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井桁裕子−私の人形制作
第6回 「素材の話・焼き物編(1)」 2010年2月10日
前回、「焼きイカ」が好評だったのですが(嘘)、今度は魚介類ではない焼き物について書きます。

私が陶で小さな人形を作るようになったのは2005年頃からです。わがアトリエ兼住居のアパートの一室には、りっぱな電気窯があります。その窯を買ったのは2003年か04年なのですが、なぜ陶人形を作り出す前から窯があったかというと、実はその前にビスクドールをやろうとしていたからなのです。

ビスクドール(bisque doll)というのは釉薬をかけない磁器の人形です。
オリジナルの作品を作る場合、まず「完璧な」原型を作り、型を制作し、鋳込んで抜き、磨いて焼きます。顔の絵付けも職人技です。全身13カ所可動の球体関節人形を作るには、まず1年がかりの作業です。大変ではありますが、その肌の透き通るようなきめこまかさ、暖かくて冷たい魅惑の質感に魅せられた作家はどんな苦労もいとわずその工程をこなすのです。

そもそも粘土とは、なんでしょうか。電子顕微鏡で見ると、粘土の最も小さい単位はケイ素・アルミニウム・酸素・水酸基のそれぞれの元素が網目状のシートになって重なったものでできています。このシートの重なりである「粘土鉱物」の粒子一つ一つは薄片のかたちになっていて、普段は電荷の関係で引きつけあい、粒子が団子になって「粘って」います。陶土と磁土の違いの一つですが、磁土の場合、ケイ酸ソーダなどの電解質の添加によりこの薄片の団子がほどけます。そしてトランプのカードがさらさらとすべるように、流動化します。この性質を利用して、磁土は液状化した「泥しょう(スリップ)」を作れるので、石膏型に流し込んで固めて抜くことが可能なのです。

2002年頃のことです。当時まだ会社員だった私は本城弘太郎先生の教室に通っていました。やがて先生から、窯を買ってみてはどうか、と言われました。アメリカ製のビスク専用機が、今なら特価の10万円程度で買えるとのこと。私も実は、機会があれば窯を欲しいと思っていました。自分の窯で、ビスクのほかにもいろいろな陶土や、あわよくば釉薬なども焼いてみたかったのです。
当時「結晶釉」の器を見て感動し、まるで畑違いなのに漠然と憧れていた、というのがひとつ。もう一つ現実的な事は、しばらく前にテラコッタの土をいきなり15キロも買ってしまっていたからです。それは、友人に車で連れて行かれた地方のホームセンターでのことで、テラコッタが実に安く売られていました。「これは買った方がいいよ!腐るものじゃないし、車で来ないと重くて運べないじゃない。チャンスだよ!」と言われて、私はなんとなく「そうだな」と思ってしまったのです。帰ってから、玄関にどっかり積み上がった粘土は、動かすのも一苦労でした。私はそこで我に返り「自分はいつか埴輪でもつくるのだろうか?」と頭を抱えたのでした。

教室でもう一人、ビスクに本格的に取り組み始めていたMさんが窯の購入を検討していました。Mさんは「国産の窯でないと修理などアフターケアが心配」ともっともなことを言います。「国産の窯のほうが高いけど.....。」
アメリカ製のビスク専用機でも埴輪は作れるのですが、「結晶釉」をやるつもりなら難しいようでした。調査のすえ、私とMさんは千代田セラミック商会の「極楽窯」のショールームを訪ねることになりました。
私たちの欲しいサイズのものは、42万円ほどしますから、私などはなけなしの貯金をはたかなくてはなりません。実際に買うかどうかはともかく、まず見せてもらおうという考えでした。

ショールーム、といってもそこは住宅街のなかの一軒で、二階建ての邸宅を改造したものでした。そこで社長の桃原弘氏が私とMさんを待っていてくれました。ただ説明だけかなと思っていたら、萩焼のお椀の「本焼」焼成を実演していただけるとのこと。数時間、窯の前に座りながら、桃原社長はいろいろなお話を聞かせて下さいました。土の性質や素焼きと本焼の違い、この「極楽窯」の断熱材が実に優れたものでNASAから宇宙船の外壁として使いたいとオファーがあったこと、などなど面白い話ばかりでしたが、最も感銘深かったのは「極楽窯」という名前の由来について話された事でした。

桃原社長が陶芸の窯を開発されたきっかけは、戦後の大変な時期を女手ひとつで育ててくれた大切なお母様が亡くなったことだったそうなのです。深い悲しみの中で、お骨を納める壺を求めようとしましたが、どうも気に入ったものがない。ならば自分で壺を作ろう!と思ってみると、陶芸用の窯も「ろくなものがない」。「自分は電器屋だ、ここはひとつ良い電気窯を作ってやろう!」と決心して研究を重ね、画期的な窯を作った、それがこの窯だということでした。そして商品名は、亡きお母様を思って「極楽窯」と名付けられたのだそうです。

これは思いもよらないお話で、「コンピュータ制御で極端にラク」だからゴクラク窯だとばかり思っていた私はこの物語に強く感動し、なんてすばらしい窯なんだろう!と胸を熱くして帰路についたのでした。
(いげた ひろこ)
テラコッタによる作品(「眠り/ 2007)
焼成前焼成後

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