埼玉でジョナス・メカス、早瀬龍江、林芳史、潘逸舟の4作家に焦点を当てた展覧会「イン・ビトウィーン」が開催されているのをご存知でしょうか。

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ジョナス・メカスが発表した同名の映像作品から名前をつけたのだという同展。近年埼玉県立近代美術館の収蔵作家になったジョナス・メカス(1922-2019)、早瀬龍江(1905-1991)、林芳史(1943-2001)の作品群にゲスト・アーティストである潘逸舟(1987-)の作品を加えて紹介することで、さまざまな意味での「境界」を行き来する作家たちの営みを浮かび上がらせようという試みです。

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展示室に入って鑑賞者をまず出迎えるのが林芳史(はやし・よしふみ)の作品。在日韓国人二世として大阪府に生まれた林氏によるドローイングや版画が紹介されます。

抽象的で洗練されたイメージの作品群が続いたかと思えば、すぐそばの壁には一時制作に没頭していたのだという漫画の原画が。更にその先には1980年代以降に制作されたのだという水墨画が……と、みるみる表情を変えていく作品群は目を惹きつけて離しません。

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会場では他にも、早稲田大学韓国文化研究会刊行の文芸同人誌『高麗』に林が寄稿した小説や、同氏を含む6名によって運営された美術雑誌『さぐる』などの資料が紹介されていました。美術評論家としても活動したのだという林芳史は、ときに編集、装丁、レイアウト、編集 etc.まで手掛けたのだそう。その多才ぶりに驚かされると共に、ジャンルを軽々と超えてエネルギーを多方面に注いでいく柔軟な姿勢からは、勇気をもらえる部分もありました。このコーナーでは、林と交流を持った作家による作品として、平成29年にときの忘れものが寄贈した関根伸夫≪おちるリンゴ≫(1975年)≪プロジェクト・クレムリン≫(1977年)も展示されています。



会場を進むと次に現れるのが、中国・上海生まれで現在は東京を拠点に活動する潘逸舟(はん・いしゅ)の作品。コロナ禍の中国・上海での隔離生活の経験を題材にした新作ビデオ≪ひび割れ≫(2023)と、フロッタージュ作品≪2022年1-2月 上海ホテル≫、作品に合わせて執筆されたステートメントがまず目にとまります。コロナ禍の隔離というピンポイントな体験を通して、作家をとても身近に思う感覚と、コロナウイルスに翻弄されていた日々をどこか遠い昔のことのように思う感覚の両方が押し寄せてきました。

あくまで個人の感想ですが、3チャンネルでループ上映されているビデオ作品≪家を見つめる窓≫(2023)にも、間近にあるものを顕微鏡で覗いているような、はたまた望遠鏡で遠くのものを観ようとして絶えずブレつづけているような、相反する両方の感覚が同居していたように思います。その不思議な捉えづらさに惹きこまれ、気づいたらしばらくの間ぼうっと映像の前に立ち尽くしていました。

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ここまで展示を観進めたところで、近くにいた親切なスタッフさんが「まだ展示の折り返し時点なので、閉館時間までにすべてをご覧になるとすると、時間がギリギリかもしれません」と声をかけてくださいました。1時間程度で全体を観られたらと思っていましたが、読みが甘かったです。今後展示へ行かれる方には、2時間は確保されることをおすすめします(そのくらいの充実度です)。



展示後半は、北海道の奥尻島に生まれ、1943年から現在の埼玉県飯能市に居住したという早瀬龍江(はやせ・たつえ)のコーナーからスタート。モノクロが印象的な潘逸舟の展示室から一変、色彩豊かな絵画の世界にいざなわれます。

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人間/動物、有機物/無機物、現実/非現実……さまざまな境界を自ら歪ませていくような、幻想的な作品群。絵画に直接縫い付けられたボタンや埋め込まれたビー玉、時期を追うごとに抽象化されていく身体の描き方にも、作家の思考の痕跡が垣間見えそうな気がしました。会場には他に、夫・白木正一の作品や、早瀬と同じ福沢一郎の絵画研究所に通った面々の作品も。

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展示の最後に紹介されるのは、ときの忘れものとも縁深いジョナス・メカスの作品群。展示室の入り口には、書名にもなったメカスのこんな言葉が紹介されています。

