佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」第62回
都築響一さんの眼
先月の中頃、作家の都築響一さんが、はるばると私が居る大玉村に来てくださった。実は今度の私の展示「群空洞と囲い」の開催に際して、展示作品情報を収めたカタログを出版してもらうことになっているのだが、そのカタログへの文章の寄稿を都築さんにお願いし、その取材として来ていただいたのであった。都築さんのことはもちろん書籍(文庫版のTOKYO STYLEは家にあった)を通してこちらが一方的に知ってはいたが、お会いするのは初めてだった。なので、果たしてどのような印象を持たれ、また話となるのかはまるで想像もつかなかった。これまでも何人の方が東京の方からわざわざ我が家を訪ねてきてくれることがあったが、その度に、果たしてこの移動の手間に見合うだけのモノを渡すことができるものだろうか、などと仕様もないことを考えてしまうのである。
都築さんはなんと以前、大玉村の隣にある本宮の映画館の取材をしに何度か来たことがあるそうで、なのでかなり見知った土地であるらしかった。その映画館はなんと大正期に建てられた劇場で、今も地元の館主の方が守り継いでいる堂々たる小劇場だ。その館主さんのことは都築さんの著書『独居老人スタイル』にも載っているのでぜひ。(と言いつつ、私も都築さんから直接教えてもらった。)
本宮は阿武隈川沿いの宿場町として栄えた町で、そうした古い建物がいくつか残っている。大玉村は自治体としては独立しているが、村民らの生活インフラは村内では完結せずに、本宮市やさらにその隣の二本松市にある鉄道の駅や行政施設などを使ったりすることも多い。自治体の統合化が全国的になされていった、いわゆる平成の大合併の時にも大玉村が本宮市と合併すべきか否かの大論争が村内で沸き起こっていた。合併すればもちろん行政としての予算規模が大きくなり提供できる公共サービスの幅が広がるが、住民にとっては果たして良い方向に行くかどうかは分からない部分も多い。結局、合併はせずに今に至っているわけだが、現在の大玉村は一応のところ人口も増え、特に子供の数が増加傾向にあるので、ひとまずはまあ良かったのかもしれない。けれどもそれはかつて農地であった土地を宅地に換えて新たな住宅地を形成したことによるもので、村は確実に農村という様相から郊外地、ベッドタウンへと変貌を遂げつつもある。そうした村の風景の変化、土地利用の変容が、長期的に見て良いのか悪いのか、それを判断するのは日本全体の盛衰の予測くらい難しい。(まあ”衰”を標準とするのが正しい気はしている。)
話が都築さんから見事に脱線してしまったが、ともかくそんな世間話をしつつ、私の拠点を案内させてもらった。
(雪がチラつく中、あばら屋のような我が家、書店、事務所他ごちゃごちゃを取材いただいた。)
話をさせてもらう中で、建築設計の生業と、家具制作だとか作品制作との関係について尋ねられた。それについては制作・創作の行為にどのように他者性、外因を持ち込むかというふうに考えれば、両者は同じものを共有しているだろう、と答えた。対して都築さんからはそんな感覚について、世代的なもの、時代的な影響をやんわりと指摘された、と記憶している。都築さんは自宅の内装を某建築家の方に設計してもらったのだと言う。その方はなかなかのモダニストのようで、そちらの方と比べれば確かに明らかな違いがありそうである。(写真のように、私の事務所の姿がまずモダンではない。とはいえこれもどうにかしないといけない。)
都築さんは写真をいくつか撮って行った。その撮影している感じがなかなか興味深く、側からはどこに標準を合わせているのかよく分からないような撮影風景だった。部屋のモノを少しだけ整えつつも、整えきらない神妙な気の抜けた按配。なんとなくそんな都築さんの編集のスタイルを感じもした。どんな写真を撮影されたのか気になっている。
(歓藍社の拠点ロコハウスから外の田園風景を撮る都築さん。手前には展示作品を並べていた。)
都築さんは物事の前提を疑い続ける人である。少なくとも著書を読んだり、話をさせてもらった中ではそのように強く感じられた。ひとしきり当方の活動内容を紹介させてもらったあと、帰りがけに都築さんは地元の直売所に行きたいとのことで、私も同行した。
都築さんは現在、東京の渋谷公園通りギャラリーにて「おかんアート」の展覧会を開催中とのことで、そのおかんアートラインナップに加わるモノを全国各地で随時収集しているようであった。村の直売所ではサルボボのような工芸品から空缶で作った風車のような工作物まで、たくさんの”おかんアート”をごっそりと買っていった。日常の傍らにある小さな喜びと彩り。作る人も様々で作られるモノも千差万別であるが、通底するのはそんな感覚のような気がした。今月末から始まる当方の展示期間中は東京に滞在するので、隙間を見つけてどこかで「おかんアート」展にも伺ってみようと思う。
