植田実「本との関係」第2回 『関根伸夫』
(2018年4月29日ブログより再録)

 今年に入ってすぐ、埼玉県立近代美術館で「版画の景色――現代版画センターの軌跡」のタイトルでとてもユニークな回顧展があった。これについてはすでに同じこのブログに書いた(2018.3.4付)ので繰り返さないが、270点あまりの展示作品のなかでとりわけ懐かしく見たのは関根伸夫のコーナーで、20点ほどの版画がある。その前に出現した、彼の代表作といわれる≪大地―位相≫(1968)は私にとって、当時それだけでは現代アート状況のどこに位置づけできるかよく分からなかったのだが、この版画センターのエディション作品がじつに雄弁でチャーミングな解説になっていたのだ。
 例えば≪絵空事―鳥居≫(1975)がある。
 2本の赤鉛筆を左右の手でそれぞれ垂直に握ったその上にもう一本、水平にのせて鳥居に見立てている。背景は海の水平線と雲ひとつない青空。その強く明快な形と色彩、同時に次の瞬間には危うく崩れてしまうような面白い発想は他の彫刻・環境作品にダイレクトに通じている。これを迷うことなく購入したのが、私にとってはじめてのアート体験になる。次いでずっと前から1点だけでいいからと念願していた駒井哲郎の版画もその勢いで綿貫不二夫さんから譲ってもらった。≪森の中の空地(小)≫(1970)を前に置いて、それまでの所蔵者その他の作品由来を綿貫さんが荘重に述べるのを神妙に聞いていた。そんな嬉しい儀式もあった時代に、版画センターに出入りしていた、ゆりあぺむぺるの主宰、北川フラムさんから、関根伸夫作品集の編集を依頼されたのだった。

01『関根伸夫』
1978年
ゆりあぺむぺる 発行
120ページ(見返しを含む)
26.0×25.0cm
表紙ソフトカバーにビニールジャケット付き



07関根伸夫
《Project-石の風景》
※A版(限定250部)に収録



 今、この本を見直すと何とも不思議な作品集だ。ブッキラボーで即物的。序文も作家論も作家の言葉も、あらためて書かれてはいない。表紙をめくると前見返しから本文の大きさいっぱいの写真(すなわち三方截ちの)が何の説明もなく始まり延々と続く。デッサンや図面も同じ扱いである。まず作家が大地から円筒状に土の層を掘り抜いている。作業は進み、例の≪大地―位相≫の完成写真にいたる。それに続くディテール写真には「関根伸夫」のサインが重ねられて、動きのなかの扉ページ。映画みたいな構成ともいえるが、その後に他の彫刻や油土によるエスキスなどの写真が原則的に同じ三方截ちでひたすら続く。
 本の前半部はこのように紙の白地を排するかのように画像を拡大している。モノそのものを押し出そうとしている。対して後半部は一転して余白と版面(はんづら)までのモデュールを見せるように構成されている。全345点の作品図版とデータがカタログレゾネ風に収録されたページだ。編年体で13期に分けられたそれらの作品と併せて、その時期の年譜、新聞や雑誌での紹介記事、作家のコメントなどがコラージュされている。13に分けられた各時代の作家活動の特性を要約する「仏像・鉱物」「消去」「位相・大地」「水・油土」などのキーワードで章立てされているがその題字を関根さんに書いてもらった。ときにはスケッチから文字が発芽したかのような書の姿が素晴らしかった。
 関根さんとフラムさんと3人で、アイデアを出したり、関根さんに字を書いてもらったり、また前の見返しは一面小石に覆われたどこかの河原、後見返しは同じ小石河原に関根さんの彫刻がいくつか顔を出しているといった漠然としたイメージだけでフラムさんに写真撮影の手筈を整えてもらったり、いや誰が案を出し、誰が受けたか分からないほどに即興的編集だった気がするが、まわり道もせず迷わず1冊の本にたどりつくことができたのは、関根さんの仕事がそれだけ明確だったからだ。

02『関根伸夫』前見返し



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 表紙は、白いマット紙の中央に「関根伸夫」の明朝活字、その真下に小さく「Nobuo Sekine 1968-78」が同じグレーのインクで刷られ、タイトル上部にやや重なるかたちで「n. sekine」と墨でサインが入っている。じつは当初の意図とは少し違った。活字のタイトルに完全に重ねて、ローマ字ではなく同じ大きさの漢字で関根伸夫と墨でサインが入ることになっていた。「版画の景色」展でも出品されていた、≪おちるリンゴ≫(1975)などを参照すれば、この表紙の意図が分かるだろう。だが実際に刷り上ってきたタイトルロゴが指定以上に濃かったために、活字から書き文字が「おちる」視覚効果が出ない。その場で関根さんが工夫して今の体裁に修正してくれたのだが、表紙の真ん中にいきなりサイン、という面白さはちゃんと残されている。
 本や雑誌の形式をまず整える要素は、なるべく取っ払ってしまう。それは私の編集癖なのかもしれない。フラムさんの義兄である、建築家の原広司さんが、編集者の名を見なくても誰がつくった本かすぐ分かったよと言ったらしい。褒めことばのようで実はこれから先のマンネリを戒められたのかもしれない。
うえだ まこと

*画廊亭主敬白
11月3日に亡くなられた植田実先生は建築雑誌や本の編集者として多くの仕事をされましたが、ご指導を受けた身としていくつか縁のあったものについて、刊行当時植田先生がお書きになった文章を再録掲載させていただきます。
先ず一冊目は、1978年に刊行された『関根伸夫1968-78』

 企画:関根伸夫後援会、現代版画センター
 編集:植田実
    近代美術研究会
 発行:ゆりあ・ぺむぺる工房
 発売:現代企画室
 発行日:1978年7月21日
 120ページ、26.0×25.0cm
*特装版(オリジナル入り限定版)の奥付は以下の通り
1978年7月21日関根伸夫1968-78奥付
1978年7月21日関根伸夫1968-78版画

1977年9月29日関根伸夫後援会パンフ1


1977年9月29日関根伸夫後援会パンフ2