塩見允枝子作品展示 「モノのエコロジー」展 パリ日本文化会館
2025年4月30日~7月26日

中原千里

ときの忘れものが最も力を入れている作家の一人である、フルクサスのメンバー塩見允枝子の作品がパリで展示されるということで、ブログにレポートを寄せることになった(文中敬称略)。

まず会場のパリ日本文化会館概要:
当館は国際交流基金の拠点名称である。1997年の開館以来、国際交流基金の海外における最大級の日本文化の発信拠点として、日仏・官民共同で、文化と芸術の都市パリから日本文化の発信を行っている。
伝統文化からポップカルチャーまで、展示、舞台公演、映画、日本研究者を中心とした講演会、図書館、子ども向け事業、アトリエ事業等多角的に紹介すると同時にマンガ、茶道、書道、いけばな、着物、和食に日本酒等様々な体験講座や日本語講座も実施している。

満遍なく「日本文化」を紹介する役目を負ったこの会館で、本格的な日本コンテンポラリーアートの展示は珍しい。
文化会館のプレゼン及びキュレーターのステートメントがあるので参考にしていただきたい。モノのエコロジー – Maison de la culture du Japon a Paris
サンテチエンヌ近代美術館は南仏リヨンに近く、マルセイユ現代美術センターと共に
1960年以降を枠組みとして現代美術に力を入れてきた歴史がある。
国内に加え国外の作品も蒐集対象であり、日本の作品には欧米諸国以外の国の中でも注目し蒐集を続けてきた。
60年代日本現代美術と言えばもの派、フルクサスが活動した時期であり、今回の展示もほとんどはサンテチエンヌとマルセイユ所蔵だが、吉村弘の作品は特別に神奈川県立現代美術館葉山分館のキュレーションによって日本から来ている。

展覧会のオープニングと記念講演会に登録した4月29日当日は、2日早いがいかにも五月晴れという晴天。当地はここ一年半くらい雨の日が異様に多かったので、久々に身体が弾む。
会館はエッフェル塔近くにあり、観光客が河のように流れている。

1)建物入り口付近
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2)建物入り口付近
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3)建物入り口付近
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いよいよ入場、自然光の入る広いスペースにもの派作家が紹介されている。

4)入場して振り向いたところ
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5)高山登(1944-2023)、Zoo、1970
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枕木を33本使ったインスタレーション。

6)菅 木志雄(1944年 生)、Progression of spatial Alignment、 1979
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菅は材料そのものを見せるとは言え、手作業の跡を残し、作品はどこか儚い表情を持つ。

7)野村仁(1945-2023)、Tardiology、1968-1969、モノクロ写真4点シリーズ。
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うっかりして連作の正面撮影を撮り逃した。ご了承を願う。

高山と野村は1996年、サンテチエンヌに於いてフランスでは初めてもの派の展覧会を企画した際、招聘された作家達だ。
高山は、制作に用いる線路の枕木を運び込み、会場でインスタレーションを行った後、作品とその著作権共にサンテチエンヌに寄贈したそうだ。
野村は、1968年に京都で、高さ8メートルのダンボール製の構築物を野外展示した際三日間で自然に朽ち落ちる様子を写真に納めることで作品に物の存在感と時間を併せ持たせることに成功する。これをサンテチエンヌではダンボールをその場で作り直すパフォーマンスを行った。(こちらは室内に設置されたので、その後朽ち落ちたかどうかは不明)。展示写真はサンテチエンヌ収蔵。

このあと照明を抑えた小部屋へ続き、正面に塩見允枝子とオノ・ヨーコの作品が展示されている。ここからフルクサスコーナーに入る。
マチューナス(1931-1978)を中心として広範な作家(参加者)を巻き込んだフルクサスは、同時進行していた様々な美術運動とも共振し、1950年代後半~60年代のアートシーンを盛り上げた。フルクサスに関してはときの忘れものサイト内での情報が充実しているので、筆者の舌足らずなコメントは省略しよう。
フルクサスについて|ときの忘れものHP
「フルクサスの作家たち」関連ブログ

8)会場風景
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9)会場風景
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10)会場風景
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11)塩見允枝子(1938年 生)、Events and Games、1964
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12)同部分
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(クリックして拡大)

13)同部分
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(クリックして拡大)

これらの画像だとカードをお読みになれるだろうか。
「Events and Games」は1963年から64年にかけて制作したイヴェントのスコア(指示、インストラクション)と表紙含む21枚が透明プラスチック・ケースに収められている。日本語/英語スコア14枚(両面印刷)、英語スコア5枚とボトルラベル(片面印刷)。和文の草書体で記されたものは、マチューナスの依頼により、同じくフルクサスのメンバーである斉藤陽子によって書かれている。
「エンドレス・ボックス」と共に、塩見がフルクサスに参加する契機となった重要な作品である。

14)Water Music 1964/1991
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(クリックして拡大)