都築さん、どうもありがとうございました。
(おかんアート展のパンフレット。どの作品も日用品の改造と巧みな工芸スキルからできていて、造形に凄みのあるものばかり。)
(さとう けんご)
■佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。福島・大玉村で藍染の活動をする「歓藍社」所属。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰。「一般社団法人コロガロウ」設立。
●「佐藤研吾展 群空洞と囲い」
会期=2022年3月25日(金)―4月3日(日) 11:00-19:00 ※会期中無休

2018年にときの忘れもので初個展『佐藤研吾展―囲いこみとお節介』を開催した若手建築家・佐藤研吾。2回目となる本展では、新作のピンホールカメラなどの立体や、写真、ドローイングなどを展示します。2020年に拠点を東京から福島県大玉村に移したのち、東北と首都圏を往復しながら建築設計を中心に様々な活動を行なっており、ときの忘れものブログでは佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」を毎月7日に配信。展覧会に合わせてカタログを刊行します(執筆:佐藤研吾、都築響一)。会期が近くなりましたら作家在廊日をHPでお知らせします。
●カタログのご案内
『佐藤研吾展 群空洞と囲い』
発行日:2022年3月25日
発行元:有限会社ワタヌキ/ときの忘れもの
17.1×25.6cm、24頁
テキスト:佐藤研吾、都築響一
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
図版:32点
価格:880円(税込み)+送料250円
・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
ときのわすれものは本日7日(月曜)も開廊しています。
●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊
都築響一さんの眼
先月の中頃、作家の都築響一さんが、はるばると私が居る大玉村に来てくださった。実は今度の私の展示「群空洞と囲い」の開催に際して、展示作品情報を収めたカタログを出版してもらうことになっているのだが、そのカタログへの文章の寄稿を都築さんにお願いし、その取材として来ていただいたのであった。都築さんのことはもちろん書籍(文庫版のTOKYO STYLEは家にあった)を通してこちらが一方的に知ってはいたが、お会いするのは初めてだった。なので、果たしてどのような印象を持たれ、また話となるのかはまるで想像もつかなかった。これまでも何人の方が東京の方からわざわざ我が家を訪ねてきてくれることがあったが、その度に、果たしてこの移動の手間に見合うだけのモノを渡すことができるものだろうか、などと仕様もないことを考えてしまうのである。
都築さんはなんと以前、大玉村の隣にある本宮の映画館の取材をしに何度か来たことがあるそうで、なのでかなり見知った土地であるらしかった。その映画館はなんと大正期に建てられた劇場で、今も地元の館主の方が守り継いでいる堂々たる小劇場だ。その館主さんのことは都築さんの著書『独居老人スタイル』にも載っているのでぜひ。(と言いつつ、私も都築さんから直接教えてもらった。)
本宮は阿武隈川沿いの宿場町として栄えた町で、そうした古い建物がいくつか残っている。大玉村は自治体としては独立しているが、村民らの生活インフラは村内では完結せずに、本宮市やさらにその隣の二本松市にある鉄道の駅や行政施設などを使ったりすることも多い。自治体の統合化が全国的になされていった、いわゆる平成の大合併の時にも大玉村が本宮市と合併すべきか否かの大論争が村内で沸き起こっていた。合併すればもちろん行政としての予算規模が大きくなり提供できる公共サービスの幅が広がるが、住民にとっては果たして良い方向に行くかどうかは分からない部分も多い。結局、合併はせずに今に至っているわけだが、現在の大玉村は一応のところ人口も増え、特に子供の数が増加傾向にあるので、ひとまずはまあ良かったのかもしれない。けれどもそれはかつて農地であった土地を宅地に換えて新たな住宅地を形成したことによるもので、村は確実に農村という様相から郊外地、ベッドタウンへと変貌を遂げつつもある。そうした村の風景の変化、土地利用の変容が、長期的に見て良いのか悪いのか、それを判断するのは日本全体の盛衰の予測くらい難しい。(まあ”衰”を標準とするのが正しい気はしている。)
