<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第107回
(画像をクリックすると拡大します)
袢纏にズボンと長靴を履いた少女がこちらを見ている。
立ち木に腕をまわして左脚を折り曲げ、まっすぐな視線を前方にむけている。
少し離れたところには自転車がある。
少女のものだろう。後輪に補助車が付いている。
いつかこの補助車なしに乗れるようになりたいが、いまはまだ心配なのだ。
少女の後ろには道が通っていて、三人の人影がやってくる。
もんぺ姿に編み笠を被り、縦一列になって歩いている。
先頭の人の背中に二番目の人の手が当てられ、
二番目の人の背中には三番目の人の手が添えられている。
それらの手はふたりにとって「眼」の役割をしている。
手先に触れるものがあるかぎり杖をつく必要はないのだろう。
その証拠に杖の先端は地面から浮いている。
彼らの行く手はなにも植わっていない野っ原だ。
遠くに裸の木が数本立っている。
少女が腕を回している木と佇まいが似ているようだが、なんの木だろう。
道のうしろの倉庫のような建物と野っ原との境には、松の木が生えている。
それらでいちばん幹が太いのは左の木だが、
その根方からは別の一本が空にむかって斜めに伸びている。
傾いでいるのに倒れる気配がなく、ほかのどの木よりもまっすぐで電信柱のようだ。
はじめはこの木の上のほうに枝葉が繁っていると思ったが、
枝葉はこの木ではなく、小屋の右手に立っている木に生えているものかもしれない。
もしそうならこの木の素性がますますわからなくなってくる。
根を張っている感じがしない。なのに傾ぐだけで倒れない。
上の方で別の木の股などにつっかえて落ちずにいるのだろうか。
そうだとすれば、何かの拍子にこれが上から落下してくるということがないとは言えない。
ドサッという大きな音とともに地響きがする。
彼女たちの頭は直撃をまぬがれるだろうか。
ぎりぎりのところで切り抜けて欲しいが。
女たちはそんな妄想にかまけることなく歩くことに集中している。
歩幅は一定していて、大きくも小さくもならない。
互いの距離を等しく保ちながら、明るい野っ原へと進んでいく。
少女は三人が近づいてきたのをわかっている。
木が斜めになっていることも知っている。
でもこの木はずっと前からこうだから、この先もこうだろうと気にしていない。
いま彼女の心をとらえているのは、道から少し離れたところにカメラを構えた人がいることだ。
自分のことを撮っているのだろうか。
何のために?
不可解な気持ちがわきあがってくる。
でも木の幹に腕をまわしていると少しそれがやわらぐようにも感じている。
大竹昭子(おおたけあきこ)
●作品情報
タイトル:橋本照嵩「瞽女」より、長岡市川袋 1973年
クレジット:©Hashimoto Shoko, courtesy of Zen Foto Gallery
技法:Gelatin Silver Print on Baryta Paper
サイズ:11x14 inch
●作家紹介
橋本照嵩 Shoko HASHIMOTO
1939年、宮城県石巻市生まれ。1963年、日本大芸術学部写真学科卒。1974年、写真集『瞽女』出版(のら社)にて日本写真協会新人賞受賞。同年「15人の写真展」(東京国立近代美術館主催)へ「瞽女」を出品した。1979年から1981年にかけて韓国にて李朝民画を撮影し、講談社より「李朝の民画」上下二巻セットを刊行した。近年は2011年に被災した故郷の石巻へ定期的に帰郷し撮影するなど精力的に活動している。その他の主な出版物に『北上川』(2005年、春風社)、『石巻-2011.3.27~2014.5.29』(2014年、春風社)、『西山温泉』(2014年、禅フォトギャラリー)、『新版 北上川』(2015年、春風社)、『叢』(2016年、禅フォトギャラリー)、『山谷 1968.8.1-8.20』(2017年、禅フォトギャラリー)、『瞽女アサヒグラフ復刻版』(2019年、禅フォトギャラリー)、『瞽女』(2021年、禅フォトギャラリー)などがある。
●写真集のお知らせ
『瞽女(完全版)』
刊行:禅フォトギャラリー
判型:200 × 200 mm
頁数:204頁、掲載作品:172点
製本:ハードカバー
発行年:2021
言語:英語、日本語
エディション:700
定価5,500円(税込)
~~~~~~~~~~~~~~
●宮崎県立美術館で開催中の「生誕110年記念 瑛九ーQ Ei 表現のつばさ」の会期が残り僅かとなりました。お近くの方、ぜひお出かけください。

会期=2021年10月23日~12月5日
瑛九
*毎月17日のブログで、担当学芸員の小林美紀さんのエッセイ「宮崎の瑛九」連載中
*11月6日のブログで尾立麗子による内覧会のレポートを掲載しました。
●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。もともと住宅だった阿部勤設計の建物LAS CASASを使って、毎月展覧会(Web展)を開催し、美術書の編集事務所としても活動しています。
WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
ときの忘れものはJR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
