ときの忘れもの ギャラリー 版画
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井桁裕子−私の人形制作
第8回 「谷間の顔」 2010年3月10日
前回は焼き物を始めた経緯を書いたのですが、心ある方々に若干心配をおかけしたようですので、多少解説しておかねばなりません。
さかのぼること4ヶ月前、11月第2回で、人形のルーツ・ひとがたについて書きました。
神社から紙でできた「ひとがた」が配られ、これで体の特に悪いところなどをなでて災厄を託すという話です。
「人形歳時記」のなかでは、子どもの頃にこれで頭をなでると「とたんに頭の中のもやもやした雑念がすっきり」する気がして「まことに霊験あらたか」だったと書かれています。
しかし一方で、そういった歴史ある習慣とは無関係に生きてきて現代社会の病を得た私が、やはり災厄を「ひとがた」に託して、神社のたき火ではなく電気の炉で焼き祓った(あまつさえ焼き上がりを見たら食欲まで湧いた)というのはなかなか面白きことではなかろうか?....
というのが前回の文章の本意であります。
べつに私が繊細なヒトだということをアピールしたわけではなく、私の接している「人形」の情景として読んでくだされば嬉しいです。



さて、個展にむけ、舞踏家・石川慶さんから着想を得た最新作が今できあがらんとしています。(というか、まだできていないのは大問題なのですが、それはそれとして。)
少し前まで、その顔の、眼の問題で何日も何日も費やしていました。眼球はガラス製で、頭を一度切断して内側からそれをはめこんでいくのです。桐塑も石塑も乾燥するときに縮みますし、何度やっても眼球とまぶたの関係がうまくいかないのです。
慶さんの師匠・吉本大輔氏の顔、つくりかけ
私自身の顔も右目の眼球がやや奥に入っている気がするのですが、この程度の顔の非対称はいくらでもありますね。人間の顔は左右非対称でも気持ち悪くないのに、なぜ人形だと気持ち悪いのかと思います。できあがったものを見るとなんということはないのですが、長い途中段階は実にいらいらします。顔の釣り合いを整えるだけで正味1ヶ月くらいはかかっているでしょう.....精密に作ってあればあるほど、ちょっとした不自然さが不気味さを醸し出してしまうのです。
造形が無事に終わっても、今度は着彩が待っています。これも途中は不愉快な作業でしかありません。油絵の具の扱いはほとんど独学なのですが、色の重なりの神秘的な効果は、いまだにつかみきれていません。毎回、「ああ、これはもう二度と同じことはできない!」と思ってしまうのです。
ロボット工学の分野で、「http://ja.wikipedia.org/wiki/不気味の谷」という言葉があります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/
不気味の谷現象リアルタイプのアンドロイドの、動きやディテールなどが不十分だと見るに堪えない不気味さが出てくるという話です。
ディズニーランドの機械人形などはすごくよくできていて、楽しませてくれます。この「谷」を回避できているということなのでしょう。しかし、「谷」の感じ方は実際には個人差が大きいと思われます。私はなぜかゴム製のマスクをかぶった人におおいに「谷」を感じてしまい、怖いです。
制作に樹脂系の素材を使わない理由が自分でもわからなかったのですが、今これを書きながらわかりました。あのゴムマスクに質感が似ているからです.....。

よく、私の作ったものを写真だけ見た人が「人間を型どりしている」と誤解してしまうことがあります。しかし、実際に型どりでライフマスクなど作ったら、もろに「谷」にはまるのではと思います。
数年前、手や足だけ石膏型をとってみたことがありますが、手足でさえ「谷」を感じたほどです。その時は、この石膏の雄型からまた石膏で雌型を起こして、そこから石塑で抜いたものに、ていねいに骨格や筋肉の流れを彫り込んで、修正しつつデフォルメをしていきました。
たぶん顔も、型どりをするとしたら、後からそういう作業が必要なのでしょう。
この追加の造形作業で気持ち悪さは無くなりましたが、ただ「本物そっくり」というだけで魅力的な造形にはならず、ちっとも面白くありません。骨格や腱の動きの勉強にはなりました。
その石膏の手足は、昨年の大掃除・夏の陣でとうとう捨ててしまいました。夕方、ごみ回収車が去った集積所を通りかかると、忘れものがありました。折れた人差し指が、一本だけ落ちて夕日を浴びていたのです。小さな「谷」の風景でした.....。
井桁裕子
「升形山の鬼」(部分)
2007年
ひとり谷底をさまよいながら、私の制作は何ヶ月にもわたります。今回、石川慶さんの場合、最初に撮影したのは2008年の9月、完成まで長い時間が必要でした。
撮影というのは、モデルのかたもお暇ではありませんから、たくさん写真を撮っておいてそれを見ながら作っていくのです。
慶さんの場合は、稽古場にお邪魔してスケッチを重ねて最後まで迷って造形していきました。
紙を節約しながら隙間を埋めるようにして重ねて描いたスケッチブックは、それでも3冊ほどになったでしょうか。

顔は完成に近づくとともにいよいよ混乱の極みに達してくるので、心の狂乱をおさえつつモデルの方に連絡し、約束をとりつけます。そして、晴れ晴れした気分で、本人を見ながら作り込んでゆきます。そういう時、血の通った人間の顔は山脈のように広大無辺です。
私はヘリコプターでヒマラヤ上空を旋回するような気持ちになって、なんて複雑ですばらしい景色だろう!と思うのです。
(いげたひろこ)

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