.5×39.7cm
Ed.30
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。もともと住宅だった阿部勤設計の建物LAS CASASを使って、毎月展覧会(Web展)を開催し、美術書の編集事務所としても活動しています。
WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
ときの忘れものはJR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
再びインスタレーションへ
ペインティングに集中して制作を続けていると版画が気になってくる。 また版画を作っていると、ペインティングの大画面が恋しくなります。この2つの媒体間の往来をやめて、どちらも並行して制作できれば良いのに、不器用にも何方か一方にしか集中できない。直接的表現と版画とでは、頭の中の使う部分が違うのです。ところが、2002年頃、油彩に版画を持ち込むようになってから暫くは、その悩みも軽くなりました。
それから10年経った頃から私は、完成したペインティングそのものも、一つの素材として考えてみたいという思いが生まれて来ました。その結果、描いていた時の意識とは違う視点で、別々の作品を出会わせ、新たな関係を作り直すという言わばインスタレーション的な方法を始めることになりました。自分が最初から最後まで作りあげるという行為よりも、未完成な作品の持つ魅力と、偶然性が生み出す効果の驚きを求めてのことだと思います。
2012年に京都のギャラリーなかむらでの個展 -Garden-で、インスタレーション作品を発表しました。6つの壁が1つずつの作品なのですが、それぞれ2~5ピースの組み作品で出来ていて、作品と作品の隙間や空間の広さも考えて作りましたので、部屋全体が作品という感じになりました。
その中の一つ《Garden 2012-1》は、室内と屋外を行き来する空間を表現することで、見る人の心を解き放ちたいという思いで作りました。
また、《Garden 2012-2》は、今回5月のときの忘れものでの個展にも出品しました。《Garden 2012-1》と同じく室内と屋外を使っていますが、こちらは解き放つというよりは、逆に求心的な構造が生まれる様に考えました。
《Gaden2012-1》2012年
《Gaden2012-2》2012年2013年、大阪のギャラリージャンプでの個展で、ペインティング1点と額装した版画1点を1組の作品として画廊空間全体を意識した展示を試みました。
左《あなたがいた夏・睡蓮》、右《モネの椅子》2013年
上《あなたがいた夏・散歩》、下《Gの散歩》2013年2015年、京都のギャラリーなかむらの個展-Sound of Silence-では、(100号F)2枚と(100号P)の計3枚組作品《Sound of Silence》に加えて、複数の額装した版画のみを組み合わせたインスタレーション《Sound of Silence2》を展示しました。
《Sound of Silence》2015年
《Sound of Silence 2》2015年2016年、京都のギャラリーモーニングでの個展で発表した《午睡2》も(90cm角パネル)3枚の隙間を空けて展示した作品です。
以上の様に、インスタレーション作品になってからも、少しずつ会場や時期によって発想や展示方法が変化していきましたが、自分の作品を描いていた視点から一度解き放ち、再度作品を一素材として扱うという方法により、想像以上に、自由にかつ客観的になることが出来ました。それは、版画を制作していた時の作品との距離感と似ていることに、気がつきました。
《午睡2》2016年2012年にインスタレーション作品を制作し始める頃から、私は、自分の作品が大きな円環構造を描きながら一回転して、自身の初期の作品、《M氏の部屋》という1986年のインスタレーションへ戻りつつあるように感じていました。いつも今までの自分が考えなかった事をやりたい一心で遍歴を繰り返していましたが、グルグルまわっているだけだったのかな、と気づき、それならばもう一度きちんと自作品を見直してみたいと思って過去のデータや文献を整理して本にまとめることにしました。約3年かかりましたが、過去を検証したお陰で、未来にやるべき事が少し掴めた様で、やってよかったと思っています。
作品集を出版した翌年、2020年には《Sound of Silence 3》で、右カンバスには椅子の上に置かれた本と版画を刷った紙が貼られたノートが、左カンバスには抽象化されたイメージを、それぞれ違った視点で作ったものを合体しています。私の今の望みは、最低限のイメージを使うことで、最大限に観客のイマジネーションを誘うことが出来る様になりたいということです。こちらが用意するのは語りすぎないけれど普遍的な物語になるためのエッセンスだということです。それは私自身も観客として楽しむ余地の残されたものであるということに気づかされたからです。自分が画面と対峙して今までと違う世界を旅したり、驚くことが出来たら最高に贅沢ではないかと思っています。
また、今後どの様な方向へ向かっていくのかを楽しむ余裕が出来たと感じています。(完)
右《Sound of Silence 3》2020年 左《Sound of Silence 5》2020年(よしはら えり)
■吉原英里 Eri YOSHIHARA
1959年大阪に生まれる。1983年嵯峨美術短期大学版画専攻科修了。
1983年から帽子やティーカップ、ワインの瓶など身近なものをモチーフに、独自の「ラミネート技法」で銅版画を制作。2003年文化庁平成14年度優秀作品買上。2018年「ニュー・ウェイブ現代美術の80年代」展 国立国際美術館、大阪。
・吉原英里のエッセイ「不在の部屋」は今月で最終回です。ご愛読ありがとうございました。
●作品集のご案内
『不在の部屋』吉原英里作品集 1983‐20161980年代から現在までのエッチング、インスタレーション、ドローイング作品120点を収録。日英2か国語。サインあり。
著者:吉原英里
執筆:横山勝彦、江上ゆか、植島啓司、平田剛志
翻訳:クリストファー・スティヴンズ
デザイン:西岡勉
発行:ギャラリーモーニング
印刷、製本:株式会社サンエムカラー
定価:3,800円(税込)
*ときの忘れもので扱っています。
●本日のお勧め作品は吉原英里です。
吉原英里 YOSHIHARA Eri《つぐみC (Singing bird)》
2013年
エッチング、ラミネート
イメージサイズ:36.5×30.0cm
シートサイズ:47.5×39.7cm
Ed.30
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。もともと住宅だった阿部勤設計の建物LAS CASASを使って、毎月展覧会(Web展)を開催し、美術書の編集事務所としても活動しています。
WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
ときの忘れものはJR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
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