I had nowhere to go
私はどこにも行くところがなかった


このブログの読者にはご存知の方も多いかと思いますが、リトアニア生まれのメカスは第二次世界大戦下でナチスの強制労働収容所から脱走し、弟アドルファスと難民キャンプを転々としたのち、アメリカに亡命した経緯を持ちます。「イン・ビトウィーン」展ではそんなふうにして国間を「越境せざるを得なかった」メカスの人生を、「旅」をキーワードに紐解いています。

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展示室ではメカスがNYにたどり着いた直後、ボレックスカメラを手にしてすぐにNYで撮影したのだというフッテージを含む≪Williamsburg, Brooklyn≫(2003年)や、世界各国の景色が断片的で詩的な映像と共に映し出される≪Travel Songs≫(1967-1981年)など、複数の映像作品が上映されています。

砂漠に落とされたら、次の日には私は地の奥深くに根を下ろしているだろう。それがどこであろうと構いはしない。いずれにしたって本物の故郷ではないんだから。

かつて日本の雑誌の取材で上記のように発言したメカスによる「旅先」での映像は、来場者の目にどのように映るのでしょうか。

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「イン・ビトウィーン」展では、メカスが「写真と映画のあいだ」にあるものだと語る写真シリーズ「フローズン・フィルム・フレームズ」など、映像以外の作品も紹介されています。中でも、現代版画センターの提案をきっかけに制作が始まったのだというシルクスクリーンの中にはおそらく初めて目にする作品もあり、いちメカスファンとして嬉しい悲鳴をあげました。

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展示された関連資料の中には、『メカスの友人日記』『ジョナス・メカス―ノート、対話、映画』などを翻訳された木下哲夫さんが所有されているリトアニア語の書籍や、メカスから木下さんに宛てられたのだという貴重な手紙も。「てつおくん」から始まる手紙の日本語訳は、今回の展示のために木下さんが翻訳されたものだといいます。

会場の最後には≪幸せな人生からの拾遺集≫(2012年/68分)がまるごと1作鑑賞できるスペースも。ふかふかのクッションに身を委ね、身体の輪郭を溶かすようにしてメカスの映画詩を浴びられる空間が広がっています。

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展示は今後、メカスさんのお誕生日であるクリスマス・イブやメカスさんの命日である1月23日をはさんで、来年1月28日(日)まで開催。埼玉は北浦和まで、小旅行のような気分で出かけてみてはいかがでしょうか。

(いどぬま きみ)

企画展「イン・ビトウィーン」
会期:2023 年 10 月 14 日(土)~2024 年 1 月 28 日(日)
会場:埼玉県立近代美術館
休館日:月曜日(ただし、1月8日は開館)、12月25日(月)~1月3日(水)
開館時間:10:00 ~ 17:30(展示室への入場は17:00まで)
観覧料:一般1000円、大高生800円
参加作家:ジョナス・メカス、早瀬龍江、林芳史、潘逸舟ほか
https://pref.spec.ed.jp/momas/2023in-between
※同展の招待券が若干枚数ございます。ご希望の方はメールでお申込みください。

●本日のお勧め作品は林芳史、ジョナス・メカスです。
hayashi-01林芳史《筆触》
1981年
銅版
シートサイズ:50.2x66.0cm
イメージサイズ:36.5x46.5cm
Ed. 35 サインあり
*現代版画センター・エディション



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ジョナス・メカス《ヨーコ・オノ》
2009年
CIBA print
35.4×27.5cm
サインあり

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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください



●ときの忘れものが販売しているジョナス・メカスの映像作品27点を収録した8枚組のボックスセット「JONAS MEKAS : DIARIES, NOTES & SKETCHES VOL. 1-8 (Blu-Ray版/DVD版)」が今年度の『ボローニャ復元映画祭(Il Cinema Ritrovato)』で「ベストボックスセット賞」を受賞しました。
映像フォーマット:Blu-Ray、リージョンフリー/DVD PAL、リージョンフリー
各作品の撮影形式:16mmフィルム、ビデオ
制作年:1963~2014年
合計再生時間:1,262分
価格:
Blu-Ray版:18,000円(税込)
DVD版:15,000円(税込)

商品の詳細は3月4日ブログをご参照ください。
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●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。
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建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。