映画『アアルト』

3人のアアルトが生み出したヒューマンな建築


今村創平


 建築家の映画というと、建築作品群を主役として取り上げ、そのコンセプトを滔々と語る建築家が登場するというパターンがある。この映画はそうした建築映画とは異なる。長年のキャリアの時間順に、アルヴァ・アアルトと二人の妻(アイノ・アアルトとエリッサ・アアルト)の、3人のアアルトの写真、映像、言葉、手紙などが紹介され、その時期ごとの作品が差し込まれる。作品の説明は簡潔もしくは「ない」場合もあり、建物の一部が映像で見せられる。映像のカメラはゆっくりと動く、そのことでその建築の空間の質を伝えている。



 近代建築の、合理性、機能性、抽象性、ひいてはときとして非人間性に対し、アルヴァ・アアルトの建築には、あたたか味があり、豊かな造形と質感を持ち、人間的だと評される。映画〈アアルト〉では、3人の人物の人間性が、様々な形で提示される。快活であり、ユーモアを持ち、仕事に打ち込む建築家、デザイナーたち。時代はアアルトに影響を与える。戦争に従事し、アメリカに呼ばれロックフェラーとの知己を得、イタリアから教会設計の依頼が来る。公私ともに良きパートナーであった一人目の妻アイノの死は、アルヴァに深い深い悲しみをもたらす。だが、これらの人生の起伏のエピソードが、映画の演出のためにドラマチックに扱われることはない。妻の死の場面ですら、穏やかな映像である。建築の描き方も同様で、豊かな造形と雰囲気を持つアアルトの建築を、より劇的な空間として映像化することもできるであろうが、そうしたことはなく、いくぶん期待を裏切るように、静かに記録している。

サブ4
©FI 2020 - Euphoria Film

 建築の評価においては(芸術全般でもそうだが)、作品そのものの質のみでするべきで、作家の〈ひととなり〉など考慮すべきではないという立場がある。一方今日、人の居場所やウエル・ビーイングがうたわれ、建築と人との関係がより重視される傾向がある。そうであれば、その建築を生み出した建築家の人物が、もっと重視されていいのではないか。ル・コルビュジエや丹下健三の建築についてはとても多くが知られているが、建築家のプライヴェートの姿はほとんど知られていない。建築を理解するために、それを生み出した建築家の生態がどうかは不要とされてきた。しかし、3人のアアルトが笑い、歩き、パートナーへの愛を綴るのを観ると、彼らが豊かな作品群を生み出したことが、とても腑に落ちる。アイノとエリッサは、アルヴァの作品を完成させる際に、欠かせない存在であったという。デザイナーとしても、アルヴァの精神的支えとしても、二人の妻がいなければ、建築家アルヴァ・アアルトの作品は存在しなかった。

サブ1
©FI 2020 - Euphoria Film ©Aalto Family

 映画の中では、スケッチを描く様子、建物の素材が映し出される。手の動き、質感、そうした人に近いところを、アアルトは大切にした。

サブ10
©FI 2020 - Euphoria Film

 映像には写真に対して明らかなアドバンテージがある。どちらも平面であるが、映像はカメラを動かすことで、立体や空間を把握しやすくできる。建築映像は、空間の様子や時間の流れを表す。だからと言って映像の方が、建築をよく伝えることができるかというと、そうとは言えない。建築写真には長い歴史があり、建築を表現する方法が確立されている。一枚の写真が、建築の魅力を存分に語る例には事欠かない。写真家たちは、歴史に残る建築写真を数多く残してきた。それに比べると、映像も建築をこれまでに多く映してきたが、それらの多くは、建築を美しく見せることはできても、写真のように建築の本質を示せず、記録にとどまりがちだ。ある建築に対しては、あの写真というのがすぐに頭に浮かぶが、映像ではそういうことがない。もちろん、映像の方が撮影と鑑賞に手間がかかり、流通もしにくい。写真ほどのプレゼンスがなかったのであり、動画がとても身近なものになった今としては、建築も映像が主役になるかもしれない。

サブ7
©FI 2020 - Euphoria Film

 今回の映画に対し、アアルト建築の映像を多く観られることを期待していた。言い換えれば、映像によりこれまで写真で見てきたアアルトの建築の魅力が、存分に味わえるだろうと思った。空撮などこれまでにはない視線からの映像は、新鮮さはあるが、アールトの建築理解にはそれほど役には立たない。室内空間の構成を光が明確に浮かび上がらせ、時間の流れを感じさせるといった、いわゆる演出的な映像はあまりない。映像によって、アアルトの建築の魅力を強調することは可能であったであろうが、そうした方法はとらなかったのだと思える。ありのままの3人のアアルトを伝えようとしたのと同じように、ありのままのアアルト建築。その穏やかな様子こそが、アアルトの求めていたものだった。

メイン
©FI 2020 - Euphoria Film ©Aalto Family

(いまむら そうへい)

AALTO_main_poster●映画『アアルト』
2013年10月13日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、UPLINK吉祥寺、シネ・リーブル梅田、伏見ミリオン座 他全国ロードショー
2020年 / フィンランド / 103分
監督:ヴィルピ・スータリ
出演:アルヴァ・アアルト、アイノ・アアルト 他
日本語字幕:横井和子
字幕監修:宇井久仁子
配給:ドマ 宣伝:VALERIA
後援:フィンランド大使館、フィンランドセンター、公益社団法人日本建築家協会
協力:アルテック、イッタラ
http://aaltofilm.com



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〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com 
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営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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