佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」第84回

見えない何か

近頃、大阪関西万博の諸々の手続きでけっこう頻繁に関西へ通っている。けれどもなかなか足が伸びず、特にどこにも寄ったりせずに関西の適当なお土産だけを買って帰ってしまっている。明らかに感性というか、主体性が鈍っているのが自分でも感じられ、何となく気が滅入っていた。
そんな頃に、同じく万博に関わっている建築家の三井嶺さんから、奈良の春日若宮社のおん祭の参拝に参加しないかとのお誘いをいただいた。
おん祭は900年以上つづく祭礼である。春日大社の摂社である若宮社の若宮さまが年に一度、本殿をお出かけになり、少し坂を下ったところにある御旅所でお過ごしになるのだそうだ。御旅所にいる若宮さまへ神職はじめ市井の人々が様々に仮装をしてお参りするのだった。けれども若宮さまは本殿をあまり留守にすることはできず、御旅所に滞在できるのはたったの一日間のみ。そこで深夜0時に本殿から御旅所へ移動する遷幸の儀で始まり、同日の23時ごろまた御旅所から本殿へと帰る還幸の儀で終わる。
とても惜しいことに私は御旅所から本殿へと戻る際におこなわれる御旅所祭と還幸の儀だけを奉拝させていただいた。(実のところ、ここで途中参加となってしまったあたりに、自分の鈍さを痛感した。残念。)
夕方の午後5時ごろから、祭儀は改めて始まった。神楽に始まり、東遊、田楽、細男、神楽式といった古典芸能が続いた(特に細男のうずくまりながら舞台の芝をジリジリとふみ込んでいく様はかなり迫力があった)。そしてその後に仮面を被り舞う、舞楽の演目が10-14回ほど重ねられた。この仮面は圧巻だった。意匠はとても大陸風でもあるが、おそらくは世阿弥が洗練させたような能面以前の、古代の欠片らしき気風を背負うとても堂々とした舞だった。

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そして還幸の儀。神職の人々が一同に並び、御旅所の一番奥にある皮付丸太と松葉で設られた仮殿の行宮から何やら神物の数々が運び出される。奉拝者もみな参道に並ぶ。すると突然「消灯!」の掛け声とともに、辺りを照らしていた人工照明と松明が全て消えた。ものすごい静寂。真っ暗。しかしだんだんと目が慣れてきて、その日は三日月だった月明かりでボウっと空が明るくなってくる。そんななか、おそらくは神職の方が行宮を入るのが感じられる。しかしおそらくこれは最も秘匿すべき瞬間なのだろうと察し、思わず顔を臥せてジッと待った。

すると突然、「うおーーーーー」「うおーーーーー」と神職らが声を上げながら、急ぎ足で移動を始めた。
確実に見えない何かが通り過ぎた(お通りになられた)。
一番の感性の山場であったとおもう。そこから参拝者も後に続く。誰から始まるでもなく、参拝者も「うおーーーー」「うおーーーーー」と声を出し始める。参拝者の誰もが集中し、その得体の知れない発声にのめり込んでいたのが分かる。
うおーーーーが還幸の軌跡を作り出し、具象を生成していた。とても感動した。

うおーーーーの隊列は、そのまま春日若宮神社に足早に入り込んだ。神社本殿前の拝殿に一堂が集まり、最後に巫女さんが舞を奉納して、終わり。そこにいる誰もが興奮を抑え込みつつ、何かに満たされた表情を浮かべていた。とても良い場だった。

いろいろ描写は端折って書いてしまった。けれどもこの祭儀で得た質感、は何かに生かさなければと思っている。見えない何か、群れ、そして仮面。これから掘り込んでいきたい話題で一杯だった。
三井さん、お誘いいただきありがとうございました。

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(さとう けんご)

佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。福島・大玉村で藍染の活動をする「歓藍社」所属。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰。「一般社団法人コロガロウ」設立。2022年3月ときの忘れもので二回目となる個展「佐藤研吾展 群空洞と囲い」を開催。

・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。

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sato-40《空洞が出る》
2022年
画用紙に鉛筆、顔彩
43.0×36.0cm/67.0×64.0cm
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●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。
photo (9)建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
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