(画像をクリックすると拡大します)袢纏にズボンと長靴を履いた少女がこちらを見ている。
立ち木に腕をまわして左脚を折り曲げ、まっすぐな視線を前方にむけている。
少し離れたところには自転車がある。
少女のものだろう。後輪に補助車が付いている。
いつかこの補助車なしに乗れるようになりたいが、いまはまだ心配なのだ。
少女の後ろには道が通っていて、三人の人影がやってくる。
もんぺ姿に編み笠を被り、縦一列になって歩いている。
先頭の人の背中に二番目の人の手が当てられ、
二番目の人の背中には三番目の人の手が添えられている。
それらの手はふたりにとって「眼」の役割をしている。
手先に触れるものがあるかぎり杖をつく必要はないのだろう。
その証拠に杖の先端は地面から浮いている。
彼らの行く手はなにも植わっていない野っ原だ。
遠くに裸の木が数本立っている。
少女が腕を回している木と佇まいが似ているようだが、なんの木だろう。
道のうしろの倉庫のような建物と野っ原との境には、松の木が生えている。
それらでいちばん幹が太いのは左の木だが、
その根方からは別の一本が空にむかって斜めに伸びている。
傾いでいるのに倒れる気配がなく、ほかのどの木よりもまっすぐで電信柱のようだ。
はじめはこの木の上のほうに枝葉が繁っていると思ったが、
枝葉はこの木ではなく、小屋の右手に立っている木に生えているものかもしれない。
もしそうならこの木の素性がますますわからなくなってくる。
根を張っている感じがしない。なのに傾ぐだけで倒れない。
上の方で別の木の股などにつっかえて落ちずにいるのだろうか。
そうだとすれば、何かの拍子にこれが上から落下してくるということがないとは言えない。
ドサッという大きな音とともに地響きがする。
彼女たちの頭は直撃をまぬがれるだろうか。
ぎりぎりのところで切り抜けて欲しいが。
女たちはそんな妄想にかまけることなく歩くことに集中している。
歩幅は一定していて、大きくも小さくもならない。
互いの距離を等しく保ちながら、明るい野っ原へと進んでいく。
少女は三人が近づいてきたのをわかっている。
木が斜めになっていることも知っている。
でもこの木はずっと前からこうだから、この先もこうだろうと気にしていない。
いま彼女の心をとらえているのは、道から少し離れたところにカメラを構えた人がいることだ。
自分のことを撮っているのだろうか。
何のために?
不可解な気持ちがわきあがってくる。
でも木の幹に腕をまわしていると少しそれがやわらぐようにも感じている。
大竹昭子(おおたけあきこ)
●作品情報
タイトル:橋本照嵩「瞽女」より、長岡市川袋 1973年
クレジット:©Hashimoto Shoko, courtesy of Zen Foto Gallery
技法:Gelatin Silver Print on Baryta Paper
サイズ:11x14 inch
●作家紹介
橋本照嵩 Shoko HASHIMOTO
1939年、宮城県石巻市生まれ。1963年、日本大芸術学部写真学科卒。1974年、写真集『瞽女』出版(のら社)にて日本写真協会新人賞受賞。同年「15人の写真展」(東京国立近代美術館主催)へ「瞽女」を出品した。1979年から1981年にかけて韓国にて李朝民画を撮影し、講談社より「李朝の民画」上下二巻セットを刊行した。近年は2011年に被災した故郷の石巻へ定期的に帰郷し撮影するなど精力的に活動している。その他の主な出版物に『北上川』(2005年、春風社)、『石巻-2011.3.27~2014.5.29』(2014年、春風社)、『西山温泉』(2014年、禅フォトギャラリー)、『新版 北上川』(2015年、春風社)、『叢』(2016年、禅フォトギャラリー)、『山谷 1968.8.1-8.20』(2017年、禅フォトギャラリー)、『瞽女アサヒグラフ復刻版』(2019年、禅フォトギャラリー)、『瞽女』(2021年、禅フォトギャラリー)などがある。
●写真集のお知らせ
『瞽女(完全版)』刊行:禅フォトギャラリー
判型:200 × 200 mm
頁数:204頁、掲載作品:172点
製本:ハードカバー
発行年:2021
言語:英語、日本語
エディション:700
定価5,500円(税込)
~~~~~~~~~~~~~~
●宮崎県立美術館で開催中の「生誕110年記念 瑛九ーQ Ei 表現のつばさ」の会期が残り僅かとなりました。お近くの方、ぜひお出かけください。

会期=2021年10月23日~12月5日
瑛九
*毎月17日のブログで、担当学芸員の小林美紀さんのエッセイ「宮崎の瑛九」連載中
*11月6日のブログで尾立麗子による内覧会のレポートを掲載しました。
●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。もともと住宅だった阿部勤設計の建物LAS CASASを使って、毎月展覧会(Web展)を開催し、美術書の編集事務所としても活動しています。
WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
ときの忘れものはJR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
コメント一覧