話が都築さんから見事に脱線してしまったが、ともかくそんな世間話をしつつ、私の拠点を案内させてもらった。
(雪がチラつく中、あばら屋のような我が家、書店、事務所他ごちゃごちゃを取材いただいた。)話をさせてもらう中で、建築設計の生業と、家具制作だとか作品制作との関係について尋ねられた。それについては制作・創作の行為にどのように他者性、外因を持ち込むかというふうに考えれば、両者は同じものを共有しているだろう、と答えた。対して都築さんからはそんな感覚について、世代的なもの、時代的な影響をやんわりと指摘された、と記憶している。都築さんは自宅の内装を某建築家の方に設計してもらったのだと言う。その方はなかなかのモダニストのようで、そちらの方と比べれば確かに明らかな違いがありそうである。(写真のように、私の事務所の姿がまずモダンではない。とはいえこれもどうにかしないといけない。)
都築さんは写真をいくつか撮って行った。その撮影している感じがなかなか興味深く、側からはどこに標準を合わせているのかよく分からないような撮影風景だった。部屋のモノを少しだけ整えつつも、整えきらない神妙な気の抜けた按配。なんとなくそんな都築さんの編集のスタイルを感じもした。どんな写真を撮影されたのか気になっている。
(歓藍社の拠点ロコハウスから外の田園風景を撮る都築さん。手前には展示作品を並べていた。)都築さんは物事の前提を疑い続ける人である。少なくとも著書を読んだり、話をさせてもらった中ではそのように強く感じられた。ひとしきり当方の活動内容を紹介させてもらったあと、帰りがけに都築さんは地元の直売所に行きたいとのことで、私も同行した。
都築さんは現在、東京の渋谷公園通りギャラリーにて「おかんアート」の展覧会を開催中とのことで、そのおかんアートラインナップに加わるモノを全国各地で随時収集しているようであった。村の直売所ではサルボボのような工芸品から空缶で作った風車のような工作物まで、たくさんの”おかんアート”をごっそりと買っていった。日常の傍らにある小さな喜びと彩り。作る人も様々で作られるモノも千差万別であるが、通底するのはそんな感覚のような気がした。今月末から始まる当方の展示期間中は東京に滞在するので、隙間を見つけてどこかで「おかんアート」展にも伺ってみようと思う。
都築さん、どうもありがとうございました。
(おかんアート展のパンフレット。どの作品も日用品の改造と巧みな工芸スキルからできていて、造形に凄みのあるものばかり。)(さとう けんご)
■佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。福島・大玉村で藍染の活動をする「歓藍社」所属。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰。「一般社団法人コロガロウ」設立。
●「佐藤研吾展 群空洞と囲い」
会期=2022年3月25日(金)―4月3日(日) 11:00-19:00 ※会期中無休

2018年にときの忘れもので初個展『佐藤研吾展―囲いこみとお節介』を開催した若手建築家・佐藤研吾。2回目となる本展では、新作のピンホールカメラなどの立体や、写真、ドローイングなどを展示します。2020年に拠点を東京から福島県大玉村に移したのち、東北と首都圏を往復しながら建築設計を中心に様々な活動を行なっており、ときの忘れものブログでは佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」を毎月7日に配信。展覧会に合わせてカタログを刊行します(執筆:佐藤研吾、都築響一)。会期が近くなりましたら作家在廊日をHPでお知らせします。●カタログのご案内
『佐藤研吾展 群空洞と囲い』発行日:2022年3月25日
発行元:有限会社ワタヌキ/ときの忘れもの
17.1×25.6cm、24頁
テキスト:佐藤研吾、都築響一
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
図版:32点
価格:880円(税込み)+送料250円
・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
ときのわすれものは本日7日(月曜)も開廊しています。
●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊
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