大西洋のファサード -ポルトガルで思うこと-

第5回 クラフト

佐藤圭多


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 隣家に住むおじいちゃんがある日ピンポンとやってきた。「アレンテージョにあるうちの畑で採れたオレンジだよ。食べてみて」。採れたてのみずみずしいオレンジとレモンがカゴいっぱい。「すごい、これ全部いいんですか?ありがとう!」と答えると「カゴは返してね」。もちろんです、そういうつもりで全部と言ったわけではなくて、、、と頭を掻きながら、逆に自分があげる立場だったら間違いなくビニール袋を探しただろうと思った。玄関を開けて数歩の距離を持ち運ぶだけなのに。
 その後も枇杷、トマトなど色々頂くのだけれど、かならずカゴに入ってやってくる。シンプルな籐のカゴで、適度に使い込まれて艶が出ている。特別大事にされてきたというわけでもないだろうけど、一家と長い時間を共に過ごしてきた空気を纏っている。そしてオレンジやレモンたちは、ビニール袋に入っているよりカゴに入っている方がずっと美味しそうである。

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 ポルトガルに引っ越して驚いたのが、家のバスタブが琺瑯製だったことだ。ごく一般的な古いマンションの話である。ユニットバスでは上下左右全てをプラスチックに囲まれるが、家の浴室は壁・床はタイル張り、天井は塗装で仕上げてある。そのうえ浴槽が琺瑯なので、プラスチックなのはシャワーヘッドくらいだ。
 浴室だけではない。日本では樹脂も多用される巾木、廻縁、取手、照明などがことごとく自然素材でできており、生活でプラスチックを目にする機会が格段に減った。それは強いエコ意識に裏打ちされているという訳でもなくて、昔の物をただ使い続けていたらこうなった、という方が正しいように思う。意識という観点では、ペットボトルをラベル、キャップを外して潰して捨てる日本人の方がよっぽど高く感じる。
 プラスチックの少ない生活になると、プラスチックの利便性の高さが際立って感じられてくる。例えば飲み物を買おうとしても、小さな店だとペットボトルは2ℓのコーラと水くらいであとは缶と瓶。これは結構困る。仕事中にペットボトルなら少しづつ飲んでは閉めて、とできるのだが缶だと飲み切らないと移動できない。炭酸はすぐ抜ける。プラスチックは軽く、成形しても強い。形も細部まで自由になるので機能追加のハードルが低い。いいことずくめだ。環境に負荷をかけることを除いては。利便性を追求していけばいくほど、ものは樹脂化していくと言っても良い。大事なのは、追求をどこでやめるか、である。

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 ポルトガルの伝統工芸の生産者たちが一堂に会するイベントに足を運んだ。今年が初めてというこのイベントは、旧市街にある古い市場を使って行われた。印象的だったのは生産者たちが醸し出すゆったりとした雰囲気。イベントに来たというより、工房にお邪魔したような気分になった。実際ブースで接客しながらも、空き時間で製作を続けている職人たちを多く見かけた。売るだけの空間と異なり、製作する現場には緊張感と親密さが同居する。それが使い込まれた市場の空気と相まって、浮ついていない静かな熱気のようなものを作り出していて興味深かった。

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 あるブースの前で足が止まった。ポルトガルの伝統工芸技術を生かしながら、リデザインされたプロダクトを作っているブランドだ。ポルトガルのクラフトが持つおおらかさに、デザイナーの繊細な視点がうまくフィットして、ポルトガル特有の現代性を感じさせる。店頭に立っていたミゲルと、工芸とデザインの協業が描く未来の話で盛り上がった。こういう企業やイベントを積極的に応援していきたいし、デザインや工芸を通してポルトガルと日本をつなぐことに自分が少しでも役に立てたらと思う。

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 ポルトガルに移り住んでから初めて、日本に一時帰国した。大学で秋学期の授業をするためだ。担当しているのは講義系の授業「プロダクトデザイン論」。履修者が300名近くいるため、毎度レポートを読むだけで丸一日かかるが、今の学生たちの考え方に触れる楽しい時間でもある。初回の授業でプロダクトはマスプロダクト(大量生産品)とクラフト(一品生産品)に分けられるという話をするのだけれど、ある学生のレポートにこんな質問があった。「マスプロダクトを長く使い続けてヴィンテージになったら、それはクラフトに入るのでしょうか?」とても良い質問だと思った。クラフトは、生産に費やした時間が大きな意味を持つプロダクトである。伝統工芸のイベントで感じたあの”静かな熱気”に満ちた時間のことを思いだした。クラフトの生産工程は、出荷で終わりではなく、買われた後も買った人の手によって続いてゆく。アーツアンドクラフツ運動でウィリアム・モリスが夢見たクラフトへの回帰は、何も手作りだけが唯一の道ではないのかも知れない。大量生産されたものでも、愛着を持って大切に使い続ければ、それはクラフトなのだ。

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(さとう けいた)

■佐藤 圭多 / Keita Sato
プロダクトデザイナー。1977年千葉県生まれ。キヤノン株式会社にて一眼レフカメラ等のデザインを手掛けた後、ヨーロッパを3ヶ月旅してポルトガルに魅せられる。帰国後、東京にデザインスタジオ「SATEREO」を立ち上げる。2022年に活動拠点をリスボンに移し、日本国内外のメーカーと協業して工業製品や家具のデザインを手掛ける。跡見学園女子大学兼任講師。
SATEREO(佐藤立体設計室) を主宰。

・佐藤圭多さんの連載エッセイ「大西洋のファサード -ポルトガルで思うこと-」は隔月、偶数月の20日に更新します。次回は2023年2月20日の予定です。

12月24日(土)ジョナス・メカス生誕100年記念の上映会を開催します。予約制です。上映時間、プログラムについては12月14日ブログをご参照ください。

「Tricolore 2022 ハ・ミョンウン、戸村茂樹、仁添まりな」より、ハ・ミョンウン作品のご紹介
ハ・ミョンウンtigerハ・ミョンウン Ha Myoung-eun
"Tiger BRUSH"
2022
ミクストメディア
Signed
価格:583,000円

「Tricolore 2022 ハ・ミョンウン、戸村茂樹、仁添まりな」
会期:12月9日(金)~12月23日(金)※日・月・祝日休廊
出品21点のデータと価格は12月4日ブログをご参照ください。
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年末年始・冬季休廊のお知らせ
本年の営業は12月27日(火)で終了します。
12月28日(水)~2023年1月4日(水)まで冬季休廊いたします。

中村哲医師とペシャワール会を支援する12月頒布会
20211202125951_0000112月11日ブログで開催中
今月の支援作品は靉嘔、粟津潔、井上公三、元永定正、中路規夫です。
頒布代金全額をペシャワール会に送金します。
申込み締め切りは本日12月20日19時です。
皆さんのご支援をよろしくお願いいたします。