佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」第56回

制作の近況2

 前回の投稿では、外の存在がいることの安心感、と書いたが、この言葉はどうやら人間側に少し寄り過ぎなものであったようだ。より正確な言葉を探すならば、外の存在がいることの安定感、というような、モノとヒト、モノとモノそれぞれの間の関係性を示す言葉の方が良さそうである。
 不安、は安定という言葉の対義語だろう。やはり自分自身も、すこし田舎の方へは向かったが、世の中の大きな流れに無関係であるはずがない。自分が生きている身の周りで不安という言葉、感覚を嗅ぎとってしまうようなどうしようもない世俗が自分にはある。だからこそ不安の対義へ向く必要があるようにも思えるし、またモノの世界、ヒトの外側にある世界に没入しなければいけないと考える。
 その没入の方法が、丸太そのものに刃物を入れることだった。彫刻であることには間違いないが、何かモノに対して探りを入れる、というおぼろげな感覚のほうが正しそうである。

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 この開口部は一体何であるのか、と聞かれることがある。けれどもそんなことを聞かれても正直なかなか答えることができない。そんな答えられなさ、造形への言葉の不足を補うためにも、写真機であったり家具であったりのひとまずの機能をまとわせている。建築家の原広司さんは有孔体という建築の開口部に関する理論的モチーフを編み出したが、上の写真のようなスッカラカンな空洞としての開口は”孔”というには少し大きすぎる。大きすぎる開口、そのあたりをこれから考えていきたい。

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 彫り込んだ丸太は、アカマツである。 数年前、福島県大玉村の某所にて切り倒されたアカマツの巨木の、これは枝木である。枝といっても径は400mmほどあり、なかなかに乱暴な造形をしている。玉切りにして、数年間雨晒しになっていた。それなりに乾燥したかと思っていたが、彫ってみたらまだまだ中には生生しいマツヤニが噴出してくる。チェンソーの刃もすぐにヤニまみれになり切れなくなってしまった。仕方がないので、斧をつかって白太を落としていく。
 アカマツの彫刻といえば、おそらく飛鳥時代、奈良時代頃の仏像ではないだろうか。朝鮮半島にはアカマツは比較的豊富であったようで、朝鮮との関係がより深かった当時の仏像はアカマツで作られたものがいくつかあるようだ。少し寒い地域に生きる樹木のようである。

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 前回同様、クリの丸太材にも手をつけている。また近くの製材所にて丸太を買って、今回はいくつかの玉切りにしたものである。直径はおよそ500-400mm。クリの素材の具合については、すでにいくらか知ったものであるが、今回はそんな広葉樹のクリと、針葉樹のアカマツの組み合わせをどのようにやっていくかを探っている。

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(制作途中5:鉛筆、顔彩、画用紙)

 丸太に穿たれる大きな空洞、それが今取り組んでいる木工作での主題となりつつある。空間ではなく、空洞という言葉で言い表したいのは、やはり彫刻することによってできあがったからだ。千葉県の房総半島に多く点在する手掘りの坑道、水道のようにそこには僅かながらにも作り手の痕跡と、否が応でもモノの、素材の原理のような部分が露出してしまうのである。

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(制作途中6:鉛筆、顔彩、画用紙)

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(制作途中7:鉛筆、顔彩、画用紙)

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(制作途中8:鉛筆、顔彩、画用紙)

さとう けんご

佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。福島・大玉村で藍染の活動をする「歓藍社」所属。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰。「一般社団法人コロガロウ」設立。

・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。

●展覧会のご案内
200年をたがやす
オープンスタジオ期間「つくる」:2021年3月21日(日)~6月18日(金)
展示期間「みせる」:2021年7月1日(木)~9月26日(日)
会場:秋田市文化創造館ほか
主催:秋田市
企画・制作:NPO法人アーツセンターあきた
全体監修:服部浩之(インディペンデントキュレーター/秋田公立美術大学准教授)
佐藤研吾「アキタノユメのイエ計画」
マタギ修行のために秋田・秋の宮へ移り住んだある友人の生活を起点に、マタギの山を視る眼差しと手つきを学びながら、彼のあるかもしれない秋田のイエの計画を練るーその構想を展開させていくプロセスを、自作カメラによる写真撮影とスケッチ、手記などによって捉え、アーカイブすることを試みます。

●本日のお勧めは瑛九です。
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切り抜き・厚紙
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●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。もともと住宅だった阿部勤設計の建物LAS CASASを使って、毎月展覧会Web展)を開催し、美術書の編集事務所としても活動しています。
WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
ときの忘れものはJR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
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