「ウォーター・ミュージック」は渡米の際、塩見がマチューナスに土産として持参したものであった。水の入った小瓶に 1.「水に静止した形を与える」 2.「水に静止した形を失わせる」と指示をつけた。喜んだマチューナスは瓶の中に入っていた塩見の故郷、岡山の水を一気に飲み干したという。(うらわ美術館「FLUXUS-Art into life」、p.57参照)これを1964年ニューヨークのワシントン・スクエアギャラリーで 「Perpetual Flux Fest」開催の折、指示ラベル(当時は「水に静止した形を失わせる」という一行のみ)を貼ったリキュールのサンプル瓶を50個ほど展示して、来場者には中の水をこぼすなどのイヴェント参加を募った。
「Events and Games」、「Water Music」は「Endless Box」と共に伝説のマチューナス編による「Fluxkit(1964-65)」というトランクエディションに収められている。

15)「Water Music」ボトルラベル
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マチューナスの美しいデザイン。

16)オノ・ヨーコ(1933年 生)、1964年初版発行された 「Grapefruit」 に収録されたページの複写。
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17)A box of Smile、1967/1984
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蓋を開けると底に鏡が貼られている小さな箱。箱を開いて鏡に気付きにっこり微笑むとタイトル「ほほえみの箱」通り作品が完成する。1971年、オノのThis Is Not Here(これはここにはない)展に合わせてマチューナスが発注したタイプを、1984年にRefluxエディションとして再版した。(上記記載うらわ美術館、p.46参照)

18)会場風景、斉藤陽子の展示コーナー。
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19)斉藤陽子(1929年 生)、左から順に3つのFlux Box: 1973年頃、1973年頃、1977年頃製作。
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20)Games、1976年、印刷画23点入りポートフォリオ。
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21)無題、1977年。
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斉藤陽子はまず久保貞次郎の創立した創造美育運動に積極的に関わった期間があり、そのサークルにいた瑛九が創立したデモクラート美術家協会の東京メンバーであった靉嘔に出会う。靉嘔は1958年渡米、次に斉藤が1963年、1964年には塩見充枝子と久保田成子が続きフルクサスに参加する(斎藤は1965年まで)。2014、15年くらいまでは至極ご健在で、パリにも画廊でオープニングにパフォーマンスをされたのに立ち会った。素晴らしかったのをよく憶えている。

オノ・塩見組の向かいには吉村弘のビデオ連作展示。

22)吉村弘(1940-2003)、ビデオ、Rain、Tokyo Bay、Summer、Clouds、Pianistic Interior-May、1985-86。
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23)会場風景、同じく吉村のサウンド作品。
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24)会場風景
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25)同じく吉村のサウンド&メールアート、Sound Letter、1988。
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袋とじしたトレーシングペーパーの中に砂を入れて音がするようにし、その上にデッサンをしている。これをさらに封筒に入れて郵送したようだ。

26)北園克衛に当てた封筒。
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献辞が読めるといいのだが。
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吉村弘は、サウンド・デザインやグラフィック・デザイン、ヴィジュアル・ポエトリーを相互合体させたサウンド・オブジェやパフォーマンス、環境音楽の制作を行い、日本の環境音楽の草分け的存在とされる。今回は神奈川県立現代美術館葉山分館の協力で、おそらくフランスでは初めて音響作品のみならず音符デッサン、レコード、メールアート、モビール、ビデオに至るまでの展示が相成った。

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この後が若手の作品の展示。

27)風間サチコ(1972年 生)、New Matsushita、アルミ版デッサン8点連作、2022。
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28)Stretching Coast、レシートペーパーロール、インクとボールペン、2022。
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29)会場風景、本展コミッショナーの一人、エロディー・ロワイエさんが案内の最中。
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2018年に作品がニューヨーク近代美術館に収蔵が決まって以来、話題をさらっている作家らしい。レクチャーはすでに日本国外方々で行っているためか、今回の講演会で若手作家のうち只一人欠席だった。

30)盛圭太(1981年 生)、Bug Report、紙、木綿糸、絹糸。
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多摩美術大学彫刻科卒業後、文化庁新進芸術家海外研修員としてパリ国立高等美術学校に在籍したのち、パリ第VIII大学大学院美術研究科先端芸術修了。
なかなかのエリートにみえる経歴だが、本人は至ってナイーブな雰囲気の作家。講演会でフランス語のスピーチに臨むも、途中で言いたいことが分からなくなって「あ~、ここでおしまい!」、とかやっていた。日本語でも本質的に同じようなスタンスの気がする。その自然体に好感が持てた。

31)二人組の梅沢英樹(1986年 生)、佐藤浩一(1990年 生)による映像作品、Echoes from Clouds、2021-2023。
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32)同上
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タイランド・ビエンナーレ2021にて発表された映像と音響、香料によるインスタレーションを元に、ダム内部や浄水場でのフィールドワークから映像を構成している。なかなか密度の濃い、と言って定番の「社会主義リアリズム」に陥らず、様々な質の違う映像が流れるように繋がって物語が展開していく作品だ。

