今村創平のエッセイ「建築家の版画」
第4回 安藤忠雄 ≪水の教会≫
安藤忠雄は、1980年代の後半に3つの教会、〈風の教会(六甲の教会)〉(1986年)、〈水の教会〉(1988年)、〈光の教会〉(1989年)を完成している。ほぼ同時期であり、教会であること、小規模で単純な形態であることが共通し、それらは3部作とみなされる。そして、同じ手法とテイストによる大型のドローイングが描かれた。また、これらのドローイングは、シルクスクリーンの作品ともなっている。*1
いずれも、水色と黒のグラデーションのみで表現され、よく見ると色鉛筆の線が無数に描き重ねられている。この膨大な手間のかけ方には、コンクリートというありふれた材料を、前例のない手間をかけて優れた建築表現にまで昇華した、安藤忠雄の建築に対する姿勢が連想される。安藤といえば、打ち放しのコンクリートの壁であるが、設計段階で施工用セパレーターの配置までも厳密に検討し、施工時においても、堅牢な型枠を精度良く組み、欠損が出ないように細心の注意を払って生コンを打設する必要がある。その壁を実現するために、多くの人の手間と配慮が注ぎ込まれている。これらの教会のドローイングは、描法としてはとくに特別なところはなく、ひたすら根気のいる作業がなされている。完成は安藤の美意識により判断されるが、作品を生み出すには、圧倒的な熱量を愚直に注ぎ込むことが不可避だとの、安藤からのメッセージである。

安藤忠雄《水の教会》リトグラフにドローイング
3つの教会のドローイングの特徴として、建物が平面図で描かれていることが挙げられる。通常建築のドローイングは、人の視点から見たパース、上から俯瞰した鳥観、立面、断面などであり、平面はまれである。建築ドローイングの目的が、実際の建築の再現にあるため、実際に人々が目にする建物の姿や内部空間が表現されるからである。一方で、平面図とは、構想のため、計画のために作成されるものであり、実際に平面図のような視線を人が体験することはない。建築の作品集などでは、普通に平面図が添えられているが、それらは建物の構成やプログラムを説明するためである。ドローイングにより、その建築の魅力を伝えようとする際、平面図は基本的には役不足なのである。
建築家が登場したのはルネサンスというひとつの考えがある。その理由は構想する者としての建築家の誕生が、ルネサンス期にあるからである。万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチは建築も構想しており、彼が残したスケッチには、外観図と平面図が描かれている。*2 その平面図は、明快な幾何学に基づく求心的な構成をもち、そこにはルネサンス人ダ・ヴィンチが理想とした、建築観、世界観が投影されている。

レオナルド・ダ・ヴィンチ〈求心型平面の聖堂のスタディ(アシュナーバム手稿 20375裏)、1488年頃〉
安藤忠雄も、単純な幾何学に基づく明快な平面構成を得意としており、これらの教会を表象するにあたっての平面図の採用には、建築家の意図がうかがえる。敷地との関係を読み解き、いかに幾何学を配置するかが、安藤建築の本質であることが表明されている。環境の中にシンプルな幾何学を配すること、その適切な操作のみによって建築が成立している。
安藤忠雄は、自分の建築のイメージを繰り返し様々なヴァリエーションで再現し、その積み重ねが、安藤像を形成している。そのことは、この建築家によって、きわめて自覚的に実践されてきた。そのため、プロジェクトのドローイングや写真が、繰り返し作成されてきた。一般的には、それらは建物の完成とともに揃えられる。だが安藤は、例えば代表作である〈住吉の長屋〉のドローイング、スケッチ、模型、ひいては設計図までも、完成後に何度も新たに製作し、展覧会や書籍で発表している。そのことによって、作品のイメージは更新され続ける。

安藤忠雄《住吉の長屋》シルクスクリーン
建築作品の、唯一無二の存在とその空間体験が決定的に大事であるとともに、安藤忠雄/安藤建築というブランドは、他の建築家にはなかった大量のメディアによって発信される。安藤忠雄という人物の強烈な個性、コンクリートという無垢な物質の存在感、そうしたアイコンを、見事なプレゼンテーションで伝達し、またそれらによって人々は、安藤建築への訪問を促される。今回取り上げた〈水の教会〉の版画も、そうした安藤建築のあり方をとてもよく示すものである。
注
*1:同シリーズとして、〈水の劇場〉のドローイングもある。ただし、3つの教会とは異なり、〈水の劇場〉は〈水の教会〉と同じ敷地内に構想されたものの実現していない。また、3プロジェクトとも、教会と名付けられているが、〈光の教会〉のみが宗教施設であり、〈風の教会〉と〈水の教会〉はホテルのウエディング施設である。純粋な信仰のための空間は〈光の教会〉のみだが、美しい空間のもつ精神性からすると、どれも祈りの空間と呼べるであろう。
*2:レオナルド・ダ・ヴィンチ〈求心型平面の聖堂のスタディ(アシュナーバム手稿 20375裏)、1488年頃〉出展 Leonardo Da Vinci, South Bank Center, London, 1989。ついでながら宗教施設において、平面図は、無限の高みからの視線、すなわち神の構想でもある。
*3:現在、大阪のVS.(グラングリーン大阪)にて、「安藤忠雄展/青春」(https://vsvs.jp/exhibitions/tadao-ando-youth)が開催されており、そこでは〈水の教会〉の実物大空間が再現されている。以前、別の展覧会にて〈光の教会〉がやはり実物大で再現されたことがあった。安藤のような、特別な空間体験が実際の建物でできる建築家にとって、そのコピー、かなりリアルだとしても、やはりオリジナルとは微妙に異なるアウラが薄い複製を、なぜあえて自ら作るのだろうか。とはいえ、そもそも、写真、ドローイング、展覧会などはすべからく、実体を欠いた複製である。
今日デジタル情報の氾濫もあり、情報過多の世界に埋没している中で、半世紀前から大量の情報を繰り返し発信し続けてきた安藤は、情報戦略の先駆者といえる。今日の情報の洪水の潮流の中、安藤のメディア戦略の試みは、どう位置づけられるのであろうか。
(いまむら そうへい)
■今村創平
千葉工業大学 建築学科教授、建築家。
・今村創平の新連載エッセイ「建築家の版画」は毎月22日の更新です。
●本日のお勧め作品は、安藤忠雄です。
《水の教会》
リトグラフにドローイング
イメージサイズ:102.0×71.3cm
シートサイズ:103.0×73.0cm
サインあり
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◆「ポートレイト/松本竣介と現代作家たち」展
2025年4月16日(水)~4月26日(土)11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
出品作家:松本竣介、野田英夫、舟越保武、小野隆生、靉嘔、池田満寿夫、宮脇愛子+マン・レイ、北川民次、ジャン・コクトーほか
●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。
建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
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