モノへの哀しみ
先日参加した、ART FAIR ASIA FUKUOKA 2025では、2017年頃の「日本からシャンティニケタンへ送る家具」を最近の制作とともに展示していた。これは大工の青島雄大さんとの制作。最近はあまりやっていない仕口や組み方、造形をしているので、改めて眺めることができてとても良かった。この家具が向かい合う様子を眺めたときに「ハコが写真機になるかもしれない」と思いつき、針穴写真機制作を始めたのだった。この家具は今回のアートフェアで2つとも買い手が決まった。とても嬉しい気持ちとともに、なんだか寂しさも込み上げてくるものだった。その感情の入り混じりこそ、自分にとってどれほど大事な制作であったかを改めて思い知らされる瞬間だった。
(photo by comuramai)
ただ、建築設計もまた、常にそんな哀楽が同居する営みである。なぜなら、いつも他人のために本気になってモノを作っているからだ。建築に限らず、あらゆる仕事がそうなのかもしれない。立派な魚を釣った漁師はその魚を食べたいだろうし、美味しい野菜を育てた農家はその野菜の味を自分でも確かめたいはずだ。仕事が終わり、モノが引き渡されたとき、自分の中で寂しさや哀しみが湧き上がるのであれば、それはきっと自分にとって良い仕事だったのだ。嬉しさと哀しさ、その両義的な感情を携えてまた次の制作へと向かう。
モノづくりについて、そんな当たり前のことを考えた。
福岡のアートフェアの会場は、国際フォーラムで開かれる東京会場よりもずっと良かった。通路は広く、天井も高い。会場内には食事やコーヒー、お酒まで売られていて、訪れる人がそこでひと息つける。並ぶギャラリーはいずれも緊張感に満ちていた。作品を販売する場だから当然、ギャラリストは積極的に声をかけるのだが、あまりに話しかけすぎると客は気が滅入り、姿を消してしまう。買い手と売り手の絶妙な間合いは眺めていてとても興味深かった。
さらに面白かったのは、タイマン勝負を終えた客が、会場のカフェで同行者と密やかに「買おうかどうか」を話し合う姿である。そこには先程の商談の圧力から逃れられる小さな余白、アジールが生まれていた。都市の中に偶然現れる空き地、荒れ地のように、フェア会場にも人を解放する空間があったのである。
仮設的で画一的な会場でありながら、誰かがショッピングモールのような巨大商業施設のデザインを参考にしつつ、本格的に空間を構想すれば、おそらくフェア全体がさらに充実するだろう。ましてやショッピングモール以上に高額な買物が交わされるのだから、場所のデザインはより重要になる。4日間、毎日会場に通って歩きながら考え続けたのは、そんなことだった。
福岡はどうやらやはり温かな土地だった。数日後、東北の福島に戻ると、すでに冬の兆しが漂い、夜は冷え込んでいた。今年は自宅前の畑で野菜ではなく藍を育てていたのだが、長らく留守にしていたせいで、気づけば花を咲かせてしまっていた。葉の収穫は諦め、種をとることに切り替える。来年こそはリベンジである。
藍染めもまた改めて、写真機制作に合流させたいと考えている。実は最初に作った写真機のうち一つ「囲い込むためのハコ4」の足元は藍で染めていたのだ。おそらく誰も気づいていないが、柿渋と重ねた青とも緑とも茶色ともつかないその色合いはとても気に入っていたし、いま改めて気になっている。
この写真機は引き続き販売しているが、いまは自宅の玄関に鎮座している。売れ残りと言えば響きは悪いけれども、手元に残るということは、作者が折に触れて新たな気づきを得ることができるので、実はそれほど悪くはない。おそらくいつか、この作品が誰かの手に渡るとき、また何かしらの哀しみが込み上げてくるのだろう。しかし同時に、その感情は次の制作の呼び水にもなるはずだ。そうしたモノをこれからも作っていきたい。
(photo by comuramai)
(さとう けんご)
■佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。福島・大玉村で藍染の活動をする「歓藍社」所属。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰。「一般社団法人コロガロウ」設立。2018年12月初個展「佐藤研吾展―囲いこみとお節介」をときの忘れもので開催。2022年3月第2回個展「佐藤研吾展 群空洞と囲い」を、2024年11月第3回個展「佐藤研吾展 くぐり間くぐり」をときの忘れもので開催した。
・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
