栗田秀法「現代版画の散歩道」

第2回 内間安瑆


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《Forest Byobu (Fall)》

 画面を見ると、色とりどりの5から10の色面で区切られた縦の区画が万華鏡のごとく横に展開していく。子細に観察してみると、その展開の仕方は実に複雑で、画面に向けられた視線は一か所にとどまることなく、泳ぐように画面を揺蕩う。この作品のタイトル「森の屏風(秋)」を意識してみると、北斎の「竹林の不二」よろしく、いくつかの色面の柱が竹の幹のように見えたり、積み重なる山並みにも見えたりしてくるから不思議だ。画面の左側は、上から薄青、薄黄、薄紫、深緑の色面が続くが、その下は上辺の片ぼかしのある薄黄色のやや大きな色面が続き、さらにその下には上辺が大きく左下に傾き、片ぼかしの付された深緑の色面が配されている。その右手上辺からは、先のとがった薄青と薄赤の細い区画が挿入されており、筍が緑の地面から生えているようにも見える。2区画目の色面は、その左の区画と右の区画より濃く、出っ張って見え、太めの竹の幹のようにも見える。興味深いのはその右の区画が左の区画の一番上の色面の途中で終わっていることで、この区画の方が竹の幹で、左側の区画は木の間越しにのぞく山並みのようにも思えてくる。

 このような具合にして各色面が支持体に緊密に織り込まれ、縦長のどの区画も出っ張って見えたり、奥に後退したりと、地と図が絶えることなくゆらぎ、転換するという、中心のないオールオーバーな画面が現出している。その様相はさながらヴァザルリのオップ・アートも顔負けである。注目されるのは、画面の下方に飛び飛びに挿入された地面を暗示する片ぼかしで、色面のモザイクに写実と抽象とのあわいに生じるある種の空間性が生まれている。

 日系二世の内間安瑆は戦前に早稲田で建築を学んでいる。戦後1950年代初頭に版画に転じて日本の抽象木版画の先駆者・恩地孝四郎から感銘を受け、山口源、高橋力雄にも通ずる抒情的な作品世界をその特色としていた。帰米から10年を経た1970年代前半から、抽象表現主義やカラー・フィールド・ペインティングの成果を自分のものとすることができ始めたのであろう、内間作品が放つ実在感の隠れた原動力となっている片ぼかしを巧みに活用した《In Blue》などの作品に結実した。1970年代後半から森の屏風シリーズが始まり、1980年代になるとドローネーのキュビスム期の作品を想起させる人物が画面に導入されるという、いっそう実験的な試みがなされていった。比類のない独自の画風が成立し、自ら「色彩の組み立て方、物体の分解と再構成の方法」が将来の課題であると述べた矢先の1982年に病に倒れたことは、いよいよ円熟の境地の確立が期待されただけに、大いに惜しまれる

 内間は創作版画の伝統を忠実に受け継ぎ、自摺りを貫いた。額装前のシートの状態で作品を拝見したことがあるのだが、発色の良さとともに、材質感のある色面がはらむ豊かな表情、空気感は息をのむほど見事なものだった。そのあふれんばかりの詩情が、じつは45度以上刷りを重ねるという摺り師としての高度なメチエに裏打ちされていることは驚嘆に値する。他方、版木は多数のマルチブロックを組み合わせるというじつに手の込んだもので、部材を操るべく周到な設計計画を怠らない知性の人でもあった。時代を感じさせない実に現代的な作品世界を50代で確立した内間は、驚くことに世代的には浜田知明や駒井哲郎とほぼ同世代である。年を重ねるにつれ作風が更新されていったのは、大学で教鞭をとっていたことと関連があるのであろうか。その姿には、バウハウスで造形親方として不断に造形表現の可能性の探求を怠ることのなかったクレーやカンディンスキーの姿勢が重なる。詩人と建築家の両面を持ち合わせ、構想の人であり手業の人であった内間が打ち立てた、具象と抽象のぎりぎりの均衡から成り立つその作品世界は今なお色褪せることなく燦然と輝いている。

(くりた ひでのり)

●栗田秀法先生による新連載「現代版画の散歩道」は毎月25日の更新です。次回は2024年7月25日を予定しています。どうぞお楽しみに。

栗田秀法
1963年愛知県生まれ。 1986年名古屋大学文学部哲学科(美学美術史専攻)卒業。1989年名古屋大学大学院文学研究科哲学専攻(美学美術史専門)博士後期課程中途退学。 愛知県美術館主任学芸員、名古屋芸術大学美術学部准教授、名古屋大学大学院人文学研究科教授を経て、現在、跡見学園女子大学文学部教授、名古屋大学名誉教授。博士(文学)。専門はフランス近代美術史、日本近現代美術史、美術館学。
著書、論文:『プッサンにおける語りと寓意』(三元社、2014)、編著『現代博物館学入門』(ミネルヴァ書房、2019)、「戦後の国際版画展黎明期の二つの版画展と日本の版画家たち」『名古屋芸術大学研究紀要』37(2016)など。
展覧会:「没後50年 ボナール展」(1997年、愛知県美術館、Bunkamura ザ・ミュージアム)、「フランス国立図書館特別協力 プッサンとラファエッロ 借用と創造の秘密」(1999年、愛知県美術館、足利市立美術館)、「大英博物館所蔵フランス素描展」(2002年、国立西洋美術館、愛知県美術館)など

●<花蹊記念資料館運営委員の栗田秀法教授による新連載「現代版画の散歩道」が、「ときの忘れもの」ブログで始まりました🙌
当館では、栗田教授監修の「現代版画名品展─収蔵品を中心に─」(仮)を10/18より開催予定です。
連載とあわせて、どうぞお楽しみに☺️
(20240525/跡見学園女子大学花蹊記念資料館さんのtwitterより)>

●本日のお勧め作品は内間安瑆です。
uchima_06_lightmirror《Forest Byobu (Light Mirror,Water Mirror)》
1977年
木版
イメージサイズ:46.3×70.7cm
シートサイズ:56.5×81.8cm
Ed.50
サインあり
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一日だけの特集展示/内間安瑆と木村利三郎
会期=2024年7月17日(水)
魔法陣 修正1200

取り扱い作家たちの展覧会情報(5月ー6月)は5月1日ブログに掲載しました。
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ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
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