佐藤圭多のエッセイ「大西洋のファサード -ポルトガルで思うこと-」第17回

完成と未完成

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久々の帰国で渋谷の街を歩いてみると、また随分と風景が変わっている。いつものことで珍しくはないのだけれど、駅を囲むように空中レベルの歩道が充実してきて、地上を見下ろし首都高や銀座線を潜り抜けながら散歩すると、訪日観光客が東京に感じる魅力が少しわかる気になる。

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何かをつくるとき、デザイナーは図面を描いて完成形をクライアントや関係者と事前に共有し、皆で努力してその完成形を目指す。例えば1つ歩道橋を作るといってもそのプロセスを経るのだが、街の規模で考えると、ある工事が完成をみるまえに別の工事が始まり、街全体としては一向に完成しない。人や自然は常に生々流転を繰り返しているが、人がつくる物や建築には完成があり、けれどその集合体である都市はまた生々流転を繰り返している。この入れ子構造は興味深い。なぜ物は完成する事ができるのだろう。

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日本にいると、未完成の魅力を強く感じる。近年の日本のインテリアの潮流として、解体時に出てきた構造体をそのまま現しとしたり、石膏ボードのパテ処理跡を見せたまま仕上げとしたり、一昔前なら「未完成」とされそうな状態をあえて残すようなデザインを多く見かける。未完成の状態は、住み手が住みながら自分でカスタマイズする余地を残しているとも言えるし、人の手の跡が見えることも魅力に感じられる理由のひとつだろう。

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一方ポルトガルにいると、未完成は魅力でも何でもない。むしろ不快なものである。なぜなら工事が遅れることが日常茶飯事であり、期日に間に合わず未完成です、という状態に皆心底うんざりしているからだ。つまり日本で未完成が魅力的に見える裏には、日本においては竣工日に未完成なままのはずがない、という前提がある。グローバリズムが席巻して世界が均一になっていくように思える今でも、こうした局所性は案外しぶとく残っている。

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日本人がワーカホリックと言われるのは、「仕事が好き」だからではなく「未完成が好き」だからと考える事はできないだろうか。ポルトガル人は完成のために仕事していて、完成すると待ってましたとバカンスに出掛ける。対して日本人は、未完成のために仕事をしている。だから完成したらまたすぐ次の仕事に取り掛かる。日光東照宮の陽明門の柱は一本だけ天地を逆にしてある。京都知恩院の屋根は瓦をわざと4枚葺き残してある。「建物は完成と同時に崩壊が始まる」という言葉があるが、その感覚は建物に限らないように思う。日本人にとって完成はむしろ避けるべき対象なのだ。

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日本滞在中に定食屋でご飯を食べていると、テレビから「最上級にかわいいの」という曲が流れてきた。君に振られていま最上級にかわいい私、という歌詞だ。振られる前は最上級ではなかったし、最上級の時には彼氏はいないという、永遠の未完成。たしかに彼氏がいて最上級にかわいい、という設定よりも魅力的な気がする。定食は小鉢の1つ1つまで凝っていてとても美味しい。

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DIC川村記念美術館が来年から休館するというので行く。休館が近づいているからか、行きづらい場所のわりには混んでいる。マーク・ロスコのシーグラム壁画のために作られたロスコルームが無くなるのは本当に惜しい。けれど、そもそもこれらの絵画はシーグラムビルのレストランのために描かれたものだ。ロスコ本人がレストランでの展示を拒否した結果、その一部がこの美術館にやって来た。ここが休館してもまた別の場所で、次のロスコルームが作られるかもしれない。その場所が、シーグラム壁画の新たな一面を引き出すこともあるだろう。そう考えると、絵画の完成とはいつなのだろうと思う。タブローとして物になった時から、絵画はずっと旅をしている。物も人と同じように、完成することはないのかもしれない。

(さとう けいた)

■佐藤 圭多 / Keita Sato
プロダクトデザイナー。1977年千葉県生まれ。キヤノン株式会社にて一眼レフカメラ等のデザインを手掛けた後、ヨーロッパを3ヶ月旅してポルトガルに魅せられる。帰国後、東京にデザインスタジオ「SATEREO」を立ち上げる。2022年に活動拠点をリスボンに移し、日本国内外のメーカーと協業して工業製品や家具のデザインを手掛ける。跡見学園女子大学兼任講師。リスボン大学美術学部客員研究員。SATEREO(佐藤立体設計室) を主宰。

・佐藤圭多さんの連載エッセイ「大西洋のファサード -ポルトガルで思うこと-」は隔月、偶数月の20日に更新します。次回は2025年2月20日の予定です。

●本日のお勧め作品は倉俣史朗です。
kuramata-14_vase1 (2)"Flower Vase #1301"(ブルー)
アクリル、アルミパイプ カラーアルマイト、ガラス管
W8.0×D8.0×H22.0cm
撮影:桜井ただひさ
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。

◆「生誕90年 倉俣史朗展 Cahier
会期=2024年12月13日(金)~12月28日(土) ※日・月・祝日休廊
ギャラリートーク:12月20日(金)17:00~18:30
講師:関康子NPO法人建築思考プラットフォーム理事)、大澤勝彦(元ヤマギワ勤務、㈱唯アソシエイツ代表取締役)
こちらからお申し込みください。
※参加費おひとり1,000円
出品全作品の詳細は12月9日ブログに掲載しました。
75_Kuramata Shiro_案内状 表面
(映像制作:WebマガジンColla:J 塩野哲也)
※クリックすると再生します。
※右下の「全画面」ボタンをクリックすると動画が大きくなります。

●12月11日のブログで「中村哲医師とペシャワール会支援12月頒布会」を開催しています。
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今月の支援頒布作品は鈴木良治、野口真弓、佐藤妙子、北川民次、菅井汲、 元永定正、靉嘔、オノサト・トシノブです。
皆様のご参加とご支援をお願いします。
申し込み締め切りは12月20日19時です。


●ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
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〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS ときの忘れもの
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。