●本日のお勧め作品は佐藤研吾です。
立体作品《仮面と連担》(5台組)。
佐藤研吾《仮面と連担》
2024年
鉄、木(クリ)、アルミ、柿渋、鉄媒染
各36.0×97.9×H170.0cm 5台組
サインあり
*Photo by comuramai
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●TOTOギャラリー・間で始まった「新しい建築の当事者たち」に佐藤研吾さんが出展しています。
会期:2025年7月24日—10月19日
「新しい建築の当事者たち」
会期:2025年7月24日~10月19日
会場:TOTOギャラリー・間
監修=平田晃久
アドバイザー=藤本壮介
出展者(予定)=井上 岳、棗田久美子、齋藤直紀 [GROUP]、大西麻貴、百田有希 [大西麻貴+百田有希/o+h]、桐 圭佑 [KIRI ARCHITECTS]、工藤浩平[工藤浩平建築設計事務所]、隈 翔平、エルサ・エスコベド [KUMA&ELSA]、小林広美、竹村優里佳、大野 宏[Studio mikke+Yurica Design and Architecture+Studio on_site]、小俣裕亮[小俣裕亮建築設計事務所/new building office]、小室 舞[KOMPAS JAPAN]、金野千恵[t e c o]、斎藤信吾、根本友樹、田代夢々[斎藤信吾建築設計事務所+Ateliers Mumu Tashiro]、佐々木 慧[axonometric]、佐藤研吾[一般社団法人コロガロウ/佐藤研吾建築設計事務所]、鈴木淳平、村部 塁、溝端友輔 [HIGASHIYAMA STUDIO+farm+株式会社NOD]、野中あつみ、三谷裕樹[ナノメートルアーキテクチャー]、服部大祐、新森雄大[Schenk Hattori+Niimori Jamison]、浜田晶則[AHA 浜田晶則建築設計事務所]、萬代基介[萬代基介建築設計事務所]、三井 嶺[三井嶺建築設計事務所]、山田紗子[山田紗子建築設計事務所]、米澤 隆[米澤隆建築設計事務所]
*画廊亭主敬白
最近よく夢を見る。
以前だって夢はみていたのですが、朝起きるとケロリと忘れて、「何か夢をみたなあ」と思うだけでした。
ところが最近は起きた後も鮮明に夢の内容を覚えている。
つい先日、二川幸夫先生の夢を見ました。
建築に詳しい方はご存じでしょうが、建築写真で名をなし、千駄ヶ谷のGAギャラリーをつくられた方です。
夢の内容は、
強面の二川先生に恐る恐る「先生、お生まれは明治ですか」と聞くと、
ニヤリと笑いながら「世界恐慌の翌年だよ」と答えられた(夢の中で)。
目覚めて慌てて二川先生の生没年を調べたら、1932年11月4日生まれ~2013年3月5日没。
翌年ではないけれど1932年生まれだからそう違わない。
なんでそんな夢を見たのか、亭主もお迎えが近いのかしら。
亭主が二川先生と初めて本格的な仕事をご一緒したのは1983年11月のGAギャラリー開館記念「磯崎新展」でした。
GAギャラリー開館記念「磯崎新展」
会期:1983年11月5日~12月4日(オープニング:11月4日)
会場:東京千駄ヶ谷・GAギャラリー
主催:GAギャラリー(二川幸夫)
協力:現代版画センター
11月4日のオープニングは歴史に残る大パーティでしたが、終了後、二川先生夫妻、磯崎新先生夫妻、私たち夫婦は先ず新橋の料理屋(食通で知られた二川先生の贔屓の店)に向かい、その後神宮前のバー・ラジオへ、これについては、またの機会に書きましょう。
◆「銀塩写真の魅力Ⅸ」
会期:2025年10月8日~10月18日
主催:ときの忘れもの
出品作家:福田勝治(1899-1991)、ウィン・バロック(1902-1975)、ロベール・ドアノー(1912-1994)、植田正治(1913-2000)、ボブ・ウィロビー(1927-2009)、奈良原一高(1931-2020)、細江英公(1933-2024)、平嶋彰彦(b. 1946)、百瀬恒彦(b. 1947)、大竹昭子(b. 1950)
*出品作品の展示風景及び概要はHPまたは10月4日ブログをご覧ください。
●ときの忘れものの建築空間(阿部勤 設計)についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS ときの忘れもの
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。 
外観





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