瑛九 について vol.5
                  綿貫不二夫


 このページは掲示板 現代版画Q&Aにおいて、ときの忘れもの店主が瑛九についてコメントしたものを再録・編集したものです。

 

瑛九について 25 -眠りの理由-
 眠りの理由………今回はフォト・デッサンの収集にとって非常に重要な問題について述べます。今まで研究者の誰もきちんと論じていないので、わかりにくいかも知れません。何度でもお答えしますので質問して下さい。前述した通り1936年作り溜めた印画紙作品を手に上京した瑛九は長谷川三郎、外山 卯三郎の勧めで作品をフォト・デッサンと命名し、「QEi」というペンネ−ムで発表します。さらに『フォ−ト・デッサン作品集 眠りの理由』を刊行し注目を浴びたことは周知の通りです。
 瑛九=フォト・デッサン=眠りの理由、という連想は自然なのですが、ここでやっかいというか、フォト・デッサンの定義に関して重要な問題があります。この瑛九の名を一躍高らしめた10点組の『フォ−ト・デッサン 作品集 眠りの理由』を完全な形で所蔵している美術館は横浜美術館ただ1館ですが(私が昔納入しました)、過去いくどとなく開かれた瑛九展に出品されたこの『眠りの理由』とは正確にいえばオリジナルではなく瑛九自らが1936年に限定40部 出版した『フォ−ト・デッサン作品集 眠りの理由』所収の<リプロダクション>なのです。
 つまり瑛九畢生の代表作である『眠りの理由』連作10点の<オリジナル >はいまだ行方不明です。1点として見つかっていません。前回、私は瑛九のフォト・デッサンは版画と異なり、原版が存在しないから、原則として各1点づつしかないと申しましたが、『眠りの理由』と戦後1951年刊行の『瑛九フオトデツ サン作品集 眞晝の夢』(9点組)だけは、瑛九自ら複製(リプロダクション)して 複数出版したものなのです。だから今でもバラされた『眠りの理由』が市場に出るのです。ここのところをきちんと説明してこなかったがゆえに、フォト・デッサンとは何かという定義が曖昧になり、ひいては市場での評価が定まらない(はっきりいって安い)のです。次回には『フォート・デッサン作品集 眠りの理由』の奥付けを紹介してさらにこの問題を論じましょう。


「眠りの理由」 テキスト 表紙

瑛九について 26 -「眠りの理由」奥付-
 私の所蔵している『眠りの理由』(1点欠けており9点)に挟み込まれたパンフ の表紙及び奥付けをそのまま転記します。
 表紙………<瑛九氏フォ−ト・デッサン作品集 眠りの理由>此作品集は瑛九氏のフォ−ト・デッサンの原作から、寫眞家猪野喜三郎氏によつて原版に複製されたもので、その印画紙への複製は40部に限定されたものである。 限定番號 第 番 (注、私のは10と記載されています) 昭和11年 藝術學研究會刊奥付け……瑛九氏著・眠りの理由 40部限定出版・定價10圓也 昭和11年4月6日納本 昭和11年4月10日発行 著作者發行者 瑛九  印畫 猪野喜三郎 東京市麹町區 九段下2の33  發行所 藝術學研究會 東京市杉並區神戸町114 番地 以上です。
 横浜美術館はじめ私たちがいま実際に眼にできる『眠りの理由』とは、瑛九がカメラを使わず、直接印画紙に光をあてて制作したオリジナルを「寫眞家猪野喜三郎氏」がカメラで撮影して「印画紙への複製」をしたものなのです。もちろん、この作品集が40部も複数発行されたことによって、瑛九とフォト・デッ サンの知名度が広く行き渡ったことは間違いありません。版画と同じく「複数」存在することによって、瑛九のデヴュ−作が60数年後の今日でも市場に出回り、コレ クタ−が手にすることができるのですから、この限定40部の複製作品集の功績は多 大なものがあります。それにしても、この原作(オリジナル)はどこへ行ってしまったのでしょうか。


「眠りの理由」 奥付

瑛九について 27
 瑛九のデヴュ−作のフォト・デッサン作品集『眠りの理由』が実はオリジナルでは なく複製だということを、ちょいと過剰にご説明したのは(たとえ複製であってもこの作品集の素晴らしさは別格です)、画商やコレクタ−の方々が知らずいると、混乱した事態が生じる恐れが出てきたからです。瑛九自らが生前に複製したものはこの1936年『眠りの理由』(10点組)と、戦後の『真昼の夢』(9点組)のふたつだ けです。従って、それ以外の一説には3.000種類ともいわれる瑛九のフォト・デ ッサンはすべて各1点づつしか存在しません。版画と異なり、複数は存在しません。これはコレクションする場合に重要なポイントです。
 ところが、没後「瑛九の会」らによって、何度か複製(リプロダクション)が制作されました。私も先年、日本経済新聞社から『瑛九作品集』を刊行した際に、細江英公先生のご協力を得てリプロダクション(Ed.100)を制作して、特装版に挿入致しました。オリジナルとこのリプロダクションは殆ど見分けはつきません。いまのところ、リプロダクションが作られたのは特別の場合(回顧展の資金づくりや作品集の刊行)に限られ、制作はすべて細江先生のみです。だから、印画紙には必ず限定番号と、細江先生と都夫人の署名が記入されています。だから限定番号が入っているフォト・デッサンはすべて例外なく没後のリプロダクションです。瑛九自身は『眠りの理由』にも『真昼の夢』にも作品には限定番号は入れませんでした(たとうの奥付けに記入した)。

瑛九について 28 -リプロダクション-
 瑛九のフォト・デッサンについて、大体のことはご理解戴けたと思います。それで は早速実戦と行きましょう。先日JAA(日本美術品競売株式会社)の第165回オ−クションのカタログが送られて きました。JAAは元南天子画廊の名番頭だった植松竹二郎さんが設立した日本のオ− クション会社の老舗です。信用は抜群です。今回、瑛九の“フォト・デッサン”が出品されていますので、見てみましょう。
………137 瑛九 EI KYU(1911-1960 JAPANESE) 「作品」 43.8×54 フォトデ ッサン・空押サイン PHOTOGRAPH STAMPED *額装・瑛九展記念シ−ル(41/55・ 1950年作・杉田都・靉嘔鑑)付. (50.000円)………
 以上がカタログに記載さ れたデ−タの全てです。さらに20頁には、作品の図版も掲載されています。間違い なく瑛九の代表的な絵柄です。これを素人が読めば、かなり大きいサイズで1950年 制作の素晴らしいフォト・デッサンが底値5万円で出品されていると思われるでしょ うね。老舗のJAAにしては少し不親切であるといわざるを得ません。
 Ed.55とありますが、何度も強調した通り瑛九のフォト・デッサンは全て各1点づつしか存在しません。従ってこの作品は、オリジナルではありません。正確には「1979年6月に新宿 小田急で開催された瑛九展を記念して細江英公スタジオによって限定55部(他にエ ディション・プル−フ5部)制作されたフォト・デッサンのリプロダクション(複 製)である。各作品には、杉田都(瑛九夫人)、細江英公、靉嘔のサイン及び細江スタジオ、QEiのエンボスがおされている」と記載すべきでしょう。もしオリジナルだったら50万円どころか100万円つけても良いものです。残念ながら既にオリジナルは宮崎県立美術館に所蔵されています。

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 『瑛九作品集』編集を終えて-画廊主のエッセイ-