リレーエッセイ「伊藤公象の世界」
第7回 小泉晋弥「伊藤公象のエロスのかたち:土と木と火と」
「土が起き上がり昇華する『起土』と題した。 エロス(生成)を意図した『起土』『焼凍土』の誕生だった。」前回のエッセイでこう述べているように、伊藤公象は初期からエロス(生成)を作品の核心に置いている。土にエロスを見るという感覚は、生半可なものではない。旧約聖書・創世記は、神が人間を「地面のちり」で作り、食べてもよい木を「土」から生えさせ、全ての獣、鳥を「土」で作ったと記す。生命誕生における土の重要性は、この宗教的神話だけでも十分に思える。
土のシワ・ヒビを選ぶ作者のベタ焼き
しかし近年、土そのものが、科学的にも生命誕生に重要な役割を果していることが指摘されるようになった。20世紀半ばには、「粘土の界面上でアミノ酸重合反応が起きた」という生命粘土起源説なども唱えられ、20世紀後半に、生物分類で動物界・植物界・菌界などの「界」の上に「ドメイン」という概念が出現し、生物は「古細菌」、「細菌」、「真核生物」という3カテゴリーに分類されるようになった。そして微生物(細菌)研究が飛躍的に進歩した2018年には、大陸・大洋の地下5kmまでの範囲に厖大な量の「化学合成独立栄養細菌群」が生息していることが発見された。その生物量は、人類の200~300倍に相当するのだという。(Wikipedia)
土と生命について、人類が長い時間をかけて自然を考察し、観察して作り上げてきた、このような神話的、科学的な二つのヴィジョンを、直感的な統合体として実現しているのが伊藤の芸術作品なのだと思う。初期に木彫を発表していた伊藤が、素材を土に変えた理由は、「年輪は樹木の生命の証だから、有機的な形体を如実に物語っているわけで、そこに人為を加えて作品をつくることに抵抗が出てきてしまった」ためだという。
木彫作品1
木彫作品2
《回帰記憶》という作品群は、シュレッダーされた紙片を泥と混ぜ合わせて焼成したものだ。紙は木を繊維に分解して平面化したものだから、シュレッダー片は、樹木を人為的に変形した最後の姿だといえる。木から陶に表現素材を変えて50年後、伊藤は木と陶が統合された作品を生み出したのだということができる。垂直の柱のようなタイプの作品を伊藤アトリエで見た時、後のガラス越しの木立と重なって不思議な光景が出現していた。作品が、樹木を時間的、空間的に圧縮して佇んでいるように感じられたのだ。
「回帰記憶」は様々な形をとる。これは、縦型のタイプ(a)。
回帰記憶
回帰記憶
土そのものが生命なのではなく、地・水・火・風・空の五大、あるいは空を除く四大の中で、最も物質的な要素である土が基盤となって、他要素と絡まりあい続けるというプロセスこそが、生命なのだと思う。樹木は、地に根を張りミネラルを吸い上げ、葉で呼吸して成長する。そうして水と風(空気)の循環の中に土を生かし続ける。《木の肉・土の刃》シリーズは、タイトルで初めて木と土の関係を示し、水平な光景として体験させてくれたが、《回帰記憶》では、凝縮された時間を感じる。樹木による水と風の循環の有様が、シュレッダー片と粘土の焼成(火の関与)によって、劇的に圧縮されているのだ。
《木の肉・土の刃》
1991年
(高松市立美術館蔵)
撮影=内田芳孝
撮影=内田芳孝
(こいずみ しんや)
■小泉晋弥 こいずみしんや
昭和28年福島県に生まれる。昭和55年東京芸術大学大学院美術研究科修士課程修了。昭和59年いわき市立美術館学芸員。平成4 年郡山市立美術館主任学芸員。平成08年茨城大学教育学部助教授、平成13年同教授。平成14年~18年茨城大学五浦美術文化研究所所長。平成23年~26年茨城大学教育学部附属中学校長。平成26年~30年茨城大学教育学部副学部長。平成27年~30年茨城大学教育学部附属幼稚園長。現在茨城大学名誉教授。五浦美術文化研究所客員所員。
・ときの忘れものにて6月に伊藤公象先生の個展を開催します。
「伊藤公象作品集刊行記念展―ソラリスの襞」
2022年6月3日(金)~6月12日(日)11:00-19:00 *会期中無休
協力:ARTS ISOZAKI
伊藤公象
《白い襞—鳥たち》
提供:ARTS ISOZAKI
・伊藤公象、小泉晋弥、堀江ゆうこの三人によるリレーエッセイ「伊藤公象の世界」は、2022年9月までの一年間、毎月8日に掲載します。
●カタログのご案内
『佐藤研吾展 群空洞と囲い』
発行日:2022年3月25日
発行元:有限会社ワタヌキ/ときの忘れもの
17.1×25.6cm、24頁、図版32点
テキスト:佐藤研吾、都築響一
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
価格:880円(税込み)+送料250円
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊ですが、4月15日(金)~24日(日)「中村潤展 うろうろをへて こつこつのはて」は会期中無休です。