33)不思議な石ころたち。誰の作品かわからなかった。
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もう一人シンゴ・ヨシダ(1974年 生)という、彼も1999年から2007年までフランスで錚々たる学歴を積んでいる作家だが、ビデオ作品が見られなかった—ビデオルームには長いこといたのに不思議だ。
ヨシダは秘境にある伝説の場所に出かけてはその成果としてビデオ、写真、インスタレーションの作品を仕上げている。フィールドワークを得意とする作家だけに風貌も山男、である。今回の展示作品は「The Summit」というヨシダの祖父、父、自分と三代に渡って縁のある富士山がテーマだ。富士山をめぐる環境(人による開発)の変遷と、変らない富士山という山について、率直さと恥じらいをない混ぜにして語っていた。

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フランス知識人らしいよくわからないステートメント(全文は仏語のみ)を事前に読んでいて、どう纏めるのかかなり迷った。実際の会場は、もの派作品の部屋は力強く、当時の状況を感じさせた。そこから一転して紙や音に関わるフルクサス、吉村弘による作品群には繊細さが溢れ、次に若い世代の作品も内省的な側面を表していた。
訪問後改めてよく考えると、もの派一連の作品も事物が一過性のものであることを意識していることに気づく。
仏キュレーターたちが時代とともに変化する日本のコンテンポラリーアートの世界を通して、「諸行無常」という思想を彼らなりに今回の展示で紡ぎ出そうとしたのなら、それなりの効果は出ていると思う。
記念講演会にはフランス組:盛圭太、シンゴ・ヨシダと、日本組:梅沢英樹+佐藤浩一の四人が参加したことで、助かったところが多い。この原稿のためにネットであちこち検索していると、すでにニュースレターをもらっている画廊で展示されていた作家があった。PCのスクリーンで一点見かけるだけでは無理だろうが、では実物と向かい合えば「常に」作品を把握できるのかと言えばそうではない。気になることを一つひとつ積み重ねてできた作品を、いざ語るとなって四苦八苦している「ひと」を見ることで、(作品を継続的に見てみようか)という気持ちになった。コンテンポラリーアートは現存作家に会えることが醍醐味である。
今日では60年代に活躍した作家は既に鬼籍に入っているか、存命でもイベントに参加できる年齢でなくなっている方々がほとんどである。でも現在こうして脈々と生を営む後続作家がいることは、楽しみなことだ。

同展カタログについて一言。
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手のひらに乗るほど小さい判型が印象的だ。表紙は縫い閉じした本の背に糊つけされず、本体最後ページだけに糊代で固定。頑丈な横糸はひと昔前の洋書製本を思わせる。
図版の印刷に適した厚めの紙を使用していても、この装丁によって読者は背を壊さずにページを真っ平に開くことができる。これは大変珍しいことだ。Gregory Taniguchi-Ambosというアルルと京都で仕事をするデザイナーの仕事らしい。
文字は少し小さいが持ち歩きやすくて筆者は気に入っている。



(なかはら ちさと)

●自己紹介
1960年生まれ(東京)
1974年:現代詩手帖で瀧口修造とシュルレアリスムを知る。
1976年:サド公爵・澁澤龍彦訳「悪徳の栄え」を読みこれを哲学書と解釈しフランス語を学ぶことにする。
1983-84年
多摩美大学在学中研究生として渡仏、ソルボンヌの「大学コース」とヘイターの版画工房アトリエ・17に通う。アンドレ・フランソワ・プチギャラリーの店主とサドの話をしたところ後日エリザ・ブルトン、アニー・ル・ブラン、ラドヴァン・イヴジックを招待したディナーに添加される。あまりのことに緊張してほぼ何も覚えていない。
1984年渋谷パルコにて「ベルメール写真展」企画参加。
2023年ジャン・フランソワ・ボリー、ジャック・ドンギー共著「北園克衛評伝」執筆協力。
戦前・戦後のシュルレアリスム研究がライフワークである。

「モノのエコロジー L’Ecologie des choses 日本のアーティストとその環境へのまなざし~1970年から今日まで~」
会期:2025年4月30日(水)~2025年7月26日(土)
会場:パリ日本文化会館
■監修:成相肇(東京国立近代美術館主任研究員)
■キュレーター:
ミュリエル・アンジャルラン(マルセイユ現代美術センター館長)、アレクサンドル・クワ(サンテチエンヌ近代美術館主任学芸員)、エロディー・ロワイエ(カディスト財団顧問)
■出展作家:
菅木志雄、高山登、野村仁、吉村弘、梅沢英樹+佐藤浩一、シンゴ・ヨシダ、斎藤陽子、オノ・ヨーコ、塩見允枝子、風間サチコ、盛圭太。
カタログを特別頒布します、4,000円、送料250円
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*画廊亭主敬白
大阪にお住まいの塩見允枝子先生から、パリの日本文化会館でご自分の作品が展示されるというお知らせをいただいたので、友人の中原千里さんに4月29日のレセプションに出席していただき、そのレポートをお願いした次第です。シュルレアリスムが専門でフルクサスについては門外漢だからと渋る中原さんを口説いたのは正解でした。
スタッフたちが二年かけて準備してきた開廊30周年記念のイベントと作品集の刊行ーー
来月6月5日から始まる「開廊30周年記念 塩見允枝子×フルクサス from 塩見コレクション」展のいい露払いになりました。
中原さん、ありがとう。

●ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
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