第7回 小泉晋弥「伊藤公象のエロスのかたち:土と木と火と」
「土が起き上がり昇華する『起土』と題した。 エロス(生成)を意図した『起土』『焼凍土』の誕生だった。」前回のエッセイでこう述べているように、伊藤公象は初期からエロス(生成)を作品の核心に置いている。土にエロスを見るという感覚は、生半可なものではない。旧約聖書・創世記は、神が人間を「地面のちり」で作り、食べてもよい木を「土」から生えさせ、全ての獣、鳥を「土」で作ったと記す。生命誕生における土の重要性は、この宗教的神話だけでも十分に思える。
土のシワ・ヒビを選ぶ作者のベタ焼きしかし近年、土そのものが、科学的にも生命誕生に重要な役割を果していることが指摘されるようになった。20世紀半ばには、「粘土の界面上でアミノ酸重合反応が起きた」という生命粘土起源説なども唱えられ、20世紀後半に、生物分類で動物界・植物界・菌界などの「界」の上に「ドメイン」という概念が出現し、生物は「古細菌」、「細菌」、「真核生物」という3カテゴリーに分類されるようになった。そして微生物(細菌)研究が飛躍的に進歩した2018年には、大陸・大洋の地下5kmまでの範囲に厖大な量の「化学合成独立栄養細菌群」が生息していることが発見された。その生物量は、人類の200~300倍に相当するのだという。(Wikipedia)
土と生命について、人類が長い時間をかけて自然を考察し、観察して作り上げてきた、このような神話的、科学的な二つのヴィジョンを、直感的な統合体として実現しているのが伊藤の芸術作品なのだと思う。初期に木彫を発表していた伊藤が、素材を土に変えた理由は、「年輪は樹木の生命の証だから、有機的な形体を如実に物語っているわけで、そこに人為を加えて作品をつくることに抵抗が出てきてしまった」ためだという。
木彫作品1
木彫作品2《回帰記憶》という作品群は、シュレッダーされた紙片を泥と混ぜ合わせて焼成したものだ。紙は木を繊維に分解して平面化したものだから、シュレッダー片は、樹木を人為的に変形した最後の姿だといえる。木から陶に表現素材を変えて50年後、伊藤は木と陶が統合された作品を生み出したのだということができる。垂直の柱のようなタイプの作品を伊藤アトリエで見た時、後のガラス越しの木立と重なって不思議な光景が出現していた。作品が、樹木を時間的、空間的に圧縮して佇んでいるように感じられたのだ。
「回帰記憶」は様々な形をとる。これは、縦型のタイプ(a)。
回帰記憶
回帰記憶土そのものが生命なのではなく、地・水・火・風・空の五大、あるいは空を除く四大の中で、最も物質的な要素である土が基盤となって、他要素と絡まりあい続けるというプロセスこそが、生命なのだと思う。樹木は、地に根を張りミネラルを吸い上げ、葉で呼吸して成長する。そうして水と風(空気)の循環の中に土を生かし続ける。《木の肉・土の刃》シリーズは、タイトルで初めて木と土の関係を示し、水平な光景として体験させてくれたが、《回帰記憶》では、凝縮された時間を感じる。樹木による水と風の循環の有様が、シュレッダー片と粘土の焼成(火の関与)によって、劇的に圧縮されているのだ。
《木の肉・土の刃》1991年
(高松市立美術館蔵)
撮影=内田芳孝
撮影=内田芳孝(こいずみ しんや)
■小泉晋弥 こいずみしんや
昭和28年福島県に生まれる。昭和55年東京芸術大学大学院美術研究科修士課程修了。昭和59年いわき市立美術館学芸員。平成4 年郡山市立美術館主任学芸員。平成08年茨城大学教育学部助教授、平成13年同教授。平成14年~18年茨城大学五浦美術文化研究所所長。平成23年~26年茨城大学教育学部附属中学校長。平成26年~30年茨城大学教育学部副学部長。平成27年~30年茨城大学教育学部附属幼稚園長。現在茨城大学名誉教授。五浦美術文化研究所客員所員。
・ときの忘れものにて6月に伊藤公象先生の個展を開催します。
「伊藤公象作品集刊行記念展―ソラリスの襞」
2022年6月3日(金)~6月12日(日)11:00-19:00 *会期中無休
協力:ARTS ISOZAKI
伊藤公象《白い襞—鳥たち》
提供:ARTS ISOZAKI
・伊藤公象、小泉晋弥、堀江ゆうこの三人によるリレーエッセイ「伊藤公象の世界」は、2022年9月までの一年間、毎月8日に掲載します。
●カタログのご案内
『佐藤研吾展 群空洞と囲い』発行日:2022年3月25日
発行元:有限会社ワタヌキ/ときの忘れもの
17.1×25.6cm、24頁、図版32点
テキスト:佐藤研吾、都築響一
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
価格:880円(税込み)+送料250円
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊ですが、4月15日(金)~24日(日)「中村潤展 うろうろをへて こつこつのはて」は会期中無休です。
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